最近のデバイスはわがままで困る   作:bounohito

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第十二話「Cartridge-powered」

 

 

 揃った部品をチェックしてマリーが調整と改造を加えていく間に、アーベルはカートリッジの使用に対応した魔力運用プログラムの製作に取りかかった。

 基礎的なデータが揃っていても、レイジング・ハートやバルディッシュのようなワンオフ機では個体差が激しすぎて自動調整で誤魔化せる範囲を超えている。

 

「クララ、D系統の調整が終わったら、2S07から2S14までのバイパスをもう一度シミュレーターにかけて魔力流量の適正値書き換えて」

“了解です”

「アーベルさん、バルディッシュの仮組み終わりました!」

「お疲れ、マリー。

 レイジング・ハートの方は制御系のシミュレートと調整にもう少し時間かかるから、えーっと、35分ぐらい仮眠取っていいよ。

 バルディッシュは一旦再起動、その後クララから共有分の術式制御プログラムをロードして」

「お言葉に甘えますぅ……」

“Yes, sir.”

 

 結局、納品の約束までは約12時間を余したところで、両機の修理改造そのものは概ね完了した。

 あとは実際に使ってみるしかない。

 

“Check of the system was finished.(システムチェック、完了です)”

“It was completed it without trouble, too.(こちらも問題ありません)”

“レイジングハート『・エクセリオン』、バルディッシュ『・アサルト』、両機ともに完調状態であると宣言します。

 お二人ともお疲れさまでした”

「はうあうあー……」

「お疲れさま。

 ……っと、ちょっと士官学校まで行って来るよ」

「へ?」

「昨日のうちに気付いてたんだけど、このカートリッジ、魔力が未封入なんだよね……。

 システムの試験もしておきたいし、ちょっと魔力貰ってくる」

 

 ワンオフ機ならではの問題で術者が居なければ本格的な試用試験もできないが、最低限でも両機一度づつはカートリッジを使用した魔法の行使を行う必要があった。実射を行えれば、術者の手に渡る前にかなりの修正がデバイス側で行える。インテリジェント・デバイスの強みは、この様な場面でこそ発揮されるのだ。

 

 それにしても、である。

 闇の書に対抗するのはいいけれど、これじゃあどちらが魔力を集めているのやらと、アーベルは頭を掻いた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 士官学校で手すきの教官や生徒を集めて協力を得たアーベルは、協力者各人のデバイスにカートリッジ運用プログラムを展開し、人海戦術でカートリッジへの魔力封入を行った。

 

 出来れば充電器のような型式の魔力封入装置にカートリッジをセットして自動で充『魔力』したかったのだが、技術部で見つかった関連機材は魔力駆動炉直結用のコネクター部分のみで、肝心の魔力封入装置や変換器が持ち出されていたため、このような事態になってしまっている。自作、取り寄せ、持ち出された先との往復、どれも時間が掛かりすぎると判断せざるを得なかった。

 

「うわ、ほんとに魔力吸ってる!」

「マイバッハ教官も面白いものを持ち込まれますな。

 初めて眼にしましたよ」

 

 カートリッジシステムはまだ一般には出回っていない特殊な試作品とあって、皆も興味津々の様子であった。……当たり前だがここは士官学校、新技術や新装備にはとりあえず目を通しておきたい人種が沢山いる。頭を下げて回らなくても、勝手に人が集まった。

 

「ふむ、この作業は確かに疲れるが、将来はこれが日常になるのかもしれませんね」

「魔力のロスはあれども、戦闘時にまとめて使うと考えれば戦力は確かに増加しますな」

「噂には聞いているが、実際どうなんでしょうなあ」

「教官、これでいいんですか?」

 

 おかげで試射場へと出向く頃には、授業時間中にも関わらず人集りが出来ていた。

 

 アーベルでは持て余すこと必至だが、レイジングハートとバルディッシュは仮マスターとして試用試験を許可出来るのはアーベルまで、マスターの直接指示でもない限り他の術者には触らせないと宣言している。

 ……信用されているからには応えねばならないのだろうが、こちらは仮眠2時間の3日目半、もうどうにでもなれという気分だった。CVK-792系のような大口径高威力型でなく、せめて中口径の汎用型ならここまで投げ遣りになることもなかったが、両機が『これ』と型番まで指定してきたのだから仕方がない。

 

「マイバッハ教官、スフィアの準備調いました!」

「ありがとう」

 

 右手にはデバイス・モードのレイジング・ハート、左手にはリング・モードのクララ。

 正面には、大型のターゲットスフィアが浮遊している。

 

「レイジング・ハート、クララ」

“Clearance confirmation, all O.K.(安全を確認、行けます)”

“デバイステスター起動、システム同調しました”

 

 デバイスの同時二重使用など、専用設計の併用型でもない限り魔力運用効率が悪くなるばかりで普通はあり得ないが、試用対象のデバイスを主、データ収集を行うデバイスを従とする『二刀流』は、アーベルでなくとも魔力持ちの技官にはよくあるスタイルだ。魔力運用効率が下がっても仕事の効率が上がるなら、それは正解なのである。

 

“コントロールをレイジングハートに渡します”

“I have.

 Buster mode, Drive ignition.”

 

 レイジング・ハートの説明によれば、計算上では今回行うカートリッジ1発分の魔力を足した直射型砲撃魔法ディバイン・バスターよりも、彼女のマスター高町なのはの必殺技である収束型砲撃魔法スターライト・ブレイカーの方が、威力、射程、デバイスへの負荷、術者にかかる反動の全ての点で上回っている。

 シミュレータ上では100%でも、せめて試用試験ぐらいはこなしておかないと万全とは言い切れない。

 

「ディバイン・バスター、発射準備」

“Charge start.”

“リモート・センシング・スフィア、感度良好”

“......Load cartridge.”

 

 砲撃形態───バスター・モードに変形したレイジング・ハートはがしゃんと小気味よい装填音を響かせ、カートリッジをロードした。

 これまでに体験したことのない濃密な魔力が、アーベルの周囲を支配する。

 観客からは、アーベルの魔力光である紫色の光が急に輝きを増したように見えただろう。

 

“ノックバック・ガード、展開完了”

“Cartridge experimental program version 1.03, Stand by ready.(カートリッジ試射プログラムver.1.03、準備完了)

 Charge 100%, All clear.”

 

「……ディバイン・バスター」

 

“Divine buster, Cartridge-powered”

 

 レイジング・ハートが展開した数段の円環魔法陣から、破壊の奔流がほとばしる。

 アーベルの身体は、文字通り軋んだ。

 

「ぐはっ!?」

 

 適正を持つ砲撃魔導師でもなければこれはきついだろうなと、くらくらとする頭の片隅で考える。やはりクロノやレイジングハートの話通り、高町なのははすごいらしい。

 

 クララとレイジング・ハートが『相談』した結果、このぐらいの威力と反動ならアーベルにも耐えられるだろうと結論していたが、徹夜明け抜きにしてもこれはきつい。身体はだるさを増したが、眠気も吹き飛んでいたから実に妙な気分である。

 

「ふう……」

 

 魔力光が収まると、ターゲットスフィアは跡形もなく消滅していた。……どころか、目標背後にあって防御障壁魔法が何重にも施されているはずの試射場の壁付近で、自動修復システムが起動している。

 

 見物客からは、大きな歓声が上がっていた。

 カートリッジによって下駄を履かせたとは言え、推定Sランク───高町なのはの全力射撃状態に少しでも近付けるためチャージ時間を長めにとって魔力を振り絞り、そこにカートリッジ分の魔力を上乗せした───の大威力砲撃魔法などそうそう間近に見られるものではない。

 

“データ解析、終了しました。

 測定された値は予想範囲内、プログラムのオートブラッシュアップで対応できます”

“Exchange parts are in good condition.(新たに導入したパーツも良好です)

 I have a no problem.(問題ありません)”

「了解、ご苦労様。

 僕もちょっとだけ休憩させて貰うよ……」

 

 しかしアーベルの受難はまだ終わっていなかった。

 この後には、バルディッシュのカートリッジ試用試験が控えているのだ。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 カートリッジへの魔力封入と試用を終えたアーベルは、部屋を出たときと全く同じ姿勢で居眠りをしていたマリーを主任に任せ、出張支度をはじめた。

 

 いや、贅沢を言えば自分も今すぐ寝たいのだが、既に第97管理外世界に闇の書事件対策本部を兼ねた現地出張所が設置されている。リンディを筆頭とするアースラのスタッフはもうそちらを活動の拠点としていたから、こちらで向かうしかなかった。なんでもアースラはドッグに入れられ重整備中らしい。

 クロノからは、アーベルは現地で技術サポートと情報収集の支援、マリーは本局でアーベルのバックアップを行う方針だと聞かされていた。

 

「じゃあ、気を付けて。

 こちらは任された」

「はい、行って来ます」

 

 見送ってくれる主任にも実質マリーが抜けた分のしわ寄せが行っているだろうに、しゃんとした様子で疲れは一切見せていない。

 

 アーベルは必要な機材とともにレイジング・ハートとバルディッシュを携え、第四技術部を後にして医療施設のある中央区画へと向かった。

 待ち合わせ場所に指定されていた休憩スペースには、診療を終えた高町なのはに加え、ユーノ、フェイト、アルフがアーベルを待っていた。

 

「アーベルさん!」

「お待たせして悪かったね。

 はい、二人とも」

「ありがとうございます!

 おかえり、レイジング・ハート!」

「おかえり、バルディッシュ!

 アーベルありがとっ!」

 

 マスターの手に戻されきらりと光って答えるデバイスたちに、ほっと息を付く。

 

 レイジング・ハートもじゃじゃ馬だったが、バルディッシュも相当な暴れん坊だった。

 

 ……特にザンバー・フォームでの斬撃魔法テストは、アーベルが近接武器に不慣れなせいと巨大過ぎる魔力刃が徒となり、ターゲット・スフィアと一緒に試射場の地面をまっぷたつに割る結果となった。危なく地面の下の構造材にまで届くところだったが、防御の施された壁と違って地面というものはやたらすっぱりと切れるのだと、アーベルは新たな認識を得ている。

 

「アーベルさん、眼の下の隈が……」

「まあ、いつもよりはちょっと多めに頑張ったかな」

「アンタ、寝てないのかい?」

「一昨々日みんなと別れてから、2時間ぐらいは寝たよ。

 とりあえずリンディさんたちに着任の挨拶して、それから寝るつもり」

「お、おつかれさまです……」

「うわぁ……って、あれっ!? 

 アーベルも地球に来るの?」

「えっ、フェイトちゃん、クロノから聞いてない?」

「うん。

 エイミィも、何も言ってなかったよね?」

「クロノのことだから、驚かそうと思って黙ってたんじゃないかな?」

「そう言えば、フェイトちゃんの転入も前の日まで秘密だったの……」

 

 あり得るなとアーベルは頷き、この子達もあの不器用な上にわかりにくい親友のことをよく理解してるじゃないかと微笑んだ。まあ小さな悪戯心とともに、本当に忙しいという状況もあるのかもしれないが……。

 

「ともかく転送ポートに向かおう」

「そうだね」

 

 平常業務中の転送ポートは、基本的に有料である。

 でなければ運輸業者や観光旅行者によって際限なく使用され、運用に破綻を来すことは目に見えていた。

 無論、今回の移動のように業務に使うのであれば、局員IDのチェックによって確認がなされ、手荷物検査をパスすれば片道分のチケットが発行される。

 

「マイバッハ二尉相当官殿、こちらのラゲッジは封印されていますので通関認証コードをお願いします」

「はい、本局第四技術部から持ち出し許可を受けています。

 IDを送りますので確認して下さい」

「……受け取りました。

 はい、問題ありません」

「ご苦労様です」

 

 ラゲッジにはロッカーに放り込んであった着替えなど私物の他に、未加工ながらレイジング・ハートとバルディッシュの予備パーツ、技術部内どころかミッドチルダになら持ち出しても問題にならない工具やデバイスの予備パーツが詰め込んであった。

 

 管理外世界への渡航ともなれば、技術拡散を警戒し、各種申請を通して持ち出し許可を必要とするものは多い。デバイスも登録されていれば問題ないが、無許可の持ち出しには罰則がある。

 検疫だけで持ち込める加工食品などはともかく、生物資源もこの種の移動制限が厳しいだろうか。逆に管理世界への持ち込みも、特に質量兵器とその技術などは全面禁止されていて管理局も目を光らせていた。

 

「……よかった、医者は居ないな」

「アーベル、お医者さん嫌いなの?」

「うーん、お医者さんって言うか、渡航検診がちょっと……。

 子供の頃家族で旅行に行ったとき、第何世界……だったか忘れたけど、ミッドチルダからの渡航者には、検疫施設で全身薬剤散布を受けさせるのが義務化されていてね。

 こう、狭い部屋に入れられて、プシューって霧状のお薬を全身に……」

「うわ……」

「そのあと、にがーい薬を飲まされたのも覚えてる。

 子供にも容赦ないんだ。

 今ならその意味も重要性も分かるけど、3歳の子供にはちょっとなあ……」

「にゃはは」

 

 第97管理外世界は文明の種類こそ違えど、管理局の渡航規定に触れる風土病などもなく、暮らす分にはミッドチルダと大して変わらないらしい。特に生活方面ではほぼ同じと、両者を知るユーノは言う。

 ……そう言えば、シュークリームとコーヒーが美味しいと聞いている。現地休暇があるのかどうか微妙だったが、食事休憩ぐらいは出来るだろうとアーベルも期待していた。

 

「さ、行こう」

「おー!」

 

 転送ポートの使用それ自体は、検疫や手続きに比べて非常に簡略化されていた。オペレーターから転送先を確認されて、頷けば荷物と一緒に一瞬で転送される。

 自前で次元転移魔法をつかうなら、映画に出てくるステレオタイプな呪術使の呪文のように長い座標指定と大きな魔力消費を要求されるから、機械任せの転送ポートは実にありがたい。それに許可なく使った時の始末書や調書の作成は、非常に面倒だった。

 

「どうしたの、ユーノくん?」

「エイミィさんからだ。

 みんな、ちょっと待っててね。

 ……はい、ユーノです」

 

 二つほどポートを経由して、中継ステーションで順番待ちをしているときだった。

 通信画面を開いたユーノは、エイミィと話し始めた。

 察するに、出発の連絡か定時連絡を忘れていた様子で、なにやら頭を下げている。

 しかしその表情が、急に真剣味を帯びたものに変わった。

 

「みんな大変だ!

 海鳴の市街地上空に例の敵が現れたって!」

「えっ!?」

 

 なかなかに気が休まる暇がないらしい。

 少女達同様、アーベルも顔を引き締めた。

 

 


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