最近のデバイスはわがままで困る   作:bounohito

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第二十二話「再会」

 

 

 新暦66年の3月も終わり頃。

 闇の書事件が終息してから三ヶ月が経過していた。

 面倒は色々あったが事後の混乱も概ね沈静化し、日常が戻っている。

 

 4月から新設される第六特機も雛形が出来上がり、アーベルもようやく出張と言う名の休暇を取れていた。

 

「こんにちはー……って、誰もいないか」

“一番はやいフェイト嬢とアルフの帰還が今夕です”

 

 闇の書事件に際して用意された現地本部は、第97管理外世界の管理局出先機関になるはずが、いつの間にかハラオウン家の所有する自宅となっていた。質量兵器全盛の世界に正式な出張所の開設は時期尚早と判断されたのか、それとも判断『させた』のかは不明瞭だが、大事件が続いたこともあって非公式ながら連絡事務所としての役割も備えているという。

 

 用があるのは八神家だが、そちらの転送ポートは管理局により八神家専用にロックされていて使えない。仕事絡みなので書類を調えれば許可は下りるだろうが、用意するのが面倒だったのと翠屋に寄ることだけは決めていたのでこのような成り行きとなっている。

 

 戸締まりはキーコードを預かっていたクララに任せ、アーベルは以前歩いた道を思い出しながらマンションを出た。

 

『流石は地上。随分と季節感があるなあ』

『“本局と比べるのはどうかと思います”』

『ショッピングモールのウインドウ見て判断するのが普通だもんな……』

 

 時刻は昼過ぎ、散歩や買い物には丁度良い陽気である。

 人通りも多い。

 

 その中の一人に、アーベルは視線を引き寄せられた。

 

「……あ」

『“月村すずか嬢ですね”』

 

 近寄って声を掛けようとする前に、すずかの方でも気が付いたのか、こちらに向けて手を振ってくれた。

 

「お久しぶりです、アーベルさん!」

「すずかちゃん、こんにちは」

「遊びに来られたんですか?」

「うん。

 やっと休みが取れたんだ。……名目はお仕事だけど。

 すずかちゃんは……って言うか、ああ、こっちの学校も春休みなんだっけ?」

「はい。

 今日も……図書館です」

「ん?」

 

 ちょっと寂しそうな様子に、首を傾げる。

 

「お友達がみんな忙しくて……。

 アリサちゃんはアメリカだし、なのはちゃんたちは……」

「あー……。

 今日は講習受けてるんだっけ」

「そう言ってました。

 アーベルさんも、魔法使い? なんですよね?」

「うん。

 ……すずかちゃんは魔法のこと聞いてるから、話してもいいか。

 魔法使い───魔導師でもあるけれど、本業は魔法使いの杖屋さんなんだ。

 デバイスってわかるかな?」

「レイジング・ハートやバルディッシュ、ですか?」

「そうそう。

 言葉にするとデバイスマイスターっていうお仕事なんだけど、デバイスを作ったり、整備したり、修理したり、わがままを聞いたりする人」

「ぷ……」

「みんな笑うけど、最近のデバイスはほんとわがままなんだよ……。

 っと、ごめん。

 長話になっちゃったね」

「いえ、今日は本当に時間が空いちゃったんです。大丈夫ですよ」

「じゃあ、今から翠屋に行くつもりなんだけど、すずかちゃんも来る?

 丁度お礼もしたかったし……」

「行きます!

 でも、お礼……?」

「それこそ長くなりそうだから、向こうで話そうか」

「はい」

 

 いかがわしい場所に誘ったわけではないしその気もないが、親友の実家が経営する店なら信用もあるのだろう。

 彼女はにこにこと楽しそうな様子に転じて、アーベルの提案を受け入れた。

 

「いらっしゃいませ……って、あら!」

「士郎さん桃子さん、お久しぶりです」

「こんにちは」

「お、アーベル君じゃないか!

 それにすずかちゃんも!?

 一緒に来たのかい?」

「はい。

 すずかちゃんとは、また道でばったり会いました」

「なんか出世して偉いさんになったんだって?

 なのはやクロノ君から聞いたよ」

「あれはクロノに無理矢理押しつけられたんですよ……」

 

 今日はすずかもいるのでテーブル席にして貰い、ロブスタのストレートと、すずかの希望でキーマン・ティーと日替わりのケーキを注文する。

 

「でもお礼って、なんですか?

 道案内……?」

「道案内も助かったんだけど……えーっと……」

 

 まさか襲撃されそうになった時、お守り代わりになってくれたとも言えない。

 だがそのお陰で、リーゼ達の企図した守護騎士による襲撃が未遂に終わり、当事者とクロノ以外が知らずに済んだことも事実だった。

 

「魔法関係のお話も絡むから全部は言えないけど、すずかちゃんが僕に声を掛けてくれたことがきっかけで、何人もの人が助かったんだ」

「え……?」

「もちろん、僕もね。いや、僕が一番助かったのかな。

 あー……すずかちゃんが道案内をしてくれた時、歩きながらお話ししたおかげでスピードがちょっとゆっくりになったから、そのままだと起きていた事故が起きないで済んだ……みたいな感じかなあ。

 ごめんね、こんな言い方で……。

 でも、本当に感謝してる。ありがとう、すずかちゃん」

 

 戸惑うすずかにきっちりと頭を下げる。

 襲撃が成功していれば、グレアム提督に灰色の決着を押しつけることは難しかったかもしれない。はやてや守護騎士達も一頃に比べてかなりうち解けてくれたが、今のような関係にはなっていなかっただろう。

 ……卵が先か鶏が先かはともかく、彼女らの強力なサポートなしにアーベルの今後の予定は成り立たないから、襲撃が未遂で済んだことはひとつの幸運となった。

 

「お待たせしましたー。

 って、すずか、どうしたの?」

「えーっと、お礼、言われちゃった」

「お礼?」

「うん。

 あ、アーベルさん、翠屋でアルバイトをしているわたしの姉です」

「月村忍よ。

 よろしくね。

 ……あなたがなのはちゃんたちの言ってた偉い人?」

「アーベル・マイバッハです、はじめまして。

 あー、その、偉い人は勘弁して下さい……」

 

 すずかの姉は、悪戯っぽく微笑んでアーベルに視線を注いだ。

 アーベルは大きく息を吐き、天井を見上げて視線をかわした。

 

「アーベルさんも魔法使いなのよね?

 一度私にも魔法を見せて貰えないかしら?」

「お、お姉ちゃん!」

「忍、流石にそれは不躾だろう」

「えー!?

 なのはちゃんったら恥ずかしがって見せてくれないし!

 チャンスよ、チャンス!」

 

 もう一人現れた青年も、やはり魔法のことを知っているらしい。

 

「忍が迷惑を掛けたな。

 高町家の長男、高町恭也だ。よろしく」

「ああ、なのはちゃんのお兄さん!

 こちらこそお世話になっています、アーベル・マイバッハです」

 

 テーブルを賑わせてから仕事に戻る二人を見送り、すずかと顔を見合わせて、なんとなく溜息をついて苦笑する。

 

「ごめんなさい。

 お姉ちゃん、興味のあることには食いついて離れないんです……」

「知られているから見せるぐらいはいいんだろうけど、ここではちょっとね。

 でも、見えない魔法なら今も使ってるよ」

「えっ!?」

「翻訳魔法がちゃんと働いてるから、こうしてすずかちゃんとお話が出来るんだ」

「あ……」

「フェイトちゃんなんかは苦労してるんじゃないかな?

 魔法越しに言葉は通じても、ちょっとした生活習慣の差とか微妙な例え話までは埋まらないからね」

「フェイトちゃん、国語はちょっと苦手みたいです」

「なるほど……」

 

 会話を続けながら、余人に見えない魔法で彼女が体感できそうなものを思い浮かべてみる。

 ……インヴィジブル・バインド───ステルス属性の見えない捕縛魔法が真っ先に浮かんだが、そんなことをするぐらいなら翠屋のバックヤードを借りて宙に浮かぶ方が遙かにましだ。

 

『クララ、微少魔力測定プログラムを起動して』

『“了解しました”』

 

 こんなことではそれこそ礼にもならないだろうが、少しでも彼女が楽しめるような何かが……。

 

「そうだ、紹介しておくね。

 僕の相棒、クラーラマリア」

「……指輪?」

「うん。

 レイジング・ハートはペンダント、バルディッシュならエンブレム。

 待機状態は、アクセサリーにすることが多いかな。

 はい、どうぞ」

 

 彼女の手に、クララを乗せる。

 無論、アーベルが命じない限りは飾り石のついたプラチナリングのままで、机や杖に変化することはない。

 

「……普通、ですね」

「うん。待機状態は普通であることが一番に求められるからね」

 

『“簡易測定、魔力反応ありました。

 測定最大値18”』

『へえ……』

 

 病院での仕事もあって、クララには微細魔力測定術式とともにセンサー類も搭載していた。

 今計測したすずかの魔力量はランクFにさえほど遠いが、念話補助機器なら十分すぎる。

 

「すずかちゃん」

「はい?」

「……今ね、実はもう一つ魔法を使ってみたんだ」

「えーっと……?」

「すずかちゃんが魔法を使えるかどうか、魔力の測定をしたんだけど……」

「あ!

 前になのはちゃんがしてくれました。

 でも、魔法は使えないって……」

 

 しゅんとした様子のすずかに小さく頷いたアーベルは、もう一つ指輪を取り出して見せた。

 

「うん、すずかちゃんには普通の魔法を使えるほど大きな魔力はなかった。

 但し、全くのゼロでもなかったよ」

「え!?」

「普通の魔法はちょっと無理かな。でも機械の補助があれば、使える魔法もあるんだ。

 逆に魔力があっても体質の関係で使えない人もいるけど……それはまあ、今はいいか」

 

 不思議そうにも期待しているようにも見えるすずかに、アーベルはもう一つの指輪───試作したデバイス仕様の念話補助アクセサリー───を取り出して見せた。

 

「説明するより、体験して貰った方がいいかな。

 すずかちゃん、こっちの指輪を……ごめん、成人男性用につくったから大きすぎるね。

 手に握ってもらえる?」

「はい……」

 

 クララを指に填めたアーベルは、ふむと頷いて念話ではなく口で指示を出した。

 

「クララ、念話補助プログラム起動」

『“起動しました。

 ……フィールド構築完了。

 魔力供給、接続状態、共に良好です”』

 

 指輪を握ったすずかの右手を、そっと左手で包み込む。

 身長に見あった大きさをしている自分の手に比べ、あまりにも小さいのでアーベルは戸惑った。ついでに言えば、恐ろしく柔らかい上に触り心地もいいので少々照れくさい。

 

「今からすずかちゃん宛に、念話……口を動かさずに言葉を伝える魔法を使ってみるね」

「はい」

 

『もしもし、アーベルです』

「!!!」

『聞こえたら……って聞こえてるみたいだね。

 驚かせちゃった?』

「はい!!

 でも、すごい……」

 

 興奮気味のすずかを落ち着かせつつ、次のステップへ。

 

「今度はすずかちゃんから念話を送って貰おうかな。

 口を動かさないで、僕に伝えたいことを思い浮かべてみて」

 

 重篤な患者の補助用、それも念話特化に仕上げてあるから、術式のサポートも自動で行われる。内部の魔力電池またはサポートプログラムを読み込んでいるデバイスとその術者による魔力供給にて動作するので、中継は出来るが僅かにタイムラグがあり、専用プログラムを読み込んだデバイスや魔導端末なしに他の誰かと直接念話をすることが出来ないのも難点だ。

 無論、元になった念話補助装置も対象者同士の接触が必要だし、改良点はまだまだある。

 

『これで、いいのかな……!?

 聞こえますか、アーベルさん?』

「聞こえてるよー。『おめでとう。せっかくだから、このまま話そうか』」

『はい!』

 

 いい笑顔だと、向けられる方も嬉しいものだ。

 ここまで喜んで貰えるなら少しはお礼になったかなと、アーベルも相好を崩して微笑んだ。

 

 


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