最近のデバイスはわがままで困る   作:bounohito

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第三十話「騎士カリム」

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 平常業務で出来るのはこのぐらいかと、ゲルハルトを通じてマイバッハ工房に古代ベルカ式標準カートリッジの量産体制───それまでは故障品を回収して手工業的手法で再生するか、質の劣る模倣品の生産が細々と行われていた───を構築する為の技術支援を決定し、それが軌道に乗った頃。

 

「おー。

 ゲルハルト、どうした?」

『ごめん兄さん。……捕まっちゃった』

「は?」

『お久しぶりね、アーベルくん』

「……カリムさんも。いつも紅茶、ありがとね」

 

 ゲルハルトから通信がと思えば、背景をよく見れば高官の執務室のような上等の個室である。

 画面にはゲルハルトに代わり、聖王教会騎士団の騎士カリム・グラシアが映っていた。後ろに控える彼女の護衛にして友人、シャッハ・ヌエラにも軽く会釈する。

 

 カリムはSt.ヒルデ魔法学院初等部時代の同級生で以前からの顔見知りだが、クロノを通して彼女の義弟ヴェロッサと親しくなったことから、卒業後の方が何かと縁づいていた。今では父の元、教会幹部として忙しい日々を送っているという。

 

 捕まったと言ってもゲルハルトの身に危険はないし、カリムからお茶を飲みましょうと言われて断れるほど立場は強くないから仕方がないというだけである。兄の友人であるだけでなく、関係は良好でもグラシア家とマイバッハ家では格が違いすぎた。

 

「でも、直接通信してくれるなんて珍しいね。

 何かあった?」

『何かあった、じゃありません!』

 

 画面越しにカリムが大声を上げたので、アーベルは少し驚いていた。後ろでシャッハが苦笑していることから折り込み済み……あるいは、彼女が声を荒げるのに相応しい何かがあるのだろう。

 

『昨日シャッハが、ゲルハルトくんと会ったのよ。……それも、教会騎士団の資料室で』

「うん、弟には調査を依頼しててね。

 あれ?

 でも、きちんと教会本部と騎士団に話を通して貰ったし、局からも問題ないって……」

『ええ、ええ、そうですとも。

 これ以上なく、正しく話は通っているわ。軋轢のないように根回しも済まされた上で、書面も正式に交わされていました。ゲルハルトくんにもこちらの担当者にも、きちんと確認を取っています。

 ……でも、私の耳には一切入っていませんでした!』

「……あ、何か拙かった?」

『アーベル殿』

「シャッハ?」

『騎士カリムは拗ねていらっしゃるのです』

「え!? なんで?」

 

 笑って付け加えたシャッハに不思議そうな顔を向けると、カリムはぷいと横を向いた。

 

『クロノ・ハラオウン殿は近々一艦を任されると聞きますし、貴殿はこの春より技術部の課長に就任されました。ヴェロッサも……さぼり癖は変わらない様子ですが、着実に成果を上げているようです。

 皆様が管理局にて大きく羽ばたかれようとしているその時、自分の知らない内に騎士団と関わりがある管理局のお仕事を内緒で進められているなんて、騎士カリムは自分一人だけ置いて行かれるんじゃないかと───』

『シャッハ!』

 

 どちらかと言えば、教会騎士団の儀式司祭にして自治政府中央評議会の監査役員と、要職を二つながらに兼ねるカリムに男三匹やっと追いつきはじめているというのが正しい気もするが、彼女は若年と侮られながらも相当上手くやっている。

 カリムは慈愛に満ちたその人柄も武器だが、聖職者にして無闇に正道を振りかざさない自制心こそが彼女を彼女たらしめていた。……実に手強いのである。

 

 画面の二人がじゃれあいをやめてこちらを向く。

 

『アーベルくんは、騎士の剣……古代ベルカ式デバイスを復活させようとしているんですって?』

「うん。

 とりあえず、今はカートリッジの量産が可能になったってところ」

『こちらでも驚いていたのよ。

 これまでは1つ1つが高価なこともあって可能な限り回収せよと命じていたのが、つい最近あなたのご実家から、以前よりも安価で、しかも真正同等の新品が供給可能になったと連絡があって……。

 騎士達はこれまで制限されていたカートリッジの使用が広く解禁になったので、それはもう凄い勢いで訓練に励んでいるわ。……シャッハもね』

『アーベル殿、この一件だけでも我ら一同、貴殿には幾ら感謝しても足りません』

「役に立ったのなら何よりだよ。

 本局技術部の解析機器なんて、民間どころか教会が使いたいと言ってもこれまでは無理だったし、丁度いい機会だったからね。

 最悪、秘匿指定を受けて止められるかと思ったけど、融和策の一環として、局側からの開発援助がない条件での民間委託なら許可取るのもそう難しくなかった。中身が中身だし……」

『教会側……正確にはマイバッハ工房も、既にカートリッジ製造技術は持っていましたものね』

「模倣品だったけどね。

 上の方は、いまなら恩着せがましく許可を出せるとでも思ったんじゃないかな?」

『それを口にしたのが、管理局の課長さんにしてマイバッハ工房の御曹司でなければ、もう少しなるほどと思えたかも知れないわ』

 

 くすくすと笑うカリムに、ようやく機嫌が戻ったかなとほっとする。彼女の機嫌を損ねたとあれば、大抵後からヴェロッサが訪ねてきてねとねちと文句を言われるのだ。

 

『そうそう、ゲルハルトくんからは、四月に課が開設されたばかりなのに、もう非人格型のアームドデバイスなら作れそうだって聞いたけれど……』

「うん、人格型もいけるよ。

 そもそも技術的に難しい事じゃないってことは、こっち側……マイスターたちには知られてた。

 管理局、聖王教会、そこに加えて戦争で滅んだベルカの技術……。

 政治的な意味で誰もが面倒を忌避して、分析や調査をやらなかった、いや、させなかっただけだもん。

 これまでは交流もそれほど深くなかったし、教会側も貴重な稼働機を管理局に貸し出すなんてところまでは踏み込めなかったはずだよね?」

『ええ……』

「逆に管理局も、精査分析技術とその機材は持っていても、余所に使わせるなんてやっぱりあり得なかった。……色々あって、自前で真正の古代ベルカ式デバイスを3機も用意しちゃったけど」

『闇の書事件のことね?』

「うん。

 しかも運のいいことに……って言い方にちょっと問題があるかもしれないけれど、クロノが完全に押さえ込んだ。

 ついでに言えば、古代ベルカ式デバイス生産技術の復活ってお題目付きで、技術方面は僕に丸投げされてる。

 まあ、下地があったればこそだけどね。

 うちの父さんとか」

『ディートリヒ殿?』

「そう。

 父さんが管理局に出向いた頃だってまだまだ風当たり強かったらしいし、出来そうなこと探してたら近代ベルカ式なんてものの担当になったって言ってた。

 いまじゃ正式採用機の試用試験が最終段階に入ってるし、基礎技術も一般に開示されてるから、教会にも近代ベルカ式の使い手が増えてるって聞いてるけど?」

『はい、その通りです』

『そうだったの……。

 管理局との距離が近づいたと感じるようになったのは、確かにここ数年のことね』

「だからこのタイミングで、僕が功績をかっさらうことにした」

 

 功績や名誉その物は……正直に言えば、自分の中ではあってもなくてもいいものだ。いや、どちらかと言えば面倒かも知れない。褒められて良かったねで物事が完結するのは、子供のうちだけだ。

 だが、リインフォースの復活にあらゆる成果を集積しなくてはならない今は、それが大量に必要だった。……まだカリムらに告げることは出来ないが。

 

『ゲルハルトくんからは、予算があればすぐにでも何とかなりそうって聞いたのだけど、どうなのかしら?』

「解析も済ませたし、仮の設計も暇なときに手を出したりしてる。技術的な問題はほぼないよ。

 そっちに話を持って行けるのは、実績積み上げて、管理局と教会、両方が納得できるようにまとめてからと思ってはいたけど……」

『この通信も、非公式ながら交渉の前段階に至っているのではなくて?』

「まあ、そうとも言えるかも。

 出来たデバイスは欲しいと言って貰えるだろう……って勝手に思ってるけど、309億クレジットなんて大金、いくら教会でも今の段階じゃちょっと厳しいんじゃない?

 管理局の技術本部でも無理だった。

 派閥争いの意地悪で断られたならまだ動きようもあったんだけど、真面目な話、実績のない課に大型プロジェクト並の予算を回す余裕なんて何処にもない。

 うちの部長は、新しい課なんだから任務も凝り固まっていて評価も定まっている他の課と違って逆に手もある、まずは実績を作れって励ましてさえくれた。

 僕もそれ以上は何も言えなかったよ……」

 

 政治的な綱引きで本局に予定外の16億を出させたクロノにしても、闇の書事件の完全解決にプラスして、腕は抜群にいいがベルカの旧家出身で手が出せなかったアーベル・マイバッハの管理局への一本釣りという好条件があったからこそだ。

 アーベルが急く物でもない300億を出してくれと頼んでも、相応の後押しなく出てくるわけがない。

 

『ね、アーベルくん』

「うん?」

『教会なら、動かせるかもしれないわよ?』

「……え?」

『少なくとも、教会騎士団は大騒ぎになる。

 カートリッジの大量供給だけでもありがたいのに、剣そのものが手に入るとなったら……どうかしら?

 剣の数が足りないことは、アーベルくんも知っているわよね?』

『教会の保有する剣の継承を諦めざるを得ず、ミッドチルダ式、あるいは最近ものになりつつある近代ベルカ式を無理に使っている騎士も多いのです。

 正位の騎士が少ないのは選抜と競争が厳しいだけでなく、剣そのものが足りないことも理由の一つですから』

「……でも、それにしても300億だよ?」

『それはこちらで集めましょう』

「へ……?」

 

 カリムは今、なんと言った?

 

『アーベルくんは来週、予定を空けられるかしら?』

「あ……あーっと……、うん、少々の予定があっても、教会の正式要請なら技術部は何も言ってこないと思うよ」

『そう。

 じゃあ来週、そちらに行くわ』

「……えっ!?」

 

 カリムはベルカ自治領を代表する名家のお嬢さまで、その上既に教会の幹部である。同級生でヴェロッサを通じた親交がなければ、アーベルもこれほど親しげに接していい相手ではない……つまりは、そう簡単に管理局を訪問できるような人物ではなかった。

 

『表向きは……そうね、古代ベルカ式カートリッジの量産化技術を復活させた時空管理局の尽力に対して、聖王教会並びに教会騎士団から感謝の意を伝えるっていうことにしておこうかしら。

 でも本当は、騎士の剣についての交渉よ。

 第六特機の課長さんは、その下準備をお願いね。

 出来るだけ偉い人を交渉の場に引っ張ってきてくれる?』

「……ちょっと待って。

 カリムさんは今、どの立場でしゃべってんの?

 明らかに教会騎士団の儀式司祭とか中央評議会の監査役員ってレベルじゃないよね!?」

「それはどちらも返上したの。

 今は教会騎士団の第一正司教よ」

「……は!?」

 

 第一正司教は総騎士団長、参謀長に続く教会騎士団のナンバー3、聖職者のトップ───軍上層部の武官と文官を区別して制服組と背広組などと言うが、騎士団では差詰め甲冑組と法衣組か───である。

 

 いつの間にと思う反面、元から血筋が良いところに能力と努力が合わさったとき、それがどうなるのかは考えるまでもない。

 まだまだ彼女に追いつくには先が長いらしいと、アーベルは肩をすくめて降参した。

 

 


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