「やッ!」
「ぐッ!?」
男たちの剣戟が始まってから、どれだけの時間が経ったのだろう。二人は脚と腕を止めることなく、相手を見据えて刀を振るい続ける。
剣の腕は両者ともに互角。
お互いの「信念」と「正義」を懸けた勝負、退くなどあり得ない。この勝負に決着が着くのであれば、それはどちらか一方の命が尽きるその時のみ。
そんな均衡を破ったのは、「ギィン!」と耳に響く音を出して折れた、衛宮士郎が使う刃だった。
ここぞというばかりに鵜殿長照は士郎に斬りかかるものの、士郎はその一撃を躱し続け、地面に刺してある剣に手を掛ける。
衛宮士郎には、自分の刀が無い。
目を覚ましてみると何故か戦国時代にいて、自分の持ち物を見ても武器になるような物は無かった。
故に武器を拾うしかないのだが、『普段は農作業をしているのだけど収入がイマイチ。じゃあ、戦で相手の首や鎧兜を売って出稼ぎしよう!』なんて考えている足軽が殆どの戦場では、マトモな刀など手に入る訳もない。鵜殿長照との勝負の最中、衛宮士郎が使える刀は計9本。自分の持っていた刀と、自分が射ち殺した武士の刀8本のみ。
隙をみて死体から刀を拝借し、刀を周囲の地面に刺しておくことで折れたときに備えたのだが。
「さぁ衛宮士郎。その刀が最後みたいだな。剣の腕は互角だが、剣の質で勝負が決まっちまうのは勿体ねぇ。正直、ここまで腕が良いとは思わなかったぞ」
「誉めてくれるだなんて余裕だな、鵜殿さん。アンタの鎧はもうそろそろ使い物にならないだろ?追い詰められたのはお互い様だ」
今まで1度も止まることの無かった2人の脚が止まり、鵜殿長照が口を開いた。
その言葉通り、楽しそうな笑みを浮かべつつも、何処か寂しそうにしている彼の表情を見て、士郎は精一杯に不敵な笑みを作って相手を挑発する。相手の鎧を何度か斬りつけたことにより、鎧としての役割を果たしていない。付け入る隙はまだある。
俺はまだ負けない。そう宣言し、自分の心を奮い起てるために。
実際、追い詰められたのは衛宮士郎である。
刀の質は比べるまでもなく、相手の方が上。
あれだけ刃を交えていたのに傷ひとつ無く、太陽の光によって美しい銀白の光を放っている鵜殿長照の愛刀を凌ぐのは難しい。
それでも、負けるわけにはいかない。あの2人と約束したのだから。
「………衛宮。お前の剣からは才能の欠片すら感じない。お前の剣術は、努力だけで積み重ねたものだろう。真っ直ぐな、信念を感じさせる良い剣だ」
「……そっちから来ないのなら、俺から行くぞ」
その直後から、再び剣が交じり合った。
あぁ、耳の奥でノイズ混じりの声が響き、頭の中では見慣れた光景が思い描かれる。
記憶はない筈なのに、妙に懐かしい場所。
剣道場にて俺と稽古してくれた、美しい女性。夜に浮かぶ月のように輝く、金色の髪と、エメラルド色の瞳を持った少女。
彼女にも才能のことを指摘された気がする。
そんな女性は誰だったのだろうか。
俺の、とても大切な人だった筈だ。
それでも…………思い出せない。
「ギィン!」
9度目の音が響く。
折れたのは、衛宮士郎の振るう剣。
その音は士郎にとって、死刑宣告と言っても過言ではない。
必死に喰らいついた士郎に、その時が来てしまった。
刃が美しい弧を描きつつ、地面へと突き刺さる。
「終了だ、衛宮士郎。不謹慎なのは俺でもわかってるんだが、言わせてくれ。お前との勝負、本当に楽しかったぞ」
男は明るく声を掛けるものの、実に残念そうにしている。
突如現れた強敵と手合わせできた喜びと、刀が折れてしまうというツマラナイ結末。
「お前が良い刀を持っていたら、最高の勝負が出来たんだろうけどな」
「無い物ねだりしたって仕方がないだろ。自分の持ちうる技術と物を使って尚敗れた。それで十分だ。」
「…………………そうだな。これで終わりだ。楽にしてやる」
その言葉を残し、鵜殿長照は――――
―――――――その刀を振り落とした。
「◼◼◼◼◼◼」
声が、聞こえる。
俺は死んでしまったのだろうか。
武器は全て折れ、何も持ってなどいない。
「◼ミ◼◼◼ウ」
声が、聞こえる。
ノイズが走り、頭に鋭い痛みが駆け巡るった。
眼が開かない。
頭の中から、『もう休め。お前には生きる価値すら無い』との声が響き渡り、心を折られそうになった。
「エミ◼シ◼ウ」
声が、聞こえる。
思い出せない。
名前を呼んでいる奴を、俺は知っている。
自分にとって、大きな存在。『お前にアイツを否定する資格などない』との声が頭に響く。
「衛宮士郎!」
その瞬間、視界が晴れた。
永い暗闇を越えたその先に待っていたのは、生命の息吹を全く感じさせない丘。
存在するのは剣と、空に浮かぶ大きな歯車だけ。そんな、寂しい世界。
そんな中、丘の中央に、鷹の目を彷彿とさせる鋭い眼光を放つ男が立っていた。
黒いボディーアーマーに、赤の外套。
東洋人と同じ顔立ちをしているが、東洋人とは思えない浅黒い肌に、色素の抜け落ちたような銀髪。鋭い眼光は、俺を捕らえ続ける。
俺は直感で感じとった。
「俺とこいつは、相容れない存在だ」と。
「衛宮士郎。お前は何故、記憶が無い中で少年と少女を救けた?」
彼は問いかける。真偽を見通すかのような、鋭い視線が身体に突き刺さり、居心地の悪さを感じながらも真っ直ぐと目を合わせた。
「………決まっているだろう。戦場で若い少年少女が死ぬのは間違ってる。そう思ったからだ」
当たり前だ。救けないといけない、そう思った。ただ、それだけ。
「それで命を懸けたのか。…………成る程、記憶を失ったとしても、衛宮士郎の根幹は揺るがなかったか」
目の前の男は笑いを噛み殺すことが出来ずに、笑い声が洩れた。
渇いた笑い声が、無機質なこの空間に響き続ける。
……なんだか、無性に腹が立つな。
「すまないな、私としても驚いているんだ。気を悪くしたのなら謝ろう」
根は悪い奴では無いのだろうか。
まぁ、理解し合える存在ではないのだが。
「まさか、俺がこの言葉を伝える事になるとはな。運命とは面白いものだ」
ニヒルな笑みを浮かべて嫌みを言う男の眼は真剣そのものだった。
「――――いいか、おまえは戦う者ではなく、生み出す者にすぎん」
それは、自身の根幹にあったもの。
自身の記憶を取り戻すための、1つの鍵となるものだと理解した。
その鋭い眼は、真っ直ぐと俺を射抜く。
何か、自分の心に残るものを伝えようとしている。そのように見えた。
「余分な事など考えるな。おまえに出来る事は1つだけだろう。ならば、その1つを極めてみろ」
言葉が身体に突き刺さる。
言葉の数々が、自分の身体へと吸収されるような、不思議な感覚だった。
「――――忘れるな。イメージするものは常に最強の自分だ。外敵など要らぬ。おまえにとって戦う相手とは、自身のイメージに他ならない。そうだろう?」
この言葉は、俺自身が言われたことの無いものだ。
だが、俺の記憶を取り戻すには最適な言葉。
その通りだ。俺は、戦う者ではない。
俺には魔術の才能も、剣の才能も無かった。
全てにおいて、1を極めた人間には敵わない。
それでも努力を積み重ねてきた。
自分の夢に近づくために。
自分の夢を叶えるために。
◼◼◼◼◼になるために、必死に努力を積み重ねてきた。
「あぁ、その通りだ。俺は戦う者じゃない。それでも、護るために戦う」
そう言うと、目の前の男は気に食わなさそうに目を細める。
何か思うことがあるのだろうか。
「ふん。ようやく思い出したか。お前は俺とは違う道を歩んだ。道を踏み外すな。今度こそ、な」
俺は、ほんの一瞬。
目の前の男が辛そうな表情を浮かべたのを見逃さなかった。
きっと目の前の男は知っている。
俺の失われた人生の歩みを。
そして、何故この時代へと飛ばされたのかを。
だが、互いにこの事は口にしない。
これは、衛宮士郎が自分で思い出すべきもの。
両者の意見は同じだった。
その代わり、口から出た言葉は――――
「答えは、得られたのか?」
―――純粋な疑問。
記憶が完全に戻った訳じゃない。
思い出せたのは魔術のことだけで、目の前の男との因縁も思い出せないでいる。
だが、身体が覚えていた。これだけは聞かなければならないと。そう頭で理解していた。
案の定、目の前の男は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべつつ、後ろを向く。
「……礼は言わんぞ」
「あぁ、俺も今回の事は礼を言わない。それでいいだろ?」
「阿呆が」
そして、俺も後ろを向いた。
眼下に広がるは、無限の剣と錆びた歯車だけの寂しい世界。
だが、何時だか見たときよりも、何処か明るく感じる。
あの男が答えを得られたからだろうか。
なら、俺も。
今度こそは護ってみせる。
そう誓いながら、目を閉じ、そして。
再び世界は反転した。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
ここでお知らせです。
①オマケのコーナーが不快との意見が寄せられましたので、オマケのコーナーは今後やらないと思います。申し訳ありません。
②作者は大学受験生なのですが、志望校のレベルを1つ上げることにしたのでSSを執筆する余裕が無くなりました。大学入試が終わり次第更新していくつもりですが、入試が終わるまでは更新するのが難しくなっちゃいます。楽しみにしてくださっている皆さんには申し訳ないです。
まぁ、①に至ってはどうでもいいかもしれませんが、②は悩んだ末での結論です。本当に申し訳ありません。自分が後悔しないよう、精一杯頑張りますので。
これからも、「織田信奈と正義の味方」をよろしくお願いします!
……メインヒロインが登場するまで時間かかるなぁ。
※衛宮士郎とは性格が違いすぎる!転生オリ主という方がしっくりくる!との意見を寄せられましたが、そもそも記憶喪失を起こした時点で性格が違うのは当たり前だと思います。
そこについてはご理解のほど、お願いいたします。