最近のデバイスはわがままで困る   作:bounohito

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第四十五話「下準備」

 

 

「えー、本日より第六特機課に出向となりました、八神はやて特別捜査官です」

「同じく、ザフィーラだ」

“主、ご無沙汰しております。蒼き狼も久方ぶりだな”

 

 新暦66年12月の半ば過ぎになって、はやてが第六特機に赴任してきた。

 次の配属先が決まるまでの期間をロウラン提督を通してアーベルの方で押さえたのだが、なかなか苦労もあったらしい。

 同時に第97管理外世界での義務教育が冬休みに入るので、彼女にも都合がよかった。

 

「研修中やったから行け言われたら行くしかないし、捜査官ちゅうより地区司令部直轄の魔導砲みたいな扱いも多かったんです……」

「……そりゃお疲れさまだなあ」

「けど、それはええんです。

 ほんまに必要や言うんは、何回も呼ばれてるうちに分かってきました。

 陸て、割とぎりぎりなんですよ。

 ……ほな海に余裕があるんかて言われたら、やっぱりぎりぎりやと思いますけど」

 

 捜査は二の次で員数外の支援戦力として火消しに回ることが多く、はやては事件の捜査や解決よりも戦闘の直接的終結に活躍していたらしい。

 司令部からも直属の上司からも、ついでに支援を受けた部隊からも感謝されたが、特別捜査官の研修としては可もなく不可もなくであったそうだ。

 

「そや、アーベルさん……やのうてマイバッハ課長!

 はよユリアに会わせて欲しいんですけど!」

「ごめん、今昼寝中」

「えー……」

 

 アーベルは書類棚の上を指差した。

 そこにあったクローゼットの脇に、以前はなかったマリーらによる手製のカーテンが掛けられている。

 

「生まれたての頃よりは短くなってるけど、一日2回の昼寝はまだ必要なんだ。

 情報の再処理と駆動部の微調整は仕事の内だから、大目に見てやってね」

「わたしもお世話するとき、覚えとかなあきませんね」

 

 そのまま仕様の通達や製造予定の確認、細部の決定に入る。

 アーベルも驚いたことに、現時点で彼女の平均魔力発揮値はアーベルの10倍以上に達し、今もまだ成長を続けているという。戦術や魔法運用も評価に入る魔導師ランクはともかく、魔力だけならもうすぐSSに手が届きそうと聞いては、開いた口が塞がらない。

 

「さて、魔力の投入量と出来上がりなんだけど、ほぼ完全に僕が任されている。

 でも……うちの上司だけでなく、クロノやロウラン提督にも相談したんだけどね、政治的な制約の方が問題なんだ。

 弱すぎても困るけど、強すぎると今度は上から危険視されるかもしれない」

「難しいんですねえ」

「あまり人造魔導魂が強大すぎるとフレーム強度とか中身の設計を根本から見直さなきゃならなくなるから、僕としてはその名目に甘えておこうかと技術者らしからぬ誘惑に駆られたりもする」

「アーベルさんはどのあたりが都合いいんですか?」

「はやてちゃんと融合することを考えると、運用面からは魔力は少しでも強い方が望ましい。

 その上で基本はサポートに徹する支援型として、単体では強くないと『見せる』方がいいかなと思ってる。

 あとは、リインフォースの入れ智恵」

「リインフォースの?」

“はい、我が主。

 少々小ずるいのですが、同じ二段構えなら状況も利用するべきと考えました。

 ハラオウン提督やロウラン提督には苦笑されましたが、大筋では認めて戴いております”

「ふうん……。どないすんのん?」

“主を中核とした、戦力運用システムの構築を目指します”

「……わたし?」

 

 自分を指差すはやてに、アーベルは頷いて説明を付け加えた。

 

 

 

 現在のはやてを戦力運用の面から見た場合、古代ベルカ式非人格型アームド・デバイス『シュベルトクロイツ』を用いて魔法を行使する広域殲滅型魔導師『八神はやて』、となる。シュベルトクロイツは、多機能ではないが信頼性の高い魔法発動媒体として装備されていた。

 

 普通の魔導師ならこれで充分だし、通常はデバイスの最適化や本人の努力による能力向上を目指すわけだが、第六特機はここにユニゾン・デバイスという別種のサポート・ユニットを追加するのが仕事である。

 ユニゾン・デバイスが演算補助や魔力運用効率といった面から本体である八神はやてが持つ能力を劇的に向上させるであろうことは、アーベルとユリアの試験で確かめられていた。

 

 だが能力は十分以上と見積もられる『ユニゾン八神はやて』も、戦闘経験という点では今ひとつ補いようがない。彼女に他者と同じく経験を積ませてもいいのだが……ここにちょうど都合の良いものがと、リインフォースは考えた。

 

 リインフォース自身だ。

 

 はやてを中核として、演算補助と魔導行使を行う新ユニゾン・デバイスと、戦術指揮官役のリインフォースを統合し、共有ストレージとして『夜天の書』『蒼天の書』を付け加え、シュベルトクロイツはユニゾン中でも三者に等しく利用される魔法発動媒体として改造する。

 

 また……こちらは予想される事だが、シグナム達ヴォルケンリッターは魔法生命体としてはやての魔力を元に生成された経緯を持つから、ユリアに対するゲルハルトとは違い、新ユニゾン・デバイスあるいは新生リインフォースとの融合適性も高いのではないかと、期待されていた。

 

 もちろん、これだけの戦力を野放しにすることは出来ない。

 有事の際には本当の『切り札』として、予算から責任から使用許可から、クロノが全てを預かることになっていた。

 

 

 

「……アーベルさん、リインフォース、丸投げしてもええかな。

 こんがらがってきたわ」

「……。

 幾つか変更点もあったと思うんだけど、リインフォースから質問や要望は?」

“聞いていた限りでは問題ない。

 私は素案の作成者だからな。

 主を取り巻く状況を分析し、熟考した結果だという自負はある”

「前に任せたて言うた通り、その辺は信頼してるんよ」

 

「ロード……」

 

「あ、起きてきた」

「すずかちゃん、昨日学校で見た時よりえらいちっこなったなあ……」

“あ、主……”

「ちゃうちゃう。

 これは初対面の時、絶対言わなあかんて決めとったんや!」

 

 以前、ボケとツッコミがどうのとはやてに力説されたような気もするが、彼女の信奉する、アーベルにはよくわからない笑いの理論的には必要な行為らしい。

 

 それはともかく。

 昼寝から起きたユリアはふわふわとやってきて、いつものようにアーベルの肩に座り込み……そこで来客に気付いた様子である。

 

「……?

 はっ、お客さん!?

 はわわわわ、えーっとえーっと……」

 

 10秒ほど慌てていた彼女ははっと我に返り、腕を振って寝間着代わりのTシャツにショートパンツから一瞬で空士の制服に着替えた。

 

「失礼しました!

 第六特機課所属、ユリア・マイバッハ三等空士であります!」

 

 切り替えの早さは見事だったがよくあるホームコメディのようでもあり、容姿も相まってはやてにはかなり受けた様子だった。

 

「八神はやて特別捜査官です。

 ユリア、よろしゅうなー」

「はいっ!」

「それからこの子はザフィーラ」

「……あ、知ってます!」

「へ!?」

「む!?」

「深い深い森に住んでいる、魔法の狼ケーニヒスヴォルフ・デア・ブラウヴァルト!

 額の貴石様魔導感覚器が特徴で、すごく強いから森の王様なんですよ!

 あれっ!?

 でもロード、どうして第六特機に森の王様が……?」

 

 きょとんとするはやてたちに、ユリアは三等陸士として貰った最初の給料で、動物図鑑のデータチップを買ったのだと補足する。生まれたてであらゆることを知りたい気持ちが押さえられない彼女には、大事な宝物となったようだ。

 

「……ああ、ザフィーラのことを直接知ってたわけやないんね。

 ちょっとびっくりしたわ」

「ユリア。

 我はザフィーラ、主はやての守護獣だ」

「守護獣?」

「ミッドチルダ式で言うたら、使い魔みたいな感じなんよ」

「使い魔さんなら知ってます!

 無限書庫のフェレットさんみたいな人のことですよね?」

「……少し違う」

「えー!?」

 

 ザフィーラは肯定も出来ず、アーベルに助けを求める視線を送った。

 はやてはもちろん、腹を抱えて笑っている。

 

「……ちょっと待ちなさいユリア、それは誰から聞いたの?」

「ハラオウン提督です」

「クロノか……。

 あー、ユリア、ユーノ君はフェレットにもなれるけど、使い魔じゃなくて変身魔法が使える人間なんだ。

 失礼にあたるから、本人の前では絶対に言っちゃ駄目だよ」

「あんなユリア、ザフィーラも人間になれるんやでー」

「おおー! 森の王様すごい!」

「ちょ、はやてちゃん!

 話をややこしくしないで!」

 

 大仕事を前に緊張感のないこと甚だしいが、これぐらいの息抜きははやてにもさせてやるべきと、いつか八神家のリビングで会話したことをアーベルは思い出していた。

 

 

 

 ちなみにその後、ザフィーラがユリアを背に乗せて第四技術部内を移動する姿が見られるようになった。

 ユリアももちろん嬉しそうであったが、後からはやてに囁かれたところによれば、ザフィーラの方でもユリアを気に入ったらしい。

 

 ……彼は誇り高き魔狼だが、初対面の相手からは『犬』扱いされることが日常であり、いらぬ警戒を周囲に与えるのもどうかと渋々ながら状況を受け入れていた。

 その点、説明前からザフィーラを『狼』として認識したユリアは、彼の中では特上の友好度にて接すべき相手とランク付けされた様子である。

 

 


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