最近のデバイスはわがままで困る   作:bounohito

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第三十四話「マイバッハ家」

 

「ごめんね、仕事の話になっちゃって」

「大丈夫ですよ」

「そうそう。

 それにしてもユーノ、あんなにいっぱいの女の子に囲まれてお仕事してるのね」

「内勤はどうしても女性の方が多いかな」

 

 アーベルたちは連れだって転送ポートに戻り、今度こそミッドチルダへと降りた。

 

 本局とミッドの間には次元航行する客船も就航しているものの、料金も高い上に時間も掛かる。船旅は船内イベントにも趣向が凝らされていて眺望も素晴らしいのだが、今回の旅行では諦めた。

 

 空港、市街、各地方への案内板を横目に、人の波をかき分ける。

 

「ここが第1管理世界ミッドチルダ。

 僕の故郷の玄関口だよ」

「なんていうか……都会ね。その、普通の都会」

「あんまり地球と変わらない、かな?」

「あはは、僕も海鳴に行ったときそう思ったなあ。

 よく見ると少しづつ違って面白かったんだけどね」

 

 ここでもIDと荷物のチェックだけは要求されたが、本局よりは簡便な手続きとなっていた。

 そのままインフォメーションセンタ-までぶらぶらと歩き、リニアレールのボックス指定席を予約する。こちらでも子供達は夏休みに入っていたが、平日の昼間とあって駅のコンコースも通勤時間のような混み具合ではない。

 

「車より揺れないんだ……」

「確かに、地味なところですごいわね」

「二人とも、お昼はどうする?

 景色を見ながらビュッフェで食べてもいいし、向こうに着いてからならお店もたくさんあるよ」

「アリサちゃん、お腹減ってる?」

「んー、どっちでもいいわね。

 というか、どっちも魅力的」

「お薦めは……僕の馴染みの店かな」

 

 じゃあそれでと口を揃えた二人に頷く。

 到着時刻は昼1時過ぎ、少し遅いが許容範囲だ。

 

 しばらくすると二人が居眠りをはじめたので、アーベルも目を瞑ることにした。

 自分にとってはほぼ四年ぶりとなる故郷だが、あまり気負った気分でもないのは、弟は第六特機にいるし家族とも頻繁に連絡を取っているからだろう。

 ……本局からベルカ自治領まではポート1つと直通リニア1本、中途半端に近いのだ。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 ベルカ自治区の中心部には行かず一つ手前の駅で降りると、石造りの建物が並ぶ古風な街並みが広がっている。

 

「ヨーロッパの古い町みたいね」

「うん。

 でも、綺麗」

「景観にはうるさいんだ。

 条例もあってね……」

 

 観光が主産業になってるからなあと、アーベルは手慣れた様子で広場を抜けてタクシーを拾った。

 

「運転手さん、ヴィルヘルムシュトラッセのリンデンバウムまで」

「はいよ! 

 リンデンバウムも有名になったもんだねえ。

 兄さんたちは初めてかい?」

「僕は里帰りだけどね」

「ははは、なら知ってても不思議じゃないか」

 

 気さくな運転手に道のりを任せ……とは言うものの、歩いても30分はかからない距離、数分でタクシーは止まった。

 

 テイクアウトがメインのリンデンバウムは、歴史こそ古いがそれほど高級な店ではない。どちらかと言えば地元の若者の胃袋を支える存在で、アーベルも友達と映画などを見に市街へと来たときに利用していた店だった。

 

「レバーケースゼンメルのセットを3つ」

「あいよ。

 飲み物は?」

「そうだな……」

 

 女将は全然変わらないなあとアイスのハーブティーを注文し、オープンカフェのテーブルで待っていて貰った二人のところに向かう。

 静と動、実に絵になる二人だ。

 

「はい、お待たせ」

「えーっと、お肉のパテ?」

「あ、オープンサンドにするのね」

「正解。

 ……ついでに言うと、僕の青春の味」

「へえ……」

「友達と街まで遊びに来て、お腹が空いたらこの店に寄るのがお決まりだったかな。

 だから二人にも、この味とこの風景を知って欲しかった」

「わたしたちの翠屋みたいな場所なのね」

 

 そうそうこの味と幾分懐かしさを感じながら、少しだけ変わった風景───リンデンバウム向かいの映画館は改築中で、その向こうの洒落たブティックは店の名前が変わっていた───を確かめていく。

 

「そうだ、迎えに来て貰わないと。……クララ」

“ライナウアー様でよろしいですか?”

「うん」

 

 待つほどのこともなく、家宰のライナウアーがウインドウに現れる。

 もういい年のはずだが、一向に衰えを感じさせない彼だった。

 

『アーベル様、ご無沙汰しております』

「ライナウアー、久しぶり』

『ずいぶん背がお伸びになりましたな?』

「うん。

 ライナウアーも元気そうでよかった。

 ふふ、まだまだ勝てそうにないなあ」

『私はいつも通りでございますとも。

 今どちらに……ああ、リンデンバウムでございますね。

 もうお迎えに上がってもよろしゅうございますか?』

「うん。今食べはじめたところだから、ゆっくりでいいよ」

『畏まりました』

 

 通信を切ると、二人がきょとんとしている。

 

「どうしたの?」

「……アーベルさんって、お坊ちゃん?」

「鮫島さんみたいな人だった……」

「どうだろうなあ……」

 

 アリサの家は鮫島氏───ボディ・ガードも兼ねるアリサ専属のプライベート・ショーファー───がいるし、すずかの家もメイドがいたはずだ。

 マイバッハ家は確かに古い家だし経済的にも恵まれているとは思うが、グラシア家などに比べるといささかどころでなく見劣りしたし、住み込みの使用人は多いが特殊すぎて疑問符がついた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

「お待たせいたしました、アーベル様。

 こちらしか空いておりませんで」

「構わない。

 ありがとう、ライナウアー」

「おっき……」

「……もしかして、私用!?」

 

 ここで黒塗りのリムジンでも迎えに来れば格好もつくのだろうが、ライナウアーが乗ってきたのは三列34人乗りサロン付き、4軸12輪の大型バスだった。ちなみに観光会社の払い下げを自社改造───工房には仕事柄、あらゆる種類の機械に強い人材が数多く揃っている───したものである。

 ぽかんと見上げる二人の荷物をトランクルームに置いて、アーベルは適当な席に座るよう促した。

 

「では、出発いたしますぞ」

 

 市街地を抜けてハイウェイを走ること約20分。

 インターチェンジを降りれば、そこにはマイバッハ工房の本社社屋や各工房が見えてきた。中身は最新だが、外観は条例に従って本物の石造りである。

 幾つか見慣れない建物もあるが、アーベルが里帰りしていないうちに建て増しされたらしい。そのうちのどれかは、コア培養プラントだろう。

 

 バスはそれらを横目に市街を抜け、森を背にした一際大きな建物───アーベルの生まれ育ったマイバッハ家本邸に向かって行く。

 

「ああ、見えてきた」

「……あれが?」

「すご……」

 

 見かけは前庭を持つ四階建ての旧様式、部屋数は200を優に超えるが半分ほどには内弟子と言う名の社員達が住んでいたから、創業者一族が社員寮に暮らしているようなものだと笑い話にすることもあった。

 故に家宰のライナウアーは寮長で、メイドたちは寮母さんである。世話をする人数が多いから、必然的にメイドの数も多い。アーベルも子供の頃からその賑やかな大家族の中で育ってきたから、自分の家がそれなり以上の旧家だという自覚が今ひとつ足りていなかった。

 

「……アリサちゃん、ど、どうしよう?」

「前庭どころか森まであるわね。

 まるっきりヨーロッパの離宮じゃないのよ、これ……」

「見かけは大きいけど古い建物だし、うちの家族だけで住んでるわけじゃないからなあ」

 

 玄関前には数名のメイドと共に、母ゲルトラウデの姿が見えた。

 少しは懐かしい気分で、家を出る前のことを思い返す。

 

「母さん、ただいま!」

「アーベル!」

 

 つかつかとアーベルに近寄ったゲルトラウデは、笑顔でアーベルの耳を引っ張った。

 すずかとアリサはそれをぽかんと見上げている。……そうなるだろうと予想されていたのか、ライナウアーやメイド達は特に反応は示さなかったが。

 

「……行ったら行ったで帰ってこないわ連絡はしないわ、あげくにあっちの世界にどっぷり浸かって出世までしたんですってね?」

「母さん、ものすごく耳が痛いんだけど。……物理的にも精神的にも」

「痛くしてるんですもの。

 まったく、誰に似たのかしら……」

 

 お客様がいらしてるからここまでにしてあげますとようやくのことで開放され、すずかとアリサを紹介する。

 

「アーベルの母ゲルトラウデです、可愛らしいお客様。

 騒がしいところだけど、ゆっくりしていらしてね」

「お世話になります、アリサ・バニングスですわ、奥様」

「月村すずかです、よろしくお願いします」

 

 旅行前に、彼女たちが第97管理外世界からの来客で、ミッドチルダ語とこちらの常識に不慣れであることは予め話を通してあった。家族だけでなく、デバイス持ちのメイドも翻訳魔法を使っているはずだ。

 

 それはともかく。

 

「まあ、あなたがすずかちゃんなのね!」

「えっ!?」

「母さん!?」

 

 何故母がすずかの名を『特別な意味合いで』知っているのだろうか……?

 だがそれを問う間もなく、母が指示を飛ばす。

 

「グレーティア、ケートヒェン、お二人をお部屋にご案内してさしあげて」

「畏まりました」

「ちょ、母さん?」

「アーベル、あなたはまずお爺さまとお婆さまにご挨拶していらっしゃい。

 私はお客様と青雲の間でお茶をしていますから」

「……はい、母さん。

 すずかちゃん、アリサちゃん、すぐ戻るから母さんにつきあってあげて」

「い、いってらっしゃい、アーベルさん……」

「またあとで……」

 

 やれやれと肩を落として母とメイドに二人を委ね、アーベルは祖父らのいる部屋を聞き出すとそちらに向かった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 祖父からはよくぞやったと褒められて古代ベルカ式デバイスの設計案や展望についてあれこれと尋ねられ、祖母からは昔のように頭を撫でられて、30分ほどは放して貰えなかった。

 

 二人のことが気に掛かるのでまた夕食時にと部屋を辞し、急ぎ足で青雲の間───いくつかある応接室の中でも身内を招くのに使われている部屋───に向かう。

 

「おう、アーベルお帰り!」

「二人も彼女連れ帰ってきたんだって?」

「ただいま!

 でもごめん、急ぎなんだ!」

「しゃあねえなあ」

「デバイスのことも後で聞かせろよ!」

「わかってる!」

 

 すれ違った兄弟子たちとハイタッチを交わして、青雲の間へと一直線。

 

 すずかたちが、母からいらぬ事を吹き込まれていなければいいのだが……。

 アーベルの心配は、募るばかりだった。

 

 


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