最近のデバイスはわがままで困る   作:bounohito

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第二十八話「実働開始と予算の壁」

 

 

 先日の八神家訪問ではすずかとほとんど話が出来なかったアーベルだが、あれ以来、手紙のやりとりが出来るようになった。この件に関しては魔導師組が非常に協力的で、時には守護騎士達が代理で手紙を携えて第四技術部の前までやってくる。

 

 その守護騎士達だが月が変わった5月、なのは、フェイトにつられるように正式入局したはやてが後押しとなって更生教育も終わり、晴れて自由の身───フェイトと同じく自由行動の許された保護観察期間付きの管理局員───となった。

 

 今しかない。

 

 アーベルはこのタイミングで素早く動き、研修が始まるまでの数日を先に押さえて守護騎士達を交替で第四技術部へと呼んでいた。

 今日は最後のヴィータ───ザフィーラはデバイスを持たない───の訪問が実現し、これでアーベルも少しばかり肩の荷が下りるだろうか。

 

「待機状態の解析、終了です」

「じゃあヴィータ、ハンマーフォルムをお願い。

 マリー、システムの再セッティングはどのぐらい?」

「第六特機にデータを移す時間も含めて3分少しです」

「起きろアイゼン。ハンマーフォルム」

“Jawohl.

 Hammerform.”

「よし、寝ろ」

“......Ja.”

 

 第四技術部自慢の精査分析機器は分子・原子レベルでの構造解析も出来るが、現界部分と魔導制御空間内の両方に展開する魔力素の分布───魔力運用回路の多次元構造解析こそが本領で、デバイスには分解整備時と同じく半休眠状態に入って貰う必要があった。

 それだけに使い手もデバイスも、おまけに仕事をしているはずのアーベルたちもが退屈だが、これが終わらないと話にならない。しかも待機状態のように現界部分が小さいなら時間も数分で済むが、使用形態となると数時間から数十時間を要する。

 

 無論、グラーフ・アイゼンのギガント・フォルムは当初より解析を諦めていた。時間もさることながらスキャニング・システムに入る大きさではないと、対防衛プログラム戦で共闘したアーベルは知っている。

 

「話通りに退屈だな……」

「リインフォースの為と思って諦めてね。

 ついでに言えば、グラーフ・アイゼンのパーツも製造できるようになるし、悪いことばかりじゃない。

 カートリッジだって、再生品や模倣品じゃなくて本物の新造品が手に入るようになる予定だよ」

「……おう」

 

 夜天の魔導書から切り離された守護騎士達のデバイスは再召喚による再生機能を失い、最早普通のデバイスと変わらない。その情報さえ、こちらに回ってきたのは開示許可が下りた先月末であった。

 

「平行作業で悪いね」

「いいよ。

 だってそれ、はやてのデバイスだろ?」

「うん。

 デザインはこれって、リインフォースからリクエストがあった。

 外観だけは防衛プログラム戦の時に使ってたのと同じだよ」

 

 ロウラン提督からは、はやて用デバイスの作成を正式に要請されていた。

 しかし現段階では古代ベルカ式デバイスの手当がつくはずもなく、はやて、リインフォース、クロノ、ロウラン提督他、関係者と幾度かやり取りを交わし、蒐集という希少技能のお陰で『使えないことはない』ミッドチルダ式の魔法のみに対応したストレージ・デバイスを用意することになった。無論、魔力量S対応のストレージ・デバイスなど既製品があるはずもなく、調査の合間にアーベルがこつこつと設計している。

 

「……お仕事中のグラーフ・アイゼンには悪いけど、なんか食べる?」

「……貰う。

 ストロベリーのアイスがいいな」

「わたし、買ってきましょうか?

 ちょっと購買部行きたかったんで……。

 モニターお願いします」

「了解。

 課の名義で買ってくれていいから、ストロベリーのアイスと、それからクッキーか何かお願い」

 

 モニターと言っても、異常がないか見ているだけの退屈な作業だ。いや、異常があれば警告音が鳴るので、居眠りさえしていなければじっと見ている必要さえない。……局の規定なのだ。

 

「そうだ、ヴィータは研修先決まった?」

「正式にはまだだ。

 あたしはどこでもいいって言ったんだが、たぶん、守護騎士全員が一旦アースラに集まる」

「クロノは自前で戦争出来そうなぐらい戦力揃えてどうするんだ……」

「お前もそう思うか?」

「だって研修中のなのはちゃんフェイトちゃん、アルフだけでも過剰なのに、来週からはやてちゃんもでしょ? もちろんクロノにリンディさんも乗ってるよね?

 ……そこにヴォルケンリッターまでって、海の事情にはあんまり詳しくない僕でもおかしいと思うよ」

「クロノは研修期間中だから問題ないっつってたけどな。

 なんでもリンディ提督がアースラ降りて、クロノが艦長になるらしい。その準備だってさ」

「……えっ!?」

「知らなかったのか!?」

 

 割と頻繁に連絡を取っているはずだが、最近はすずかとアリサの話しかしていなかった気がする。精力的に動いているのはアーベルだけではない……いや、一番仕事に身を入れていないのは自分かもしれなかった。

 

「お前がすずかといちゃついてた間に、こっちだって色々あったんだよ」

「……それを言われると肩身が狭いな」

「なあ、ほんとに結婚すんのか?」

「今すぐはどうかと思うけどね」

「当たり前だ、馬鹿」

 

 ヴィータの質問は直球そのものだが、嫌味もないので素直に答えを返せる。これがクロノやはやてあたりなら、無論アーベルは逃げ出しただろう。

 

「最初に会ったときも美少女だなとは思った。けど、一目惚れじゃなかったのも間違いない。

 ……でも話をしてるうちに、こんなに会話の波長の合う相手は初めてだって気付いて、手を離すのが惜しくなった。

 まだ3回しか会ったことないのに、そんなことばかり考えてる」

「ふーん。

 ま、いいんじゃねえのか?

 すずかも前より楽しそうだぞ」

「何よりだよ」

「それをよく、はやてにからかわれてるけどな」

「……はやてちゃんには手加減するように言っといて」

 

 今はクララも魔導回路設計シミュレーターを立ち上げつつスキャニングルームのシステムに接続されて『お仕事中』なので、リインフォースは表に出られない。お陰で多少は静かだった。

 

「そう言えば、グラーフ・アイゼンの前に解析したレヴァンティンとクラールヴィントを比較して、一つ分かったことがあったんだ」

「あん?」

「2機とも術者を選ぶどころか、シグナムとシャマルに適合するよう調整されて後から作られたんじゃないかって話になった。

 リインフォースは既に出来上がっていた守護騎士システムを組み込まれただけだから製作過程まではわからないって言ってたけど、たぶん、グラーフアイゼンも同じだろうね」

「でもよ、逆にあたしらが調整されたって可能性もあるぜ?」

「それも考えたんだけど、プログラム側じゃなくて制御部分の魔導回路側にその痕跡があったんだ。

 普通は後付で個人調整する部分だから交換可能なはずが、一体型になってたよ。

 もちろんヴィータが使う分にはその方がいいんだけど、マイスターの立場で言わせて貰うとすっごい贅沢な造りだ。

 こんな注文、一度でいいから受けてみたいなあ」

 

 ミッドチルダ式ならば完全にプログラム由来で形成される魔導回路が、ベルカ式では物理部分を伴った堅牢な造りになっている。この回路周りを汎用化すると誰にでも使いやすいがデバイスも術者も全力が発揮できず、個人調整すれば特定の術者にしか使えなくなるが同等のミッド式魔導師を上回る力を行使できた。

 この点こそがベルカ式最大の特色であり、同時に廃れた原因ともなっている。……有り体に言えば、手間が掛かりすぎるのだ。

 

「……よくわかんねーけど、アイゼンはあたし専用だってことだろ?

 そんな当たり前のこと、わざわざ調べるような事じゃねー気もするぜ」

「そう言われると、そうかもしれないけどね……」

 

 騎士とデバイスマイスターでは、デバイスを大事にする気持ちは同じでも、その中身はまったく相容れないのかも知れない。

 まあいいけどなと、ヴィータは丁度帰ってきたマリーからアイスをふんだくった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

「兄さん、マリーさん、ただいま!」

「ご苦労さん」

「ゲルハルトくん、お帰りなさい」

 

 一ヶ月半の長期に渡ってマイバッハ工房での資料収集を終えたゲルハルトが第六特機に戻ってきたのは5月も半ばが過ぎ、守護騎士達のデバイスの調査が終わって調べがつきそうなデータが粗方揃い、はやてに『シュベルトクロイツ』と名付けられた杖───リインフォースに言わせれば自分で提案しておきながら質の悪い模倣品、アーベルに言わせればはやての大出力のおかげで出来の割に手間暇がかかった代物───が手渡された時期だった。

 

 祖父や父の後押しもあったが、ゲルハルトは十分以上に活躍していた。特にありがたかったのは数種に渡る駆動部の資料や、貸し出しこそ無理だったが教会騎士団に現存する貴重な真正の古代ベルカ式デバイス───弟の同級生の兄が継承していた───の稼働データなどで、おかげで出張期間は余計に延びたが、成果としては期待以上のものが得られている。

 

「こっちはどうだったの?」

「予定通り、3機分の詳細なデータは揃ったよ。

 あと無限書庫で、デバイス名さえ不明のツヴァイハンダーフォルム───両手剣型デバイスのアウターパーツの設計図の一部も見つかった」

「兄さんの友達の騎士の人とは会ってみたかったな……」

「その内遊びに来るよ。

 正式にうちの課が整備任されることになったし。

 お前の方が適任だから、その時は頑張ってくれ」

「うん、楽しみにしてる」

「でだ……」

「ええ……」

 

 アーベルとマリーは、顔を見合わせて頷いた。

 

「いよいよ、古代ベルカ式アームドデバイスの設計に入りたいところなんだが……」

「その前に、解決していない問題があるんですよ」

「えーっと?」

「各部のパーツは解析から素材や構造も判明して、新規の設計もほぼ目処が立ったけど、作る予算がない」

「稼働状態にあるデバイス・コアの調査が出来たおかげで、こちらも同じく製造の目処は立ちました。でも、魔導回路結晶培養プラントどころか、その改造予算さえどこにもありません」

「古代ベルカ式専用の整備台も導入しなきゃなあ……」

「……兄さん、第六特機の設立目的そのまんまのお仕事なのに、ダメなの?」

「試算したんだけど、お題目だけで引き出せるような金額じゃなかったんだ。教会を説得するにも現状じゃ厳しい。

 ミッド式なら評価基準も定まってるけど、こっちは未知の領域だからなあ。

 どこかで実績作るか強力な後押しがないと、このままじゃ無理だ」

「予算って、どのぐらい?」

「ロールアウトまで持っていこうとすれば、通しで300億クレジット以上はかかる」

「そんなに……!?」

「概算で309億クレジットですねー……」

「予算請求の交渉に行った時、技術本部長と第四技術部の部長と経理課長から切々と現状を語られて、丁寧に書類を差し戻された。

 ……きちんと実績作って、上手いこと本局や教会のお偉いさんを引っかけてみせろって励まされたよ」

「真摯な応対にむしろ驚きましたけど、笑い飛ばされて頭ごなしに突っ返された方が気分的にはましだったかもしれませんね」

「上役がまともな人物だったのは非常にありがたいけど、別の意味で苦労もするよね」

 

 単に1機のアームドデバイスの製造実費なら、そこまで高くなることはないと予想されていた。個々のパーツが特注になろうと、現状でも精々が数千万クレジットから最大でも数億クレジットで収まるだろう。

 しかし生産から運用までのインフラを一気に調えるとなると、当初は小規模でもこのぐらいにはなってしまう。

 

「とりあえず、出来そうなところから手を着けて実績積んでくことに決めた。

 ゲルハルト、こっちは正式な許可取れたから。

 とんぼ返りになるけどすぐ工房に戻って、父さんに渡してくれ」

「えーっと、『古代ベルカ式標準型カートリッジの量産について』……え!?

 ちょ、兄さん、これ……模倣品じゃなくて、本物の!?」

「……現物は教会にあっても技術部には流れて来ず、技術部に精査分析技術はあっても教会はこれまで管理局を頼みにしていなかった。

 第六特機はそこをつっついたんだ。

 誰もが知らず知らず腫れ物扱いにしてた聖域だったけど、それこそうちなら大義名分持ってるもんな」

「これで少しでも風通しが良くなるといいんですけど……」

 

 だが問題は、予算の八割は食うと見込まれるコアの製造設備だった。

 

 デバイス・コアの製造は、基本的に魔導回路結晶を培養プラントで成長させてそこから切り出すのだが、ベルカ式デバイス・コアはミッドチルダ式と似たような造りでも、微細構造も違えば基本組成も違うことが調査によって判明している。そうでなくとも高価な培養プラントを専用に改造しなくてはならない上に、出来上がるコアは古代ベルカ式専用とくれば、どうやって予算をひねり出していいものか。

 

 今は何を言っても、300億もの大金を引き出すには説得力がなさすぎるのである。

 

 


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