シグナムの力を借りてテストを行った6機のデバイスは本局ではなく技術本部預かりとなり、しばらくは試用を希望する管理局所属のベルカ式適性持ち魔導師───騎士に随時貸し出されることで落ち着いた。ゲルハルトはここでも活躍し、シグナム用に調整された魔導回路を外して、アーベル設計のそれよりもロスが少なく耐久性と効率に優れた汎用型回路を取り付けている。
第六特機には試験への立ち会いの他、事後にレポートと改造案、要望書などが回ってくるぐらいで、大事にならなかったのは幸いだ。無論この状態では本来の力は発揮できないが、個人調整された機体を用いての試用試験を希望する魔導師にはマイバッハ工房に出向いて貰う型式を取っていた。
時にはマイバッハ工房に丸投げもしていたが、ゲルハルトをプラントに取られ、今のところ実働する技官が2名とあっては仕方がない。ユニゾン・デバイス開発の承認は降りていたものの、リインフォースの件が部外秘に近いこともあって、増員については強く言い出せないでいた。
だが今は、ともかく開発の許可が下りているのだ。
上の機嫌が良いうちに結果まで出しておけば、後々に繋がるだろう。
「で、アーベルさんはリインフォースの意見に賛成と?」
「まあね。
クロノやロウラン提督とも話し合ったけど、メリットもあるよ」
今日のところは試験もなく、第六特機は平常営業だ。
アーベルは技術本部に提出するアームド・デバイス試用試験の報告書作成に追われ、マリーはユニゾン・デバイスの製造手順書をチェックしながら問題点を洗い出していた。
「能力の中庸な、あるいは低い機体になってしまうけど、逆に言えば扱いやすい。
……例えば古代ベルカ標準のカートリッジとの対比になるけど、管理局スタンダードに決定しつつある中口径の汎用カートリッジみたいなものかな。
大抵の試験が僕と製造試験機だけで済ませられるのもいいし……それにまずは、何と言っても実際に作ってみないことにはね」
大凡の仕様はリインフォースの意見が反映され、基礎となるコア周りは古代ベルカ式、制御系と駆動系はミッドチルダ式と古代ベルカ式の二系統併存とされた。
最初の1機から駆動系統を統合してハイブリッドタイプとするのは、流石に敷居が高すぎる。そこでユニゾン・コアを魔導書の管制人格に見立て、本体の制御系と駆動系に対してストレージ・デバイスあるいは魔導書本体同様の運用を行うように設計を改めていた。副産物として、許可を出すことでクララのコントロールも出来るようになってしまったが、アーベルが使う限り特に問題はない。
また、元となった望天の書に比較すれば製造試験機『UDX-01』の出力目標は数分の一と下がってしまうが、同時に設計や製造の難度も下がるので、製造技術の実証や経験の蓄積という意味では正しくもある。……リインフォースの件を考えれば、ここで躓くわけにはいかない。
ついでに希少技能故に両対応が必然となるはやて用融合騎を見越したテストも兼ねているが、本来がミッドチルダ式魔導師であるアーベルにも都合が良かった。
更に中庸な機体として完成をさせることは述べたが、後から大容量ストレージを備えた魔導書型デバイスをそれぞれに付け加える。これはユニゾン・デバイス本体に組み込まないことで本体側の処理能力の割り当てを減らし、性能を低下させ過ぎないための措置としてリインフォースより進言を受けていた。
「僕の場合、古代ベルカ式の魔法も使え無くはないけど、やっぱりミッド式がメインだからなあ。
リインフォースの入れ知恵がなかったら、無理を押し通して製造試験機まではやてちゃんに頼ってたかもしれない」
調整されたユニゾン・コアと人造魔導魂の定着には、ベルカ式での魔力操作が求められていた。ミッド式の評価AAAよりも能力は格段落ちるが、幸いアーベルはベルカ式の魔力操作も出来無くはない。
「出来上がる試験機は、多少総合性能が落ちても両対応でないと困るからね」
「アーベルさんがいいならそれでいいですけど……。
もちろん、はやてちゃんの為……リインフォースの為って意味合いもありますものね」
「うん。
それに、完成前はともかく、完成後も大きな魔力を吸われ続けるのは、普通の魔導師なら嫌がるよ。
使い魔ともちょっと違うし……」
技官の自分なら、仕事に影響するのはデバイスのテストぐらいである。マイスターが余所から必要十分な能力を持ったテスターを呼ぶのは、マリーのような非魔導師のデバイスマイスターにとってはごく当たり前のことだ。アーベルも先日、要望書を出してシグナムを呼びつけている。
「まあ、そんな部分まで含めて、誰かが試さなければならないなら僕が適任だ。
広く普及してからはともかく、魔力量AAAの戦闘魔導師に最大半年ほど魔導師を休業してくれなんて……局が認めても、普通は本人に罵倒されるのがオチじゃないかな」
「納得して応じてくれる魔導師なんて、最初から理由があるはやてちゃんぐらいでしょうね……」
「僕だって『半年ほどC級マイスターとして仕事してくれ』なんていきなり言われたら、多分喧嘩になるよ」
「あはは、わたしもです」
ちなみに魔力量AAAは割と便利なステータスだったんだなあと、しばらく後、製造中になってから振り返ることになるアーベルだった。
▽▽▽
デバイスマイスターにしてメカニックマイスターの資格も持つマリーを侮っていたと言うべきか、9月中旬には、ユニゾン・デバイス専用の調整槽からフレーム作成の手順書まで、粗方の準備が整ってしまった。
……堂々と表には出せないが、彼女は違法研究者が遺した戦闘機人計画の後処理に関わっている。望天の魔導書の製作データとリインフォースの助言をヒントに、そちらの技術から幾つか発想を引っ張ってきたらしい。
「デバイスと言っても、ユニゾン・デバイスは機械でありながら人造魔導師的な側面もありますよね」
「……確かにね」
「しかもベースはデバイスです。
それに気付いたから、着目点をそちら寄りにしてみたんですよ」
彼女は簡単に言うが、ここまでくるとアーベルにもお手上げである。
後は大人しく責任者兼実験材料に徹するかと、肩をすくめた。
しばらくは、どちらにしても忙しくなるだろう。
先に済ませてしまえと地上に戻っていたはやてに通信を繋いで、簡単な説明を行っておく。
『へー、ほなアーベルさん、しばらく魔導師お休みするん?
……あ、わたしもか』
「うん。
しばらく先になるけど、はやてちゃんにもお願いすることになる。
それも『2回』、ね……」
いきなりリインフォースを移植するのは、政治的にも心情的にも問題があった。
そこで製造試験機のデータを活かしたはやて用のユニゾン・デバイスをSランク魔導師素体の性能評価試験機という名目で製造し、その後リインフォースは別口で復活させる予定としている。
いきなり『闇の書』と瓜二つのユニゾン・デバイスが復活しては、こちらが幾ら別物だと口にしたところで非難されても仕方ない。安全度をアピールする期間は必要だと、クロノからも釘を刺されていた。
“主はやて、流石に段階を踏まざるを得ませんでした。
申し訳ありません”
『謝ることあらへん。
アーベルさんとリインフォースがようよう考えてそないなった言うんやったら、それでええんよ』
「ありがと。
ともかく、ユニゾン・デバイス製造中は、強制的にリミッターを掛けられたような状態になるってことだけ、覚えておいてね。
捜査本部を通して事前の通達は出すし、強制捜査なんかは外して貰えるとは思うけど……」
『了解ですー』
自分の進退や評判はともかく、これほど信用されているなら失敗は許されないなと言い聞かせておく。
気負ったところで状況が変わるはずもないが、気を引き締めることでやる気はわき出てくるものであった。
▽▽▽
その翌日。
アーベルの体調も良いし、マリーも既に準備を整えている。
製造を開始することに、躊躇いはなかった。
「そうでした、アーベルさん」
「うん?」
「インナーは望天の魔導書をベースにしたミッド・ベルカ両対応で決まりとして、アウターフレームはどうします?
そのまま望天の魔導書の外観にしますか?
明日までなら変更ききますけど……」
「……僕の中では勝手に決まってたんだけど、いいかな?」
「えーっと?」
なかなか言い出せなくてそのままにしていたが、今更隠してもしょうがないのでクララからとあるデータを呼び出してマリーの端末に送る。
……先日の旅行中、すずかから外観を借りる許可と同時に、必要なデータも既に取っていた。
「あー、すずかちゃんですか……。
まあね、そんなことだろうと思ってましたよ。
それにしてもすずかちゃん、よくデータ収集させてくれましたね?」
「……本気で頼んだら、許可くれた」
「愛されてますねー」
「……」
「……あ、拗ねた」
ユニゾン・コアに対して魔力供給を強制的に行うサポート・アミュレットを腕に填め、アーベルは無言で調整台の上に寝転がった。
“サポート・アミュレットとのリンクを形成。
各機能、全て正常に作動中”
「それじゃ、始めますね」
「……うん、よろしく」
機器に作動ランプがともり、アーベルも目を瞑った。
自分を取り囲むセンサーやスキャナーが発振する極小の魔力までは感じ取れないが、アミュレットからはごっそりと魔力を吸われていく。
ベルカ式に対して効率が悪いアーベルは、ここで限界近くまで頑張らないと後がつかえてしまうのだ。
アーベルの平均魔力発揮値はミッド式AAA、数字にすれば100万弱に相当した。
ここから一定量の魔力を数ヶ月間吸わせるのだが、少なければ人造魔導魂の成長度が悪くなり、多ければ提供者側に何かあった場合対応できなくなる。
今回は実証実験も兼ねているので無理のない範囲での最大量、約5割の魔力を提供することに決めていた。予定では3ヶ月から4ヶ月、最大半年ほど1段半から2段階のリミッターを掛けると思えば、デバイスのテストが人任せになる以外、日常生活にもそれほど影響はない。
ミッド式換算で約50万の常時魔力消費はアーベルの魔力回復量と安全係数を勘案した最大の数値だが、それとは別にもう一つ大きな制約もあった。
望天の魔導書の製造データにも記されていたし本番前の機器動作テストでも確かめられたが、提供された魔力の大半は魔導回路の書き込みや維持、保護フィールドの形成に消費され、更にはミッド式メインであるアーベルの魔力では変換ロスが大きく、約10%のみが人造魔導魂本体の形成に使われる。
つまり上手く出来上がっても、アーベルを提供者とした今回の場合、ユニゾン・デバイス単体の能力値は魔力量B、上手く行ってもB+が限界と最初から決まっていた。
無論構想段階では、魔力駆動炉からの補助供給で魔力を補う、時間が掛かっても完全なミッド式ユニゾン・デバイスとして再設計するなど、様々な案も考えられている。
しかしシステム上、魔力波形のみならず個人の持つ資質の変換まで要求されるとなると技術的蓄積もなく、流石に一から研究する時間も予算もない。また相談したマーティン部長から、あまり強いといらぬ警戒を生むと注意を喚起されたこともあって、自主的に制限をかけていた。
「お疲れさまです、アーベルさん」
「こっちは寝てただけだよ。
マリーこそお疲れさま」
「もう動き回って貰っても結構ですよ。
……この階の中だけですけど」
3時間ほどで、マリーは基本作業を終えた。
ちなみに調整槽内で人造魔導魂形成と同時に回路が成長を続けるユニゾン・コアがフレームに移植されるまでの一週間、アーベルは第四技術部5階にて軟禁同然の状態で過ごすことが当初より決まっている。
……課室や廊下、トイレ、シャワールームにも専用の魔力中継器を設置することを思いつかなければ、本当にメンテナンス・ルームから出られないところであった。