すずかちゃんへ。
お手紙ありがとう。
そちらはもう大分暑くなってきたようですね。
僕もたまには地上に降りたいです。
今日はユーノくんに呼ばれて彼の仕事場へ行きました。
無限書庫は図書館の親戚みたいな区画ですが、一番奥には誰も行ったことがないほど広い場所で、ユーノくんはそこの館長さんみたいなお仕事をしています。
春先に比べて司書さんはちょっと増えたけど、仕事は倍に増えたと言っていました。
うちも人手は増やしたいけど、どこも厳しいみたいです。
もうすぐ夏休み、旅の準備は済みましたか?
会えるのを楽しみにしています。
アーベル・マイバッハより。
▽▽▽
なのはがアーベルから預かった手紙は、日曜日を間に挟んで月曜の朝、すずかの元へと届いた。
「なんて書いてあったの?」
「今日はユーノくんのところに行ったんだって」
「アーベルさんて、手紙は苦手みたいやな」
「日記帳じゃないんだからって、誰か言ってあげれば?」
「うーん……」
「でもでも、わたしたちが帰る前に返事書かないといけないから……」
少女達は若干落胆しつつ、その手紙を大事そうに鞄へしまい込んだすすかに目を向けた。
学校にいる間は、夕方渡した手紙がなのはたちの手で本局のアーベルの元に運ばれ、一番早いときは翌日、任務の都合で第六特機に立ち寄れないこともあるが、遅くとも一週間以内にはすずかの手元に返事が戻ってくる。
但しメッセンジャーが帰る前に返事を託すことになる上に、中身が余人に見られている前提とあって、甘い言葉はほとんどない。
「旅行の方は、あたしらもなんとかなったんよ」
「急ぎの一泊旅行になるけど……」
「新人さんだからちょっと大変なの」
既に『働いている』魔導師組は、揃って大きく溜息をついた。
すずかたちも少し前から『働いている』が、学校帰りにホームセンターやショッピングモールへと寄ったぐらいで、あまり働いているという実感はない。
アーベルの指示で買った荷物はずっとため込んでいたが、今のところは生き物や観光地の写真集が数冊、キャラクターのついた子供用のフォークやスプーンが数点、ついでに文房具が少々と、子供でも持てる重さに収まっていた。旅行の時、直接預かるらしい。
アリサなどは実家が会社を経営しているせいか本格的な輸出入にも興味があるそうで、いつか独立してやるんだからと息巻いている。
「そやけど、ベルカてどんなとこなんやろなあ。
あたしもベルカ式の魔法は使こてるけど、ようわからへん」
「アーベルは田舎の観光地って言ってたよね」
「来週になれば、いやでもわかるんでしょ?
とにかく今回の旅行は、観光よりも次元世界を知ること、友達と一緒に思い出を作ることが目標ってアーベルさんは言ってたわ」
「翻訳機兼用の個人端末も、今のうちに慣れておくようにって預かったし……」
「ミッドチルダ語も大分覚えたからいらないって言ったんだけど、何かあると困るからって」
「……そう言うところに気ぃ配るんは、やっぱり大人やなあ」
「ま、せっかくお膳立てしてもらったんだし、精一杯楽しまなきゃ」
「そうだね」
旅行の予定は、まずは海鳴を出発して本局経由でミッドチルダの中央までは転送ポートを使い、リニアレールでベルカ自治領に入ってアーベルの実家に一泊。
翌日はアーベルが仕事がてら教会に行くので、そちらの観光コースを見学。
3日目にはようやくなのはたちが到着するので、5人揃って一日遊ぶ。アーベルは仕事だ。
4日目、魔導師組は昼には戻るがやはりアーベルはこちらでの仕事が残っており、工房などを見て回る。
5日目は初日と逆の行程で、海鳴へ帰還となっていた。
「でも、心配なのはすずかよね」
「わたし……?」
「前にはやての家であんた、アーベルさんと全然話せてなかったでしょ?」
「あ、あれは、その……」
「そやったなあ」
「にゃはは……」
「すずか」
「フェイトちゃん?」
「アーベル、やさしいから大丈夫だよ」
「うん……」
すずかもアーベルの心配はしていない。たぶん、前に会ったときと同じように、笑顔を向けてくれるだろう。
……心配なのは、自分がそれに耐えられるかどうか、であった。
自分は歳の割に大人びていると、すずかは自覚していた。
姉がアーベル・マイバッハや次元世界に対して、遠ざけておかなければならないような存在どころか、私も旅行に行きたいと妹の心配ではなく純粋な魔法への興味全開でだだを捏ねるぐらいには気を許していることも知っている。
翠屋でアリサやなのはがアーベルのことですずかをからかっていても、士郎ら大人達が話題を遠ざけようとせず、適度に相槌を打ち、適度に大人らしい意見を述べ、適度に雰囲気を和らげようと見守ってくれていることも気付いていた。
だから、恋をしてはいけない、とは思わない。
歳の差も……思ったよりは近かった。
恭也と出会った姉のように恋人───つがいとして、幸せがつかめる可能性もなくはないだろう。
がっしりとしてかたいけれど、あたたかで大きな手。
念話……はじめて『心』を繋げた相手、そして素敵な魔法使い。
波長が合うのか、異性との長話があれほど楽しいと思ったのもはじめてだ。
すずかは誰にも言っていないが、アーベルと同じくデバイスマイスターを目指したい、同じ道を歩きたいとさえ思っている。
今では自分がアーベルに好かれていると、自信もあった。
逆に自分がどうしようもなく惹かれていると、自覚もあった。
普段は高校生と同い年とは思えないほど『大人』のアーベルも……プライドを傷つける一言かもしれないが、恋については自分と大差ない心の持ち主だった。
ある意味健全で、ある意味年相応、おかげで釣り合いがとれているのではないかとさえ思うのは、すずかの贔屓目だろうか。
だからこそ。
それが言えなかった。
それが聞けなかった。
『わたしは夜の一族───吸血鬼ですが、それでもわたしを愛してくれますか?』
たった一言。
それがすずかの……。
放課後、珍しく用事がない魔法使いたち───旅行の休暇を取るついでに示し合わせて休みを取ったらしい───と翠屋でお茶などをするのは、しばらく振りだった。
すずかの気分は今ひとつ晴れていなかったが、アリサもふくめた彼女たちは大事な友達だ。
いまも自分を心配した彼女たちに、顔をのぞき込まれていた。
自分だって、友達が沈んだ様子をしていれば心配するのだ。
だからこそ、彼女たちに心配を掛けたくはない。
「……ちゃん、すずかちゃん!?」
「えっ!?」
「すずか、あんた最近どっか行きすぎ……」
「ごめんね、みんな」
「でも、気持ちは分かるよ」
「うん」
「なあ、すずかちゃん」
珍しくまじめな声のはやてに、すずかは内心を押し隠した。
普段の明るい態度に隠れているが、彼女はああ見えて感受性が強く人の気持ちにも敏感で、実に観察眼の優れた『役者』である。
「……はやてちゃん?」
「アーベルさんのこと心配……いや、ちゃうな、すずかちゃんが歳の差か他のことか、なんか気にしてるんはわかる」
「……!」
「そやけど、アーベルさん見くびったらあかんよ」
「はやて?」
「はやてちゃん!?」
「……」
思いもしなかった言葉に、すずかは声を失った。
うん、と一つ頷いてはやては話し始めた。
「ずっと黙っとこか思てたけど、すずかちゃんには……ううん、みんなにも聞いて欲しなった。
……冬にな、事件あったやんか。
魔法の話と一緒に、うちの子らがなのはちゃんとフェイトちゃんを襲った話をしたと思うんやけど……覚えてる?」
「……うん」
「あの時な、シグナムらはアーベルさんも襲おうとしててん」
「えっ!?」
「はやてちゃん、そんなの聞いてないよ!?」
「わたしも……」
同じ魔法使いのなのはとフェイトさえ聞いていない話……。
どういうことだろうかと、続きを促す。
「私も大分後になってから聞いて、冷や汗出たけどな。
まあ、未遂やってんけど、アーベルさんは事件中にもう知っとったらしい。
一番おっきい戦いの前に聞いてて、そやのに何も言わんとうちの子らと仲良うするどころか、リインフォース助けてくれはったんや」
「はやてちゃん」
「ん?」
「アーベルさんが襲われそうになったのって、もしかして、クリスマスの少し前かな?」
「そうや。
……すずかちゃん、心当たりあるんか?」
あるどころか、全ての始まりの日だ。
「わたしがアーベルさんと初めて出会った日だよ」
「そやったな……」
「2回目に会ったとき、わたしが翠屋まで道案内したお陰でみんなが助かった、ありがとうって……。
なんのことかわからなかったけど、そのことだったんだね」
「……シグナムらはすずかちゃんが一緒におったから、手え出されへんかったんや。おかげであの子らの罪もちょっと軽なった。
ありがとうな、すずかちゃん」
「うん。
……でもね、はやてちゃん。
そのおかげでアーベルさんと仲良くなれたと思うの」
「そやったら、嬉しいなあ」
はやては少し肩の力を抜いて、寂しげに笑った。
「その上や……」
「まだあるの?」
「冗談めかして偉いさんになってしもた言うたはるけど、あれもうちらのせいなんよ。
リインフォース助けるための道具はアーベルさんが用意してくれはったんやけど、別の理由で持ってはった道具でな、ほんまは管理局に戻さなあかんかったんや。
そやけど……リインフォースが使こてしもたから戻されへんようになって、クロノさんと二人してほとんどの責任丸被りしてくれはってん。
言葉は悪いねんけど道具と引き替えに課長、文字通りの身売りやな……」
「そ……!」
「おかげで古代ベルカの……えーっと、昔のデバイス研究し放題て笑ろてはるけど、店も畳んでしまいはったし、その流れで今度は正式入局……真相はそんなとこなんや。
わたしもどないしてあの人に詫びて……いや、ちゃうなあ、報いてええんか、正直わからへん」
「はやてちゃん……」
「せやけどな……その状況でほんまに楽しんで研究してはるところがあの人の凄いところや言うのんは、最近ちょっとわかってきたかなあ」
自分はアーベルの何処を見ていたのだ……。
彼は、すずかが考えるより遙かに大人だった。違う、すずかが子供なのか。
確かに見くびっていたのは自分だなと、唇を噛む。
「なあ、すずかちゃん」
「はやてちゃん……?」
「すずかちゃんの悩みが何処にあるんかはわからへんけど、こっちがふざけたりせえへん限り、どんなことでも真面目に受け止めてくらはるんちゃうかとわたしは思う。
ましてやすずかちゃんのことやしな。
でも……わたしもな、アーベルさんてちょっと子供やなあて思うときあるねん」
「えっ!?」
「すずかちゃんとおる時や。
全然落ち着かん様子で目ぇ泳いでるし、ええ格好しよてチャンス狙ろてるんもばればれやな」
「それはあたしも思ってたわ」
「やっぱり、そうだよね」
「うん! うん!」
「な、子供やろ?」
すずかちゃんも気ぃついてるかもしれへんけどなと、はやてはいつもの笑顔ですずかを見た。
「すずかちゃんもやけどな」
「もう! はやてちゃん!!」
はやてはいつも、一言余計だ。
だが今日は、それが嬉しかった。
その日は休暇中の魔法使い達に手紙を預けることなく、今晩書くから明日お願いとすずかは翠屋を後にした。
心のもやもやは、少しおさまったかもしれない。
だが代わりに、自分もいつかは彼と真っ正面から向き合わねばならないことを、すずかは自覚した。
でも今は子供らしくても構わないのだろう。
『その時』までに、大人になればいいのだ。
▽▽▽
アーベルさんへ。
お手紙は今朝、なのはちゃんから貰いました。
アーベルさんもいそがしいのに、いつもありがとうございます。
旅行の準備はもう出来ています。
お姉ちゃんには早すぎるって笑われました。
今度はアーベルさんが海鳴に来てくれると嬉しいな。
うちの家はなのはちゃんたちに猫屋敷って言われるぐらい、ネコがいっぱいです。
もふもふしていると、幸せになれるんですよ。
ぜひアーベルさんにも、うちの子たちと仲良くなって欲しいです。
この手紙のお返事より先に旅行の日が来てしまいそうですね。
もう夏休みのスタートが楽しみで仕方ありません。
すずかより。