最近のデバイスはわがままで困る   作:bounohito

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第四十話「収監」

 

 

 納期の前日まで試験を続け基礎データの収集と小改良を繰り返すこと数度、試作の非人格型古代ベルカ式アームド・デバイスは無事に本局へと引き渡された。

 引き取りに来た相手の所属さえわからなかったが、正規の手続きは通っていたし、第四技術部のマーティン部長も同席していた。これではアーベルも口を噤まざるを得ない。

 何も言わないアーベルに部長も小さく頷いて、納品はそれで終了した。

 マリー同様納得は行かないが、これも仕事だ。

 

「まあ、しょうがないですよねえ……」

「……」

 

 マリーも眉根を寄せていたが、アーベルも気分は同じ様なものだった。

 ここで騒ぎ立ててクロノや教会にまで迷惑が掛かっては、リインフォースの再生も遠のいてしまう。何のために実績を積んでいるのか考えれば、本末転倒である。

 本気で偉くなってやろうかと埒もない考えが浮かぶが、ここは我慢が正解だ。

 ゲルハルトには、ごめんと通信越しに謝った。

 

 祖父や父ら、マイバッハ工房で作られた方は無事騎士団に引き渡され、こちらは担当騎士に合わせて個人調整が為された後、各種テストが行われていると聞く。

 しばらくして第六特機の方はどうなのかと聞かれて、『偉い人が持っていった』と口にするしかなかったのは少々情けないが、元局員の父には想像がついたようで、以後は弟にさえ問われることはなくなった。

 

 ちなみに半月後、人格型デバイスも同様に持ち去られたのだが、アーベルは余計なことは何も言わなかった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 しかしこの一件は、大事件に発展してしまう。

 

 8月も終わり頃、ベルカ式デバイスについて一通りの仕事が終わったので、そろそろユニゾン・デバイスの準備に取りかかろうかと、マリーに相談していたときだった。

 大きめのノックと共に課に入ってきたのは、数名の武装隊員を連れた中年の士官である。

 

「本局査閲部、カルペンティエリ査察官であります。

 マイバッハ二佐、貴官にはとある嫌疑が掛けられております」

「は?」

「どうぞ、我々とご同道下さい」

 

 その場にいたマリーや事務員のエレクトラも、不安そうに成り行きを見守っていた。

 令状を持った本物の査察官では、抵抗も何もない。クララをカルペンティエリ三佐に預け、両脇を抱えられるようにして連れ去られると、第四技術部の前に待っていた本局ブルーの護送車に押し込められる。

 

「やあ、マイバッハ課長」

「部長!?」

 

 マーティン部長はいつもの調子だが、姿勢よく腰を掛けて両脇を武装隊員に固められていた。

 これはデバイスの件だろうなと、天井を見上げて大人しく対面式の席に座り込む。運が悪かったのは、自分と部長だけのようである。

 

「無駄口は禁止だそうだよ」

「……了解です」

 

 肩をすくめるマーティン部長に対し、やれやれと同意してアーベルは溜息を一つついた。

 

 

 

 連れて行かれたのは本局の中央区画でもやや人の気配が少ない査閲部───用もないのにそんな場所に行きたがる者はいない───の、その中でも特に人のいない収監施設のようであった。

 アーベルもここが親友ヴェロッサ・アコースの所属先だとは知っていたが、近づいたこともない。

 

 部屋は部長の隣だが壁越しに話が出来るはずもなく、アーベルは素っ気ない造りのベッドに寝ころんだ。

 

「……暇だ」

 

 丸一日昼寝をしていたようだが、壁がせり上がって出てくる三度の食事と自動消灯でそれを知る事が出来た程度で、取り調べさえないことが逆に苦痛だった。

 嫌疑なら嫌疑でとっとと晴れてくれればいいのだが、接触さえないので手の打ちようもないのである。

 

 

 

 もう半日ほど余計に過ごしたアーベルの元に、ようやく『人間』が現れた。

 

「アーベル君、そのベッドの寝心地はどうだった?」

「ヴェロッサ!?」

 

 ヴェロッサの手にクララが乗っているのを見つけ、ほっと安心して受け取る。

 少なくとも取り調べなら友人である彼が来るはずもなく、クララをこんな場所で取り出す必要もない。

 

「無事の釈放おめでとう。

 嫌疑は晴れた……って言いたいところなんだけど、ほんとは嫌疑じゃなかったりして」

「……は?」

 

 そのまま別室へと案内され、部長と再会する。

 こちらも無事に開放されたらしい。

 

「やあ、マイバッハ課長」

「……お疲れさまです、部長」

 

 ワゴンに乗せられたときと全く同じ調子の部長に、苦笑が漏れる。

 アーベルも安心したせいで、少し肩から力が抜けていた。

 

「……ヴェロッサ、説明」

「まあまあ。

 もう一人来るから……ほら来た」

「クロノ!?」

 

 部長の姿があるためか、きちんと敬礼して入ってきたもう一人の親友に驚きを隠せない。彼が査閲部に顔を出すなど、それこそ珍しいはずだ。

 

「お疲れさまでした、マーティン部長」

「ハラオウン提督こそお疲れさまです」

 

 互いに握手を交わすクロノと部長に、アーベルは首を傾げた。

 だが、二人が共ににやっと笑ったところを見ると、これは相当前から仕組まれていたものらしいと想像がつく。

 

「種明かしをするとね、うちに来て貰ったのは嫌疑の為ではなく、保護するためだったってことだよ」

「割と危なかったんだからな」

「まあ、厄介の種は、第六特機設立の前からあったんだがね」

「……部長?」

「掻い摘んで言うとだね───」

 

 ぶっちゃけてしまえば、聖王教会との蜜月を快く思わない管理局至上主義者の中でも強硬派の将官───次元航行部隊の中将でクロノの間接的な上司───が暴発寸前だったらしい。

 公文書偽造、業務上横領、犯罪者幇助、争乱準備集合、公務執行妨害etc。今は子飼いの士官数名や流しの傭兵魔導師と共に逮捕され、既に取り調べも始まっているという。

 持って行かれたデバイスも、強制捜査を受けた将官の自宅で見つかったそうだ。

 

 この一件、一番危なかったのはここしばらくで教会と協力して成果を上げてしまった第六特機とその上の第四技術部で、部長とアーベルは査閲部で直接保護、第六特機の他の面々も課長収監を理由に待機休暇を取らせるとこっそりアースラに退避させて艦を訓練名目の航海に出し、第四技術部には査閲部の息の掛かった武装隊の一隊が第六特機捜査の名目で警備にあたっていたという。

 マイバッハ工房の方にさえ、ヴェロッサ経由で内密に警告と要請を受けた教会騎士団が、デバイス整備の研修と偽って騎士を常駐させていたようである。

 

 内偵はほぼ済んでいたから、査閲部はアーベルとマーティン部長を収監命令───マーティン部長、クロノ、査閲部で話し合われた結果、収監の理由は業務上横領に決まり、カリム経由で教会上層部にも偽装収監の内諾を得ていた───によって保護、後顧の憂いを断ちきり、同時に偽情報をそれとなく流して暴発のタイミングを誘導、最後はヴェロッサら実働部隊が動いてしっかりと証拠を押さえ逮捕に踏み切った。

 

 もう半日逮捕が遅れていれば、古代ベルカ式デバイスを証拠品にした偽装テロと、それによって教会の評判を落とすという自作自演の暴虐が起きて、物言わぬアーベルと部長の死体が添えられていても不思議はなかったと三人は締めくくった。

 

「でも、そんな簡単に暴発するような人が……中将になれるのかい?」

「……中将になるのは簡単じゃないぞ」

「もちろん、暴発させるのもね。

 大変だったんだよ、ほんと。

 仕掛けその物も面倒だったけど、査閲部の独断による暴走とそれに伴う逸脱行為……なんてことにされたら元も子もないから、次元航行部隊の総司令部だけじゃなくて、総監部にもお墨付き貰ってきたぐらいだし……」

 

 アーベル君が寝ている間こっちは不眠不休だったんだよと、ヴェロッサは肩をすくめた。

 

「……アーベル」

「うん?」

「管理局───自分の勤め先が一番だという気持ちは、僕にも理解出来なくはない。

 だがそれは、他者を貶めて得るものではないし、他者を排除する理由にしてはならないと思う」

「全く以てハラオウン提督の仰る通りだね。

 ともかく、未発で済んで良かった。ロウラン提督から注意を喚起されたときは肝を冷やしたが……。

 陰謀だのテロだのは、技術部には無縁と思いこんでいた私の失態でもあるがね」

「そちらにご迷惑が掛かる前に手を打つのが、査閲部本来の仕事であります。

 部長には色々と手伝っていただきまして、申し訳ありませんでした」

「気にしないでくれたまえ、アコース査察官。

 部下を守るのは上司の役目、そうだろう?」

 

 ふふんと嘯く部長に、自然と頭が下がる。

 普段は温厚な紳士で通っているマーティン部長だが、今に限っては歴戦の勇士にさえ見えてしまうアーベルだった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 元より嫌疑ではなかったので、解放前に行われた事情聴取もデバイス受け渡し時の様子や収監時に不備がなかったかと云った内容に限られ、事件について口外無用と書かれた書類にサインしたアーベルは即日開放された。記録にも残らないらしい。

 

 デバイスの開発も教会との融和も、元を正せば管理局が承認した上での命令や判断だが、それを快く思わない者も同じ管理局にはいる。話までは回ってこないが、やはり教会側にも聖王教会至上主義者がいるはずだった。

 今回は部長や友人が何も言わず助けてくれたし、自分も間違ったことをしていたつもりはなかったが、もう少し身辺には気を配るべきなのだろうか。

 今回の一件は綺麗に片付いたとは言え背景そのものは根深い様子だし、次がないとは言い切れない。

 これが大人になるということなのかなと、アーベルは一人寂しく笑った。

 

 数日してデバイスも全て返却されたが、今度は自分たちで実用試験を出来る腕を持つベルカ式の使い手を局員の中から探すところから始めねばならない。これはシグナムの出番かなと、彼女の予定を抑える手続きを進めているが、少し先になりそうだった。

 

 

 

 9月に入り、休業中に何故か増えていた書類仕事を片付け、ようやくはやて用のデバイス・コアが届き、新しいシュベルト・クロイツの設計に取りかかった頃。

 マリーが嬉しそうに、技術本部から回ってきた命令書をアーベルへと差し出した。

 

「アーベルさん! 許可! 許可降りましたよ!!」

「ん? なんの許可?」

「ユニゾン・デバイスの製造許可です!」

「……えっ!?」

 

 自分はシュベルトクロイツの設計───はやての将来を見越した魔力量SS対応のデバイスとあって、一筋縄では行かなかった───に追われていた為に、日常業務の大半を彼女に丸投げしていた。

 そしてユニゾン・デバイスの製造は、第六特機の設立目的……日常業務の範疇に入っていても間違いではない。

 

 だがアーベルには、正直言って想定外の事態であった。

 

 


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