最近のデバイスはわがままで困る   作:bounohito

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第三十八話「ナカジマ家」

 

 長い休暇……もとい、出張を終えたアーベルは、久々に第六特機に顔を出した。

 急がなくてもいいと言ったはずが、既に無限書庫からは望天の魔導書の資料が届いている。ユーノが頑張ってくれたらしい。

 

「マリーもお疲れさま。

 明日からはゆっくりしてね」

「はい。

 ここでずっと、望天の魔導書のデータを読んでいたい気持ちもありますけど……」

「来月の上旬にはデバイス・コアが届くから、次にいつ休めるかわからないよ?」

「それもそうですねえ。

 今日は今日で、ギンガとスバルが来ますし」

「今日はお父さんがこっちまで連れて来てくれるんだっけ?」

「そうですよー」

 

 昼前までは、アーベルも不在中に溜まっていた仕事を片付けていた。

 約束の時間になって、マリーとともにロビーまでナカジマ父娘を迎えに出ると、地上部隊の制服を着た中年の士官に連れられた少女達はもちろんすぐに見つかった。

 

「二人とも、いらっしゃい」

「こんにちは、ギンガ、スバル!

 ナカジマ一尉、ご無沙汰しています」

「マリーさん、おじさん!」

「こ、こら、スバル!」

「アーベルさん、お父さんもお母さんも賛成してくれました!

 デバイス、作って下さい!」

「うん、後でお話ししようか」

「はいっ!」

 

 少女二人はマリーに連れられ、いつものメンテナンスルームへと向かった。面倒事は先に片付けて夏休みの後半は遊ばせてやりたいという親心も、多少は含まれている。

 

「どうも、度々娘達がお世話になっとります。

 ミッドチルダ地上本部陸上警備部隷下陸士第112部隊副隊長、ゲンヤ・ナカジマ一等陸尉であります」

「はじめまして、ナカジマ一尉。

 本局技術本部第四技術部第六特機課長、アーベル・マイバッハ二佐です。

 ……ぽっと出の技術屋なので、あまり階級は意識されないで下さい」

 

 非魔導師ながら本物の前線士官なんだろうなと、厳つい顔に頼もしさも覚えながら、いや、ほんとに仕事の都合で押しつけられただけなんですよと頭を掻き、食事でもいかがですかとアーベルはゲンヤを外に連れ出した。

 

「申し訳ありませんな。

 ……陸士の制服だと目立ちますか?」

「あー……お考えのようなこととは、若干違います。

 なかなか外には出られないので、単に外食の理由に使わせて貰っただけです」

「はあ……?」

「お気に入りの店がこの少し先にあるんですが、常勤になってから外食の機会が殆どなくなってしまいました。

 それに本局と言っても技術部は独自路線に近いですから、あまりお気になされないで下さい。

 『りく』にはむしろお世話になっているというか……」

 

 『うみ』と『りく』と『そら』───次元航行部隊と地上部隊、それから航空隊を中心とする本局武装隊の反目はアーベルでなくとも知っているが、正直なところ余所でやってくれというのが技術部の総意に近かった。アーベルなどはハラオウン閥で仕事こそ『うみ』絡みの物が多いものの、聖王教会がバックについているし政治的混乱までは技術部に持ち込んでいない。

 正確に言えば、やりたいことに予算を出してくれるところが技術屋にとっての正義かもしれなかった。

 

 嘱託時代にはよく通っていた洋食屋の扉をくぐり、とりあえず形だけとノンアルコールビールの入ったグラスを合わせる。この店はハンバーグに掛かったデミグラスソースと食後のコーヒーが美味いので、アーベルのお気に入りだっだ。

 

「では、内勤士官や転属組ではなく、純粋にデバイスマイスターでいらっしゃる?」

「はい、そうです。

 親子代々のマイスターですよ。

 親父も元局員で……この間、ギンガちゃんたちと一緒にちょっと驚いてたんですが、ナカジマ一尉の奥さん、クイント・ナカジマ准尉の『リボルバーナックル』もうちの親父が設計してます」

「ほう……。

 それは親子二代でお世話になります」

「いえ、こちらこそ」

「それでですな……」

 

 ゲンヤは代金の心配をしていた様子だが、それはアーベルの方で断った。こちらの勝手な約束もあるが、父の設計を改めて検証し、一度ぐらいは自分も近代ベルカ式アームド・デバイス、それも珍品の部類に入る手甲型のデバイスを作ってみたいという誘惑に駆られたせいでもある。

 ついでに予算の方も、課から出せる理由を思いついていた。

 

「うちの課は近代ベルカ式デバイスの開発支援も業務に含まれていますから、その一環として訓練用デバイスを作るのに問題はありません。

 代わりにギンガちゃんには使用感や不具合と言ったレポート───いや、感想文でいいかな、それを提出して貰えば大丈夫です」

 

 そういうことならばとゲンヤが納得し、アーベルも、もしもスバルちゃんまで同じ希望をしても大丈夫と、太鼓判を押した。

 

 通常の運営予算内から出しても問題ない。……というか、現在リボルバーナックルしか手甲型近代ベルカ式デバイスの資料が存在しないので、それが複数になるだけでも相当にありがたいのである。

 

 

 

 男二人、食後のコーヒーをじっくり味わって第六特機に帰ると、メンテナンスの方はまだ終わっていなかった。デリバリーの請求が課に来ていたので、食事は済ませたのだなと知る。

 

「僕も手伝えればいいんですが、流石に『あっち』は門外漢でして……」

「いえ、ご理解戴いていることをありがたく思います」

 

 することもないので設計ソフトを立ち上げ、仮に組んだギンガ用デバイスの設計概念図を見せてみる。

 

「基本スタイルはリボルバーナックルからカートリッジ・システムを抜いて、駆動部分にリミッターを掛けたようなものになります。

 普段のメンテナンスもほぼ同一になりますし、変にデザインを弄くるよりも、お揃いの方が喜んで貰えるかなと……」

 

「あ、お父さん!」

「ただいま!」

 

 デバイスの話、地上部隊の話などをしながら時間を潰していると、ようやくマリーが二人を連れて戻ってきた。イレギュラーは無かった様子である。

 

「マリーもお疲れさま」

「いえ。

 ……あ、それってギンガのデバイスですか?」

「うん」

「わたしの!? もう?」

「アーベルさん、ずるいなあ」

「へ?」

「わたしもギンガの専属、狙ってたんですよー。

 ……よし、こうなったらスバルのデバイスはマリーさんが作るからねー!」

「えー、わたし、いらないよ!?」

 

 約束した者勝ちだなと、アーベルは胸を張ってみせた。

 早速クララによる簡易検査をギンガに行い、魔力波形などのデータを取る。

 

「来週には出来上がるけど……どうしようかな?

 持っていきましょうか?」

「……よろしいんですか?」

「その後がちょっと忙しくなりそうなんで……えーっと、この日なら大丈夫かな。

 ギンガちゃんはデバイスの名前、考えておいてね?」

「はい!」

 

 カレンダーを指差しながら、デバイス・コア到着予定日の前々日あたりを示す。

 ゲンヤも頷き、納入日も無事決まった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 一週間後。

 アーベルもミッドチルダの市街地に降りるのは、随分と久しぶりであった。

 先にいつものコーヒーショップで豆を買い求め、手土産には甘い物がいいかと別の店でケーキを用意する。

 

「アーベルさん!」

「おじさん、こんにちはー!」

 

 最寄り駅の指定された出口から降りれば、二人がこちらに手を振っている。

 後ろの女性がたぶん、クイント・ナカジマだろう。二人にそっくりだ。

 ……彼女たちがナカジマ家の養女になった『経緯』は、アーベルも聞いていた。

 

「ミッドチルダ地上本部首都防衛隊所属、クイント・ナカジマ准陸尉であります!」

 

 旦那にしたのと同じような挨拶を返し、スバルを肩車してギンガに手を引かれナカジマ家に向かう。

 道々雑談などを交わしながら、アーベルも父の作ったデバイスを見てみたいなどと頼んでみた。

 

「へえ、じゃあアーベル君はマイバッハ技官の息子さんだったのね。

 ……言われてみれば、眉毛のあたりとかそっくりかしらね」

 

 ナカジマ家に着くと、早速ブルーの半透明多面体キーホルダーを取り出し、自分はクララをメンテナンス・モードで起動させる。

 

「ギンガちゃん、名前は決まった?」

「ラビット!

 うさぎさんの、ラビットです!」

「はい了解。

 クララ、頼む」

“固有名称『ラビット』、使用者ギンガ・ナカジマ。

 ……登録完了です”

 

 ストレージ・デバイスは素直でいい……というわけでもない。

 負荷が掛かっていても限界までは文句一つ言わないので、こちらで面倒を見てやらないといけなかった。使用者登録やその後の調整も、全て術者かマイスターの手が必要となる。

 

 その分動作も軽くて魔法の発動も早いので、クロノのようにインテリジェント・デバイスの利便性を理解していながら、ストレージ・デバイスを愛用する者も多い。もっともクロノは、今後前線に出ることが減りデスクワークが多くなれば切り替えるべきかそれとも併用すべきかと、多少悩んでいるようだが……。

 

「ほい、出来上がりっと。

 はい、ギンガちゃん」

「ありがとうございます。

 ラビット、セットアップ!」

“Set up.”

 

 デザインはほぼリボルバーナックル同様であり、ギンガの容姿も相まってちびっ子クイントとも言うべき姿が披露された。バリア・ジャケットまでは登録していないので、両腕にデバイスが装着されただけに留まる。

 

「えいっ!」

 

 しばらくは一人で練習していたが、ギンガはクイントを相手に組み手をはじめた。

 その様子をモニタリングしながら見守る。

 

“マスター、調整は必要ないと思われます”

「うん。……心配はしていなかったよ」

 

 無論、組上げ時の部品間違いやデータの誤入力など、人為的なミスは起こりうるので注意は払うようにしているが、設計図どころか稼働データが参照できた実用機をベースにスペックダウンした練習用デバイスの設計で凡ミスを出しているようでは、大手を振って一人前のマイスターを名乗れない。

 

「……やっぱりスバルちゃんもデバイスいる?」

「んー……いらない!」

 

 組み手をじっと見ていたスバルは、それほど考え込みもせず即答した。

 質問をしたアーベルも、そりゃあそうかと頷くに留める。

 

 ……彼女の目の前では、母の魔法拳が姉を容赦なくぶっ飛ばしていた。

 

 




さいどめにゅー

《ラビット》

 第六特機製の非人格式拳装着型アームド・デバイス
 現役の管理局魔導師で捜査官クイント・ナカジマの同型式のデバイス『リボルバーナックル』をベースに、彼女の娘であるギンガ・ナカジマの練習用デバイスとしてデザインされたもの
 『リボルバーナックル』に装備されていたカートリッジ・システムはオミットされ、制御系の処理能力も意図的に低く押さえられていながら、戦闘機人であるギンガの高い出力成長を考慮してアウターパーツとインナーパーツの一部は同等品を使用している

 ネーミングは、旧軍の爆撃機『銀河』の尾輪が試作車に用いられたラビット・スクーターより拝借

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