最近のデバイスはわがままで困る   作:bounohito

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挿話「プレゼント」

 

 アースラ艦内は、事件の後始末のために動いていた部署も、今は休息に入っていた。

 艦内時間で午前1時過ぎ、奥まった場所にある取調室の机には、アーベルの煎れたインスタントコーヒーが湯気を立てている。

 それじゃあ始めようとクロノは頷き、アーベルは右手を差し出した。

 

“ふむ、どこから話したものかな……。

 時系列に沿うがよいか?

 それとも、執務官殿の用意した質問に従うがよいか?”

「時系列順に話して貰って、後ほど質問をさせて貰おう」

“了解した”

 

 取り調べ対象はクララに封じられたリインフォースで、魔力さえ供給して貰えるなら寝てもいいぞとは言われたが、とてもそんな気分にはなれなかった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

“製造された当初のことは、それなりに覚えているな。

 賢王歴の25年、春分日だ”

「……けんおうれき?」

「クロノ、ベルカの諸王時代は王国ごとに暦が異なっている上に、各王の即位と崩御で暦年が変わる。しかも誰もが正統を標榜してるから、国の名は全部ベルカだ。

 後からデータベースで調べないと特定は難しい……って言いたいところだけど、戦争で記録その物が喪われているかもしれない。

 下手すると、リインフォースが考古学上のミッシングリンクの一部を埋める可能性さえあるよ」

「……君はベルカの魔法学院出身だったな」

「初等部までだけどね」

 

 後ほど調べたところ賢王と名乗ったベルカの王は4人いて、リインフォースの出身地などは特定できなかった。

 

“私は旅する魔導書『夜天の魔導書』として作り出され、あらゆる魔導を記録することが役目とされていた。

 戦場はもちろん、各地の賢者や隠者の元を主と共に訪れ、魔導術式を記録していった”

「初代主の名は?」

“真名は知らぬ。

 私は書の導師と呼んでいた”

「それじゃあ特定は難しいかも。

 書の導師って魔導書専門のデバイスマイスターのことだよ……」

「そうか……」

“ともかく、初代主の頃も世はなべて事もなしなどとは間違っても言えないような戦続きでな、書の導師が王ともども戦に倒れ、私は二代目の主……敵国の騎士に使われることになった”

 

 初代主は戦によって世界が炎で包まれても後世にあらゆる術式が残るようにと夜天の魔導書を作ったが、新たな使い手にそのような気はなかった。

 

 そのままでは戦闘に使いにくいと、次々に改変が繰り返された。

 数代の主を経る内に、大威力の術式に耐える頑強な駆動系や抵抗する相手から強制的に蒐集を行うプログラムが追加され、書を守るための防衛機構や当時の騎士を魔導複製した守護騎士システムも備えられていった。

 

 リインフォースも行動に枷を填められ、あらゆる意味で主に忠実な管制人格として『再利用』されている。魔導書の内側で記録と観察を繰り返す日々は、それ以来永遠のように始まったのだと言う。

 

「リインフォース、君はその頃から自由意志を封じられていたのか?」

“考える自由だけはあったぞ。

 ……狂う自由こそなかったがな”

 

 思わずクロノと顔を見合わせる。

 

「もしかして、守護騎士達も……?」

“彼女らは、私以上に酷い扱いだったやも知れぬ。

 主への絶対服従を刷り込まれ、騎士の心を内に殺したまま書の防衛プログラムと連動し、魔力と術式の蒐集を機械のように行っていた”

 

 リインフォースたちが人間でないからと、頷けるはずがなかった。

 彼女たちもまた、犠牲者だろう。

 

“だからこそ主はやてより、人に魔法を向けるなど以ての外、力もいらぬ、ここを我が家と思い自由に、そして平和に暮らせと『命じられた』彼女たちは、恐ろしく戸惑った。

 そして守護騎士らが人の心、騎士の心を取り戻し始めたその時、主の足が動かぬ原因が闇の書その物にあると気付いて、悲劇が繰り返されようとしたのだ。

 彼女たちは書の転生に伴ってほぼ白紙での再起動を繰り返してきた故、断片的な知識はあれど、書の完成後に主がどうなるかなど知らなかった。

 ……今回はこの様な結末となったが、未だに信じられない、と言うのが正直なところだ”

 

 過ぎたことだ、などと一口に言えるわけもない。

 彼女は数百年をその苦悩の中で過ごしてきたのだ。

 

“話を戻そう。

 気付いた頃には、改変の重ねすぎで防衛プログラムが私どころか主の命令さえまともに受け付けず、ただ一つを除いてほぼ無意味だった”

「ただ一つ?」

“最後の改変……いや、改悪後か。

 書の暴走が確定的になり……幾度も転生を繰り返している内に、蒐集が終了し書が起動するその時───防衛プログラムが待機から目覚めるまでのその一瞬だけ、夢見など使わず主人に直接声を届かせることが可能だと、かなり後になってから気付いた。

 ……だがこれも、同じく無意味だったかもしれぬ。

 大抵その頃には魔導の圧力に狂わされたか、欲に囚われていたか……あまり歴代主人の悪口を述べたくはないが、初代以来まともな出会いを出来た主は居なかった。

 いや、まともだった者も闇に飲み込まれ、狂わされ、堕とされたと言うべきかもしれぬがな……。

 救い出す手段も、時間も、ありはしなかった。

 私はせめて主が心安らかに逝けるよう、暴走が始まり防衛プログラムが主を食い殺すまでの時間、望みの夢を贈ることしかできなかったのだ”

「……その意味では、はやてちゃんは奇跡だね」

“まったくだ。

 貴殿らが傍らに揃っていたことも、やはり僥倖と言うより他はない”

 

 リインフォースの満足げな声に、アーベルとクロノは再び顔を見合わせた。

 クロノは表情を引き締め、アーベルは少しだけ目を閉じる。

 

「……リインフォース、前回の事件のことはどこまで覚えている?」

“……表に出ていた時間のことなら、大凡はな”

「そうか、では頼む」

 

 彼女の口から語られた内容は、凄惨なものだった。

 クロノは流石に亡父が最期に関わった事件とあって詳細を知っていたようだが、前代の主はとある管理世界に住んでいた魔力が強いだけの子供で当時わずか7歳、書が起動する前は両親と普通に暮らしていたらしい。

 それが狂ったのは書が起動した時、突然現れた守護騎士達と両親が争いになり、血が流れてしまったことだった。

 

 その先はアーベルも知っている。

 

 主人の心神喪失により守護騎士達が暴走、手当たり次第に魔力を持った人々が襲われ、蒐集が進むと同時に死者が増えた。

 管理局は可能な限りの艦隊と魔導師を急遽差し向け、激しい戦闘の末に一度は鎮圧を成功させたが……時既に遅く、書は蒐集を終えていた。

 

 封印されたかに見えた闇の書は巡航L級2番艦『エスティア』───クロノの父、クライド・ハラオウンが艦長を務めていた───内にて暴走、再封印を試みたが逆に艦の制御を奪われてしまった。

 艦長は全乗員に即時退艦を命令、自分は居残ってエスティアのコントロールを取り戻そうと腐心したが、装備していた魔導砲アルカンシェルが僚艦に向けられるに至って艦隊司令にエスティアの破壊を進言せざるを得なくなり……。

 

“……艦長は通信を切った後でさえ、少しでも時間を稼ごうと手を尽くしていた”

「……そうか」

“そして大事なことだが……執務官殿”

「なんだ?」

“艦長の名はクライドと言ったか”

「……!」

“絶句は『リンディ、クロノ、すまない』、だった”

「知っていたのか、君は!?」

“二人揃っていれば嫌でも気付く。

 義理を果たしたなどとは間違っても言えないが、確かに伝えたぞ”

「……いや、ありがとう」

 

 アーベルは……嗚咽する親友に顔を向けることが出来ず、寝た振りをした。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 次の日にはクロノもいつも通りの表情で職務に戻っていたし、アーベルもその夜のことは、以後一切口にしなかった。

 数日してリンディからも小声でありがとうと言われはしたが、それだけである。

 

 

 

 ……第97管理外世界では、闇の書を完全破壊したその日は親しい誰かにプレゼントを贈る日だという。

 

 悲劇の連鎖を止め、はやてとリインフォースを救う為に尽力した二人の母子への……11年越しの父親からのプレゼントだったと、無理にでも思いたいところだった。

 

 


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