最近のデバイスはわがままで困る   作:bounohito

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第二十五話「第六特殊機材研究開発課」

 

 

 第六特殊機材研究開発課───第六特機は第四技術部本棟の5階、その端の方に占有スペースが与えられている。

 

 事務室には人数分の机が運び込まれ、メンテナンスルームにも倉庫から引っぱり出された型遅れをマリーが改造した解析機器や工作機械に混じり、アーベルの私物である作業机や検査槽が並んでいた。他に更衣室と兼用の準備室はあるが、それきりである。

 もちろん課長室などない。来客時には第四技術部の持つ応接室を借りる予定で、既に話がついている。

 

 しかし第六特機は、開設早々難問にぶち当たっていた。

 

「これは流石に無理は通せないと思うんですけど、どうしましょう?」

「兄さん、いっそ先に教会に話を通した方が……」

「うーん……」

 

 ようやく開設されたはいいが八神家の面々はそれぞれに忙しく、第六特機による長時間の拘束───デバイスをコアも含めて休眠させ、精査分析機器で緻密なスキャニングを行うのに必要な時間───を言い出せる状況にはなかったのである。

 

 贖罪を含んだ奉仕であるが故に、本局実働部隊とは組織系統の異なるため予約も取れない。緊急出動に備えた本局待機と同時に矯正教育も行われており、その予定を崩すのも得策ではなかった。

 教育期間が終了あるいは正式な入局後であれば正規のルートで要望を通せるが、今横槍を入れるとクロノどころかロウラン提督にまで迷惑が掛かってしまう。

 

 だからと実績のないまま教会騎士団に声を掛けるのも、決して良い策とは言えない。

 マイバッハの家名一つで真正の稼働機を『管理局に』貸し出せなどとは、礼儀知らずにも程がある。

 

「……よし」

「兄さん?」

「ゲルハルト、お前は出戻りになるけど、無期限でマイバッハ工房に出張してくれ。

 仕事の内容は、工房と協力してありったけの古代ベルカ式デバイスの資料を引っぱり出すこと。

 見つけた資料は、データの形でこっちに送ってくれればいい。

 僕は無限書庫に出向いて、同様に資料を集める。

 マリーは技術部が既に持つ資料とつき合わせながら、両者をまとめて新たに第六特機専用のデータベースを作成して欲しい」

「うん、わかった」

「了解です」

「順序が逆になるけど、後で必要になるからね。

 今はこちらに専念して欲しい」

 

 ゲルハルトも父や祖父には敵わないだろうし、アーベルも全くの素人ではないが専門はやはりミッドチルダ式であり、エミュレートシステムである近代ベルカ式ならまだしも純粋な古代ベルカ式となれば知らないことも多い。マリーにしても同様だ。

 資料収集を通じ、先に知識面だけでも充実させるのは悪い選択ではなかった。

 

 早速手続きを済ませてゲルハルトを送り出すと、マリーが少し困り顔を向けてくる。

 

「どうかした?」

「えーっと……前の課でも承認して貰ってたんですけど、わたし、ちょっと別のお仕事も抱えてるんですよ……」

「うん?」

「アーベルさん、課長になったから情報開示レベルが極端に上がったと思うんですけど、データベース探検とかしました?」

「……いや。

 そんな余裕無かった」

「じゃあ、わたしが指定するキーワードで検索してみて下さい」

 

 彼女がそっと告げたキーワードは、『戦闘機人』。

 ディスプレイに表示された開示条件は中将以上の高官と、特例として一部の関係者のみ。アーベルの局員IDは……困ったことに通ってしまった。

 

 ごくりと唾を飲み込んで情報を読み進めるアーベルに、マリーが補足を加える。

 

「事の発端が違法研究なのは間違いないんですが、じゃあ保護された子はどうするか……。

 放り出すわけにも行きませんし、知らぬ存ぜぬでは管理局の存在意義が問われます。まして保護された子に罪はない……というわけで、本局の特務が動いたんです」

 

 アーベルも戦闘機人という言葉ぐらいは知っていたが、その中身となると眉唾物のオカルトチックな都市伝説に結びつく内容ばかりで、旧暦以前にも研究は行われていたとバラエティ番組で見た覚えがある程度だ。人工臓器や再生治療からのスピンオフ技術ですらないと、切って捨ててもいい。

 

 しかしディスプレイには、遺伝情報を操作され鋼の骨格と人工筋肉が適合するように調整された素体を用いることで、拒絶反応もなく機械部分と生体の融合が行われ、あまつさえ成長までするという『本物の』戦闘機人についての詳細が表示されていた。

 

「元になった違法研究は、残念ながら摘発時の研究者の死と共に失われてしまいました。だから保護された子たちの体調管理───メンテナンスは、今も手探りな部分も多いんです。

 そこで数名の技官が内々に指名されて、子供達の専任となりました。わたしももちろんその一人です。

 秘匿された任務ですから所属も元の配置のままで、これまでも要請に応じて動いてきました」

 

 これは自分の手に余ると、アーベルは大きな溜息をついた。

 リインフォースの件でさえ丸抱えするにはきついのに、これはどうしたものだろうか。

 

「……マリー、僕は何をすればいい?」

「突然出張したり研究室に子供を連れてきたりしても、見逃して下さいっていうことです。

 ほんとにそれだけなんで、どうかよろしくお願いしますね」

 

 もう検査機器もこちらに移管される予定ですしと、マリーはほっとした様子で告げた。そちらの予算や整備は本局持ちで、第六特機は新しい隠れ蓑として利用される様子である。

 これではどちらが課長やら、わかったものではない。

 

「はあ、すっきりしました」

「うん?」

「秘密を心に持ってるのって、苦しいんですよ。

 ……アーベルさんなら、わかりますよね?」

「そりゃあ、まあね……」

 

 管理局にどっぷり浸かってもらおうと言ったときの、何とも言えないクロノの顔を思い出す。ハラオウン閥の技術系トップにアーベルを据えてしまいたいというのが、彼の本音だろう。

 

 教会に話を通すだけならヴェロッサがいるし、技術スタッフにもマリーがいる。しかしアーベルが、もう一つ上に位置していることも間違いない。ヴェロッサはカリムの義弟だが、グラシア家の血筋ではなく出自は孤児だ。マリーは十分に優れているが、技術部内での政治的影響力ではアーベルに及ばなかった。

 

 クライドの殉職により一度は霧散しかけ、中道且つ現場優先で温情主義と、本局主流派とは相容れるはずもないハラオウン閥は、ギル・グレアムの庇護の元ようやく巡航艦一隻を身内で固められる程度まで力を付けてきた。

 PT事件に続いて闇の書事件を解決に導いた今、グレアムは局を去ったものの上り調子と言っていい。このあたりでしっかりと地盤を固めておきたいところなのだろう。

 

「まあ、乗るしかないか」

「はい?」

「あー、うん。

 ……無限書庫に行って来るよ」

「はい、いってらっしゃい」

 

 いつか守護騎士達にも言ったが、アーベルも『ちょっとづつ得をする』中の一人なのだ。

 当面は、流れに乗るのが正解だった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

「ユーノくん、無限書庫に用事があるんだけど、今大丈夫?」

『大丈夫ですよ。

 あ、ぼくもちょっとアーベルさんにお願いがあって……』

「はいよー」

 

 ユーノには途中で私的に連絡を入れ、手土産にもならないだろうが適当に買った差し入れなどをぶら下げて無限書庫に向う。

 

「……ん?」

 

 入り口の手前で違和感を覚え、首を傾げる。

 正面の案内表示に大きく『無限書庫』とあるのは変わらないが、その下に『司書室』『司書室受付兼事務室』と新しい名前が追加されていた。元は倉庫か個室だったろう場所に、前はなかった受付窓が取り付けられている。

 

 春は異動の時期、先に入局していたユーノとは時々連絡を取っていたが、仕事の話はお互い『忙しいね』『忙しいです』と苦笑するばかりで、アーベルも無限書庫に増員なり改組なりが行われたとは知らなかった。

 

「失礼します、第四技術部第六特機課のアーベル・マイバッハと申しますが、ユーノ・スクライア氏をお願いします」

「はい、室長よりご訪問はお伺いしております。

 どうぞ」

 

 内心でユーノも出世したのかと驚きつつ司書室に入れば、アーベルと同じく『一番偉い席』に座っているユーノの姿があった。

 

「ユーノ君も出世したねえ」

「あはは……。

 クロノがどうしてもと頼むので、まあ、しょうがないかなと。

 でもおかげで、僕の自由度が少しだけ上がりそうです。ちょっとは研究にも時間を割けるかなあ……」

「僕と似たようなもんだね。

 まあ、頑張るしかないか。……それにしても机多いね?」

「昨日からですけど司書さんが10人と事務員さんが2人、配属されました。

 今は無限書庫そのものに慣れて貰うことを兼ねて、入り口付近の地図作製をお願いしています」

「迷ったら一大事だもんなあ……」

 

 無限書庫を遺跡に見立てた発掘作業のようなものかと、彼の方針に頷く。

 通路さえ確定しておらず『未整理』の状態で情報が並んでいるのなら、確かに遺跡と大差なかった。

 

「そう言えば、アーベルさんの用事って何ですか?」

「無限書庫に出入りする許可を貰いたいと思ってね。

 目的は古代ベルカ式デバイスの情報一般、可能なら夜天の魔導書の基礎データ」

「あ、リインフォースの……」

「うん。

 今のところは至急じゃないから、許可さえ貰えれば自前でやるよ。

 構わないかな?」

 

 ユーノには到底敵わなくとも、アーベルも書籍探索魔法は使える。彼に手伝って貰えれば早いだろうが、それでは時間潰しの意味がない。

 

「それでしたら今日からでも大丈夫です。

 アーベルさんの司書資格はすぐ用意しますので」

「ありがと……って、司書資格?」

「事故を起こされるよりはこちらで完全管理した方がいいと言う話になって、施設部と協議した結果、昨日付けで司書資格の保持者と規定の条件を満たした許可者以外は入庫禁止になったんです。

 僕が来る前ですけど、本当に探索チームから遭難者が出ていたみたいで……」

「……あれって都市伝説じゃなかったんだ」

 

 アーベルさんなら試験は無意味ですから注意事項だけ読んでおいて下さいねとディスプレイを向けられ、その場で司書資格の発行が行われた。

 流し読めば、室長の直接承認または規定の能力検定試験に合格した者を司書とすると書かれてあり、管理局法にも新たに無限書庫専任司書に関する法規が作られている様子だった。併記されている注意事項の大半は公共の図書館と大差ないが、危険回避や情報秘匿に関する項目は無限書庫ならではである。

 

「お待たせしました。

 認証をお願いします」

「ありがと。

 ……2番目?」

「はい、今は僕とアーベルさんだけが正式な司書資格保持者です。

 仮の試験も用意は出来たんですが、実はまだ司書試験を受けるところまで誰も行ってなくて、司書さんには室長承認で仮の許可を出してるんですよ。

 最低限の内容に絞ったんですけど、昨日付けで入局した新人さんも多いし、何も教えていないのに試験に受かれなんて言えません。

 アーベルさんは術式渡してすぐ実働に入れたっていうか、術式組み替えちゃうぐらいですから、まあ……」

 

 組織も立ち上げ直後でメンバーも配属されたばかりとあれば、こうもなるかと頷く。昨日も挨拶の後、半日は書庫の見学と説明、残りはユーノによる講義で終わったらしい。

 

「そう言えばユーノくんの方の用事は?」

「例の改造した書籍探索魔法の術式を譲って貰いたいのと、出来れば司書専用のデバイスを開発して欲しいんです。

 ただ、こちらに配属されてきた人は、魔導師ランクの一番高い人でもランクEの魔力量Dで、Fの人が大半ですから、そこも考慮して貰えると助かるんですけど……」

「あれかあ……。

 術式の譲渡はもちろん構わないけど、ユーノくんの魔法を僕用に組み替えただけだからそのままじゃ運用が難しいかも。最低でも魔力量Aは必須だからね」

「やっぱり……」

「ともかく、デバイスの件は了解したよ。

 課に戻ってから、術式と一緒に考えてみるね」

「はい、お願いします」

 

 ユーノにはデバイス開発を依頼する申請書を作って貰い、その場で了承する。

 

「ユーノくんも専用デバイス、作るかい?」

「そのうちお願いするかも知れませんけど、今は大丈夫です。

 予算も余裕がありませんし……」

「……納得」

 

 第六特機は古代ベルカ式デバイスの製造技術確立が目的で設立されているが、アースラ関係者のデバイス整備など、第四技術部の他の課同様、技術部の掌握する一般業務もアーベルとマリーの異動に伴って引き継がれていた。

 

 


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