最近のデバイスはわがままで困る   作:bounohito

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第三話「『デバイス調整応用論』」

 

 残念ながらエイミィと揃っての訪問はなかったが、クロノたちを乗せて出航するアースラを見送った翌日、嘱託技官、店とともに収入を支える第三の仕事をこなすべく、アーベルは本局内に開校されている士官学校本局校へと向かった。

 

「起立、敬礼、着席」

「おはようございます、皆さん」

 

 アーベルの受け持ちは、デバイスの扱いに関して正規の課程では学ばない応用と発展を主とする『デバイス調整応用論』で、客員講師として教官の末席に名を連ねていた。

 卒業単位に計上されない自由履修科目な上に、教官であるアーベルも若いせいか今期の受講者は六名と少ないが、その分目が行き届くので丁度良い。

 出会った頃のクロノと同い年ぐらいの子供から、上官から推薦されたであろうアーベルよりも年かさの下士官上がりまで、受け持つ生徒の年齢は幅広かった。

 

 授業中は堅苦しい言葉遣いを自らに課しているが、店でお客を相手にしているときと気分は大して変わらない。こちらも仕事ならあちらも任務、教官と生徒ではこちらの方が立場は上になるが、普通校では担任にあたる指導教官というわけでなし、お互い相手を尊重するというあたりに落ち着いていた。

 

 将来の管理局を背負って立つ若者達を育てる士官学校は、何も戦闘技術や指揮官教育ばかりを詰め込んでいるわけではない。本局校ではアーベルの受け持つ『デバイス調整応用論』の他にも、『管理外世界現地法概論』『結界魔法論』『魔導戦心理学講座』などの選択科目が受けられる。士官になるための必修ではないが、専門コースとも違った諸効果が認められているこれらの講座は各校ごとに異なり、特色ともなっていた。

 

「今回は予告通り、直射型魔法に適した出力調整方法とその効果についてお話しします」

 

 クロノに填められた───としか言い様もないが、アーベルはデバイスマイスターであると同時に魔力だけならAAAとクロノを上回る魔導師でもある。

 魔力量AAAと言えば普通なら一本釣りで引き込まれるか士官学校へと放り込まれるレベルだが、マイバッハ家は騎士家系ではないもののベルカでは旧家として知られる家であり、代々古代ベルカ式デバイスの整備技術を守ってきた技術者集団の筆頭格であった。それを無理矢理管理局に引っ張っては、いらぬ軋轢が生まれる。正規の技官であった父にしても、聖王教会側との技術交流という側面があったからこその正式な入局であり、そのあたりは当初より考慮されていたらしい。

 

 但しアーベル本人には、マイバッハ家保有の希少技能とも言える古代ベルカ式特化の整備適正はない。残念なことに、ミッドチルダ式魔導師であった祖母の血が色濃く出てしまったのである。代わりにマイバッハ家の血族では希なほど高い魔力を得たが、本人の将来の希望はデバイスマイスターで家族からは苦笑されるに留まった。

 希少技能の未発現こそ嫡流の長男としては致命的であったが、幸いにも弟は祖父や父親の血を順当に継いでおり、早い内に家督はそちらが継ぐことに決まっていた。放逐されたわけでも家出したわけでもなしに割と自由に過ごせているのは、このあたりの事情が影響しているのかもしれない。

 

「以上のように、等量の魔力量でも10発しか撃てないところが11発撃てるようになれば、余力を他に回せます。……無論、効率を上げすぎて扱い辛くなっては、本末転倒ですよ。

 それから訓練と調整、この二つはセットで考えるようにして下さい。

 片方だけ伸ばしては、折角のバランスが崩れますからね」

 

 しかし何が幸いするか、世の中はわからない。

 

 近年研究が進みつつある近代ベルカ式魔法体系───これは父の功績でもあるが、ミッドチルダ式魔導技術をベースにしたベルカ式魔法エミュレート・システム───とそのデバイスの登場で、ミッド式とベルカ式の両者に理解のあるアーベルは技術部で非常に重宝されていた。

 無論、士官学校で講義している内容は純粋なミッドチルダ式魔法に絞ってあり、乞われたときこそ話題にするが生徒を混乱させるようなことはしていない。

 

「講義はこれで終わりますが、質問があればいつものようにどうぞ。

 それから第四射撃訓練場を放課後まで抑えてありますから、必要があれば自由に使って下さい。講義終了後、私もそちらに向かいます」

 

「起立、敬礼、解散」

 

 授業は週一回の一コマ120分だが、アーベルは少人数である事を逆手にとって、ラスト30分を個人から質問を受け付ける時間に割いていた。

 

「教官、第四射撃訓練場はもう使えますか?」

「ええ、大丈夫ですよ」

「マイバッハ教官、先週見て貰ったところを調整しました!

 チェックお願いします」

「はい、どうぞ。

 クララ、接続して」

“プログラミングチェッカー、起動します”

 

 質問タイムが終わると別の枠外講義を受ける生徒達と別れ、アーベルも残りの生徒を連れてそのまま移動する。流石に射撃魔法を講義室内で実射するわけにはいかなかった。

 

「教官、どうでしょうか?」

「どれどれ……はい、概ねいいと思います。実射して予測値との誤差を修正をして下さい。

 アガートラム君は大分慣れてきたようですから、次は威力か速射の方にリソースを割り振ったプログラムを組んでみてもいいかも知れませんね」

 

 今日の講義が生かされているのかを確認しつつ、射撃訓練場で生徒達がターゲットスフィアに対して実射を行うのを見守る。

 クララをリペア・モード───簡易修理台となる作業机仕様───で立ち上げ、質問を受け付けてはデバイスへと行うべき調整やプログラムの修正個所を指示をするのがいつもの放課後、通称『補講』の一幕であった。補講は自由参加にしているので、昨年教えた上級生や彼らの友人の姿も混じっており、授業より多い十人ほどが集まっている。

 

「教官、今日の授業では収束型魔法の話題は出されなかったですけど、どうしてですか?

 あれなら魔力量の不足を補えると思ったんですけど……」

「ああ、なるほど。

 先に答えを言うと、収束型魔法は実に使いづらいから……というのが答えになります」

「使いづらいんですか?」

「はい。

 個人戦から小規模集団戦で使おうとすれば、相当な熟練を要します。

 資質の有無とも関連しますが、それこそ戦場の真ん中で棒立ちになる時間が必要なんですよ。魔力の残滓を一番残留濃度の濃いであろう戦場の中心で集めなくては、成立しませんからね。

 それに収束型魔法の中でも、特に収束砲撃は体に負担が大きいんです。

 知っておいて損はないけれど、収束技術の訓練に使う時間を他に当てた方が良いし、AからAAぐらいの魔力量があれば扱えなくもないですが、必須となる運用や制御の精密さを考えれば魔導師ランクSがほぼ必須……というのが一般論です。

 正規の授業でも教えていないでしょう?」

「そういえばそうですね。

 教官は使えますか?」

「見本程度には使えますが、友人には鼻先で笑われました」

 

 

 

 エース級や準エース級の魔導師が手にするデバイスを普段から取り扱い、彼らが行使する魔法に対しても知識が必要なアーベルは、魔力持ちデバイスマイスターとして自前でデバイスのテストが出来る強みを持ち、それを活かしてきた。おかげで通常の局員どころか、戦技教導官でさえ考えられないほどの多種多様な魔法を所持し行使できる。これこそがクロノをして当時の執務官長ギル・グレアムから口添えを引き出し、士官学校教官へと推薦させた真の理由であった。

 

 ……代わりにクララのストレージ───魔法術式を記録する為の書庫に相当するパーツ───は極端に大容量化され、専用の術式処理プロセッサを追加で与えてもまだ重く、決して実戦向きとは言えない状態になっている。

 

『はっきり言って、君の所持する魔法の種類は驚きを通り越して資料庫レベルだ。これを活かさない手はない。

 デバイス知識の伝授と共に、是非とも僕の後輩達に生の見本を見せてやってくれないか』

 

 もっとも、生徒のお手本には使えても戦闘訓練を受けていない弊害は当然あって、AAAの魔力に胡座をかいた力押しプラス初見殺しの通じる場合ならばともかく、アーベルの戦闘魔導師としての実力は総じて低かった。マルチタスクは人並み以上でも戦術の組立は出来ず、平行運用は出来ても教科書通りが精々で、座学の教官は務まっても作戦の立案から駆け引きまでを教える戦技教官にはとても届かない。魔力ランクAAAにして魔導師ランクEという経歴データは、腹立たしくもあるが実に正しいのである。

 

 もちろん、クロノとグレアム以外からはそれを期待されて推薦された教官職ではないから、誰も問題にはしていなかった。同僚である士官学校教官達からの『技官にしてはいい腕前を持ち、本業のデバイスだけでなく各種魔法や派生技術にも詳しい』という評判は、クロノの目の確かさを裏付けている。

 

 

 

「教官、いつものやつお願いします」

「ああ、もうそんな時間ですか」

「これが楽しみ!」

「先週のファイアリング・パワーサーチは俺も練習してみたんですよ」

「あはは、君は昨日の1on1で使ってたね。

 ハイディングした相手がびびってた」

 

 生徒に『お手本』を見せる。

 クロノからの頼みを、アーベルは忠実に守っていた。

 

 他人からあれほど真面目に頭を下げられたのは初めてで、『後輩達の為』と語った彼の本気に飲まれてしまったせいもある。

 

 それに魔法の研究はデバイスの開発と表裏一体であり、畑違いと云うこともない。クロノという協力者もいるし、デバイスの研究、特に制御系と言われるインナーパーツの改良やプログラム開発には役立っていた。

 

「先週は探知魔法でしたから、じゃあ……今日は捕獲魔法の変わり種でも見せましょうか。

 ……クララ」

“コンバット・モード、タイプ・スタッフにてセットアップします”

 

 一瞬だけ、アーベルの周囲に薄紫の魔力光が輝き、バリアジャケットが形成される。

 白いコート……いや、いかにも研究職な白衣にインナーは管理局正式の野戦訓練着というあまり見栄えの良くないアーベルのバリアジャケットは、今でこそ生徒達も見慣れているが初見では無言で首を横に振られることが多い。

 

 クララの方も作業机───リペア・モードを解除し、アーベルの身長より少し短い170センチほどの長い杖へと変化した。各種魔法のデータを取る目的で長杖、長槍、長剣、小銃と、管理局員が使う基本的な武装形態の殆どをクララには装備させている。

 

 お陰でクララの動作は更に重くなった上に扱い慣れているわけではないが、これも仕事の都合と割り切っていた。

 

「検証は行いましたが、一般公開は初ですからね。

 よく見ておいて下さい。

 ……バインド・シューター!」

“バインド・シューター”

 

 アーベルの発生させた魔法は、ターゲットスフィアに向けて高加速で飛んでいった。

 一見通常の射撃魔法タイプの魔力光弾は、目標に直撃すると、リング状態に変形してがっちりとスフィアを保持する。

 

「おおっ!」

「早い!?」

「……バインドって設置系の代表格なのに」

「飛ばしちゃうんだ……」

「射撃魔法と見分けつかない!?」

 

 しっかりと発動したことを確認してからブレイクして魔法を消すと、アーベルは生徒達に向き直った。

 

「今のがバインド・シューターです。

 先ほどの直射型なら魔力ランクがBあれば使えますが、少し強度に不安があります。それに誘導制御まできちんと付与することも踏まえて、やはりAランクは欲しいところですね」

 

 生徒達はしばらく考えていた様子だが、全員が自分のデバイスにバインド・シューターの術式をコピーした。試してみてスタイルに合わないようなら消せばいいし、どちらにしても新たな知識と経験は蓄積される。

 

 出し惜しみはしない。隠すぐらいなら最初から出さなければいいし、アーベルは生徒達がそれぞれ努力をして自分を高めていることも知っていた。

 魔力はそうそう伸ばせるものではないが、総合力は手数や術式、戦術で補うこともできる。彼らの努力に応え、ちょっとしたアドバイスや新しい方法論を提示して高みに引き上げる助力を惜しまないことが、アーベルの役目であった。

 

「検証に付き合って貰った現役執務官の受け売りですが、意識が防御に回った相手にならかなり有効になると聞いています。射撃魔法か何かで弾幕を張ってから、混ぜて使うといいかもしれません」

 

 初めて披露したとき訓練場に居合わせた現役執務官───クロノからは『知ってしまえば防御ではなく回避を選ぶ方に思考が誘導されてしまう。直接の効果は低いが、総合的に見て実に嫌らしい魔法だ』と、お褒めの言葉を貰っている。

 

 ちなみに翌週、受け持ちの生徒からは絶賛を、出所を知った実技担当の戦技教官からは愚痴を、それぞれ頂戴したアーベルであった。

 


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