織田信奈と正義の味方   作:零〜ゼロ〜

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 今年最後の更新です。クリスマスの話ですが、FateのHF√の話も含まれますのでご注意を。


外伝
とある年のクリスマス


 深夜二時。静寂に包まれた家に、耳の奥に響くような黒電話のベルが鳴り響く。こんな時間に電話してくる奴なんて“アイツ”しかいない。

 昔気に入って買った椅子に座ってパソコンをイジっていたのだが、電話がかかってきたのなら作業は中断せざるを得ない。なんとなく近くの窓を覗いてみると、東京という土地にしては珍しく、雪がしんしんと降っていた。

 

「面倒くさいな、なんで僕があいつのために歩かなくちゃならないんだよ」

 

 彼は口ではそう言うものの、顔が若干嬉しそうにしているのに気づいていない。音信不通になってから早5カ月。別に話がしたい訳ではないのだが、「アイツが死んでもおもしろくない」ので連絡を取り合っている。

 パソコンの電源を一旦落とし、机の上に置いてあるライトのスイッチをオフに。彼は椅子から立ち上がるとすぐに歩きだし、自室から出て受話器を取りに行く。黒電話の独特な音が響き渡ることで────普段は気にも留めないことではあるのだが────随分と家が広く感じられる。何か特別感情がある訳でもない。長年一緒だった祖父や父と離れて過ごしているからと言って、淋しいなんてことは決してない。寧ろ清々しているほどだ。魔術回路を持たない自分を邪魔な存在としていた人間に対して、そんな感傷じみた感情を抱くわけがない。

 あえて淋しさの原因を考えるのなら…………妹の存在だろうか。自身が中学生までの頃は「可哀想な義妹」として哀れみながら接していたのだが、事実は真逆。自分が欲しくて仕方がなかった才能を持っていた彼女に嫉妬してしまい、口では言えないような酷いことを沢山やってしまった。可哀想な存在だと思っていた奴が、本当は家族に必要だと思われる人間だった。才能のある人間だと思っていた自分は、家族にとって要らない人間であり、妹にとって「可哀想な人」だったのである。

 高校二年の冬に始まった聖杯戦争。魔術師の殺し合いであり、勝ち抜けば自身の願いを聞き入れてくれる聖杯を手に入れられる、魔術師の命を賭けた戦争である。妹は自分とは違って魔術師としての才能があり、本来なら彼女が参戦する予定だった。……のだが、彼女は戦うことを拒否。それによって魔術回路を持たない自分にチャンスが回ってきたのだ。

 “偽臣の書”を用いることで、彼女が召喚したサーヴァント、ライダーの所有権を得ることができ、随分とはしゃいでいたことが思い出される。あの頃は“魔術”に並々ならぬ憧れを感じていた。一般人を犠牲にしたり、学校全体をライダーの宝具で覆ったりと酷いことをし、黒幕であるギルガメッシュと言峰綺礼の二人によって利用され続けたのは因果応報だ。自分でもそう感じ、自虐的に笑う。

 聖杯はマトモなものではなかったようだ。終盤はあの二人の掌で踊らされ続け、自分は化け物として暴れることとなる。

 聖杯戦争に参加したマスターのうちの一人である遠坂凛によって救出され、そのまま病院に運ばれた。身体に聖杯を取り入れられた弊害なのか、身体はボロボロで命の危機に見舞われたらしい。なんとか危機は乗り切ったようで、気が付いたら病室にいたことを鮮明に覚えている。

 桜は、そんな身勝手な自分を許してくれた。

 暴力や罵声を浴びせ続けた兄を許し、ともに生きていこうと言ってくれた。

 

「僕は、許されるのか……?」

 

 そう言ったとき、彼女は泣きながら頷いて微笑んだのだ。 

 ずっと自分のことを憎んでいると思い込んでいた妹に助けられた。

 もう永遠に逢うことのできない妹を思いだしてしまい、複雑な感情が入り雑じる。久々に友人と話すからだろうか、無駄に過去を思いだしてしまう。

 

 

 

 

 

 

「もしもし、間桐ですけど?数ヵ月ぶりじゃないか、衛宮」

 

「……慎二。ごめんな」

 

「冗談だよ、それぐらい考えろよな。どーせ、また人を救うために戦場で戦っているんだろ?」

 

 応答はない。返事を何も返せないのだろう。僕に対しては昔から「正義の味方になりたい」だなんて言ってたし、今更だ。正義の味方=戦場で命を賭けるになるのは理解し難いものがあるが、そこは割愛しよう。

 

「向こうでもニュースになってみたいだよ、突如戦場に現れるアジア人がいるってさ。人を助けるためとはいえ、平然と人前で魔術を使ってるんだろ?」

 

「…俺が目指してるのは“魔術師”なんかじゃない。人を救けられる“魔術使い”になりたいんだ」

 

 本当に相変わらずである。他人のために身を粉にして働く阿呆。他人のことばかりを考えている癖に、自分のことは一切考えていない大馬鹿者。

 

「はいはい、そーですか。てか、折角金を振り込んでるのにお前全然使ってないじゃないか。どーやって生活してんだよお前」

 

「慎二が振り込んでくる額が異常なだけだ。食事だって最低限の栄養は摂取してるぞ」

 

「まあ、僕は天才だからねぇ。身体が不自由でも金を稼ぐだけなら簡単さ」

 

 自分で言うのもあれなのだが、他の有象無象とは異なり、自分には才能がある。聖杯戦争のことで後遺症が若干残っているのだが、パソコンで株を売り買いするだけで汗水垂らして働くことが嫌になるだけの収入を手に入れているのだ。一番欲しかった魔術の才能がないのに、金稼ぎの才能があるというのは何とも皮肉なものである。

 

「慎二、まだ大学生だろ?」

 

「同い年で戦場に身を置いてる奴に言われたくないね」

 

 高校を卒業して慎二は東京へと上京し、遠坂と士郎はロンドンへと留学した。遠坂凛は芸術の、衛宮は英語と彫刻の勉強という設定だったが、事実を知っている側としては笑い事である。恐らくは魔術師の総本山・時計塔関連だろうか、慎二はそう考えていた。

 昔士郎が言っていた夢、「正義の味方になる」という理想を今では応援してやりたい。卒業してから毎月、彼の口座に金を振り込んでいた。士郎は断っていたのだが折れてくれたようで、一応は受け取ってくれている。

 

(いや、応援してやりたいなんて高尚な考えじゃない。もしかしたら、正義の味方を目指す奴を支援することで、自分自身が救われた気になっているのかもな)

 

 僕がやってしまった罪は重い。それこそ、絶対に許されないほど。それでも彼らは俺を許し、贖罪の機会を与えてくれた。

 

(僕なんかが言える立場じゃないけどな、少しは自分のことを大切にしろよお前)

 

 テレビのニュースを見ると、たまに悪とされる組織が解体したとか、暴動が突如収まったなどといったものが流れる。明らかに衛宮だ。あの外面がいい遠坂を捨ててまで夢を追い続ける姿は、どこか痛々しく映る。こいつは自分のために休むことなんてしないし、前に進むことしかできない。つまり、今日が何の日かすらも覚えていないだろう。

 

「なあ、衛宮。お前は今日が何の日か知ってるか?」

 

「……………?」

 

「なんだ、本当に覚えてないのかよ…。クリスマスだよ、クリスマス。少しは甘いものでも食えばいいじゃないか。お前、料理の腕だけは一丁前だったろ?」

 

 受話器の向こう側で動揺する衛宮。そんな光景がありありと浮かぶようで、どこか泣きたい気分になる。他人を心配するような感情を抱くのは、一体いつぶりだろう。

 やはり、あの出来事から壊れ始めたのだろうか。元々おかしい奴ではあった。他人の願い事は全て引き受けてしまい、本気で「正義の味方」なんて幻を追い続ける馬鹿。第一、僕なんかと友人として過ごそうとするなんて普通の感覚じゃあり得ない。

 

「あの事を気にしてるのか、衛宮」

 

 静まり返る場。自分の家が静寂に包まれ、時計の針の音がやけに大きく思われた。

 

「………当たり前だ」

 

「悪いのはお前じゃない。悪は間桐の家だ。お前はそれを“正義の味方”として潰しただけじゃないか」

 

「それでも、“正義”のために“家族”を殺した。自分のことを大切に思ってくれて、俺も大切に思っていた人を、“人類のため”に殺したんだよ、慎二」

 

「………桜は言ったじゃないか、『殺してください』って。間桐の人間だった僕でも、桜に“聖杯の欠片”が埋め込まれていたなんて知らなかったん―――」

 

「それでも、俺は殺したんだ。ささやかな生活を望み、みんなと生きたいと願う桜を殺した。作動するかすら判明してないのに、人類が滅ぶ可能性がある方を切り捨てた!」

 

 何も言えない。本音を話すことが殆どない男の、心の底からの叫び。それを僕なんかが否定なんてできない。

 

「……進み続けるのかい?“全て自分が悪い”と罪を背負いながらさ」

 

「家族を犠牲にしたんだ、もう止まれない。一度でも止まってしまえば、桜に会わせる顔がない」

 

 きっと彼は涙を流さずに泣いているのだろう。涙を流す資格はない、だなんて勝手に思って。許されないと知りながらも苦しそうに顔を歪めて、声にならない声を上げたいのだろう。

 もう誰にも止められない。それこそ、遠坂にも。

 なら、せめて―――

 

「そう決めたならいいんじゃないか?まあ、折角のクリスマスなんだからケーキでも買って食べろよ。金は振り込んでやってるんだからさぁ」

 

―――背中くらいは押してやるよ。

 

「……そうだな、慎二。ありがとう」

 

 受話器の向こう側の男は、少し憑き物が取れたような、明るくなった声をしていた。

 

 

 

 

 

 

 士郎との電話を終わらせた慎二は、夜中の三時に差し掛かろうとしていることに気付き、歯を磨くために洗面台へと向かう。

 約二十一年ほど生きている中で、当たり前のようにしている行動。手慣れた動作で歯ブラシに歯みがき粉を付けて口へと突っ込む。

 ふと鏡を見れば、そこには酷い顔をした自分の姿が写っていた。目の下は黒くなっていて、顔全体がやつれている印象を受ける。「他人のことなのに、ここまで自分が感情移入するのも信じられないな」と笑うものの、ただ虚無感が募るだけだ。

 そのまま口を濯ぎ、溜まっていた鬱憤を晴らすように強く吐き捨てた。歯みがき粉の清涼感あるミントの香りが、今はただ寂しさや自身のやるせなさを象徴するようで、嫌な気分になる。全く、遠坂みたいな気が強くていい女が側にいたのに、どうしてああなったんだろうか。不思議で仕方がない。

 まっすぐと寝室へと向かい、無駄に広いベッドへと入りながら、さっきまで話していた男へと思いを馳せる。アイツは何のために電話を掛けてきたのだろうか。結局、彼から何かを言われたわけではなかった。

 

「“正義の味方”、ね。人を助けることは良いことだけどさぁ、あの馬鹿は自分が死んだら悲しむ人がいるってことを解ってないんだよな」

 

 微睡み、うとうとしながら口にした言葉。静寂に包まれた部屋にかき消され、その呟きは間桐慎二本人の耳にすら届かない。

 彼が最後に言った言葉に士郎が救われていたことに気付くことなく、そのまま深い眠りについた。

 壊れかけのロボットは止まることを知らない。慎二の言葉に救われて、正義の味方になるべく稼働し続ける。

 これが慎二と士郎の最後の会話になることを、二人はまだ知らない。

 窓の外は二人の今後を暗喩するかの如く、強い風によって雪が舞い、白い世界を生み出していた。




 どうも、零です。魔術から離れたことで、ワカメが柔らかくなってますね。ふにゃふにゃです。
 少しまで「Fate」タグを付けていたのはこういった話が深く絡むためです。楽しんでいただければ僕個人として嬉しいですね。
 気づいた人もいると思うのでネタばらしを。この世界の士郎は「UBW√に近い世界を駆け抜けた」士郎です。UBW√とどこが違うのかについては今後のストーリーで判明させる予定です。桜推しの方々で気分を害された方々、大変申し訳ないです。最初の段階で決めていたことなので、突発的に殺したわけではないとだけ言わせてください。

 クリスマスということもあり、この話が皆さんにとってのクリスマスプレゼントになっていれば嬉しいです。
 ではでは、メリークリスマス。そして来年もよろしくお願いします!

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