最近のデバイスはわがままで困る   作:bounohito

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第十七話「闇の書、起動」

 

 

「クロノ、調査はこのあたりが限度だと思う。

 幾つか条件が重なれば、本当に破壊できるかも知れないところまではたどり着けたよ」

 

 12月も下旬に入ってしばらく。

 ユーノによって調査終了の宣言がなされ、アーベルも無限書庫から解放されることになった。

 

『そうか……。

 うん、ご苦労だった』

「条件はどれも厳しいが、ユーノくんの言葉ならそれが真実だろう」

『……アーベル、とりあえず君はヒゲを剃れ』

「……シャワーを浴びる時間があればね」

『許可しよう。

 睡眠を含めた十分な休息を取ってから、アースラに来てくれ』

「そっちの様子はどうだい?」

『魔導師が襲撃されることはほぼなくなった。

 ……代わりに無人世界や管理外世界で、魔力持ちの野生動物が襲われている。

 こちらも武装隊を増員したが、探索範囲が広がりすぎていたちごっことしか言い様がない』

 

 あちらも半ば手詰まりなのだろう。

 クロノからは、若干の焦燥が見て取れた。

 

 通信を切った二人は久しぶりに十分な睡眠をとるべく、無限書庫を後にした。

 

「それにしても、闇の書はユニゾン・デバイスだったのか……。

 可能性は疑われていたけど、本物の稼働機となると流石に驚きだ」

「融合型デバイスなんて、ぼくも文献の中でしか知りませんでした」

「僕もだよ。

 融合騎とも呼ばれるけど、術者と直接融合してその能力を拡大する、ある意味究極のデバイスの姿……だったかな。

 変換資質や相性の問題で適合者が少なくて、記録にも殆ど残っていないね。

 大抵は元から能力や適性のある騎士がデバイスによって術者───ロードとして選ばれるから滅茶苦茶強かったらしいけど、融合事故なんかの問題もあって廃れちゃったらしい」

「その事故の内の一つ、だったのかも知れませんね……」

 

 まあ、壊れてなかったら分解整備ぐらいはしてみたかったなと冗談を言いながら、アーベルは仮眠室へと入っていった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

「アーベルさん! アーベルさん!!」

「……おー。

 おはよう、ユーノくん」

「起きて下さい! 闇の書が起動したんです!!」

 

 仮眠室の時計を見れば約束の時間にはまだ幾らかあったが、ユーノが慌てるには十分な理由だった。

 

「……うん、起きた。

 すぐ準備する」

「はい!」

 

 頭が起きてしまえば身体はついてくる。睡眠も、まあ、9時間なら普通は長いと評されるか。

 シャワーは寝る前に浴びてヒゲも剃ったが、手早くトイレだけを済ませ着替えもせずにバリアジャケットを身にまとう。流石に寝間着代わりのジャージでアースラに向かうのは問題だった。……そのバリアジャケットの外観が白衣に訓練着であるのは、解釈の違いだとしておく。

 

 転送ポートまでの移動中、ユーノにも買い置きのビスケットとパックのジュースを手渡し、二人で歩きながら朝食を摂った。

 

「よく食べ物なんて持ってましたね?」

「技術部じゃプログラム走らせては5分、シミュレーターの結果待ちに10分って具合に、中途半端に時間が空くことが多いんだ。

 購買部に買いに行く時間はないけど、小腹が空いたときに、ね。

 デバイスの魔導制御空間は元から大きく取ってあるし、魔力消費は大きくなるけどちょっとした鞄代わりにもなる。官給品じゃないから割と自由だよ」

 

 ポートに着くとIDを示し、最優先処理を申告する。

 相当な権限が闇の書対策本部には与えられているらしく、アーベルとユーノは並んでいた将官に先んじて転送ポートの使用を許可された。

 

 幾つかのステーションを経由しなくてはならない第97管理外世界とは違い、出撃中の艦船に通ずるポートは直通経路が維持されている。

 

「クロノ! アーベルだ!

 今アースラのポート!」

『ユーノもいるか?』

「いるよ!」

『そっちにアルフが向かった! ユーノは一緒に出撃してくれ!』

「お待たせだよ!」

「アルフ!」

「転移座標はあたしにまかせな!」

 

 アーベルは一歩下がり、アルフがユーノを抱えて転移するのを見送った。

 その後すぐ、クロノが駆け込んでくる。

 

「アーベル、君は予備戦力の要だ。

 後は母さん……艦長の指示に従ってくれ」

「はいよ」

 

 こちらものんびりとしてはいられない。

 アーベルも小走りでブリッジへと向かう。

 

「嘱託技官アーベル・マイバッハ、到着いたしました」

「ご苦労さまです」

 

 艦長であるリンディに敬礼をしてから、その後ろに立つ。

 出番待ちだが、特に指示がない今は戦況の把握に務めるしかない。

 

「クララ、僕の権限で閲覧できる情報、送って」

“了解しました”

 

 クララから情報を受け取りながら、スクリーンを見つめる。

 

 事件の発生は夕刻で、強力な妨害を受けて状況がつかめなかったところにサーチャーを送り込む間もなく巨大な結界が発生、その後観測された魔力量から闇の書の起動が正式に確認されたのだという。

 現在妨害は晴れたが、相対している魔導師はなのはとフェイトのみ、戦況は膠着……というよりも手の出しようがないので闇の書の動きを見守っているという状態だった。

 

 アーベルとユーノへの連絡は正式な起動確認以前だが、このあたりはクロノの機転だろう。それをとやかく言うほどアーベルもバカではない。結果は間違っていなかった。

 

 また確認された闇の書の主も、アースラ側を悩ませた。

 八神はやて、年齢は9歳。

 なのはやフェイトの友達である月村すずか───先日アーベルを翠屋まで案内してくれた少女だ───と、仲が良いのだという。

 

 世の中は、かくも残酷だった。

 

「……っ」

 

 アーベルが見守る中、状況が動く。

 

 ディスプレイに映る、巨大な魔力球。

 闇の書は、吸収した術者から得た魔法を行使することも出来た。

 

「スターライト・ブレイカーね」

「改変されている……?」

「……収束性能も高いけれど、投入魔力も大きいかしら」

 

『エイミィさん!』

『アリサたちを!』

「わかってるって!」

「対象の座標、固定しました!」

「転移先、外縁部に設定完了!」

「強制転移!」

 

 結界に取り残されていた月村すずかとアリサ・バニングス───すずかと同じく、アリサもなのはやフェイトの友達だった───が発見されたが、こちらはなのはとフェイトが無事に接触、砲撃から守りきって結界内の端の方に無事転移させられた。

 

 魔法がばれてしまったようだが、今はそれどころではない。一時的ながら彼女たちの安全が確保出来ただけでも、良しとせざるを得なかった。

 

 一方、こちらには新しい状況が届いていた。

 なのはとフェイトは到着したユーノとアルフを加えて闇の書を牽制していたが、ほぼ同時刻に妨害者として注視されていた仮面の男をクロノが捕らえたのだ。

 

 だがスクリーンには、信じがたいものが映っていた。

 捕らえられた仮面の男は二人組、しかも……。

 

「そんな……うそ……」

「リーゼ……」

『……エイミィ、アースラへ転送を』

「りょ、了解!」

 

 クロノは仮面の男の正体を、彼女たち───リーゼアリアとリーゼロッテはクロノの師匠であり、グレアム提督の使い魔としてアーベルも親交のある相手だった───であると暴いて見せた。

 冷静な態度を崩さないクロノに、何とも言えず目を伏せる。

 

 一度艦内に戻ったクロノは通信のみでリンディに報告を済ませると、艦内に留め置かれていた武装隊員を数名加え、艦橋に顔を出さないままリーゼ達を連れて本局へと向かった。

 

「彼女たちが勝手に動いた……なんてことは、ないのでしょうね」

「リンディさん……」

 

 リンディのつぶやきは、独り言のようにも、アーベルに確認することで気持ちを固めようとしているようにも思える。

 

 アーベルは少しだけ躊躇してからリンディの席に近づき、念話を送った。会話は記録に残るが、近距離の念話は慣例的に私信として処理される。

 

『すこし、よろしいですか?』

『なにかしら?』

『うちの店にも顧客に対する守秘義務はあるのですが、黙っていられる範囲を超えたのでご報告します。

 ……丁度PT事件が終わった頃、彼女たちから特殊な注文を受けました』

 

 雑談や慰めかと思いきや意外な内容だったのか、リンディは少しだけ間を置いて小さく頷いた。

 

『注文と言うことは、デバイス?』

『はい、正確にはオーバーS級の広域凍結魔法に特化した単能デバイスのパーツです。

 無論、仕様書や納品書の控えデータは残っています』

『そう、ありがとう。

 ……広域凍結魔法、ね。

 グレアム提督は……手段はともかく、ご自身で闇の書を封印しようとされたのかもしれないわね』

『……その点だけは間違いないかと。

 今ならば、あれはその為のデバイスだと確信できます』

 

 哀しそうに目を伏せたリンディの向こうでは、クロノと相対するグレアムの姿がスクリーンに映っていた。

 

「フェイトちゃん!?」

「エイミィ!?」

「フェイトちゃんの反応消失! 闇の書に吸収されました!」

 

 その報告に現場のみならず、艦橋にも悲鳴が溢れ返った。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 グレアムの告白は根の深いものだったが、クロノは対処を『任意の事情聴取』に留めると、アースラに戻ってきた。

 

 その間にも事態は動いている。

 闇の書の防衛プログラムを押しのけ、管制人格とその主───八神はやてが表に出てきたのだ。

 

 それは小さな奇跡、そして哀しみの連鎖を断ち切る最初の一手でもあった。

 

「クロノ!」

『艦長、僕も出撃します!

 アーベル、君も来い!』

「了解!」

 

 小さくリンディと目を見交わし、転送ポートへと走り込む。

 ……結局出ることになったが、ぼやくのは後でいい。

 

「遅い!」

「はいよ!」

「エイミィ!」

『わかってるって!

 でも中心部は魔力濃すぎて直接の転移は無理! 周辺部になるからね!』

「任せる!」

『二人とも気を付けて!

 転送ポート、起動!』

 

 転移魔法陣が消えると艦内の乾いた空気が霧散し、強大な魔力をのせた風に煽られる。

 主戦場は海上に移っていた。

 

「アーベル」

「なんだい?」

 

 飛行魔法を起動すると、クロノに追従する。

 全力での飛行など、本当に久しぶりだ。

 

「リーゼたちは……」

「うん」

「君を対策本部に送り込むよう、僕を誘導していた」

「……へえ?」

「ついでに……君が着任した日、やけに外出を勧められていたはずだ」

「そんな気もするけど、どうだろう?」

「魔力は高くとも戦術はからっきしの君は、闇の書の餌として最適だったらしい。

 君が現地本部を出た直後、闇の書の騎士達を嗾けたそうだ」

「気付きもしなかったよ」

 

 合間にクララへと念話を送り、戦闘準備をさせる。

 

 リペア・モードや大容量ストレージなど、戦闘に関係のない機能を一時的にオミットし、会話モードもデバイス言語に戻す。

 普段の状態は、動作は重くとも多機能で便利だ。しかし戦闘時に要求される機能ではない。今は少しでも軽くしておくべきだった。

 

「だが、結界を張って君を狩るには問題があった。

 アーベル、君は翠屋へ行く途中、月村すずかと会ったな?」

「ああ、店まで案内して貰った」

「おかげで騎士達は手が出せなかったらしい」

「……認識相手がいる状態で結界が発動すれば、間違いなく魔法がばれるか」

「彼女と八神はやては懇意だったと聞いている。

 騎士達とも面識があったそうだ」

 

 結界に取り込む必要はなくても、目の前から瞬時に話し相手が消えては騒ぎになる。その後翠屋でもアーベルは客ではなく、アーベル個人として認識されていたし、帰りはクロノが迎えに来た。道中の一番危ない部分を、彼女は偶然にも補ってくれたのだ。

 

「僕の顔を覚えてくれていたすずかちゃんは、幸運の女神かもね。

 今度ケーキでもご馳走するよ。

 だが今は……」

「ああ。

 ……全てがこれで決まる。

 決めてみせる!」

 

 クロノの決意は固い。

 本気でアレに立ち向かう気なのは、間違いなかった。

 

『クロノくん!

 フェイトちゃん無事救出!』

「わかった!」

 

 朗報に、二人で顔を見合わせて頷きあう。

 前方には、防衛プログラムの本体と思しき球形の防御結界が見えてきた。

 

 禍々しい。

 

 そんな表現を真顔で思い浮かべるなど、ひと月前のアーベルは想像すらしていなかった。

 

 


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