ユリアが魔力発揮値でBランクを越えた10月も半ば、単体稼働試験やユニゾン時のデータ収集も本格的になってきた。
その頃には技術本部の持つ本局内試射場でのテストも許可されていたので、カートリッジを使う試験でなければわざわざ無人世界まで出掛ける必要もなくなっている。
合間にナカジマ姉妹がメンテナンスに訪れていたが、ユリアの人見知りも少しだけ影を潜めた様子で、すぐに仲良くなっていたことはアーベルを喜ばせた。。
彼女の能力や適性も、徐々に確定され始めていた。
元になった望天の魔導書が参謀タイプ、その上アーベルの魔力をベースにしたせいか、ユリア単体としては古代ベルカ式の支援型で、中距離の誘導制御型射撃魔法と補助魔法が得意だ。
ここまでは開発時に予想された通りで、範を取った望天の魔導書の能力も十分に再現されている。
ユニゾン時にはロード───ユリアにとって最も適性の高い融合相手であるアーベル───の能力底上げにまわるが、ベルカ式への対応以外にも、直射型射撃魔法の命中率に劇的な改善が見られたり、誘導弾の数がやたら増やせたり、探知魔法は索敵範囲こそ伸びなかったが恐ろしく精密な探知を可能にしたりと、支援型の名に相応しい十分な能力を発揮していた。
攻撃魔法の威力こそアーベルが非ユニゾン状態で行使するそれと大差なかったが、運用に関しては精緻を極めている。クロノをして、このままアーベルとユリアを士官学校か航空武装隊に放り込み、戦闘魔導師教育を施して前線に送り出した方が管理局全体の利益になるかもしれないと言わしめていた。
今のうちに他者とのユニゾン試験も済ませておきたかったが、残念ながら現在のところ、アーベル以外に融合適性を持つ魔導師は現れていない。
ゲルハルトあたりならいけるかとわざわざ呼びつけたのだが、適性判定はD───能力を最大限に活かせるロード候補ならA、適合して魔法行使に問題がなければB、融合のみが可能なC、無理ならD───と、近しい血族なら大丈夫かと見込んでいたアーベルらの推理は外れてしまっていた。
最近はスイーツ以外のことにも興味を持ち始めたのか、アーベルがデバイスパーツの設計をしている様子をじーっと見つめていた彼女に、後々役に立つかなとデバイスマイスターの知識も学習させている。無論、情報をデータとして読み込めるユリアのこと、一から教える必要はなかった。
「ユリア、デバイスマイスターC級取得、おめでとう!」
「これでユリアも本格的に第六特機の一員ね」
「がんばったね、ユリアちゃん」
「ありがとうございます、マリーさん、シルヴィアさん、エレクトラさん」
実際の作業となると経験不足が邪魔をするようだが、それでも学習開始一週間弱でデバイスマイスターC級を取得、一部のプログラムはアーベルも納得するほどのものを組めるようになってきた。但し教科書から少し外れるとまだ行き詰まってしまうようで、B級の取得はもう少し先になるだろう。
ちなみにユリアが受けたデバイスマイスターC級試験の裏では、少しばかり余計な問題も浮上していた。
果たしてユニゾン・デバイスは一般的なデバイスと同じ管理局の『備品』なのか、という問いかけである。
この疑問を抱いたのはアーベルら開発者側ではなく、挨拶を兼ねてユリアの披露に行った先、運用部レティ・ロウラン提督の部下であった。
管理局行政上、ユリアは第六特機の『備品』で、管理責任者はアーベルとなっていた。
これはデバイス関連の法規に基づくものだし、特に疑問を抱くようなことではない。彼女は第六特機によって開発されたデバイスで、製造過程こそ複雑だったが、事務手続きや開発の経緯は物言わぬ非人格型アームド・デバイスと何等変わるところはなかった。
ところがユニゾン・デバイスは外観も人間に近く、自己判断能力と単独行動能力を有していて、自由意志も存在している。アーベルらも彼女の起動後、ユニゾン・デバイスとはそのような存在だと認識して子供に物を教えるように接していたが、予備知識のない運用部の部員には不思議に思えたのだろう。
それを見ていたロウラン提督が、面白がって煽ったのがいけなかったかもしれない。
面談という名のおやつタイムを取って提督はあれこれとユリアに質問を繰り返し、法制度上も魔導師が使役する使い魔と同じかそれに近い立場にする方がいいと、一人勝手に結論付けた。
特にロウラン提督は、アーベルらの対応と現在の生活環境に問題はないが、書類上で備品扱いをされている現状はデバイスとしては正しくとも外部から見て管理局への心証を悪くするかもしれないことを気にしていた。ユリアの外観なら、心理学に基づいた対人関係の円滑化も見込める。ユニゾン・デバイスに対する世間の認識が今ひとつ定まっていない現在、権利として確立しておく方が今後のためにもなるだろうと押し切られてしまった。
だが、ユリアと彼女に続くであろうユニゾン・デバイスの権利が拡大されるのなら、多少面倒でもこちらに異存はない。
一週間ほどしてアーベルもユリアと共に本局の会議室に呼び出され、オブザーバーとして問われるまま質問に答え資料を提示した結果、彼女は第六特機の『備品』から6人目の『課員』になり、おまけでファミリー・ネームもつけられユリア・マイバッハ三等空士として正式な局員になった。
「よしユリア、記念に写真撮ろうか」
「写真?」
「ユリアと一緒で、デバイスマイスターを目指している人がいてね。
その人に贈ってあげたいんだ」
「えーっと、すずかちゃんですか?」
「……へ!?
ユリア、なんですずかちゃんがデバイスマイスターを目指してるの知ってるの!?」
「マリーさんたちが教えてくれましたよ?」
「ぐっ……」
対面するまでは内緒にしておこうと思っていたのだが、ユリアの手前、にやにやとVサインで写真に混じろうとするマリーたちを怒るわけにも行かない。
集合写真のついでに仕事風景として課長席に座らされ、同じように課長席のデスク上で小さな事務席に座るユリアとの写真も撮られる。
彼女の机と椅子はアーベルの自作で、ホームセンターで買ってきた樹脂の板をデバイスのアウターフレームを作る工作機で加工し、細部をデバイス修理用のナノハンドで仕上げた物だ。
ちなみに課室の書類棚の上には専用のクローゼットがあり、彼女の私物とも言えるアーベル手製の小さな食器類やハンドタオル───何故か彼女のお気に入りとなって持って行かれてしまった───がしまい込まれている。
「ロード、わたしもすずかちゃんに会いたいです」
「今はちょっとなあ。
僕も会いたいけど……」
手紙のやり取りは、魔導師三人娘たちがそれぞれの仕事に忙しくなったせいもあり、二週間に一度が限界に近くなっていた。彼女たちが本局に立ち寄ることはあっても、アーベルが出向いて接触する暇もない。
代わりに次元間通信機と転送ポートの設置が秒読み段階に入っているので、そちらの問題はなんとか解消されようとしていた。
▽▽▽
11月も半ばを過ぎてユリアは完全な安定期に入り、魔力量も予定のB+に到達していた。それでもしばらくは彼女に関する報告書などをまとめながら注意深く見守っていたが、人造魔導魂の成長が止まったことを受けて、アーベルのアミュレットから行われていた魔力供給も停止している。
「やっと本式の試験も出来るなあ」
「アーベルさん、リミッター状態でしたもんね」
「意外に頼ってたのがわかったよ」
彼女の人造魔導魂の成長が早くに止まった理由は、どうも当初から魔力量Bランクと目標が低かったことに主要因があるらしい。
逆にはやての時はかなり長い試練になりそうで、予定表を修正することになった。
「一応はやてちゃんのユニゾン・デバイスも、予定通り許可が下りてるけど……」
「これ、リインフォースにまで繋げるのは難しそうですね……」
ユリアは確かに、アーベルらの予想を超えて優秀だった。
しかし同時に、専用調整槽やメンテナンス・クレードルなどの設置、製造の手間、維持管理に必要なバックアップ・クルーの確保まで考慮すれば、術者とデバイス、そして既存のバックアップだけで完結できる通常の魔導師とは比較にならない時間と資金の投資が必要となっている現状は、とても手放しに喜べたものではない。
今後の改良次第ではエース級魔導師の相棒として普及する可能性は秘めていたが、それこそ管理局のデバイスに対する基本方針を覆すような『何か』が必要であろう。
例の事件がなければ、これを引き出すのに何年かかったか想像もつかないアーベルであった。