最近のデバイスはわがままで困る   作:bounohito

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第二十話「裁定を待つ者たちの午後」

 

 

 長い一夜が明けたその朝、『闇の書』消滅を確認後……とは言えアースラ内では夜明けも夕暮れもあったものではないが、事件終了に伴う報告会議が行われていた。

 

 なのは達は家に返されているしユーノも休息中、守護騎士は取り調べなどもあってアースラに留め置かれていたが、それでも全員が同じ部屋で過ごせている。はやては昼から病院に行くが、クリスマス会にも呼ばれているそうだ。

 ……はやて達の行動の自由については、対防衛プログラム戦での活躍とその後の態度からリンディとクロノが保証人として名乗りを上げ、海鳴市周辺での行動を許可していた。クロノなどは、フェイトの一件で色々と手続きの隙をつく術を手に入れていたらしい。

 

 会議室に集まっているのは、管理局に所属する関係者であった。

 対策本部長兼総指揮官のリンディ、現場指揮官のクロノ、現地本部司令エイミィ他、武装隊の隊長、災害対策チームのリーダーに混じり、アーベルも後方支援要員の代表として呼ばれている。

 

「こちらの報告は以上です」

「ご苦労様」

 

 幸い、広域結界を張り巡らせていた武装隊のお陰で第97管理外世界の被害は微少に留まり、事後に投入された災害対策チームによってそれらも復旧済みだった。

 

 最終戦の結果だけ見れば、最良に近い。

 

 だがそこに至るまでの過程では、魔力蒐集を受けた者もいれば怪我をした者もいる。

 グレアム提督による妨害と工作も、問題になるだろう。

 

「さて、マイバッハ技官」

「はい」

 

 アーベルも少しばかり無茶をしたし、厳罰とはならなくても始末書ぐらいは覚悟していた。……始末書よりは請求書の方が余程恐ろしいが、そのあたりも含め、今後は本局と対策本部の話し合いの後に下される裁定を待つしかない。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 午後も遅くになって、守護騎士達が取り調べから戻ってきた。

 

 アーベルもその頃には報告会議───後半はリンディとクロノによる小言大会になっていた───から解放されたので、クララとリインフォースを切り替えながら話を重ね、休憩スペースでのんびりと今後について考えていたところだ。

 

「おかえり」

“戻ってきたか”

 

 アーベルは襲われそうになったと後から聞いたことを勘案しても、複雑だなとは思えても守護騎士達に対して特に含むところはなかった。リインフォースから聞かされた『闇の書』の成り立ちやその後を考えれば加害者にして被害者であり、今は正統な騎士───ベルカ文化に於いて尊敬すべきとされる存在───に相応しい態度の片鱗さえ見られる。

 個人的には古代ベルカ式のデバイスを触らせて欲しいとか、使う術式を見てみたいというぐらいで、他には……強いて言えばシャマルは幾分ましだが、後の三人はちょっと無愛想な同僚というあたりで、そこはなんとかして欲しいだろうか。はやての人当たりの良さか、あるいはリインフォースの図太さを見習って欲しいところである。

 

 ……第一、前回の事件で父が殉職した親友や、自分よりも年下の少年少女達があの態度を取っていて、自分が何を言えるものではなかった。

 

「はやてちゃんはクリスマス会?」

「はやてはすずかやアリサに、魔法の話をするって言ってた」

「なのはちゃんとフェイトちゃんも一緒だから、きっと大丈夫よ」

「邪魔にならぬよう、ザフィーラが護衛についている。

 主はやての送迎と……ザフィーラの監視役は、テスタロッサたちが引き受けてくれた」

「そっか……」

“アーベル、クリスマスとはなんだ?”

「なのはちゃんからは、第97管理外世界の風習で元は宗教行事だったそうだけど、プレゼントを贈りあったり、皆で集まってケーキを食べたりするお祭りだって聞いたよ」

“ふむ、時代と共に移り変わったのだろうか?”

「かもねえ……」

 

 クララが気を利かせたのか、今はリインフォースが表に出ている。

 

 アーベルはなのはから聞いた話から、聖王降誕祭のような行事かなと理解していた。

 ベルカの聖王降誕祭は、昼間は学校で聖歌を歌ったり教会で偉い人の話を聞いたりと堅苦しいが、夜は家族で祈りを捧げ、美味しいものを食べるのだ。

 

「アーベル、少し聞いて欲しいことがある」

「なにかな?」

 

 シグナムは改まった様子で姿勢を正した。シャマルとヴィータも微妙な表情でこちらを見ている。

 ……最終戦の直前、似たような表情を向けられただろうか。

 

「今月の上旬になるが、我らは貴殿を襲おうとした。

 運悪く……いや、この場合は運良くか、主はやてのご友人月村すずか嬢と貴殿が接触したので諦めたが……」

「昨日、クロノから聞いた。

 グレアム提督の使い魔姉妹の方が責任重そうだけど、全体を通して考えると微妙なんだよなあ……」

 

 彼女たちの話を聞くまでもなく、責任の所在も含め、犯罪示唆に威力業務妨害と、色々とデリケートな問題を含んでいた。餌にされかけたことは流石に文句の一つぐらいは言いたいところだったが、そこも含めて全てをクロノに一任している。

 しかしリーゼたちが後押ししなければ、アーベルがここに居なかった可能性は高い。リインフォースも救えたかどうかわからないし、状況は似て異なったものになっていただろう。

 

 だが結果だけを見るなら最良に近いとも言えるわけで、アーベル個人としては襲撃未遂を考慮してもお釣りが出る。

 古代ベルカ式デバイスの使い手複数と知り合えたどころか、最近まで稼働していた純正融合騎の管制人格と自由に世間話が出来る現状は、決して口には出せないが……徹夜の疲れを吹き飛ばす程楽しくもあり、心躍る気分さえ引き出されていた。

 

「リーゼ達のやったことが決していいこと正しいことじゃないってのは、もちろん理解は出来る。……出来てると思う。

 でもね、割と結果オーライって言うか……未遂だし、突っ込まれるまでほっといていいんじゃないのかなって、僕は思ってる」

「そのような軽々しいことでは……」

「うん、まあ、それだけじゃなくて……。

 クロノの思惑も絡んでるから、あまり余所では言わないようにねって……これは僕からのお願い。

 それで手打ちにしない?」

 

 手打ちと言うには譲歩が過ぎる部分もあるが、クロノの思惑と自分が持ち出したストレージの行く末を考えれば、このぐらいは当然という気分もある。

 

「……クロノ執務官の思惑?」

「うん。

 僕も詳しくないけど、管理局も一枚岩じゃないんだよ」

「アーベルは局員じゃねえのか?」

「僕は嘱託の技官なんだ。

 本業はデバイスショップの店長だよ」

「戦闘魔導師ではなかったのね」

「魔力持ちだからたまに引っぱり出されるけどね。

 話を戻すよ。

 ……それでクロノ達も頑張ってるし、派閥主義なんて軽々しく口に出来ないけど、残念なことに何かと足を引こうとしてくる人達もいるんだ。

 だから隙をつっつかれないように、内幕はどうあれ今回の事件は大団円でおさめないと駄目なんだって」

「……大団円とは言うが、主はやてはともかく、我らは間違いなく罪を犯しているぞ?」

「うん。

 クロノはそれでも温情主義を盾にとって、なんとかこの事件を出来る限り丸く収めようとしている。

 今朝消滅した『闇の書』に、全ての悪を押しつけてね」

「……」

「今ここにいる『リインフォース』に、じゃないからね。そこは間違えないで欲しい。

 それはともかく、一番ありそうなのは減刑と引き替えに社会奉仕……はやてちゃんも含めた君たちの管理局への協力かな?」

「それは主も口にされていた」

「そっか……うん。

 そこでクロノの思惑なんだけど、この事件を丸く収めて、みんなちょっとづつプラスになるようにしたいって考えてるみたいだ。

 管理局そのものには闇の書事件解決の喧伝による管理世界全体への影響力向上、クロノやリンディ提督には事件を完全解決に導いたという功績を盾に取った派閥の躍進、グレアム提督は……立場その物が微妙だけど、聞いた限りでは基本的にクロノと同調している。同じく、管理局の影響力が大きくなれば、被害者への補償なんかも充実の方向に導けるって聞いた。

 そしてもちろん、はやてちゃんたちには管理局に奉仕することで罪の軽減と同時に社会的安定が保証される。……クロノは家族思いでね、全力で守るはずだから」

 

 クロノが家族の幸せについて敏感な原因が、前回の闇の書事件である……などとは言わない。それはクロノが心の折り合いを付けるべき問題であり、同時にアーベルの手前勝手でお膳立てをするなど親友を見くびっているにも等しい。また、当事者のどちらにとっても……今は早すぎるだろう。

 納得したようなしていないような表情の騎士達に、アーベルは付け加えた。

 

「どうかな?

 彼の身を守るためにも、思惑に乗せられてやって欲しいんだ」

 

 それまで黙り込んでいたリインフォースが、再び口を開く。

 

“烈火の将、そして騎士達よ。

 葬った私の抜け殻───『闇の書』に責任の全てを押しつけることで、丸く収まるのだ。

 同じ戻らぬものなら、有効に使え。

 それに……執務官殿やアーベルの苦労を水泡に帰すなど、たとえ主が許しても私が許さん”

 

「ちょ!?」

「リインフォース?」

“アーベル、お前は自分の思惑を伝えないのか?”

「いや、まだ実現できると決まった訳じゃないし……」

「アーベル、貴殿の思惑とは何だ?」

 

“アーベルは、私のデバイスとしての再生……それも融合騎としての復活を考えている”

 

 アーベルの心を余所に、リインフォースはあっさりとばらした。

 表情が伴っているなら、得意げであるに違いない声音である。

 

 世間話ついでに思うところをお互い交わしたのは、つい先ほどだった。

 現時点では実現の可能性がごく薄いので口止めをしていたような気もするが、彼女の中では無かったことになっているらしい。

 

 最近のデバイスは本当に言うことを聞かない連中ばかりだと、大きな溜息をつく。……いや、古くても同じか。

 

「……何だと!?」

「出来んのか!?」

「アーベルくん!?」

 

 詰め寄ってきた守護騎士達を落ち着かせ、アーベルは秘めていた思惑とやらを表に出した。

 

「検討中って言うよりは、まだ机上の空論に近いんだけど……」

「でも、リインフォースはもう魔法を使えないって言ってたじゃんか」

「今はね。

 下手に残すと危険もあったし、言い訳が出来なくなる。

 今だって、術式だけ与えても行使出来ないはずだよ」

“運用部分は全て切り捨てたからな。間違いない”

「順を追って話すけど、うちの家───マイバッハ家はベルカの旧家、それもデバイスマイスターの家系なんだよね」

“……私も初耳だぞ”

「まあね。……僕に古代ベルカ式デバイスの整備適正はない。出来無くはないけど、効率は格段に落ちる。

 とまあ、そんなわけで多少は融通も利くし、不完全ながら知識や資料もあるから、余所に任せるよりは上手く行くと思う。

 ユーノくんたちも協力してくれるはずだし、君たちもリインフォースの復活なら手伝いを頼んでも引き受けてくれるよね?」

「ったりめーだろ」

「はやてちゃんも、喜んで協力してくれるでしょうね」

「でも、ちょっと問題もあるんだ。

 具体的には……お金が足りない」

「金かよ!?」

 

 うげーという顔のヴィータに、情けない顔で頷く。

 シグナムとシャマルも微妙な顔つきだ。

 

「うん。

 はっきり言って、デバイスはお金がかかる。

 そりゃあストレージ・デバイスの入門機やそれに近い規格パーツなんかだと、ちょっと頑張れば子供でも買えるよ。

 でも、実戦機やエース機となると、そうもいかない。

 言いにくいんだけど……例えばリインフォースが今居るクララのストレージ部分、管理局の倉庫から無断に近い形で持ち出したんだけど、これが1個3500万の48個で16億8000万クレジット」

「……それじゃあわかんねえよ」

「ちょっと大きすぎて、ねえ?」

「あー……翠屋のシュークリームを毎日100個づつ食べても150年は余裕で大丈夫な金額」

「すげえ!!」

“書から切り離したお前達はただ人と変わらぬ。

 そんなに喰えば間違いなく腹をこわすぞ、紅の鉄騎よ……”

「……そんなわけで、個人じゃちょっと出しようがない。

 もちろん真正古代ベルカの未使用デバイス・コアなんて何処探しても出てこないだろうし、新規に開発となると製品の比じゃない金額が掛かる。

 そこでお金をそれなりに持ってるところに、気持ちよく出して貰おうかなって考えてた」

「具体的にはどこなのかしら?」

「管理局と聖王教会。

 うちの実家でも……無理すれば出せなくはないだろうけど、後ろ盾にはちょっと弱いから技術的協力って形で参加して貰うことになるかな」

 

 

 

 ……真正の古代ベルカ式デバイスを技術体系込みで復活させられそうなんですが、どうですか。研究費、出してみませんか。

 管理局魔導師にも適性の持ち主がいれば、大きく戦力が伸びますよ。

 教会騎士団も数の少ない継承デバイスのみならず、新造品の配備ができるようになります。

 今なら当時の技をそのまま受け継ぐ騎士が、指導してくれるかも知れません。

 

 宣伝文句としては悪くない。

 

 

 

「管理局と聖王教会は協力って言いながら、実際そこまで踏み込んだ協力はされていないんだよね。……以前はそんなに仲良くなかったってのもあるけどさ。

 そこをちょっと引っかき回してみようと思ってるんだ。

 アームド・デバイスの試験機作って技術を確立、そしてある程度の世間への浸透と普及。

 その間に平行して、無限書庫でユニゾン・デバイスの技術資料の収集。

 こっちも試験機がいるかな……?

 どちらにしても、技術が確立してからなら……リインフォースも安く、しかも安全に復活できるだろうね」

“道理は通っているな”

「はやてちゃんには言ってもいいかな。でも当面は動きようがないから、10年単位で待つようなつもりでいてほしい。

 クロノには触りだけ話をしたけど今はそれどころじゃないし、管理局も聖王教会も首を縦に振るとは限らないからね。

 僕だって君たちと同じく裁定を待つ身だし、駄目で元々、無理ならまた別の手を考えるよ」

「えっ!?」

「待て、何故貴殿が裁かれるのだ!?」

“シュークリーム150年分の機材を手前勝手に持ち出したからな。

 つい先ほども、尋問並の小言を執務官殿と艦長殿から並べ立てられていた。

 ちなみにその執務官殿もだ、主や我らを庇おうと尽力しているのみならず、この件では局から小言を貰う立場と聞いている”

「アーベルくん、あなた……」

「すまぬ、何と言えばいいのか……」

「……ほんとごめん」

「リインフォースの件がなかったら、こっそり手続きして戻すつもりだったんだけどなあ……」

“おかげで私は執務官殿やアーベルに頭が上がらぬのだ”

「なのにこの態度なんだよ。

 みんなからも言ってやって」

 

 当面は事件の収束に全力で掛からねばならない。

 全てはその後、余裕が出来てからの話になる。

 

 そう言えばもうひと月も店を閉めっぱなしだなと、アーベルは机に突っ伏した。

 

 


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