喫茶翠屋のテーブル席にて手を握り合ったまま、アーベルとすずかの念話は続けられていた。
『元々この指輪は、病院の先生と協力していた研究の成果なんだ。
お喋りが出来ないほど大怪我をして魔力も弱ってしまった患者さんと、念話でお話が出来るようにって作った機械の改良版でね』
『魔法って、そんなことも出来るんですね……』
『空を飛んだり力持ちになったりすることも出来るけど、地味な魔法も多いよ。
例えば……そうだ、クララ』
『“はい、マスター”』
『え、だ、誰!?』
『“はじめまして、月村すずか嬢。
マイスター・アーベルのデバイス、マイバッハ工房製ミッドチルダ式インテリジェント・デバイス、クラーラマリアです。
どうぞクララとお呼び下さい”』
動作光を一瞬だけきらりと輝かせたクララに、すずかの視線が注がれる。
『はじめまして、クララ。よろしくね』
『はい、よろしくお願いします』
『うふふ、こちらこそ!
あ、そう言えば、レイジング・ハートとバルディッシュも挨拶してくれました』
『うん、レイジング・ハートは割とお喋りかな。……頑固者だけど。
代わりにバルディッシュは寡黙で、ほんといいコンビだよ。
……っと、ごめん。話を戻すと、今のは念話を中継する魔法術式を起動してみたんだ。
僕とすずかちゃん、僕とクララ。この二つの念話を一つに統合って言うかクララを通る念話をオープンに接続して……ね、地味でしょ?』
『でも、素敵だと思います。
わたしは将来、工学系の勉強をしたいなと思ってるんですけど、こんな小さいのにちゃんとお喋りが出来るなんて……』
『デバイスの中でもインテリジェント・タイプは、だいたいこんな感じかなあ。
性格は色々だけどね。
工学系に興味があるなら、いっそこっちの世界に来てデバイスマイスターでも目指してみる?』
『……そんなこと、出来るんですか!?』
期待を込めてじっと見つめられると、口から出任せとも言えない。
マルチタスクを駆使して色々と考えてみる。
『クララ、管理局法の技術関連と管理外世界関連の法規をちょっと参照してみて。
管理外世界からの留学とか特定個人への技術情報の開示って、どうなってるかな?』
『“基本的には不可能ですが、特例条項も豊富ですね。
マスターが最大限の努力をした上で、すずか嬢の側で幾つかの条件を満たしていただければ、許可が下りる可能性は高いと思われます”』
「ほんとに!?」
大きな声を上げたすずかに、実に微笑ましそうな高町夫妻、苦笑しながら頷いている恭也、にやにやとしている忍に美由希と、店中から注目が集まる。
その中から忍がこちらにやってきた。
「あ、その、ごめんなさい……」
「すーずーかー?」
「お姉ちゃん、えーっと……」
「さっきから見てたんだけど、ずーっと黙ったまま二人で見つめ合っちゃって、まあ……。
おまけに指輪、握りこんでたでしょ。……結婚でも申し込まれた?」
腰に肘を宛て、ちょっと威嚇するような笑顔で見下ろしてきた忍に、アーベルとすずかは我に返った。
念話中で手は握られたままだったし、二人の顔も非常に近い。
「けっ……!?
ち、ちちちちち違うの!
綺麗だなって思ったけどそうじゃなくて指に填められない大きさでちょっと残念だったけど素敵な指輪でアーベルさんも格好いいけどクララもわくわくさせてくれてそれで───」
「はいはい。
前々から年上趣味だとは思ってたけど、ちょっと早すぎない?
すずかはまだ9歳でしょうが……」
「はう……」
「ところで……アーベルさんって、ロリコン?」
「ロリコン?」
「お姉ちゃん!!」
『“データにありました。
正確にはロリータ・コンプレックス、少女への性愛嗜好やその───”』
「違います!
そりゃすずかちゃんは可愛いと思いますけど、僕にその手の趣味はありません!」
「か、かわいい……!?」
「ちょ、すずか!?」
「忍、落ち着け」
「すずかちゃんにまで先越されるとか……」
「桃子、なのはもそのうち、あんな初々しいデートをするのかな?」
「なのはもそろそろお年頃ですもの。
でもお相手、いるのかしら……」
『……ちょっとは落ち着いたかな』
『そう、ですね……』
騒ぎの間も繋がれ続けていた二人の『手』こそが問題だったのだが、それぞれに放すのが惜しい気分を持っていたから、これは仕方がないだろう。
▽▽▽
客足が増えてきたおかげで、騒ぎが収まってしばらく。
外野が静かになったのはいいが、なんとなく会話が途切れてしまい、きっかけがつかめなくなっていた。
『……』
『……』
『アーベル、今大丈夫か?』
『ひゃっ!?』
『シグナム?
すずかちゃん、ちょっとごめんね』
『は、はい』
アーベルはタイミング良く外から念話が入ってきたのに合わせ、気分を切り替えた。オープンなままにしていたから、シグナムの声もすずかに届いたようだ。
『む、念話中だったか。
失礼した。
ところで今のは主のご友人、月村すずか嬢ではないのか?』
『ああ、シグナムは面識あったね。
もう本局から帰ってきたの?』
『私とザフィーラはな。
来て貰ってもいいぞ』
『了解。
そうだ、すずかちゃん連れて行っても大丈夫?』
『主の帰りはもう少し遅いと聞いているが、お喜びになられるだろう。
ところでアーベル』
『うん?』
『何故魔力を持たぬすずか嬢が念話に混じっていたのだ?』
『ちょっとした裏技』
『……まあいい。
では待っているぞ』
『はいよー』
渡航の目的はコーヒーと、八神家の家族勢揃いへの一助である。
別の大容量ストレージを備えたデバイスを用意してリインフォースを独立させることは、管理局だけでなくクロノからも止められていた。
『お待たせ。
聞こえていたと思うけど、八神はやてちゃんところのシグナム』
『はい、知ってます。
……わたしも行って大丈夫なんですか?』
『うん。
まだお昼の2時過ぎだから、すずかちゃんも中途半端な時間になっちゃうでしょ?
お仕事の話もするけど九割以上は遊びだし、誰も困らないよ』
『じゃあ、一緒に行きます!』
『そうそう、今日ははやてちゃんの家に泊めて貰う約束なんだ。
いっそすずかちゃんも泊めて貰えば?』
『いいのかな……』
『何度もお泊まり会してるって聞いてるけど……。
でも、おうちの許可はちゃんと貰ってね』
『はいっ』
一旦手を離し、姉に声を掛けて何やら話し込んでいたすずかは、満面の笑顔でアーベルの元に戻ってきた。
▽▽▽
「あそこの角を曲がったところです」
「家に行くのは初めてだけど、全員と面識があるんでまだ気楽かな……」
八神家は閑静な住宅街の中にあって、アーベルの抱いた中流以上の庭付き一戸建てが並ぶベッドタウンという答えは概ね正解だ。
チャイムを押すと、シグナムが出迎えてくれた。
「アーベル、すずか嬢」
「直接会うのは久しぶりだね、シグナム。いいところだなあ」
「こんにちは、シグナムさん」
「うむ、上がってくれ」
リビングに通され、ザフィーラとも対面する。
寡黙な魔狼は、日当たりのいい場所を占有していた。
「それとすずかちゃん、ここでは念話が使えなくなるけど、ごめんね」
「それは大丈夫ですけど……」
「じゃあクララ、お願い」
“久しいな、剣の騎士、蒼き狼”
「リインフォース……」
持ち逃げもないかとテーブルにクララを置き、デバイス側の声真似ではないと気付いて不思議そうなすずかに手短な説明を加える。
「リインフォースははやてちゃんのデバイスなんだけど、ちょっと事故があってね、うちのクララに人格を移し替えたまま、まだ復帰できなくてそのまま僕が預かってるんだ。
それで……リインフォースが表に出ている時は処理をそちらに振り向けないといけなくて、クララも外部のサポートがないと機能が使えなくなるから、さっきみたいに念話の補助も止まっちゃうんだよ。
僕だけだと、細かなコントロールが出来なくてね……」
クララに二系統目の発声部や駆動系を入れることは、技術的には簡単なのだが、リインフォースは機能の一切を使えないとしている対外的な言い訳もある。危険視などされて横槍を入れられる方が余程面倒くさいので、ため息を繰り返しながら現状を許容していた。
「あ、それで……」
「うん。
今日はリインフォース復帰の準備と、あとはまあ、八神家の家族団らんに彼女が加われるようにって」
「アーベルさん、やさしいんですね」
「わがまま言われると弱いだけなんだろうなあって、自分では思ってるよ」
“それが無茶でも叶えてしまうところがアーベルのアーベルたる本質であろう?
謙遜するな”
「リインフォースはもう少し遠慮ってものを覚えようね?」
「あはは……」
まあ、それでも。
古代の融合騎が自分に対して気を許してくれている今の状況は、マイスターとして誇らしくもあり、個人としては照れくさくも楽しくもあった。
「ただいまー。
あれー!?
すずかちゃん、遊びに来てくれてたんか?」
「あ、はやてちゃん!」
「よう、アーベル」
「おー、ヴィータも久しぶり」
“主はやて、おかえりなさいませ”
「うん、リインフォースもおかえりなぁ」
家主が帰ってきて一気に賑やかさを増した八神家は、帰宅したばかりなのに呼び出されたフェイトやアルフ、なのはも加え、急遽バーベキュー大会が催されることになった。
▽▽▽
「へ?
すずかちゃんも念話使えるようになったん!?」
「ほんとにー!?」
「えーっとね、今は駄目なんだって」
「残念……」
やはり外で食べる肉は旨いなと、串に刺されたロース肉にかじりつく。これほどゆったりとした気分にひたれたのは、いつ以来だろう。アーベルはここ最近を振り返って、小さくため息をついた。
設立準備は目の回る仕事量を要求されたし、休暇を終えれば第六特機は本格的なスタートを迎え、また忙しさに追われることになる。今日の息抜きはアーベルにとっても貴重だった。
“主はやて、方法はあります”
「どないしたらええの?」
“まず、アーベルとクララより関連する術式を蒐集なさって下さい。主ならばクララ側で行っている補助術式を希少技能にて改変併用することで、通常の念話同様に行使することができます。
またシグナム達の剣では書式の違いから不可能ですが、クララと同じミッドチルダ式である小さな騎士達の杖ならば、術式の転写が可能です”
「なるほど、その手があったか!
ナイスアイデアだ、リインフォース」
“クララ、交替してくれ”
ここにあるデバイスは、なにもクララだけではない。
さあどうぞとアーベルは皿を置き、ためらいがちなはやてに頷いた。彼女の希少技能行使は以前にも見ていたので、不安はない。
「……ええんですか?」
「うん。
前に検査でやってたでしょ?
あの時僕もいたし」
「あー、そうでした。
ほな失礼します」
強制的な蒐集と違い、抵抗しないならば苦痛やダメージが殆どないことは確認している。
ほんの十数秒で必要部分の蒐集は終わった。
「アーベルさんを本気で蒐集しよう思たら、ごっつ時間掛かりそうな感触やった……」
「それはまた今度ね。
はい、すずかちゃん、指輪」
「お借りします」
“レイジング・ハート、バルディッシュ、術式とサポートプログラムを送りますので受け取って下さい”
“Ready......completed.”
“Get set......finished.”
さあやってみようと一斉に黙り込んだ少女達だが、手を繋いだまま笑顔になったり驚いたりしているので、上手く行っているのだろう。
「なあ、アーベル」
「ヴィータ?」
「仕事はいいのか?」
「帰りがけに5分もあれば済むから、今はいいかな。
みんな楽しそうだし、目的の半分はそれだよ」
「そっか。
……お前も、もっと食っていいんだからな?」
「もちろん」
……どうやら気遣われているらしい。
アーベルは素直に新しい串へと手を伸ばし、はやて特性のソースが染みた鶏モモにかじりついた。
▽▽▽
少女達のお泊まり会ともなると無論アーベルに出る幕はないが、夜になるとパジャマパーティーと称して寝室に集まった彼女達に遠慮して、大人組はリビングでコーヒーなどを嗜んでいた。
「なんかごめんね。
家族で過ごして貰うはずが大騒ぎにしちゃって……」
「いや、むしろ助かった」
「最近は主も管理局に詰めていることが多くてな……」
「あたしらも即応待機や座学で、護衛の一人以外はばらけちまう」
「……はやてちゃん、自分から息抜きをしない方だから。
四月からは小学校にも行けるし、少しはましになるかしら」
「あー、こっちでお膳立てする方がいいのか」
9歳の少女に何をさせているのかという部分と、それに応えるはやての努力には、少々申し訳ないと思う面もある。
「アーベルくんのところはどう?
第六特機は上手くいきそう?」
「何とかなるんじゃないかなあ……。
シャマルたちには期待してるよ。
もちろん、クラールヴィントたちにもね」
“Ja.”
シグナムら守護騎士の助力も必要だが、それ以上にデバイスたちの協力を得られなければ話にならない。シグナムのレヴァンティン、ヴィータのグラーフ・アイゼン、シャマルのクラールヴィント、この三機の古代ベルカ式アームドデバイスの構造解析が第六特機の第一歩となる。
設立後はその成果をひっさげて教会側に出向き、協力を要請する算段も立てていた。教会騎士団に残る数少ない稼働機の調査も、個人的な伝ながら予定の内に入っている。
……あとはまあ、世間に揉まれながら走り回るだけ。
つまりは、いつもと変わらないのだ。