最近のデバイスはわがままで困る   作:bounohito

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第二話「機材管理第二課」

 

 

「もっと店にも本局にも近いところに引っ越したいけど……」

“試算では、嘱託技官および客員講師の収入が現状維持されると仮定しますと、店舗の四半期平均純益があと31%アップすれば、生活レベルと貯蓄ペースを下げずにマスターの希望が叶います”

「……相当に厳しいね」

 

 アーベルは、眠い目をこすりながらバスを降りた。目的地は技術本部内の第四技術部だ。第一は時空航行艦船、第二は魔力駆動炉などとそれぞれ専門があり、第四技術部はデバイスを担当している。

 本局内のテクノロジー関連部署が軒を連ねる技術本部までは、居住区でも外れにあるアーベルのワンルームアパートからは公共交通機関で約30分、時空管理局本局はそれほどに広い。何せ次元航行部隊の艦船が船体を休める巨大な港湾部分から各種施設、商業地区や民間人居住区に至るまで、巨大都市を丸ごと一つ内包しているのである。

 

 現在アーベルは、店舗営業の傍ら第四技術部所属の嘱託デバイスマイスター兼士官学校本局校客員講師として時空管理局にも籍を置いていた。

 ……正確には諸般の事情で『置かされた』のだが、こちらでの仕事が割と営業にも繋がっていることから現状に甘んじている。それに安定して支払われる時空管理局からの収入は、不安定な店の収益を補ってアーベルの生活を支えていた。

 それなりに忙しいが、贅沢は言えないと言うところか。

 

「おはようございます」

「お疲れさまです。IDチェックをお願いします」

 

 基本的には管理局区画への入退出管理や身体検査は自動化されているが、場所によっては衛兵よろしく配置されている武装局員により目視確認も行われている。

 特に技術部はその扱っている内容から、管理局としても警備を疎かには出来ないのは当然だった。

 

 チェッカーの前に立つと、表示される内容を武装局員が目視とハンドセンサーで確認する。

 

“局員ID、KMR00680-263689422。

 時空管理局本局第四技術部所属、嘱託技官アーベル・マイバッハ二尉相当官と確認されました”

 

 ディスプレイには、アーベルの写真も表示されている。ゆるい癖毛の金髪に彫りの深い顔立ち。……この写真が撮られた日は徹夜明けで、眼の下に隈があって普段よりも歳を食って見えた。失敗である。

 

 その下には出身地から所持している資格までがずらりと並んでいるが、こちらも少し気恥ずかしい。

 仕事上どうあっても必要なA級デバイスマイスターやクロノに押し切られて無理矢理取得させられた教官資格はともかく、魔法学院の初等部一年時に得た魔導師ランクEの表示はどうしたものか。……表示を変えたいだけという理由で今更戦闘訓練を受けるのも何か違うので放置してあるが、それを見るたびに多少は気が引ける。

 かと言って取り消しや返上もおかしいし、ついでに言えば、ランクアップにかこつけて武装局員の資格まで取らされては、本業が疎かになりすぎるのも目に見えていた。要するに、現状維持が一番面倒くさくないのである。

 

「ご協力感謝します、マイバッハ二尉相当官殿」

「ご苦労様です」

 

 嘱託技官研修で習ったような覚えのある敬礼の真似事をして、アーベルは技術部区画の中に入っていった。

 いつも思うが、何故こうも技術部は技術部らしさを醸し出しているのだろうと、士官学校の廊下と光量が変わらないはずなのにどこか薄暗い廊下で首を傾げる。

 

「おはようございます、主任」

「おはよう、アーベル君」

 

 第四技術部は開発からメンテナンスまでを一貫して行えるように、十数の独立した研究所や課、室と、それを支える後方部署で構成されている。デバイス関連を総合的に扱う部局だが、武装局員のみならず時空管理局に所属する魔導師のほぼ全員がデバイスを扱うことを考えれば意外に規模は小さい。

 

 いわゆる局標準のスタンダードなデバイスは開発こそ第四技術部で行うが生産、整備、修理は管理世界各地に点在する専門部署や委託企業、あるいは術者個人が行うし、こちらで直接面倒を見るエース級や準エース級の人材は人数そのものが少ない上、クロノのように航海に出ると出ずっぱりだった。予算も人員も無限ではないし、これはこれでバランスが取れているのである。

 

「おはよう、マリー。

 ……お疲れモード?」

「あー、アーベルさんおはよーございますぅ……」

 

 随分とふにゃふにゃした様子のマリー───クロノの相棒エイミィの後輩で、同僚であるマリエル・アテンザ技官───にふむと溜息をつき、アーベルは自分のデスクに向かった。嘱託で技術部に常駐しないアーベルとは違い、彼女は若手の中では腕のいい技術者としてあちこちから頼られることも多い。大方徹夜でもしたのだろう。

 課長───技術部時代の父の同僚であり、その縁でアーベルをここ機材管理第二課に引き取ってくれた───は通信画面相手に何やら怒鳴っていたので、挨拶は敬礼で済ませておく。耳を傾ければ、本部センターの経理部署の様子だ。……枠外の任務を引き受けさせられたのに必要な予算が降りてこなければ、そりゃあ怒鳴りたくもなるだろうと頷く。

 

「主任、今日は昼からハラオウン執務官が来られるそうです」

「ああ、昨夜アースラが戻ってきたんだったね。

 朝の内にアーベル君を名指しで予約が入っていたよ」

 

 早手回しで卒のないことだが、クロノはそういう性格だ。

 アーベルは主任から昼までに出来そうな仕事を割り振って貰い、しばらくはそちらに集中した。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

「アーベル君、ハラオウン執務官がお見えだよ」

「ありがとうございます、主任」

 

 机の下引き出しに置いてある『いつもの』私物と、部外持ち出し厳禁になっているメンテナンス・データの記録チップを持って席を立つ。

 律儀にも昼休憩直後の13時05分に第四技術部へと現れたクロノを受付まで迎えに行き、アーベルはそのまま予約を入れていたメンテナンスルームの一つへと案内した。

 

「ただいま」

「おかえり、クロノ。

 なんだかいつもよりもお疲れだね?」

「まあな。

 ……後味の悪さが格別だった」

「『世界はいつだってこんなはずじゃない事ばかり』、か……」

「……執務官たる者、泣いても笑っても前を向いて歩くしかない」

 

 アーベルには執務官の仕事内容を聞く権限はないので、友人として労る気遣いを示すことしか出来ない。

 

 部屋に入ると彼のデバイスS2Uを検査槽へとセッティングし、センシングとプレシジョン・リカバリーを同時に行う。

 これは多少時間が掛かる作業だ。彼を先に座らせて持参したペーパーとドリッパーを取り出し、備え付けのティーサーバーから熱湯を拝借する。

 

 最近は子供舌でなくなってきたのか、クロノもブラックで珈琲を飲むようになった。

 口に出すと睨まれそうなので黙っているが、出会った頃はミルク入りでないと顔を顰めていたのを覚えている。それをからかったエイミィ───クロノの相棒で士官学校の同級生、現在は彼の友達以上恋人未満を維持しつつ公私に渡る補佐役を自任している───は、もちろんカフェオレを最初から要求していただろうか。

 

「そう言えばエイミィは?」

「彼女は先に休暇を取らせた。

 オーバーワークの一歩手前だったからな」

「そうか、まあ本局滞在中に時間があれば、二人して店の方にでも遊びに来てくれ。

 つい先週だったかな、ヴェロッサが義姉上のお勧めだといい紅茶を届けてくれたんだ」

 

 珈琲道具は技術部の引き出し、店のキッチン、アパートの全てに完備してあるが、紅茶道具は店にしかないのでこれは仕方ない。

 

 名前の出たヴェロッサ・アコースはクロノの士官学校時代の同級生で、軽いノリの明るい伊達男だった。いつだったかクロノが店に連れてきたのが最初で、同郷ということもあってすぐに意気投合したが、現在はアーベルと同じ本局務めでも査閲部の所属でクロノ同様あちこちを飛び回っていて忙しい。

 

「君の店は下手な喫茶店より充実してるからな。

 デバイスショップから喫茶店に看板をかけ替えても、君なら十分やっていけるだろう?」

「趣味だからね、充実もさせるさ。

 ヴェロッサがパティシエを、クロノがウエイターを引き受けてくれるなら考えるよ?」

「……酷い冗談だ」

「礼儀正しいクロノはウエイターにぴったりだし、ヴェロッサの腕前は知っているだろう?

 君は甘いもの苦手だろうけど……」

 

 普段ならチョコレートかクッキーでも添えるところだが、クロノにはこちらの方がいいかとコーヒーカップの横にミックスナッツの小皿を差し出す。

 

「ところで……っと、検査結果が出たな。

 破損なし、耐久値もまあ正常使用の範囲内、術式エラー記録なし。……の割に、ログ見るとやけに過負荷がかかってたみたいだね?」

「強敵だったんだよ。

 腕は二流だけど魔力がやたら強くてね。典型的な乱暴者だった」

「ふむー、どれどれ……」

 

 彼のデバイスS2Uはストレージ・デバイスと呼ばれるスタンダードな非人格型デバイスながら、量産機ではなく完全にクロノ・ハラオウン個人に特化したワンオフ機だ。執務官たる彼のデバイスには、武装した犯罪者を敵に回してなお圧倒する高速処理はもちろんのこと、それ以上にあらゆる環境下で所定の性能を発揮し続けることを要求される。昨日アリオスティ氏が購入した教育プログラムまで内蔵しあらゆる助言を行うという初心者向けにチュ-ニングされたインテリジェント・デバイスとは、ある意味対極に位置する実戦向けデバイスでもあった。

 

 S2Uの設計製作者はアーベルの父で、当時正式な技官として管理局に勤めていた父がクロノの母リンディ・ハラオウンの依頼で製作している。その後祖父の引退を受けてマイバッハ工房の社長就任と共に退役した父に代わり、アーベルがメンテナンスを引き受けていた。

 

 その縁でクロノとの交友が始まったのだが、出会ったその日は親たちが仲裁を躊躇うほどの激論を交わし、訓練場を借りての模擬戦へと発展したほどである。……が、それはまあいいだろう。今は親友と言って差し支えない。

 

「……ちょっとまずいか。

 クロノ、今回みたいな高ランク魔導師との戦闘はこれから増えそう?」

「確実に増えるな。

 これまでは新米執務官として守られていた部分もある。

 引き受けざるを得なくなっていくだろう」

 

 上がってきたデータを見直してみれば、確かに自動修復モードの稼働時間がけっこういい数字を出している。アウターフレームの耐久値も、許容範囲ではあっても一度や二度の戦闘で減るような数字ではなかった。

 

「……インナーパーツは大丈夫。でも最低限、アウターフレームのこことここは交換したほうがいいな。

 次の出航に間に合うかは微妙だけど、時間がとれるなら耐久力を上乗せしたアウターを作りたいところだね。

 重整備になるから、ついでに制御系も触っておきたいけど……」

「任せた。

 予定通りなら四日後に次元パトロールで本局を出航するから、次回だな」

「ん。

 取り敢えず、今日のところは予備パーツとの交換だけにしておこう」

 

 明日は明日で証言台に立つから忙しいんだとぼやくクロノを宥めつつ、アーベルは目の前の作業にとりかかった。

 

 

 




さいどめにゅー

《クララ》

 正式登録名称マイバッハ工房製ミッドチルダ式インテリジェントデバイス・タイプMda09-0004SiM-D3『クラーラマリア』
 待機状態は指輪、マイスターとしての作業を補助するリペア・モード(作業机+椅子)と、パーツや魔法のテストに使われるコンバット・モード(長杖、剣、槍、ライフル)に切り替えられる
 各種技術情報を網羅した大容量のストレージや単体での簡易な設計シミュレーションを行えるほど高機能なプロセッサを複数系統備えているが、待機状態の魔力消費も大きく、魔法の種類によっては発動までにS2Uの数十倍もかかるほど処理が重い故に総じて実戦には向かない

 主人公のデバイスです

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