最近のデバイスはわがままで困る   作:bounohito

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第三十二話「それぞれの門出」

 

 

 新暦66年7月の頭、アーベルは久々にアースラへと呼ばれていた。

 手には花束を幾つも持ち、正装をしての訪問である。

 

 仕事の方も落ち着いたとは言い難いが、一番手間暇の掛かりそうなデバイス・コアの生産は実家に丸投げできたし、ともかく大手を振って課の目的に邁進できるようになったことは素晴らしい。

 

「お疲れさまでした、リンディ提督」

「あら、ありがとう」

 

 リンディ・ハラオウン提督は本日付けでアースラを降りて中将へと昇進、本局の内勤へと任務を変える。

 

 代わってアースラの艦長に就任したのがクロノであった。

 

「おめでとうございます、クロノ・ハラオウン『提督』」

「ああ、ありがとう」

「……ところで、どんな魔法を使ったら、半年で三佐待遇の執務官から提督になれるんだい?」

「努力と根性、かな?」

「はは、でもほんとすごい。

 これでずっと目指してた親父さんに並んだじゃないか」

「これから、だよ」

 

 珍しく冗談を言うクロノに花束を押しつけ、柄にもなく握手を交わす。

 

 

 

 実際、クロノはよくやっていた。……いや、無茶苦茶だった。

 

 明らかに過剰な戦力───アーベルの良く知る魔導師三人娘に加えて守護騎士たち───を半ば強引に集めると、研修中の看板をぶら下げて批判を回避したばかりか、広域犯罪組織の強制捜査や宇宙海賊退治など、幾つもの『力技で処理できそうな問題』に火消し役としてアースラを向かわせ、解決に導いていったのだ。

 

 当然、昇進の話も出てくる。

 

 彼女たちの研修が終わるこの日、リンディの本局転属に合わせて既に得ていた大型次元航行艦の艦長資格───執務官と同じく階級ではなく、受験条件を満たすのも難しい超難関の資格───をそれまでの功績と共に表返して一足飛びに准将へと昇進、同時にアースラの艦長へと就任した。

 

 リンディとクロノそれぞれに艦を任せるという話さえそう無茶ではなかったが、グレアムが退職して穴が空いた本局中枢に新たな足がかりが欲しかったこともあり、リンディは次元航行部隊から異動して本局総務部に籍を置くことを選んでいる。

 

 

 

「アースラでの研修終了おめでとう、高町なのは武装隊士官候補生、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官補佐、八神はやて特別捜査官」

「ありがとうございます!」

「ありがとう、アーベル!」

「八神はやて、がんばります!」

 

 彼女たちも、明日付けでそれぞれの道が拓ける。

 在住世界の現地法───義務教育下にあってあと6年は平行して学校にも通うが、局員としては卵の殻を尻に付けた雛鳥から、巣立ちを控えた若鳥に扱いが変わるのだ。

 

 なのはは促成の前線士官教育を受けた後、本局の航空武装隊に配属される。本人は戦技教導隊入りを目指していたが、いきなり戦技教官を飛び越えてその上の戦技教導官になれるはずもない。自分を磨いて機会を待つのが正道、しかし彼女ならそう遠くない将来夢が叶うだろうと皆が思っている。

 

 フェイトはそのままアースラに残る。艦長となったクロノは簡単に動けない。内側を支えるのがエイミィなら外を支えるのがフェイトで、その仕事を通じて執務官への道のりを歩むと彼女は決めた様子だった。

 

 はやては候補生の名こそ早々にとれたが、今後しばらくは現場に配属されての実地研修が続く。当面はミッドの地上部隊を幾つか回ると聞いていた。できれば彼女の研修期間中に、シュベルトクロイツをもう少しまともな品に改修したいところである。

 

 エイミィは一見これまで通りだが、リンディが艦を降りクロノがトップになったことでアースラの実質的副長として責任は重くなった。

 

 守護騎士達もそれぞれの道に進む。

 シグナムとヴィータは航空武装隊、シャマルは本局の医療本部預かりとなった。ザフィーラはロウラン提督の直接指示により待命中となっていたが、実質的にははやての補佐兼護衛として活動する。

 

「そう言えば聞いたぞ、アーベル」

「聞きましたよ」

「いきなりだったよね?」

 

「マイバッハ二佐、入局おめでとうございます!」

 

「ありがと。

 ……嘱託の名は残しておきたかったんだけどなあ」

 

 これまでは何かと理由を付けて誤魔化してきたが、流石に300億の資金援助を受けた大プロジェクトの総責任者が嘱託技官では問題だったらしい。

 

 直属上司のマーティン部長はおろか技術本部長や技本の人事課長、アーベルの出世が嬉しいクロノにもせっつかれたし、ロウラン提督さえ直接足を運んできた。ここまでは教会との関係を鑑みて穏便なお誘いだったが、とどめに後ろ盾たる父ディートリヒとカリム───先日の件で彼女は教会本部の管理局担当兼任となり、ついでに管理局にも名を連ねて少将待遇の理事官となっていた───から説得されては回避のしようもない。

 

 ここに士官教育さえ受けていない二佐が誕生したわけだが、本人以外の誰もが望めば……いや、困らないどころか得をするなら、それは天下を押し通ってしまう。

 もっとも小隊指揮の資格すら持っていないので、実働部隊を任される事はないだろう。後付で士官学校に通えと言われなかっただけましで、教え子と一緒に訓練場を走らされるのは流石に勘弁だった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 艦長交代ともなれば休暇がつくらしく、一旦解散した後、その日の午後は本局内の商業地区にあるホテルの宴会場を借り切って、立食形式のパーティーが行われた。無論、アーベルの他にもロウラン提督やヴェロッサなどが呼ばれていて、ハラオウン派と近縁派閥の交流会的側面も色濃い。

 

 三人娘ももちろん参加していたが、今は酒乱で有名なロウラン提督から逃げるようにして、アーベルやユーノとともに会場の隅で固まっていた。

 

「一応、お休みは取れたの」

「クロノには無理を言っちゃった」

「流石に三連休は無理やったわ……」

「了解。

 じゃあ、決定と言うことで」

 

 7月後半、少しだけすずかとアリサの旅行計画を前倒しして、5人揃ってベルカ観光をすることが決まっていた。アーベルも旅行のバックアップをするが、デバイス・コアが届く前で丁度いいだろう。

 すずかとアリサはその前後数日もアーベルの実家に泊まる予定で、ついでにお前も帰ってこいとアーベルも家族から念押しされている。実家以外にも教会本部には顔を出しておいた方がいいかと、訪問の予定も立てていた。そちらはゲルハルトの方が円滑に対応できるかとこれまでは弟任せでいたが、一度ぐらいは挨拶をしておくべきだった。

 

「ユーノくん、一緒に旅行できなくて残念だね」

「ごめんね、なのは。

 最近、やっとまともに動くようになってきたところだから、いまはちょっと厳しいかな」

 

 ユーノも無限書庫の運営が本格化し、アーベル以上に忙しいと聞いていた。司書達は領域を確定しては調査と整理を行い、データベース型式にして情報を保存するという作業を繰り返しているという。

 外部からの調査依頼もぽつぽつと入り始めたが、専任で担当するには司書の数が根本的に足りていない。ユーノが直接出るのは緊急性の高い調査に限られていたが、ある情報の関連情報は書棚の近縁な位置に存在する可能性が高いという法則性が彼によって発見されていなければそのような調査すら出来なかったのだから、これは彼の手柄にして足かせとも言えようか。

 

 アーベルも見つかったら連絡が欲しいとユニゾン・デバイスを含む古代ベルカ式デバイスの情報を請求しているが、ユーノには無理をさせられないし、こちらも何かと立て込んでいる。今の段階では砂漠で金の粒を探すようなもので、望みは薄かった。

 

「ベルカ自治区って、どんなところなんですか?」

「うーん……一言で言えば、田舎の観光地」

「身も蓋もあらへん……」

「中心部は賑やかだけど、ちょっと離れると海鳴よりずっと静かだよ」

「有名な結婚式場があるって、エイミィが言ってた」

「中央大聖堂が特に人気かな。宗教画で飾られた綺麗な天井があってね。

 他にも湖の畔とか森の中とか、好みで選べるようになってるよ」

「へー。

 ところでアーベルさんのお勧めは?」

「……友達の家が私有してる教会。

 文化財指定を受けている上に個人所有だから普通は使えないけど、遊びに行ったときに見せて貰ったことがあるんだ」

 

 そこはグラシア家の敷地内にあるので、一般の観光客は見学すらできない。

 ちなみにクロノとエイミィの結婚式は絶対にその教会で行おうと、カリム、ヴェロッサ、アーベルの間で密約が結ばれている。

 

「アーベルさんとすずかちゃんもそこ使うん?」

「……ノーコメントで」

「あ、逃げた」

 

 じゃあそう言うことでと、アーベルは逃げ出した。

 そのままヴェロッサやクロノのところに向かう。

 

「アーベル」

「逃げてきたね?」

「見てたのか。ちょっと分が悪かった……」

「月村すずか嬢のことでもからかわれたのか?」

「まあ、僕もその件に関してはからかいたくてしょうがないんだけどね。

 すずかちゃんって、9歳だっけ?」

「今年10歳になる。

 アーベル好みの物静かな美少女だぞ」

「へえ、一度会って見たいな」

「僕好み……って、あー、いや、うん、間違いじゃないけど……。

 そのへんで勘弁してくれ。

 でないとエイミィやシャッハにあることないこと言いつけるぞ?」

 

 親友二人が言葉を詰まらせている隙に、傍らにあったテーブルからジンジャーエールを取り寄せる。

 

「まあそれはともかく、これからは仕事も大きくなる分、僕たちも頻繁に会えなくなるな……」

「それが大人になるって言うことさ」

「違いない」

 

 その視界の片隅で、レティ・ロウランがくだを巻いてリンディに絡んでいる。

 ああ見えて本局運用部の人事責任者で、子供までいるいい年をした大人なのだが……。

 その向こうでは、機関士の一団が肩を組んで何やらがなり立てていた。

 どうやら転属になる同僚を惜しんで隊歌を歌っているようだが、酔っているお陰で何を言っているのか分からない。

 

 ……いや、いい大人だからこそか。

 

 アーベルは知っている。

 本局運用部の仕事が滞って他部署に影響が出たなど、ただの一度も聞いたことはない。

 クロノがアースラの稼働状態について渋面を作っていたのは、定期整備中に緊急の出動命令が下った時ぐらいだった。

 

 彼らは騒ぐべき時に騒ぐという分別を知り、その通りに実行しているのだ。

 

「……あれが大人?」

「……どれも大人だろう」

「……違いない」

 

 三人は顔を見合わせ、小さな溜息を爆笑で隠した。

 

 


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