最近のデバイスはわがままで困る   作:bounohito

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第十一話「システムCVK-792」

 

 

「わたしは組み込み予定のパーツを調整していきますから、そちらはお願いしますね」

「うん。

 制御プログラムは引き受けた」

 

 レイジング・ハートとバルディッシュが『だだを捏ねた』結果は、当然アーベル達にしわ寄せが行く。

 それでも一流のマイスター2人と一流のデバイス3機が知恵と情報と処理能力を結集したおかげか、半時間ほどで仮の設計を終えた。後は臨機応変……と言えば聞こえはいいが、行き当たりばったりである。

 

“You are the reliable meisters.(あなた方は信頼できるマイスターです)”

“No problem.(何の問題もありません)”

“私のマスターなら大丈夫です”

「……愛されてますね、アーベルさん」

「……マリーもね。

 さあ、頑張ろう。時間勝負だ」

「はい!」

 

 まずは破損個所の中でも部品の交換で補う部分と、新機構に合わせて新規に追加する部分に分け、マリーが手を着けていく。

 

 デバイスたちの主張する改造案には、相当な無理があった。本局技術部の倉庫を探して必要なパーツが足りないなど、冗談にもほどがある。

 

「もう滅茶苦茶ですよね」

「クロノのやつ、闇の書の話抜きに未来予知かなんかで僕を呼んだんじゃないかと思えてきた」

「あはは……」

 

 そこはまあ、補う手がないわけでもない。

 

 アーベルは時計を無視して実家に連絡を入れた。

 時間は夜中の3時を回っていたが、そこは今更気にしても仕方がない。

 

『久しぶりだな、アーベル。

 こんな夜中に連絡してくるとは、何があった?』

「父さん、急にごめん。

 今、局の方が大騒ぎになっててさ……。

 ちょっと急ぎの注文をお願いしてもいいかな?」

『まあ、構わんが……』

 

 父ディートヘルムは元局員でアーベルと同じ技術部の所属であったから、この手のことには理解が早い。

 

「じゃあ早速。

 CVK-792A用の予備マガジンCVK-792A6Mが5つ、CVK-792R用のスピードローダーCVK-792R6Sを5つ、同カートリッジCVK-792C12が最低60個、これは出来ればありったけ。

 あと、魔力封入機関連も揃ってると嬉しい」

『おいアーベル!?

 お前……』

 

 流石に父は専門家だけあって、型式名称を告げただけで反応が変わった。

 

「あとでメモを送るね。

 ……続けるよ。

 同じく円環魔法陣形成補助ユニットMRC-H2Aの型番2242以降を1つ、魔力刃用整流安定器Ba1624か26を揃いで4つ、それから魔導砲用の強制冷却システムでクラスDの新品があればそれもお願い。こっちで見つけたのはどれも一世代前の中古だったんだ。

 ともかく、一番大事なシステムCVK-792AとシステムCVK-792Rは魔力チャンバーやコンバーターまで含めて技術部に一式あったんだけど、肝心のアクセサリーが持ち出されちゃってたみたいで足りなくってさ……。

 うちの倉庫なら、たぶんあるよね?」

『……』

「S級のデバイス2機に、カートリッジ・システムを取り付けなきゃいけないんだ」

 

 システムCVK-792シリーズは、カートリッジシステムと呼ばれる圧縮魔力運用機構の一種で、その中でもエース級デバイス向けの大口径タイプでは最新に位置する一連の試作ユニットである。

 単発式のCVK-792S、箱形弾倉を持つCVK-792A、リボルバー構造のCVK-792Rが試作され、今年に入って静地試験が開始、現在は実装テストが続けられている。

 

 但し、問題も大きい。

 通常のデバイスは基本的に術者由来の魔力を使用して各種魔法を行使するが、カートリッジシステムでは魔力を圧縮したカートリッジを使用することによって、術者本来の魔力量を越えた強力な魔法を使用することが出来た。

 

 しかしながら元は古代ベルカ式魔法体系で利用されていたものをミッドチルダ式に応用したもので、アームドデバイスと呼ばれる非常に堅牢なデバイスでの運用が基本となっていた。それを半ば無理にミッドチルダ式のデバイスに流用しようとしたため術者およびデバイス本体への負担は大きく、暴発事故も多発したことから未だ試作品あるいは色物の域は出ていない。

 

 現在でも改良は続けられているが、小口径にしてカートリッジへの封入魔力量を減らす、余剰魔力強制排出機構を装備するなど、結局は最大の効果である魔法威力を減じる方向でしか改良が進まず、不安定さも相まって現状のまま実用するには少々不安が残っていた。

 かと言って威力の低い中口径汎用カートリッジ───こちらはCVK-792シリーズとは違って一般武装隊用の普及型───では、安定性は確保できてもエースの実力をフルに生かすことにはならず悩ましい。

 

 カートリッジシステムの使用を前提とした近代ベルカ式魔法および同型式のデバイスに於いても同様で、こちらも正式な実用化にはもうしばらくの時間が必要であった。同級のミッドチルダ式を上回る魔法攻撃力の獲得を期待されているものの、希望者を対象とした各種試験や試作機を使用したデータの収集が続けられている。

 

「ごめん、父さん。

 もう仮の予算も通ってるんだ」

『……』

「それから請求書は第四技術部じゃなくて、アースラ宛にして欲しい」

『待て、リンディさんも絡んでいるのか!?』

「うん。

 一時的にだけど、僕の上司はクロノになったよ」

『クロノ君もか……』

「父さん、とにかく大至急でお願い。

 特急料金上乗せ可で出来れば今日中、最悪でも明日の朝納品で」

『わかった。

 ……後で説明して貰うからな?』

「規定の守秘期間が開けたらね」

『フン、お前で駄目ならもっと上に聞くさ』

 

 父がわかったと言えば、それはもう何とかなると言うことだ。

 通信が切れてふっと息を吐けば、マリーが驚いたような顔をしている。

 

「さっきの方がアーベルさんのお父さん……近代ベルカ式魔法体系の基礎をまとめ上げたって言う、ディートヘルム・マイバッハ上級技官なんですよね?」

「本人が言うには、有りものを適当に切り張りしてたらなんか出来たってことらしいよ。

 研究は父さんが入局する前から進められていたし、ある程度形にしたのは父さんだけど今も発展途上だし……。

 三年前ほどに爺ちゃんが引退宣言して、工房の方に呼び戻されちゃったからね。元々聖王教会からうちの家に管理局への技術協力要請があって、跡を継ぐまでって約束だったらしくてさ。

 今でも協力体制は続いてるから聖王教会も管理局も問題にしてないんだろうけど、割と好き勝手やってたみたいで、最初は僕まで腫れ物扱いだったよ」

「伝説、残ってますもんね。

 わたしが入局したときにはもう管理局を去られていましたけど、色んな意味で尊敬してます」

「僕はほっとしているよ。

 親としてはともかく、間違っても同じ職場の上司には持ちたくないタイプだ」

 

 雑談はここまで、後はともかく仕事を進めるしかない。

 アーベルは技術部のライブラリにアクセスして、カートリッジ・システムの情報を呼びだした。

 手元にも関連資料は幾つかあったが、閲覧が制限されている資料はこういう緊急事態でもないとアーベルのところまで降りてこないのである。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

「兄さん、持ってきたよ!」

「おー、ゲルハルト!」

 

 翌日昼前……とは言っても二人とも寝ていないが、待望の注文品が到着した。

 台車を押してやってきたのはアーベルの弟、ゲルハルトである。

 管理局から出された正規の依頼に対してならば、マイバッハ工房の名前を使って少年が技術部に出入りすることは十分に可能だった。

 本人は兄を驚かそうと黙って来たつもりのようだが、無論、来客があれば連絡ぐらいはきちんと届く。

 

「ありがとな。……前に会ったときより随分でかくなったな?」

「そりゃ3年もすればぼくだって大きくなるよ!」

「弟さん、ですか?」

「うん。

 マリー、紹介しておくよ。

 僕の弟、ゲルハルト。

 今年初等部卒業した……んだよな?」

「うん、そうだよ。

 はじめまして。

 マイバッハ工房本社取締役特機部本部長、ゲルハルト・マイバッハです」

 

 

 

 ゲルハルトは12歳とクロノよりもまだ幼いが、これでも立派な会社役員だ。

 古代ベルカ式デバイスの整備適正を持つと同時に、彼はマイバッハ家の次々期当主でもあった。世情にあわせて企業の形態を取ってはいても、先代が会長、親方が社長、親族が役員、徒弟が社員と、良くも悪くも同族経営のデバイス工房である本質までは変わっていない。

 それでもゲルハルトは子供らしい人当たりの良さと祖父仕込みの技術力を発揮しているらしく、そこをマイバッハの看板が後押しして営業成績も社内トップクラスだと家族からは聞いていた。

 

 ……跡目を継ぐ弟の目の上のたんこぶになっては困るとアーベルが独立を決めたのは、アーベルが初等部一年生の終わり頃、ゲルハルトが3歳の時だ。

 適正無しの自分が正嫡として一族をまとめる当主に収まるよりは弟に継がせた方がいいなどと、この歳にして大人顔負けの───同時に子供っぽい思い込みも多分に含んでいる───判断を下した理由は、実に些細なきっかけだった。TVで兄弟が玉座を巡って争う歴史大河ドラマを見て、これは絶対に嫌だとアーベルは考えたのである。

 

 後にそのことを聞いた家族からは考え直せと言われ弟にも泣かれたが、その時にはもう初等部卒業前であったし、自分の力で何かやってみたいと少年らしい独立心に溢れていた上に、元より独立開業を目指して歩合制のお小遣い───子供時分、『家の手伝い』をすると仕事内容に応じた報酬を貰えたのだが、アーベルは当時既にA級デバイスマスターの資格を持っていた───を貯め込んでいたから、誰も止められなかったのだ。

 なんとか家出同然の出奔を引き留めようと家族は一致団結し、手は出さない代わりに店の名前には『マイバッハ工房』の名を冠すること、しばらくは管理局に所属して父の元で嘱託技官として仕事をこなすことを約束させられたアーベルであった。

 

 

 

「本局第四技術部のマリエル・アテンザです。

 お兄さまにはいつもお世話になっています」

「……マリー、お兄さまとか心臓に悪いからやめてくれ」

「えー!?

 お世話になってるのは本当ですし、初対面の弟さんに失礼じゃないですか」

「仲いいんですね。

 ……兄さん真面目なのはいいけど無口な方だから、心配してたんだよ」

「いや、仕事中は無口になるのが当たり前だろう。

 ところで、頼んでたものは揃った?」

「えっとね、専用の魔力封入器は工房になかったから、それ以外は」

「……そっか。

 まあ、ないなら仕方ない。こっちでなんとかする」

「大変だったんだよー。

 急ぎって言うから朝一番のリニアに乗ったし……」

「そう言えば、一人で来たのか?」

「技術部の入り口まではうちのお弟子さんたちについてきてもらったよ」

 

 駄弁ってばかり入られないので、早速到着した注文品を確認していく。

 

「へえ、車載魔導砲用の冷却器か」

「父さんが呆れてたよ。

 まさか兄さんに持って行かれるとは思わなかったって」

「父さんがカートリッジ・システムの研究続けてるのは知ってたからなあ。

 そっち方面に使える都合の良さそうな機材やパーツ、絶対手元に握ってると思ってたんだ」

「すごい読みだね」

「まあ、ともかく助かったよ。

 ほんとに急ぎの仕事だから相手もしてやれなくてごめんな。また今度遊びに来いよ」

「兄さんこそ。

 母さんとお爺ちゃんお婆ちゃんも、たまには戻ってこいって」

「ん。

 ごめんって言っといて」

「……しょうがないなあ」

 

 絶対だよと約束させられたアーベルだが、今はそれどころではない。

 納期の締め切りはあと62時間ほど、のんびりはしていられなかった。

 

 


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