最近のデバイスはわがままで困る   作:bounohito

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第二十四話「指輪と約束」

 

 

 リビングのソファを借りて寝ていたアーベルは、夜更け過ぎ、何とはなしに目を覚ました。

 久しぶりに楽しく騒いだせいか、まだ感情が高ぶっているのかもしれない。

 テーブルの向こうに寝ているザフィーラを起こさないように……と言ってもこちらが身を起こした時点で気付いているかも知れないが、そっとリビングを出てキッチンへと向かう。

 

「え!?」

「きゃっ!?」

 

 こんな夜中に誰かと思えば、流し台のところでコップを手にしたすずかが驚いた顔をしていた。ごめんと二人で謝って顔を見合わせ、せっかくだからとバーベキューの際に残ったオレンジジュースを冷蔵庫から拝借する。

 

「すずかちゃんも眠れなかった?」

「はい。

 春休みで夜型になっちゃったせい、かな……」

「あー、学校始まるときつかった思い出が……」

「ふふ、アーベルさんも夜更かしさんだったんだ」

「なんかねー、夜の方が仕事はかどるんだ。

 初等部の頃は家の手伝いをするとお小遣い……って言うか今考えると出来高制のお給料に近いけど、それが貰えてたから、とにかく稼ぎ時だーって長期の休みはずっと工房に篭もってたかなあ」

「やっぱり、デバイスの?」

「うん。

 自分の店を持ちたいなってずっと頑張ってて、ようやく叶ったのが13の時でね、最初はお客が来ないから大変だった」

「あの、13歳でお店って、持てるんですか?」

「え!?

 こっちだと持てないの?」

 

 どうやら常識に大きな違いがあるらしい。

 すずかの説明によれば、同じ第97管理外世界でも国によって違いがあり、ニホンでは9年間の義務教育がほぼきっちりと行われているという。しかもその間、特例を除き就業には厳しい制限があるようだ。

 大半の子供がハイスクールまで通うとは知っていたが、アーベルの想像とはずいぶん違った。

 

「へえ……。

 ミッドチルダでももちろん教育の権利は守られているけど、行きたい人が行くって感じかなあ。義務じゃなくて権利だからね。

 僕も学校は初等部までだし、クロノなんか初等部を中途で辞めて士官学校に行ってる」

「中学校に行く人、少ないんですか?」

「んー、全体の人数ならそっちの方が多いかなあ。

 でも、途中で専科のある学校に移る子も多いね」

 

 昼間は止まってしまった話題が今はすらすらと出てくることに、アーベルは驚いていた。

 デバイスにはじまって、子供の頃、故郷のこと、今の生活と、すずかにあれこれを語り、逆に彼女の家族や学校生活のことを楽しく耳にする。

 忍に結婚するのかとからかわれたのを思い出して赤面しそうになるが、彼女との距離感は、実に心地よい。

 

 16歳と9歳はありなのか?

 

 いや、その歳の差があるからこそ、こちらも余裕を保っていられるのかもしれない。

 真顔で将来を考えそうになって、慌てて頭から追い出す。

 

「アーベルも喉乾いたの?」

「あー、うん、お肉、たくさん食べたからなあ」

「じー……」

「な、なにかな、はやてちゃん?」

「なんや楽しそうやなあ思て。

 ……邪魔やった?」

「そ、そんなことないよっ!」

「にゃはは。すずかちゃん、お顔が真っ赤だよ」

 

 ……だから連れだってトイレに降りてきたなのはとフェイト、はやて───彼女の足は徐々に快方へと向かっていたが、家の中では魔法が行使できるとは言え今しばらくは介助が必要だ───が、じっくりと二人の様子をのぞき見てにやにやとした後に声を掛けたなど、気付かなかったのである。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 翌朝も、朝食は大騒ぎになったしそれはそれで楽しかったのだが、はやてたち魔導師組には講義が、シグナム達にも仕事が入っている。

 いつまでも遊んではいられない。

 

「おじゃましました」

「またね、すずかちゃん」

 

 このまま別れるのは、少し惜しい気がする。

 ……再会の約束をするなら、今しかないか。

 

 後で考えると、『大失態』でありながら『大正解』だったが、勢いに任せてそこまでは考えていなかったアーベルである。

 

「すずかちゃん!」

 

 迎えに来た車へと乗り込んだすずかに、アーベルは例の指輪を乗せた手を伸ばした。

 それを見つけたすずかが、しっかりとその手を握る。

 周囲の目は、不思議と気にならなかった。

 

『アーベルさん?』

『今度遊びに来るときには、すずかちゃん専用の指輪作っておくから』

『……!』

『これは約束に預けておくね』

『はいっ!!』

 

 ……管理外世界の住人であるすずかに対する魔導具の無許可譲渡は少しばかり問題が出るかも知れないが、最悪、紛失したとでも言い訳すればいい。

 彼女から貰った明るい笑顔と元気な返事の方が、アーベルにはずっと価値があった。

 

 走り去る車に手を振っていたアーベルが一仕事を終えた気分でふっと息をついて振り返ると、そこには笑顔の少女達……もとい、小悪魔が三匹。

 角は元から見えないが、尻尾も隠していたらしい。

 

「なあ、アーベルさん」

「な、なにかな、はやてちゃん?」

 

「えーっと、『今度遊びに来るときには』?」

「『すずかちゃん専用の指輪作っておくから』……」

「『これは約束に預けておくね』とか、どこの映画て聞いてもかめしません?」

 

 思わず右手のクララを見やる。

 

「クララっ!?」

“いいえ、私ではありません”

「にゃはは。

 昨日の晩、もっと簡単にみんなでお話できるかなーって術式組み替えたら、できちゃったの」

「ほんますごいなあ、なのはちゃんは」

「一人が手を繋いでいれば、2メートルぐらいなら大丈夫なんだよ」

「今のんはアーベルさんがすずかちゃんと手ぇ繋いどったから、自動で聞こえたんやろなあ」

 

 ……小悪魔の中に、術式構築的な意味で本物の悪魔が一匹混じっていたらしい。

 クロノが以前、魔法と出会って一ヶ月足らずで収束魔法を組み上げて使いこなした天才となのはのことを評していたが、もっとまじめに聞いておけば良かったとアーベルは悔やんだ。

 

「ちょう話聞かせて貰おかなあ?」

「まずは馴れ初めから、なんだよね?」

「うん、順番が大事なの!」

 

 守護騎士達は役立たず……どころか、我らは主の元にありと旗色を明確にして、にやにやとこちらを見ている。

 味方はどこにもいないらしい。

 

 ともかく空気を変えようと、リビングに関係者を追い立てたアーベルは、ちょっとお仕事の話があるからと話題を封じた。

 

「これは第四技術部に出入りする為のゲストID申請、こっちは協力依頼と解析調査承諾の書類ね。

 これにサインして貰わないと、僕の仕事が始まらない」

「あ、逃げた」

「逃げたの」

「ここで逃げたらあかんやん……」

「……リインフォース、復活が遠のきそうだけど止めなくていいの?」

“ふむ、主のご様子が実に楽しげで私も心地よい。

 見ているだけで喜びが溢れてくる”

「あー、そうですか……」

 

 はやてはデバイスを持っていないが、調査と解析の次にくる試作品の実証実験段階では活躍して貰うことになる。ザフィーラははやての護衛兼サポートだ。

 

「せやけど、アーベルさんは見かけから言うて24、5。

 んですずかちゃんがわたしらと一緒で、誕生日来るまではまだ9歳。

 ごっつ犯罪臭いんやけど、そのへんどないなんです?」

「ちょっと離れ過ぎなの……」

「待って、僕は16だよ……」

 

「……えっ!?」

「うそや……」

 

 その日最大の衝撃が、八神家のリビングに走ったかもしれない。

 フェイトだけがうんうんと頷いている。

 

「わたしは知ってたよ。

 アーベルはクロノの二つ上で、エイミィと同い年」

「……ほんまなん!?」

「おねーちゃんより年下……」

 

 フェイトには聞かれて答えたような覚えもあるが、なのはとはやては信じられないものを見たような表情でぽかんとしている。

 

「ほらはやてちゃん、さっさとサインして。

 でないと講義に遅刻するよ?」

「わたしとフェイトちゃん、今日はお昼からなの」

「え、朝からなんわたしだけか!?」

 

 八神ファミリーから書類を回収すると、追い出されるようにしてなのはは自宅に、アーベルはフェイト、アルフと共にハラオウン家へと向かった。はやてが嘱託魔導師から正規の局員になれば八神家の転送ポートも余人への開放が為されるかもしれないが、今はまだ波風を立ててまでするべきことでもない。

 

「アタシなんかからすれば、16って言われたら16、みたいなもんだけどねえ……」

「アルフは3歳ぐらいなんだっけ?」

「フェイトに拾って貰う前から考えると、そんなもんかな」

 

 人間体の外観はナイスバディのワイルドな美人だが、アルフの年齢はそのあたりである。無論、狼として考えるならそろそろ大人だ。

 

「7歳差なら、ありなのかな……?」

「フェイトちゃん、お願いだからその話題からそろそろ離れて……」

 

 こっちも問題だった。

 ……素直なフェイトは素直すぎて、なかなかに扱いが難しいのだ。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 本局に戻ってなのは達と別れてのんびりと半休を過ごし、仮眠室で一泊して明けた四月。

 

 本局技術本部第四技術部第六特殊機材研究開発課───公式略称『第六特機』は、晴れて発足を迎えた。

 居並んだ部下を前に、最初の挨拶を行う。

 

「えー、課長のアーベル・マイバッハです。

 どうぞよろしく」

 

 第六特機は課でこそあるが、カテゴリーはCでその規模は極小だ。カテゴリーAに属する次元航行部隊総司令部作戦課のような課長が将官級で影響力も組織も大きい課ではなく、カテゴリーBに属する麾下に固有戦力を持つ実働部隊のような職掌が広い課でもない。

 扱う内容故に制度上は課でなくてはならずとも、同列に並べて語るには無理があった。課長もキャリア組ではなく招聘された民間技術者だが、本局が認めれば大抵の無茶は通る。

 

 アーベルと第六特機の場合は、研究によって得られそうな技術が無視し得ない内容であったと同時に、闇の書事件の落としどころの一つとして利用できそうなこと、聖王教会側から物心両面での援助が比較的簡単に引き出せそうであること等、正に『誰も損をしない』状態をクロノが画策し本局がそれに乗った結果と言えよう。

 

「第六特機設立の目的は、古代ベルカ式デバイス製造技術の復活、その中でも融合騎───ユニゾン・デバイスの製造を最終的な目標に掲げています。

 これまでは禁忌扱いされていましたが、政治的な逆風は順風に変化しつつあります。

 ご存じのように、数は少ないながら聖王教会などには真正の古代ベルカ式デバイスを使う術者や騎士は居ますし、今もある程度の整備や修理は可能ですが、失伝している技術の方が多いのです。これを復活させることがまず一つ。

 もう一つは、研究を通して他の部局が担当している近代ベルカ式デバイス並びに近代ベルカ式魔法体系の開発に寄与することです。こちらは得られた成果の中から適宜譲り渡すことになるので、普段は特に意識せずとも構いません。

 もちろん、デバイスの整備や改造と言った第四技術部が全体で預かっている一般的な業務も、依頼があれば行うことになるでしょう。

 また仕事柄、聖王教会との関係が深く成らざるを得ないことから、細いながらも円滑に動くパイプ役としても期待されています」

 

 第一段階は現存する真正古代ベルカ式デバイスの調査解析、第二段階は模倣による古代ベルカ式デバイスの設計製造、第三段階はユニゾン・デバイスの設計製造。

 目的達成後に課が解散するのか、それとも整備や改修、研究を引き継いで存続するのかまでは決まっていない。可能なら一般的なレベルにまで技術情報の開示条件を引き下げて各地の技術系部局でも整備が行えるようになれば、アーベルの手を離れるので楽なのだが……。

 

「では、続いて課員各自の自己紹介をお願いします」

 

「主任研究員のマリエル・アテンザです」

 

 第四技術部の上層部や技術本部の人事担当者と相談した結果、正規の技官は当初一名と制限されてしまった。そうでなくとも頭数の足りない研究者を、新しい課にぽんぽんと引き抜かれては困るという。課長にされて分かったが、嘱託技官は数が多くとも常勤者は少なく、技術はあってもこなせる仕事量の関係で使いにくいらしい。それもそうだと我が身を振り返り、アーベルは溜息をついた。

 無論、本局内の派閥闘争とはあまり縁のない技術畑だが、多少は影響もある。アーベルも言うなればハラオウン閥にして聖王教会の息がかかった人間で少し揉めたらしいが、開設当初に波風を立てる愚は理解していたから、しばらくは解析ぐらいしか仕事もないので必要に応じて増やせばいいかと受け入れている。

 

 マリーについては、下手な人物を送り込まれるよりは、気心も知れている上にエイミィの後輩である彼女が来てくれれば一番だと、前所属の課長や主任───当然というか、彼らは父の元同僚や後輩であった───にも薦められた。彼女の抜けた穴については、何とかするそうだ。

 ちなみに本人も、面白そうだからという理由で第六特機参加には当初より前向きであった。

 

「マイバッハ工房からの出向になります、ゲルハルト・マイバッハです」

 

 こちらはこちらで、やはりその過程では揉めている。……協力の要請こそ即答だったが、祖父、父、弟の『儂が行く』『俺が行く』『ぼくが行く』という主張は平行線を辿った。古代ベルカ式デバイスの整備技術を守ってきたマイバッハ家にすれば千載一遇の機会であり、個人的な興味も満たされるから誰もが行きたくて仕方がなかったのである。

 結局、一族の当主や現社長が仕事を放り出せるはずもなく、ゲルハルトが大手を振ってアーベルの元にやってきた。同時にマイバッハ工房とも研究協力の提携を結んでいるが、こちらは言うまでもないだろう。

 

 他にも設備の維持を担当する整備員のシルヴィア・アチソンと書類面で課を支える事務員のエレクトラ・リンザー───両名共にクロノが間に入ってロウラン提督から紹介された───が配属され、この日、総計五名の小さな課はスタートした。

 

 


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