最近のデバイスはわがままで困る   作:bounohito

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第三十三話「次元世界の入り口へ」

 

 

 アーベルが満を持してハラオウン家に到着したのは、私立聖祥大学付属小学校の夏休みが始まった翌日であった。

 

「おじゃまします」

「いらっしゃい、アーベルくん」

 

 迎えてくれたリンディの服装だけでなく、部屋のそこかしこに夏の装いが見え隠れしている。

 無論大人に長い夏休みはない。実戦部隊ではないアーベルやリンディ───彼女は艦長時代に貯めた有給を消化中───などはまだ融通が利く方で、クロノなどはアースラの行動に左右される。

 

「二人とも揃ってるわよ。

 フェイトとアルフは昨日からアースラね」

 

 フェイトは正式にハラオウン家の養女となり、リンディもフェイト『さん』とは呼ばなくなって久しい。

 この旅行について、リンディにはすずかとアリサの家族を説得して貰っていた。すずかの姉である忍もかなり行きたがっていたそうで、何とか丸め込んだらしいが……しばらくは頭が上がらないかも知れない。

 

「お待たせ、二人とも」

「こんにちは、アーベルさん。

 旅行中はよろしくお願いします」

「こちらこそ、アリサちゃん」

「ほら、すずかも……って、やっぱりか」

「えと、あの……はぅ」

「あー……」

「ほらアーベル君、男の子でしょ。

 こういう時こそしっかりエスコートしてあげないと」

 

 呆れるアリサと非常に楽しそうな様子のリンディに、アーベルはやれやれと肩をすくめて閉鎖念話モードを起動し、真っ赤になって俯いたすずかの手に触れた。

 

『すずかちゃん』

『……!』

『……どうかした?』

『えーっと、その……』

『うん』

『アーベルさんが目の前にいると思うと、照れくさくて、恥ずかしくて、どうしたらいいのかわからなくなるんです』

『念話だと普通な気もするけど……?』

『……あ。

 はい、でも、ちょっと……』

『そっか。

 無理しなくていいからね』

『ごめんなさい』

『……ちなみにね、すずかちゃん』

『はい……』

『僕もすずかちゃんと手を繋いでいると、照れくさくて、恥ずかしくて、どうしたらいいのかわからなくなる』

『……!!』

『すずかちゃんの前だから格好つけて、なるべく顔には出さないように努力してるけど』

 

 ばっと顔を上げたすずかの顔が、少し腰をかがめていたアーベルの真正面に来る。

 

「ちょっとづつ、頑張ろうか?」

「はい!」

 

「アーベル君、腕を上げたわね。

 今の念話、聞き取れなかったわ……」

「えーっと、ごちそうさま、でいいのかしら?」

 

 さらっとすずかに平常心を取り戻させたアーベルに、リンディとアリサはそれぞれの言葉で感心して見せた。

 

 簡単に旅行中の注意事項を伝え、二人にIDカードを手渡す。

 

「身分証とお財布が一緒になった大事なカードだよ。

 旅行が終わっても何かと使うし、無くさないようにね」

「はい」

「じゃあ、そろそろ出発しよう。

 頼んでおいた荷物はどれかな?」

「はい、これです」

 

 それほど大きくないボストンバッグ───これもアーベルの注文だ───に、本や服が入っている。ちなみにアーベルは身一つで、何も持っていない。仕事関連のものも含め、当座の着替えなどは既に実家へと送りつけていた。

 

「じゃあリンディさん、ありがとうございました」

「ええ、気を付けて行ってらっしゃい」

「ここで靴に履き替えてね」

「いってきます」

「お邪魔しました」

 

 にこにこと手を振るリンディに礼を言い、アーベルは稼働状況を確認して転送ポートを起動した。

 

「ひゃっ!?」

「わっ!?」

 

 次の瞬間には、もう中継ポートの到着ロビーである。

 

「へ、もう終わり?」

「えーっと……」

「ようこそ次元世界の入り口へ……ってね」

 

 友達の家から一瞬にして転移では逆に有難味がないかも知れないと、アーベルは思い至った。

 とりあえず入国手続きを済ませようと、カウンターに並ぶ。

 

「えー、アーベル・マイバッハさん……っと失礼しました、マイバッハ二佐」

「いまはプライベートなので、お気になさらず。

 この子たちは私の連れで、今回が初めての渡航なんです。

 商用ですので、商品については通関手続きもお願いします」

 

 自分は局員IDの上に、手にしている荷物も名義上はアリサたちが商用で持ち込む『商品』だ。

 

「アリサ・バニングスさん、月村すずかさん、両名共に第97管理外世界出身、マイバッハ商会社員……はい、こちらでも確認がとれました。渡航許可も下りています。

 では、こちらの書類にサインをお願いします」

「わたしがするわ」

「うん」

 

 持ち込んだ荷物はチェックとともに魔力波による殺菌消毒こそ受けるが、問題がなければこの場ではサイン───端末への個人認証一つで済まされる。税は期末に会社の口座から引き落とされるので、この場での金銭のやり取りはない。

 

「手続きがアメリカ行くより簡単だったわね……」

「海外旅行だと待ち時間も長かったよね?」

「自動化してないと、すぐ列が伸びちゃうよ。

 それにミッドや本局のポートと違って、この中継ポートは一度に沢山の人が来るわけじゃないからね」

 

 転送を二回ほど繰り返すと、そこはもう本局のポートだ。

 アーベルにも覚えがあるが、中継ポートはどこも同じ様な造りで初回はともかく感動は薄い。

 

「はい、本局到着っと。

 せっかくだから、ちょっと寄っていこう。

 待合所には大きな窓があるんだ」

「流石に人が多いわね」

「賑やか……。

 同じような制服の人が殆どですね?」

「うん。

 本局に来る人は、大抵お仕事だからね」

 

 本局ポートは規模ももちろん大きいが、付近一帯では敬礼も免除されているほど人の出入りも多くて混雑が絶えないのだ。

 自販機コーナーでジュースなどを買って、二人に渡す。ロビーの一層上には名店街などもあるが、食事は充実していても展望廻廊の長さが数百メートルはある待合室の迫力には負けていた。

 

「うわぁ……」

「すごっ!

 これ、宇宙!?」

「これは次元空間だよ。

 僕らが言う宇宙とは、少し違うかな。同じように『うみ』とは言うけれど……」

 

 待合室は吹き抜けになっていて、漆黒の宇宙空間とは違い様々な理由から色合いを変えて見せる次元空間が目の前に広がっており、その手前には港湾区画に出入りする次元航行船が行き交っている。

 はじめて見た時はアーベルも感動した。純粋な力強さと美しさが、そこにはある。

 

「こんな景色、初めてよ!」

「でも、ほんとに綺麗……」

 

 ひとしきり景色を眺めてから、インフォメーションセンターの端末で本局の説明などをして、ユーノに連絡を入れる。

 

『やあ、すずか、アリサ』

「ユーノくん、こんにちは!」

「ついに来たわよ!」

『うん、二人ともおめでとう』

「ユーノくんもお仕事ごくろうさま。

 今大丈夫?」

『はい。

 司書室からは離れられませんけど、来て貰う分には大丈夫です』

「はいよー」

 

 三人はラゲッジスペースに荷物を預け、ポートの売店で適当に差し入れを選んで無限書庫へと向かった。食品の持ち込みは信じられないような理由で揉めることがあるので、今回はあめ玉一つ持ってこないようにと二人には念を押している。

 アーベルもリンディとなのはに頼んだ翠屋のコーヒーぐらいしか『輸入』していないが、初回は少々面倒だったと聞いていた。

 

「こっちはほとんど人がいないんですね」

「なんか下校時刻前の学校みたい」

「元々用事のある人が少ないからねえ。

 ……ああ、ここだよ」

 

 受付には話が通っていたのか、すずかとアリサもIDカードの確認だけでそのまま司書室へと通される。

 

「ユーノ、元気?」

「ひさしぶりだね、ユーノくん」

「いらっしゃい、ふたりとも」

 

 ユーノは書庫内をモニタリングしながら、報告書を作成していた。

 司書達は前線たる書庫内で司書魔法を使い、司令官ユーノがそれをまとめるのだろう。第六特機にも言えることだが、至急の仕事はともかく、個人の技量で組織を回すのは弊害も多いと知られている。

 

「流石にフェレット姿でお仕事してるわけじゃないのね」

「アリサちゃん……」

「する時もあるよ」

「えっ!?」

「……冗談だと思ったのに」

「遺跡の発掘調査ならそっちも多いかな。

 身軽だし、狭い場所にも出入りできるからね。

 やたら撫で回されるからあんまりやらないけど……」

「だってあんたの撫で心地、良すぎるのよ」

『ユーノ室長!』

 

 モニタリングウインドウからサブウインドウが立ち上がり、興奮した様子の司書が映った。仕事優先は仕方がない。すずかもアリサもそこはわきまえている様子だった。

 

「ごめん、ちょっと待ってね。

 はい、ユーノです」

『室長! ついに出ました!

 ユニゾン・デバイス、出ましたよ!』

「ほんと!?」

『はい!

 エルメラが間違えて今日の予定じゃないところ掘っちゃってたんですが、まとめてごそっと出てきました!

 いやー、やっとこれでお世話になりっぱなしのマイバッハ課長にもご恩返しが出来ますよー!』

「アーベルさん!!」

「ユーノくん!!」

 

 アーベルはユーノとがっしり握手した。

 これは旅行どころではないかもしれない。

 

『あ、マイバッハ課長もいらっしゃるんですか!?

 丁度良かった!

 望天の魔導書っていう融合騎の資料です。

 後はエルメラに代わります』

『エルメラです。

 えーっと、望天の魔導書は参謀型で、直接攻撃よりも儀式魔法や索敵に優れているって序文には載ってました。

 難しいところは読み飛ばしましたけど、翻訳前の文型から類推すると、そう古くないんじゃないかと思います』

 

 古くない資料……時代が新しいなら後期型ということになる。アウトフレームの小さい妖精型だろうかと、アーベルは先に調べがついている情報から類推した。

 

「それにしてもエルメラさん、ずいぶん詳しいね?」

『あたし、歴史マニアなんです!』

「アーベルさん、ともかくこの資料、急いで集めますから」

「いや、あー、実は急いでもらっても、僕の方が動けないんだ。

 そうだなあ……来月の下旬でも早いぐらいかな」

『それなら室長に出て貰わなくても、私たちで間に合うと思います』

「ユーノくん、エルメラさん、頼んでもいい?」

「はい、もちろんです」

『おまかせください!』

 

 今すぐにでも手を着けたいが、デバイス・コアが仕上がってくればアーベルも当面暇はなくなる。

 ともかく一つ、光明が差したのだ。

 今のうちに十分羽根休めをしておこうと、傍らのすずかに視線を向けた。

 

 


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