織田信奈と正義の味方   作:零〜ゼロ〜

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350m

 目覚めてから既に2時間が経とうとしている。衛宮士郎は目覚めた場所である丘を離れ、戦場を駆けていた。

 腰に据えるは、この戦場で散っていった武者から拝借した日本刀。それに弓と矢が8本。使えるかどうかはわからないものの、「無いよりはマシだろう」という推測により、これもまた死者から拝借をしていた。

 戦場をしばらく駆けていた事で、判ったことが2つある。

 1つ目は、この戦は大きな戦ではなく、織田家と今川家からすると「小競り合い」程度だという事。

 織田軍側は鉄砲などを使っている訳でもなく、死傷者も少ない。それに加えて、今川軍の士気もそこまで高くなかったのが判断材料である。「織田家当主が織田信長ではなく、織田信長の父親である織田信秀である可能性もあるな」などとも衛宮士郎は考えていた。

 2つ目は、()()()()戦場に立っている、という点である。

 彼自身、そこまで戦国時代の知識が詳しい訳ではなく、有名な事件や戦を覚えている程度である。その程度の知識しか有さない彼でも戦場に女の子が立っているのはおかしいというのはわかった。

 

(俺の知っている歴史が間違っていて、過去に何者かによって改ざんされていたのか。今、自分がいる此処は「過去」ではなく「別世界」。つまり「パラレルワールド」もしくは「平行世界」ということになるのか…。どっちかだとは思うんだけど…)

 

どっちが正しいのかは記憶を失った俺には判るはずもなく、「なんでさ」の一言のみで考えるのを止めていた。この戦を凌げば、考える時間なんて沢山できるはずである。

 先程、馬に乗った女の子が足軽に指示を出しているところを見ていたので、この世界では昔ほどの「男尊女卑」が進んでいないことが自然と理解できた。「男尊女卑」でないことを前向きに捉える士郎だが、「女の子が戦場に立たなければならない」という「不条理さ」によって、気分は憂鬱である。

 どんな強い女の子でも、血生臭い戦場で人を殺めるのは男だけで十分だ。そんなことを女の子にはやらせたくないし、やらせてはいけないだろう。

 

 

 

 

 そして時は流れ。士郎は極力争いを避けるため、林を通っている。

 俺は極力、この戦には介入しないという事に決めた。

 理由を挙げるとするならば、

「織田家の優勢ではあるが、無駄に兵が死んでいくのを嫌ってすぐにでも戦が終わるだろう、と判断した」点と、

「自分がどうなるかわからない身なので、下手に動くわけにはいかなくなっている」点であろうか。

 記憶を失った自分ではあるが、戦場の空気が体に()()()馴染んでいた。鼻に残るような鉄の臭いがどこか懐かしく感じる。

 自分の生まれ育った街や辿ってきた道などは一切覚えていないのだが、都合がいいのか悪いのか、一般教養だけは残っているようで、今の自分の感覚と大きくかけ離れていることに寒気を覚えた。自分のいた日ノ本は平和を具現化したような場所だと記憶しているのだが、そんな日本出身(のはず)の俺が、戦場に体が慣れているはずなど無いはずである。

 

(もしかしたら、俺は一般人じゃないのかもしれない)

 

 これは自分の直感である。腰に据えているのは日本刀。片手で弓を持ち、矢8本は矢筒に入れて背に背負っている。

 一般的な日本市民なら、刀や弓を使う場面などなかなか存在しないだろうし、ましてや使える人間などは極少数だろう。

 しかし、死体から刀を拝借したとき、まるで昔からソレに触れていたかのように刀の鞘がひどく手に馴染んだのである。

 記憶を取り戻しているのではなく、体がそう言っているのだ。

 士郎は、そんな自分が怖かった。

 平和な日本で生まれた、というのはなんとなくで判っている。それなのに、自分が戦場にいるのにも関わらず、動揺することは殆ど無かった。それどころか、戦場の空気が馴染んでいたのだ。

 それに加え、大量の死体を見て絶句した時、自分では「死体が眼下に転がっていることに恐怖、あるいは驚いていた」と思っていたのだが、今考えてみると違うことがわかる。

「自分の知らない光景に驚いていた」のだ。

 死体に驚いたのではなく。

 死体を見た瞬間、恐怖したのではなく。

 死体を死体だと割り切り、無念さを感じていた。

 普通に考えても異常である。

 人の死を、自然と受け入れてしまっていた。

 そんな自分に激しい嫌悪感と、自分自身への恐怖感が頭を巡る。

 怖い。

 怖い。

 自分がわからない。

 体に血液が循環していないように感じる。体が思っているように動かず、呼吸は浅くなっている。

 少しでも戦場から離れるべく、衛宮士郎は林の中を走り、極力戦闘をしないように立ち回っていた。

 そのときだった。

 これは必然なのか、偶然なのか。

 衛宮士郎は鳴り響く頭痛の中で、男武者数名に囲まれた少女を見つける。

 この出会いが、衛宮士郎の運命の歯車を動かしていくことを、この男はまだ知る由は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 囲まれている少女の姿を見た瞬間、頭痛や体の不調は全て止んだ。

 今、士郎の体を駆け巡るのは「怒り」のみ。

 戦場で少女が戦っているという、この世界への憤りなのか。

 そんな世の中でも、女の子を囲って殺そうとしている男共への怨恨なのか。

 自分が今いるところから少女の位置までは、およそ350メートルだろうか。彼は知らないのだが、戦国時代の弓矢であれば、最大射程が400メートル程だと伝えられており、届くか届かないか。そんな微妙な位置だった。

仮に当たったとしても、鎧の繋ぎ目などの急所に当たりでもしない限りは致命傷にならない。

 

「迷っている暇はない。敵は9人。矢が1本足りないが、全て命中させられれば相手は怯むはずだ。逃げ出してくれれば御の字。逃げなくても時間稼ぎはある程度できる」

 

 当たるかどうかは判らない。

 でも、ここで当てなければ少女は殺されるであろう。

 絶対に当てて見せる。

 少女を殺させはしない。

 どこの誰かは判らない。それでも。

 目の前で無惨に殺される運命にある少女が殺されていく姿を見ていられる程、俺の心は腐っていない。

 覚悟を決めろ。

 弓を構え、矢をつがえる。

集中しろ。

集中しろ。

集中しろ。

集中しろ。

集中しろ。

集中しろ。

…………………………絶対に助け出す。

 体が勝手に動いていた。

 弓を引く動作は滑らかであり、一切の淀みなどなく。

 キリキリと弓の弦が悲鳴を挙げ、その直後。心の静まった瞬間だった。

 自然と矢を手から離し、空高くへと放つ。

 動作にするならば、3秒と経っていないだろう。士郎によって放たれた弓は、大空を駆けている。

 続けざまに矢を放つ。

 1本、また1本と、一筋の線が空に画かれていった。

 

「…………全て命中。どうにか間に合ってくれっ!」

 

 結果を見ることもなく、弓を棄てて駆け出す。

 結果など見る必要などない。弓を放った瞬間から確信していた。

 理屈ではなく、彼には「矢が命中する光景(ビジョン)」が見えていたのである。

 放つ前から当たることは見えていた。

 対象人物が馬に乗っていたり、激しく動いていたのなら結果は違っていたのかもしれない。だが、男たちは少女を殺すために刀を抜刀し、構えている最中だった。狙いを定めるのは、そう難しいものでもない。警戒して兵士が固まってくれるのなら尚簡単になる。

 そんな不可思議な感覚に戸惑いつつも、衛宮士郎は少女の無事を祈って走り出していく。

 見ず知らずの少女を守るため、彼は走る。

 見ず知らずの人間を助けるために走っていた正義の味方は、記憶を失ったとしても尚走り続ける。

 自らが正しいと、信じていることのために。




ノッブ「オマケコーナーなのじゃ!」

沖田「今回の話、謎に謎を重ねてますよね」

ノッブ「そうじゃな。原作の衛宮士郎とは、根本的な思想が違っておるしのぅ」

沖田「衛宮士郎さんの記憶喪失によって、根底にある()()()()()を失っているからですかね?」

ノッブ「それはどうだろなぁ?ゆっくりと予想してくれると嬉しいのじゃ!」

沖田「あ、それと。作者からのお便りが来てますねぇ。読んでもいいですか?」

ノッブ「よかろう」

沖田「え~っと、『衛宮士郎とこのSSの士郎君の性格、考え方は異なります。どうして違ってしまったのか。それについても、物語中でいずれ分かると思いますので批判しないでくださいお願いします士郎のことを蔑ろにしている訳じゃないんです』………とのことです。オタク特有の早口で前もって釘を刺すとは汚いですね~」

ノッブ「で、あるか…。色々と突っ込みどころ満載じゃの」

沖田「あと、お気に入り登録が100の大台を突破したみたいですよ!やった~、沖田さん大☆勝☆利!」

ノッブ「本当にありがとうなのじゃ!これからもよろしくお願いするぞ!」

沖田「これからも、織田信奈と正義の味方をよろしくお願いしますね~!」

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