最近のデバイスはわがままで困る   作:bounohito

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第十五話「束の間の休息」

 

 

 無論アーベルも、遊んでばかりはいられない。

 先ほどの外出は四日分の休憩をまとめたようなもので、警戒状態が続く闇の書対策本部での仕事は規定の交替を伴った24時間体制が基本である。

 

「おかえりなさい、クロノくん、アーベルさん」

「おかえり」

「ただいま」

「ただいまだ。

 二人ともこちらに来ていたのか」

「アーベルくんおっかえりー。

 アリアは本局に帰っちゃったよ」

 

 クロノと連れだって戻った本部は、3人増えて2人減っていた。

 エイミィが留守居役でそこに加えてなのは・フェイト・アルフが待機しており、姿が見えないリーゼアリアは武装隊の指揮所へ、リンディ提督はクロノが戻ったので交代に本局へと向かったらしい。

 

「ん、お土産」

「いやあ、アーベルくんは気が利くなあ」

「……リクエストしといてそれは酷い」

「あ、うちのシュークリーム」

「休憩にしよっか。アルフ、手伝って」

「あいよ」

 

 エイミィとアルフがジュースを配る間に、少女二人の元に行く。

 

「二人とも、休憩してる間にメンテナンスするから、レイジング・ハートとバルディッシュを預けて貰えるかな」

「点検!?

 アーベル、バルディッシュはどこも壊れてないよ?」

「うん。

 レイジング・ハートも今までよりずっとずっとすごかったの」

「あー……壊れてるかどうかじゃなくて、術者とデバイスがお互い無理に合わせてないかどうかとか調べるんだ。

 出来る限りはしたけれど、二人に返したときにはまだ実戦をくぐっていなかったからね」

 

 予想と違う負担が掛かりそうな部分は後からでも補強しなきゃいけないし、実戦データを得られたことで中身の効率が上げられるんだと付け加えて、アーベルは二人からデバイスを預かるとクララを呼びだした。

 

「ここでいいかな」

「アーベルさん、そんな部屋の隅っこに行かなくても……」

「いや、ここでいいんだよ、なのはちゃん。

 クララ」

“リペア・モード、タイプ・メンテナンスにてセットアップします”

 

「……ふぇ!?」

「……机と椅子!?」

 

 簡易作業台に変形したクララに、二人は相当驚いている様子だった。

 

 現場───個人宅を訪問する出張修理もこれに含まれる───に出向いて緻密な作業をするには、机と椅子はどうしても必要だ。デバイス内に次元圧縮された魔導制御空間を大きく取れば待機状態の消費魔力は多少増えるが、作業の利便性にはかえられない。平時は可能な限り休み、訓練時も含めた戦時には全力で魔力を消費する戦闘魔導師とは、根本的に魔力運用の基準が違った。

 

 そもそもデバイスマイスターの取得要件に、魔力は必須ではない。並列思考を利用した工具の多重操作は作業効率を極端に上げるが、それだけなのだ。

 マリーなどは非魔導師デバイスマイスターの典型で、技術部のコンピュータや各種自動工具を利用することでその差を埋めているし、研究者としてはアーベルを凌ぐ発想と観察眼を持っている。マイスター資質という意味では、そちらの方が重要だった。

 

「あはは!

 なのはちゃんたちはアーベルくんのクララが起動するところ、初めて見たのかな?」

「なのは、フェイト。

 戦闘魔導師ではあり得ないが、彼はデバイスマイスターだ。

 魔力持ちマイスターにデスクを使う者は少なくない」

「まあ、レイジング・ハートのバスター・モードやバルディッシュのハーケン・フォームと同じかな」

 

 口だけは動かしながら作業台にバルディッシュをセット、整備者権限を通してデータを呼びだし、クララがピックアップした負荷部分をチェックしていく。

 

「同じじゃないよ……」

「やっぱり変なの」

「変と言われてもなあ……。

 特定の使用目的に特化したモードを装備させるのは、不思議じゃないでしょ?」

「そうなんですけど……」

「むー……」

 

 今ひとつ納得していない二人だが、彼女たちはマイスターではない。今は奇異に見えてもその内慣れるだろうと、アーベルは会話をうち切って作業に集中した。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

“Your maintenance technique is perfect.”

“Thank you, meister.”

「うん、お疲れさま」

 

 ふうと一息ついて両機を待機状態に戻し、いつの間にか隣にいたクロノからオレンジ・ジュースを受け取る。

 

「どうだった、アーベル?」

「両機共に問題はなかったよ。

 ただちょっとなあ……」

「アーベル、その言い方だと……」

「……すっごく気になるの」

 

 寄ってきたフェイトとなのはにそれぞれデバイスを返却し、今は大丈夫と付け加える。

 

「ダメージは殆どなかったし、新しく付け加えた内部機構───カートリッジ・システムまわりも所定の性能を発揮してる。

 でも術者二人の成長がこっちの予想を超えるレベルで著しいから、一年以内……もしかすると数ヶ月内に、もう一度改良が必要になるかもってお話。

 レイジング・ハートやバルディッシュも協力してくれたし、マリーとも話し合ったんだけど、今回は時間優先だったからなあ。

 どちらにしても、レイジング・ハートのエクセリオン・モードとバルディッシュのザンバー・フォームはもう一度見直すつもりでいるし……」

「にゃはは……」

「えーっと……」

「なるほどな。

 二人はこれまで通りで気にしなくていい。

 それはむしろ歓迎すべき事柄だ」

 

 平均的データなど、このランクの魔導師───それも成長途上で一番伸びる時期がいつまで続くか読めない規格外トップエースの卵たち───には無意味に近く、デバイス屋泣かせだ。

 

「クロノ」

「?」

 

 ちょいちょいと指で合図して、念話を送る。

 

『今回は闇の書対策ってことでゴリ押しできるだろうけど、二機ともえらい金食い虫だよ。

 覚悟しておいた方がいいかもね』

 

 デバイスの修理改装は無償ではなく、術者個人への請求はなくとも部品代から人件費、果ては部隊と技術部間の移送費用まで、管理局の予算から出ていることは間違いない。

 

 通常は活動規模に応じた予算が各部隊に割り振られ、その中から所属する隊員のデバイス維持費用もやりくりされる。アースラの様な次元航行部隊は部隊規模も大きいが、割り振られる事件の規模も大きいので予算は潤沢とは言えなかった。

 そこで今回の闇の書事件のように戦力評価を上回る事件の担当となった場合、局の方から増援が送られたり対策予算が降りることになる。そこにも当然綱引きがあって、各担当者が丁々発止の大論争をするのだが……。

 

『君が寝ている間にマリーから連絡があった。

 ……技術部から送られてきた請求を見たときは、僕だけでなく母さんの顔も引きつっていたけどな』

『そうだろうね』

『この件を解決すれば、そちらの功績を盾にすることも出来る。

 次は根回しに時間がとれるだけましだろう』

『あー……頑張ってくれ』

 

 なるほど、同じ事件を使い回すわけだ。

 管理局の予算は無限ではない。その奪い合いなら、クロノの交渉術が活きてくるだろう。

 

『それでも昨夜の彼女たちの活躍を見れば、君たちはよくやってくれたとしか言い様がない。

 間に合っていなければ撃退は不可能だったろうし、僕まで魔力を蒐集されていたはずだ』

『そりゃどうも』

 

 執務官は最前線で戦う派手な姿ばかりが協調されがちだが、比重としては戦場外に於ける問題解決能力の方が余程重要なファクターとされている。

 一般的に事件が『終わった』と解釈される容疑者の逮捕や保護よりも、その後の法務や被害者への補償、報告書類の作成といった地味な仕事に手を取られるし、責任としては重いのだ。それこそ執務官補佐を筆頭に部下を上手く使えないと、たちまち仕事に潰される。執務官とはそういう仕事だと、クロノを通じてアーベルは学んでいた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

「じゃあ、ちょっと本局に戻ってくるよ」

「いってらっしゃーい」

 

 なのはも帰宅しフェイトたちもベッドに入った頃、アーベルは捜査本部を後にした。余裕のある内に武装隊員のデバイスを修理およびメンテナンスするべく、必要な部品を取りに戻ることになったのだ。残念ながら武装隊には、昨夜の戦闘で被害が出ていた。データならコマンド一つで本局とやり取り出来るが、物品や人員はそうもいかない。担当の武装隊が、隊長も含め、官給デバイスを装備する隊員が大半だったことだけが救いだろうか。

 

 ついでに闇の書の騎士達が行使する魔法について、ここしばらくで得られたデータを資料にまとめる仕事もあった。この点はベルカ式魔法に理解のあるアーベルの方がマリーよりも向いているのだが、デバイスの整備が前線のすぐ後方である本部や武装隊の待機所───現地にある企業向け保養施設を丸ごと借りていた───で出来る強みが優先されている。

 

 

 

 翌日は第四技術部に篭もりきり、その翌日はまた第97管理外世界へと戻って武装隊のデバイスメンテナンスを済ませ再び本局と、忙しかった矢先。

 今度はフェイトが魔力を蒐集されたと、アーベルの元に連絡が入った。

 

 


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