最近のデバイスはわがままで困る   作:bounohito

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第二十七話「次元世界への扉」

 

 

 予定を入れていた日曜日、アーベルも少々落ち着かない心持ちながら八神家の転送ポイントへと降り立った。

 裏庭の一角だが、周囲からは目立たないように庭木で囲われており、勝手口へと踏み石が続いている。

 

「あー!」

「来た!」

「アーベルさん!」

 

 挨拶代わりにひらひらと手を振り、誘われるままにリビングへと案内される。

 

「待っとったんですよー」

「うん、待ちくたびれちゃったね」

「主とご友人は昨日から泊まりがけでな」

「あー、なるほどね」

「たぶん、アリサちゃんよりもすずかちゃんの方が待ってたの」

「言わないで、なのはちゃん……」

 

 リビングには五人組の他にも、シグナムが新聞を片手にコーヒーを飲んでいた。今日ははやての側についたシグナム以外、他の守護騎士は本局待機だそうである。

 

「はじめまして、アリサ・バニングスです。

 ……色々噂は聞いてます、アーベルさん」

「あー……。

 よろしく、アリサちゃん」

 

 ……ちなみにすずかは目を合わせた途端真っ赤になって俯いてしまったので、実はまだ話せていない。

 

「あの、それから……わがまま言って、ごめんなさい」

「それは気にしなくていいよ。

 ただ、念話の方は魔力次第だったから、僕もほっとしてる。

 ともかく、試作品が動いたんなら大丈夫だよ」

 

 微少魔力測定プログラムを起動したクララを指から抜いて、アリサに手渡す。

 アーベルとしても後々の改良のためにデータは集めておきたいので、小さな手間も欠かさないようにしていた。

 

“簡易測定、魔力反応ありました。

 測定最大値12”

「うん、これなら問題ないね」

 

「なのはの魔力はどのぐらいなのよ?」

「え、えーっと……」

「なのはは最大発揮値なら300万越えてたと思う」

「さ……!?」

「なのはちゃんそんなに!?」

「にゃはは……。はやてちゃんはもっと凄いよ」

 

 盛り上がる少女達にストップと声を掛け、先ずはアリサにペンダントを渡す。

 

「デバイスと同じ外殻だから、それなりに強度はあるよ。普通のアクセサリーと同じように、乱暴に扱わなければ大丈夫だ。

 それからなのはちゃんとフェイトちゃん、はやてちゃんには、支援プログラムの追加をお願い。

 ……すずかちゃんのも同じ仕様なんだけど、魔力電池を搭載していてね、時々二人のアクセサリーに魔力を供給して欲しいんだ」

「アーベル、どのぐらいの量?」

「三人の魔力ならほとんど消費無し、かな。

 ここと翠屋さんで念話するよりは疲れないと思う」

 

 アーベルははやてを手招きして蒐集させ、クララもレイジング・ハートとバルディッシュにプログラムをコピーさせる。

 

「さて……えー、すずかちゃん」

「ひゃい!」

 

 そこまで照れられても困るが、同時に嬉しくもある。

 ……にやにやとあれこれ期待するギャラリーがいなければもっと良かったのだが、彼女たちダシにした部分もあるのでここは我慢するしかない。

 

 以前と同じように、指輪を手のひらに乗せて差し出す。

 

「えーっと、はい」

「あかんあかん。

 アーベルさん乙女心わかってへんやろ?」

「すずかも、ほら」

「は、はずかしいよ……」

 

 結局、すずかの左手薬指に指輪が填められるまでに、余計な数分を消費した。

 その頃にはアーベルの顔も真っ赤になっていたが、仕方がない。……気恥ずかしさと嬉しさで、声が上擦りそうになる。

 

『クララ、開放モードで念話繋いで。

 ……すずかちゃん、アリサちゃん、聞こえる?』

『聞こえます!』

『あたしにも聞こえるわ!!』

『わたしも聞こえるなあ』

『成功なの』

『大丈夫、だね』

『ちなみに魔力電池を搭載したことで、すずかちゃんとアリサちゃんの間でも接触式念話が出来るようになったから』

『すっごーい!』

『フルに使っても1回の魔力補充で一週間以上は保つはずだから、適度に補充してね』

『はい』

『ありがとうございます』

『それにしてもや……』

『どうしたの、はやてちゃん?』

『リビングで顔つき合わせて黙り込んでるんもシュールやなあと……』

 

 ひとしきり念話を交わし、口を使った会話に戻す。

 

「実はね、すずかちゃんとアリサちゃんにはもう一つお土産があるんだ」

「お土産?」

「なんだろ?」

「わたしらには?」

「はやて……」

 

 持ってきた鞄から、紙の書類が入った封筒をそれぞれに手渡す。

 表にはミッドチルダ標準言語で管理局と書かれているが、中身はニホン語に訳されていた。

 

「二人とも、一度ぐらいは管理世界に行ってみたいと思わない?」

 

「行きたいです!」

「行きたいに決まってるわ!」

「うん、だろうなあとは思ってた」

「アーベルさん、そんなこと出来るの!?」

「管理外世界からの渡航許可を取るのはかなり条件が厳しいって、クロノも言ってた。

 わたしも一度、頼んでみたことあるんだ」

「そやろなあ……」

 

 勢い込む二人に対し、魔導師組は懐疑的だった。

 

 ここでは口に出さないが、アーベルを含めた大人組もそれなりに苦労したのだ。クロノには関連法規とその解釈および特例を調べて貰い、条件を満たせるようにエイミィやリンディの手を煩わせていた。半ばアーベルのわがままだが、色々とからかわれながらも協力が得られたことで、この計画は前に向けて進んでいる。

 

「もちろん、そのまま連れて行くことは出来ないから、二人にも頑張って貰わないといけない。

 袋の中身の一番上を見て貰えるかな?」

 

 それぞれの袋から取り出されたのは、渡航条件取得計画と書かれた予定表である。

 

「ちょっと難しいけど、順序立てて話すから聞いていてね。

 最初に……いまの二人は、偶然魔法に巻き込まれた事件性情報開示対象者っていう区分でね、魔法のことは多少説明してもいいけど、向こうに連れていく事は出来ない立場なんだ」

「事件って、クリスマスのあれ……ですか?」

「うん。

 だからこれをもう一歩進めて、管理外世界在住民間協力者の資格を取って貰いたい。これが第一段階ね。

 理由はこちらで用意したけど……魔導師組の三人が、管理局の活動と現住世界での実生活が両立しやすいように補佐をする、っていうことにしておいた。

 現地法に於ける義務教育期間中って言うのも、かなり後押しになりそうかな。

 でも安心して。自己紹介を兼ねた作文を書いて貰うぐらいで、試験なんかはないよ。

 リンディ提督の引きもあるから、審査はほぼ通ると思う。

 それと民間協力者に登録されるまでは、さっきのアクセサリーのことはこの場にいる人以外には内緒ね」

「はい」

「わかりました」

「第二段階は何をするんですか?」

「時間を使うこと、かな。

 三ヶ月ぐらい問題なく過ごせれば、局からの信用度評価が自動的に一つ上がる。同時にその時間で、ミッドチルダ語を学んで貰いたいんだ。

 渡航の準備だから、とりあえず簡単な挨拶が出来て、基本的な単語が分かれば大丈夫。……こちらの世界の言語でびっくりするほど似通った言語があるし、聴覚や発声器官の都合で最初から会話不可能ってことにはならないよ」

「英語に似てるから、多分大丈夫なの」

「そうなんだ……」

「慣れてきたら、フェイトちゃんに翻訳魔法を切って貰って、たくさんお話しするといい。

 彼女には母語だから、発音も綺麗だよ」

 

 封筒には、エイミィ謹製の小冊子『今日から学ぶミッドチルダ標準言語・初級編』と、現地───第97管理外世界の記録媒体に録画された日常会話集も入っている。

 

「そして第三段階。

 二人には、うちの会社に入って貰う」

「会社?」

「うん。

 マイバッハ商会……って言っても社長は僕で社員はゼロ、今は休業中の会社なんだけどね。

 二人のお仕事は第97管理外世界……地球の現地調査に協力して貰うこと。

 民間協力者なら、雇うにしても審査が甘くなる」

「現地調査?」

「わたしとすずかは、何をさせられるんですか?」

「後付なんだけど、二人にはこちらが出す条件に合う品物を探して、買ってきて貰おうかなって思ってる。

 本とか、食器とか、服とか……普通に手に入る物に限るつもりだから、難しくない」

「それなら大丈夫です」

「任せて頂戴!」

「もちろん代金はこちらで用意する。お給料はこちらの通貨にすることも出来るけど、貯めてミッドに来たときのお小遣いにすればいいかな」

「ん?

 そやけど、アーベルさんはそないなもん買い集めて、何する気なん?」

「売る」

 

 本や食器などというものは、それだけで好事家───あるいは好事家を相手にする店に売れる。異世界製の本ならば読むだけでなくインテリアとしても利用されるし、食器や服飾品は微妙な形状の違いや用法、デザインなど、安い物でも値段の割に文化の差異が現れるので好まれた。

 どちらも大きな利益にはならないが魔力波による完全消毒殺菌が可能な品物は審査も短時間で済み、この場合は名分の方が必要なので損をしなければそれでいい。

 

 逆に花の種などは管理外世界固有種の遺伝情報として貴重で利益も大きいが、審査も厳しいので非常に面倒だった。食料品も手に入れるのは楽だが、法令を満たすような保存と管理を行うとなると急激に面倒を引き起こすので、自分たちで消費するならともかく最初から除外している。

 

「ぶっちゃけると、会社が実働してますよっていうアピールが出来れば、それでいいんだ。

 今度はそれを盾にして商用での渡航申請をすれば、恐らくは通る」

 

「行けるんだ……」

「絶対行くわよ、すずか!」

「もちろんだよ!」

 

 とりあえずは、『世界』を知って貰うことが肝心だ。

 上手く話を進めていけば、事業を理由に次元間通信機や転送ポートの設置も出来るだろう。

 すずかにはその先、デバイスマイスターへの道も拓けるかもしれないが、そちらはまた後日でいいかとアーベルは話を締めくくった。

 

 ……急いては事をし損じる。

 

 アーベルは、ここで焦ってはいけないと自らに言い聞かせていた。

 

 実はすずかに渡した念話補助アクセサリーには、クララによるすずかとアーベル専用のスクランブル念話機能───流石に念話のだだ漏れはもう勘弁して欲しい───も搭載しているのだが、この状況で教えてもその秘密がばれるばかりで、今は大人しく笑顔を眺めているしかなかったのである。

 

 


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