最近のデバイスはわがままで困る   作:bounohito

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第十話「ペットは飼い主に似る、デバイスは使い手に似る」

 

「嘱託技官アーベル・マイバッハ、出頭しました!

 主任、状況はどうなっていますか?」

「お疲れさま。

 急に呼び出されて驚いているだろうが、私たちにも寝耳に水でね」

「アーベルさんよかったぁ、来てくれたぁ……」

 

 直属上司である主任とマリーはこの場にいたが、他にも数名いるスタッフは姿が見えなかった。机の様子から出勤していることは知れたが、既に散っているらしい。もう夜も遅いのにご苦労なことである。

 

「さて、何処から説明したものか……。

 アーベル君、最近起きていた魔導師襲撃事件のことは知っているかい?」

「いえ、初耳です」

「ふむ。

 10月頃からかな、幾つかの世界で魔導師ばかりを狙った、似たような事件が連続していてね、これはもしかして横の繋がりがあるのかと管理局が注目し始めたのが、つい先日だ」

「流石にミッドチルダでは起きていなかったらしいですけど、管理外世界を中心に割と沢山の魔導師が襲撃されたとわたしも聞きました。

 でも……」

「うん、マリー君の言うとおり。

 そしてつい先ほどだ、第97管理外世界でも同様の事件が起きた」

 

 アーベルの眉が跳ね上がった。

 第97管理外世界とはまた、穏やかではない。

 予定では今日の昼下がり、フェイトとユーノがそちらに向かっているはずだった。

 

「その時にちょっと困ったことが発覚してね。

 ……ハラオウン執務官からは開示許可を得ているが、これは部外秘どころか特秘の扱いになるので君も覚悟してくれ」

「はい」

 

 怪我人はいるのか、事件はどうなったのか、聞きたいのをぐっと我慢して主任の目を見つめる。

 

「襲撃犯は、闇の書と思われる魔導具を所持していたそうだ」

「!!!」

 

 第一級捜索指定遺失物───ロストロギア『闇の書』。

 

 闇の書は、危険極まりないロストロギアの中でも、もっとも有名且つ凶悪な物の一つに数えられる。

 

 転生と暴走と破壊を繰り返しては悪夢を振りまく謎の存在で、正確な正体は今ひとつ不明ながら暴走した魔導機械か魔力思念体か、あるいは術者を食い殺した融合型デバイス───現代では喪われた技術で、術者と融合して変換資質や希少技能の行使さえサポートするというある意味究極のデバイス───とも言われるが定かではない。

 知られているのは、守護騎士と呼ばれる魔法生命体が当代の主人に付き従い魔力の収集を行うこと、彼らの行使する魔法が失伝したものも含め古代ベルカ式魔法であること、そして収集された魔力が一定量に達すると破壊の力を存分に発揮すること。記録には、完全破壊が不可能とさえ記されている。

 

 アーベルも、闇の書について全く知らぬ訳ではない。マイバッハ家は、古代ベルカ式デバイスも扱う家柄だ。古代ベルカの魔法についても知識としては学んでいるし、本式のベルカ式魔導師───騎士に比べれば数段落ちるが血筋の助けがあってか行使出来無くはなかった。工房で修理された騎士団のデバイスのテストなどで、幾度も試したことがある。

 

 ……付け加えるならば、前回の闇の書事件で親友クロノの父クライド・ハラオウンが犠牲になったことも、アーベルは知っていた。

 

「技官たる君たちが直接相対するわけではないだろうが、闇の書のことを念頭に置いて、くれぐれも注意深く行動して欲しい。

 君たちのバックアップが前線の局員を支えるのは、何があろうと変わりないからね」

「了解です」

「それからアーベル君の緊急の召集についてだが、そちらはマリー君に任せてある。

 彼女もハラオウン執務官から指名が来ていてね。

 マリー君、第162武装隊の件は私が引き受けた」

「お願いします、主任。明日の朝、こちらに来て貰えるそうです」

「了解だ」

「じゃあアーベルさん、早速ですけど402号に」

「わかった。

 主任、失礼します」

 

 402号───四階に20ほど並んでいるメンテナンスルームの2号室───への道すがら、マリーから説明を受ける。

 

「私たちは今後、無期限でアースラの指揮下に入ります。

 主な任務はアースラチームを支援する専属デバイスマイスターですが、アースラが得た闇の書のデータを解析することも任務に含まれています」

「そっちがメインかなあ。

 技術部から2人も投入するなんて、普通じゃないよね」

 

 マリーは正規の技官で、アーベルと同じくA級デバイスマイスターの資格を持っている。マイスターとしては譲れないが、研究者としてはアーベル以上でデバイス以外の技術にも強い。確か彼女は、総合技術資格であるメカニック・マイスターの資格も持っていたはずだ。

 

「それで早速指示が来ているんですけど……」

 

 402号室には、検査槽内で自己修復モードに入っているデバイスが待ち受けていた。

 どちらも酷い状態だ。

 

「こっちはフェイトちゃんのバルディッシュだね。

 もう一つは?」

「第97管理外世界の魔導師、高町なのはちゃんのレイジング・ハートです」

「ああ、彼女の……」

 

 両デバイス共に許容量以上のダメージを受けたのか、待機状態ながらひび割れや欠けが目立つ。アーベルの良く知る『普通』では、これほどの損害を受ける前に術者が倒れるか、あるいは……死ぬかするところを、この二つのデバイスの持ち主は耐えたのだろう。

 

 フェイトたちのことは心配だが、術者死亡ならデータのサルベージを命ぜられるから、最優先で修理が命令されるということは術者が無事であることに他ならない。安心材料が増えてほっとする。

 

「バルディッシュの方はこちらにも詳細なデータがありましたから、アーベルさんが来る前に主な予備部品を揃えてあります。

 レイジング・ハートは簡易検査のデータしかなかったんで、最低限の自己修復完了を待っての再起動後ですけど……」

「不安定なままだと下手なスキャンもかけられないか。

 どのぐらいで終わりそう?」

「持ち込まれたのが1時間ほど前ですから、最低あと30分ぐらいはかかると思います」

「こっちの機械ははやいなあ……」

「中古でも個人で検査槽持ってるアーベルさんのが羨ましいですよ」

 

 アースラからの最初の命令は、これら二つのデバイスを可及的速やかに修理せよということらしい。今の内に休憩するかと、アーベルは留守番をマリーに任せ、席を立った。

 

 購買部で簡単な夜食を仕入れて402号室に戻ると、ユーノとアルフが訪れていた。彼らもこの大騒ぎに関わっていた……というか、事件の当事者だった。

 

「そんな強い相手と戦闘に……」

「はい。

 それでフェイトは軽い怪我で済んだんですが、なのはの方が重傷で……」

「リンカーコアだっけ?

 なのははそれを抉られたのさ」

「抉る……?」

「こう、ぐっと手で胸を突き破ってさ。

 まったく、酷いことをするもんだよ!」

 

 闇の書は魔力収集を行うにあたり全く以て直接的な方法をとるのだなと、改めて陰鬱な気分を引き出される。

 

「マリーさん、修理にはどれぐらい時間が掛かるんですか?」

「実作業時間なら、丸一日と少しかな」

「そんなに早いのかい?」

「わたし一人じゃ無理だけど、アーベルさんも居るからそのぐらいよ?」

「うん。

 自己修復が発動するっていうことは、コア周り───制御系の一番重要な部分が無事っていうことなんだ。これでかなり手間が省ける。

 それにバルディッシュの方は局に詳細なデータがあるし、レイジング・ハートも……まあ、ミッドチルダ式だから極端な手間にはならないよ。

 駆動部とアウターフレームは痛みが激しいけど、ハードウェアの問題なら指定の部品を手順通りに調整して交換するだけだからね。

 ともかく、君たちも───」

 

 扉が開き、クロノたちが現れた。

 クロノと目を見交わし、互いに頷く。

 

 その後ろには手に包帯を巻いたフェイトと、彼女と同い年ぐらいの医療衣を着た少女、高町なのは。

 彼女のことは、記録映像とフェイトを通じて知っている。

 

「アーベル、済まないな」

「クロノ、状況は聞いた。

 それと、予定では遅くとも明後日の早朝には両デバイス共に退院出来るよ」

「よかった……」

「なのは、もう起きても大丈夫なのかい?」

「ユーノくん、心配掛けてごめんね。

 もうリンカーコアの回復も始まってるし、身体の方は大丈夫だからしばらくすれば元通りになるんだって」

「よかったよ、ホントにさ」

 

 少女達はそれぞれのデバイスに労いの言葉を掛け、アーベル達にも頭を下げた。

 軽く自己紹介などを交わし、デバイスの状況を伝える。

 

「アーベルさんもマリーさんもありがとうございます」

「バルディッシュとレイジング・ハートのこと、よろしくお願いしますっ」

「うん、もちろん。

 それが僕たちの仕事だ」

 

 じゃあねと手を振り、ブリーフィングがあるという彼らを送り出すと、402号室には静寂が戻った。

 

「二機とも再起動に入ったね」

「はい。

 アーベルさん、レイジング・ハートをお任せしてもいいですか?」

「任された」

 

 マリーも十分にエキスパートだが、クララによる補助がある分、解析作業とその処理はアーベルの方が早い。バルディッシュのデータは既にあるので、アーベルがレイジング・ハートを引き受けるのは当然だった。

 再起動が終わり動作の安定を確認すると、補助系に接続して情報を受け取る体制に入る。

 

“レイジング・ハートとの接続状態、良好です”

「整備者権限は通常の手順で通りそう?」

“現在リクエスト中……通りました”

「よし!」

 

 クララを介することで最低限の情報のやり取りが可能になると、駆動部は破損が激しいので後回しにして、先ずは傷みの少ない制御系の修復必要部分を確認する。

 レイジング・ハート側でも状況は把握しているのか、数系統ある処理系のうち、重い負荷を受けたプロセッサの交換を先に要求してきた。

 インテリジェント・デバイスは、高度な自己判断力と人格を有している。特に経験を経たコアを持つデバイスは、アーベルが思うに人と大して変わらない。

 デバイスも人をからかうことがあるし、マスターに声援を送ることもあれば、冗談や皮肉さえ口にした。

 

「ついでだ、プロセッサは同系統の新機種に交換しておこう。

 処理速度が早くて負荷に強い分、若干消費魔力が多くなるけど……。

 クララ?」

“マスター、レイジング・ハートは問題ないと言っています”

 

 駆動部との接続を完全に切っているので、今はクララ越しに確認をするしかない。

 プロセッサに続いてレイジング・ハートは外部記憶メモリの一時的接続を要求、クララの未使用領域を利用してエラーの発生したメモリ内にあるデータを整理し始めた。

 こうなるとこちらでやることがなくなるので、アーベルは必要になりそうな駆動系のパーツをリストアップしていく。

 両者一段落ついて破損したメモリやストレージを交換、負荷で焼き付いた情報伝達系を修復すると、彼女の制御系周辺は本来の機能を取り戻した。

 

“レイジング・ハートは再起動処理を要求しています”

「了解、再起動を許可」

“レイジング・ハート、再起動に入りました”

 

 しかしアーベルが次の作業に取りかかろうとした時、思わぬ問題が発生した。

 

 経験を積んだコアを持つインテリジェント・デバイスは、人と変わらない反応を示す。

 それはデバイスマイスターだけでなく、魔導師の間でもよく知られた事実だった。

 

「アーベルさん、あの……どうしましょ?」

「マリー、バルディッシュもかい?」

 

 両機ともに『とある要求』をアーベル達に突きつけると、これ見よがしにエラーコードを吐いて見せた。

 

 ……よくペットは飼い主に似るなどと言うが、デバイスにも時に頑固者やへたれ、猪突猛進と言うような、人柄を表す形容が似合うほど人間くさいコアに成長することがある。

 特に一癖も二癖もあるエース級準エース級の魔導師が持つデバイスには、その傾向が強い。

 

 クララ越しに幾つか質問してみるが、レイジング・ハートは不退転の構えを見せている。

 

“マスター、彼女たちは本気です。

 私からもお願いします。

 本当に必要な作業であると、私は判断します”

「……」

 

 クララを先に説得するとは……。

 マリーも呆れて溜息をついているが、アーベルの方こそ突っ伏したいところであった。

 

「……クロノに聞いてみる」

“ありがとうございます、マスター”

 

 返事は立派だしマスターの意を汲んだ風にも見えるが……。

 

『どうしたんだ、アーベル?

 ブリーフィングは終わったから今は大丈夫だが……』

 

 ……アーベルはクララに対し、クロノに連絡するよう直接命じたわけではない。

 

 うちのクララも組み上げてから早10年、立派に一人前かと大きな溜息をついて、もやもやを心の内に隠す。

 

「クロノ、こちらで問題が発生した。

 レイジング・ハートおよびバルディッシュ側からの提案もあって、両機に機体構造の強化と改造を施すべきと判断したんだけど、状況的に大丈夫かな?

 3日ほど見て欲しいんだけど……」

『3日なら問題ない。

 なのはもまだ完治には時間がかかるし、数日はフェイトも含めて休養と準備に宛てるつもりだった』

「ん。

 あと、予算がちょっとしたものになりそうなんだけど、闇の書対策の一環ってことで何とかならないかな?」

『……どのぐらいだ?』

「下手をすると、君のS2Uが新造出来る」

『おいっ!?』

「まだ正確な見積もりもできていないんだ。

 詳しい仕様書はまた後で送る。

 ……頼む」

 

 いつになく厳しい目を向けられたが、アーベルの表情に説得は時間の無駄と判断したのか、それとも闇の書を相手にするという意味をアーベル以上に理解しているのか、クロノは了承を告げて通信を切った。

 

 


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