最近のデバイスはわがままで困る   作:bounohito

34 / 65
第三十一話「策士カリム」

 

 

 その後一週間、アーベルは第六特機を放り出して、教会使節の受け入れ準備に奔走した。

 

 ともかく上に話を通して、偉い人を引っぱり出す算段とやらを調えねばならない。

 まずは直属の上司である第四技術部の部長に報告し、そのまま技術本部長のところになだれ込む。

 

「マーティン部長、教会騎士団の、それも第一正司教と言えばこっちなら誰に相当するんだ?」

「さてさて、統幕議長か作戦本部長か……。

 どちらにしても、技術部の手に負える相手じゃありませんな」

「急な話で申し訳ありません……」

「いや、マイバッハ課長、君はよくやった」

「その通りだ。

 こちらでどうにかは出来ないが、確実に技術部の手柄にもなるだろう。

 それは来年度の予算獲得に影響する」

「前にも話したが、技術部は管理局の花形ではなく、次元航行部隊や本局武装隊のようにはいかない。

 どうにかしてやりくりしているのが現状だ。

 しかも仕事柄、評価はされても目立つような手柄などそうそう立てられないときている」

「余裕もないしな」

「まったくです」

 

 本部長と部長は現状を笑い飛ばし、全面的な協力と関連部署への働きかけを約束してくれた。出自だって実力の内、それも上手く使ってこそだと肩を叩かれる。

 ……もっとも、その手柄を武器に技術部全体の予算をどうにかしたいと二人が考えていたなど、アーベルには思いもよらなかった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 一週間後、アーベルは目の下に黒い隈を作っていたものの、大騒ぎの末に調えられた受け入れ準備も終わり、教会の所有する次元航行船が本局に入港してきた。

 

「総員、聖王教会使節団に対し敬礼」

 

 この船にはカリムどころか総騎士団長が同乗してきたのだが、既に事態はアーベルの手を大きく離れており、借りてきた儀礼用の制服を着て部長と一緒に歓迎式典の隅っこにて引きつった笑顔を浮かべているしかない。

 

 対する管理局の方も、本局統合幕僚会議議長ミゼット・クローベルを表に出してきた。

 雲の上の存在と言うか、アーベルなどにしてみれば、間違っても偉い人を呼んできてと言われて呼んではいけないような相手である。本部長のコネが効きすぎたのか、教会が騎士団長を出してきたことに対して局が過剰に反応したのかは、判断がつかなかった。

 

 ……技術本部長と共に挨拶に行ったとき、何故かアーベルの手持ちから翠屋のブレンドを持参して振る舞うようにと命ぜられその通りにしたが、統幕議長たる彼女がどこからそんな情報を手に入れてきたのかは恐くて誰にも聞けていない。

 

「お会いできて誠に光栄であります」

「遠路ようこそいらっしゃいました」

 

 和やかなままにVIPらは予定の席へと足を進め、会場には安堵の空気が流れる。

 

 

 

 カリムは何をどうやったのか騎士団どころかしっかりと教会本部まで動かし、マイバッハ工房も抱き込んでこの席に望んでいた。

 教会騎士団の一行は、挨拶と剣───デバイスの為だけに足を運んできたのではない。300億クレジットの技術開発資金提供と同時に、管理局への戦力派遣を打診してきたのである。

 

 教会騎士団は管理局の掲げる次元世界の平和維持へ協力する名目で、大手を振って貴重な実戦経験の場を得られる。

 同時に、デバイスの供給によって今後膨れ上がると予想される戦力の増大にも言い訳を用意できた。

 

 資金提供の方も、教会からの条件付けはあったものの最終的には合意に達している。

 管理局はミッドチルダ式魔法体系と同デバイスについて熟成した技術とバックアップ体制を持っていたから、古代ベルカ式デバイスはあれば便利だが無理をしてまで揃える必要のない存在だ。近代ベルカ式のように、既存のインフラを補えばそのまま使えるわけでもない。アーベルらの試算はともかく、本局側は300億クレジットの投資に見あうほどの戦力向上は認められずと判断していた。

 

 しかし投資のリスクは教会側が負担、局側から提供される代価は実質的にはアーベルの調べ上げたデバイスの情報とその後の協力のみで、成功すれば技術が共有出来て古代ベルカ式デバイスも手に入るというなら、話は別物に変化する。

 

 後から聞いた話だが、カリムは300億を集めるのにまず騎士団内部を焚き付け、その勢いを教会本部にぶつけた。教会としても騎士団は自治を守る大事な戦力であり、大看板だ。無論、その根幹に関わる古代ベルカ式デバイスの稼働機の少なさは広く知られており、改めて聞くまでもない問題だった。

 

 だが流石の聖王教会も、緊急事態でもない計画に対し一気に300億を投入出来るほど財政に余裕はない。

 

 そこでカリムは一計を案じ、最終的には全額を教会が出すにしても、寄付金を集めるのではなく教会債として公募することを提案した。あなたの投資で皆が憧れる教会騎士団がより強くなりますよ、というわけである。

 ……誰がブレインについたのやら、子供でも買える数百クレジットの少額面から企業向けの大口まで、ベルカ自治領だけでなく次元世界各地に散らばる聖王教の信者すべてを巻き込む一大計画だ。

 

 債権の償還についても、様々な要素を組み合わせてあった。

 小口のものには、利子の代わりに歴史上の諸王や騎士物語に出てくるような英雄、現在騎士団に所属している騎士、あるいは彼らの使う『剣』のブロマイドカードが添付される。個人向けの特別な大口枠には、新造されるデバイスの引き渡し優先権が設定されていた。

 しかも管理局と正式に協定が結ばれれば、すぐにも動き出すという。

 

『アーベルくん、これはお祭りなのよ。

 次元世界の各地に離れて暮らす信者が一つの目標に向かって一丸となる機会なんて、そうないわ。

 騎士達は皆の声援を背に受けて、ますます頑張るでしょう。

 お金を出してくれた人達は、騎士の活躍を見て笑顔になるの。

 どう、素敵でしょう?』

 

 仕掛け人となったカリムは笑っていたが、この状況を一週間で用意して見せた彼女はクロノ並の政治的策士だと、アーベルは冷や汗ながらに頷いた。

 ……最初から頼み込んでいれば、もう少し楽な気持ちで仕事に挑めたのか否か、微妙なところである。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 上層部同士の会談などは関係なかったが、流石に第六特機への表敬訪問や現状についての公開質疑などもあり、アーベルも幾度か表に立たされる羽目になった。

 ……ここ三日ほど、不眠不休だったような気もする。

 

「やっと帰ったか……」

「お疲れさまでした、アーベルさん」

 

 実務レベルでも話は進んでいる。

 この計画最大の大物である古代ベルカ式デバイス・コアを生産する為の魔導回路結晶培養プラントは、マイバッハ工房が引き受けてゲルハルトが責任者を任される事に決まっていた。これだけで資金の八割方が消費されてしまうが、初期投資こそ大きいものの稼働してしまえば他の大手デバイス・メーカーが持っているプラントと大差ない。

 代わりにマイバッハ工房は借りた設置資金を返済することになるが、こちらは教会債償還の資金源となる。手間を考えれば利益は微々たるものだが、技術的には一歩も二歩も優位に立てるし、ベルカ式マイスターの筆頭格たる矜持もあった。

 

「このごたごたが終わったら、いよいよユニゾン・デバイスに向けて動きたいところだね……」

「そうですねえ」

“10年はかかるんじゃなかったのか?”

「こっちだって予想外だよ」

 

 試作から量産化についてのアウトラインも決まっていた。

 基礎技術は公開情報とされ、ミッド式や近代ベルカ式同様に管理局と教会、そして世間一般のマイスターにも広く公表される。

 当初の数点については、第六特機だけでなくマイバッハ工房も参加して新たなスタンダード・タイプの雛形となる試作品を数機作り、騎士団と管理局でテストされる予定だった。その後は騎士団用量産機の生産、マイバッハ工房以外のデバイス工房へのデバイス・コア販売や基礎技術の指導を経て、完全にアーベルの手を離れる。

 

「ともかく、プラントの設置と改造が順調に行われても、最初の非人格型デバイス・コアが出来上がるのは8月の頭、人格型の方はその後です。

 アーベルさんの方は、ユニゾン・デバイスの資料調査にかかりきりになりますよね?」

「いや、先にはやてちゃんの杖をなんとかしてやらないと……。

 彼女が来るたびに改良してるけど、適性のないミッド式の杖と魔法をないよりましで無理に使ってるもんだから、魔法の種類によってはランクが2つ3つ落ちてしまうんだ。特に誘導系はどうしようもない。

 まあ、細かいコントロールが必要ない広域殲滅魔法をどっかんどっかん使う分には杖いらないから、はやてちゃんの独壇場らしいけど……」

「高速機動のフェイトちゃん、大威力砲撃のなのはちゃん、広域殲滅のはやてちゃん、みんなすごいですよねえ」

「彼女たちもなあ……。

 最近の魔導師は、みんなデバイス屋泣かせすぎて困る」

“デバイスもと付け加えたいような口調だな?”

「……リインフォースはその筆頭だって言う自覚、そろそろ持とうね」

 

 アームド・デバイス製造の目処がついた今、ユニゾン・デバイスの実現に向けて本格的に動きたいところだ。

 しかし……状況が動いたら動いたで、勢いが強すぎて予定が狂うのが最近のアーベルであった。 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。