織田信奈と正義の味方   作:零〜ゼロ〜

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迷信と夕餉とお静さんと

 あれから約一時間、士郎たち四人は目的地である山奥に着いていた。カラリとした空気と燦々と輝く太陽の下で歩き続けた良晴はすでに疲労しているようだが、同じく走っていた良晴や勝家から疲労の色は見られない。

 

「なぁ、勝家。そんなに重そうな鎧装備してるのになんで平気なんだ?」

 

「おいサル。このあたしをこんど呼び捨てにしたら、その時は」

 

「勝家さん、危ないから槍を構えないでやってくれよ……」

 

「無駄話してる暇はないわよ。悪いけど、六と士郎は村人の警備しといてね」

 

 槍を構えて良晴を威嚇する勝家に士郎は注意していたのだが、信奈によって注意を受けてしまった。誠に遺憾である。事情はよくわからないものの、勝家とともに警備すべく村へ入っていった。

 信奈は呆れた顔をしつつも、良晴に向かって次々と腰にぶら下げていた瓢箪を投げつけていく。

 

「ん?これはなんだ?」

 

「今回この山奥に来たのはね、とある迷信を晴らしに来たのよ」

 

「人の話聞けよ!」

 

 もちろん良晴の突っ込みなんてなんのその。信奈はそのまま聞き流し、話続ける。

 

「この目の前にある『おじゃが池』にはね、竜神が住み着いているって噂があるの。それで、これまで村人の人たちが池に人柱として乙女を沈めたりしてきたわけ」

 

「随分と物騒だな。迷信深い村だ」

 

「まったく、神や仏なんているわけないじゃない。仮にいるなら、こんな争いの世をとっくの昔にどうにかしてるはずよ」

 

「さすがに合理主義者だな」

 

 名前は違っているものの、やはり中世日本を革命した天才児なのだろうか。話には筋が通っているし、神や仏の存在を切り捨てるあたり、戦国時代とはあまりにもかけ離れた思考を持つように見える。良晴はそう考えていた。

 

「で、あんたの仕事は池の水を汲み上げること。その瓢箪使っていいわ」

 

 ……ちょっと待ってくれ。非常に嫌な予感がする。

 

「…………どれくらい汲めばいいんだ?」

 

 震え声なのは明らか。今までの話を考えるなら、自分が汲まなければならない量はわかりきっているのだが、そんなことを考えられるほどの余裕はない。

 それを知ってのことか、信奈の口元が厭らしくつり上がるのを良晴は見逃さなかった。

 

「全部よ。池の底が見えるまでね」

 

「ちょっと待て―――――――!どんだけ時間かかると思ってるんだよ!こんな瓢箪でなんてキツすぎるぅ!」

 

「じゃ、わたしは他の仕事してくるわね。わたしが帰ってくるまでに終わってなかったら死罪よ。瓢箪を一つでも無くしたもね」

 

「はっ!?ちょっ」

 

 死刑宣告とはこのことだろうか。立ち去る寸前に爆弾を落としていった信奈の姿は既に見えない。「やっぱり馬は速いなぁ」なんて小学生並みの感想しか出てこなかった。

 

「……………いいぜ、やってやるよ。池の水を全て汲み上げて、褒美として生け贄の女の子を紹介して貰うぜ………!」

 

 生け贄になる女の子が超絶美人ということは、RPGやラノベでも常識に近い。木下藤吉郎のおっさんと誓いあった「モテモテはぁれむを作る」という夢の第一歩のために、顔すら見たことのない未知の乙女に向けて想像を膨らますことで無理矢理気持ちを奮い立たせる。彼の決意の叫びは、雲一つない空にかき消されてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「お侍さま、血だらけじゃないですか!すぐ服を脱いでください!今すぐお風呂沸かします!」

 

「いや警備が………」

 

「ダメです!服に血が付いたまま放っておくと、そのまま染みになっちゃうんですから。ほらほら早く!」

 

 黒く純粋な瞳をした、袖を引っ張る少女が士郎を急かす。

 

「勝家さん、どうしよう……」

 

「ご厚意に甘えて入らせて貰えばいいんじゃないのか?」

 

「えぇ……」

 

 主君・織田信奈の命に従い、村の警備をすべく村へと入ったのだが、入った直後に何者かに呼び止められた。

 振り返ってみると、そこにいたのは目元がぱっちりとした、美しい瞳をしている少女。隣に良晴がいたのなら「美少女!可愛すぎるぅ!」だなんてはしゃいでいるんだろうな、なんて思いながらも返答したのだが。まさか風呂と洗濯を迫られるとは夢にも思っていなかった。 そりゃあありがたいけど、見ず知らずの人にここまでよくしてもらうのは気が引ける。そう思って勝家に目配せしたのだが、士郎の考えは伝わらなかったらしい。

 

「本当にいいのか?」

 

「はいっ!」

 

「じゃあお願いするよ。ありがとう」

 

 流石にここまで言われると断れない。事実風呂には入りたい気持ちもあるし、目の前の少女が何か目配せしているのが気になる。

 

「ええ!では一緒に行きましょう!」

 

 彼女は勝家に深々とお辞儀したあと、士郎の手を取って歩きだした。

 

 

 

 

 

 

「お湯加減はどうですか?」

 

「いい感じだ。ありがとうな、お静さん」

 

 やはり風呂というのはいい文化である。考え事や悩み事があっても文字通りに水に流すことができるし、熱いお湯に浸かるのは気持ちいい。気持ちいい気分を感じながら身体の汚れを取ることができるなんて、日本人に生まれて本当に良かったと思う人も多いだろう。

 

「いいえ、満足されたなら私も嬉しいです!」

 

 士郎に「お静」と名乗った少女は人懐っこい笑顔を浮かべ、士郎へと歩み寄る。ちなみに五右衛門風呂と言われる風呂で、士郎はお静に少し裸を見せることになってしまうのだが、彼女自身が目を逸らしてくれているため多少の気恥ずかしさで済んでいる。恥ずかしいけど。

 ………さて、もうそろそろいい頃だろうか。

 

「お静さん。何か話したいことがあるんだろ?」

 

「………あ、わかってましたか?」

 

「まぁ、あそこまで強く言われたらな」

 

「あはは。でも、本当にお風呂に入って欲しいとは思ってたんですよ。ついでに私のお話を聞いてくださったら嬉しいなぁ、って思いまして」

 

 ちょこっと舌を出して申し訳なさそうにしている彼女には、嘘偽りなどない。第一、目的のためとはいえ、ここまで甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるなんてよっぽどのお人好しじゃなきゃあり得ないだろう。

 

「わかってるよ。俺みたいな野武士より、隣にいた勝家さんのほうが良かったんじゃないのかな?とは思ったけどな」

 

「いやぁ…。勝家さまに相談事は……」

 

「…ごめんよ、俺が悪かった」

 

 凄い勢いで狼狽し始めたお静を見て、色々と察した士郎。勝家が考えたり相談事に乗れるほど頭の働きがよくないことなど、よくよく考えれば当たり前のことである。一般の農民の間でも、勝家の頭の悪さは有名みたいだ。

 

「実はですね、今年の生け贄に選ばれたのは私なんですよ」

 

 先程と同じように「あはは」と笑っているのだが、元気など微塵も感じられない。

 

「信奈さまは大丈夫と仰ってましたが、やっぱり心配なんです。私には婚約者がいるんです。………怖くて怖くて、どうにかなりそうなんです」

 

 気丈に振る舞っているようで、震えが止まっていないのが目に見えてわかる。

 

 

「私、どうしても不安で…。でも周りには心配をかけたくなくて…。この気持ちを吐き出したかったのかもしれませんね。士郎さま、私は本当に大丈夫なんでしょうか………」

 

 それでも明るくしていようとする彼女は、自分が震えていることには気づいていないようだ。

 徐々に小さくなっていく声。言い終わった瞬間、堰を切ったように涙が零れ、声を抑えきれなかったようだ。

 村の迷信によって生け贄に選ばれてしまった。自分が病気や争いに巻き込まれたことで死ぬなら多少は納得できるかもしれないが、迷信などという曖昧なものによって殺されるのだ。信じている人にそんなことを言ってしまえばどうなってしまうのか想像できないし、家族や愛する人に気持ちを伝えてしまえば更に悲しい想いをさせてしまうかもしれない。彼女はきっと、自分の気持ちを誰にも打ち明けられなかったんだろう。

 

「大丈夫だよ、お静さん」

 

「えっ?」

 

「織田信奈が言ったんだ、絶対大丈夫。今も良晴が頑張っているし、もしもの事態になったら俺や勝家さんも動く。だからさ………今は未来の旦那さんのために、とびきり美味しい夕餉を考えてやろう」

 

 彼女は誰にも悲しみを語れなかった。自分がどうすることもできず、残された人たちに何も残すことができないのかと一人で悩み、一人で嘆き、一人で涙してきたのだろう。

 そんな彼女の力になりたい。

 ささやかな平和を望み、恋人との人並みの生活を願う彼女に、一体何か問題があろうものか。

 

「お静さん、もうそろそろ風呂から上がろうと思うんだけど……。準備をお願いしてもらってもいいかな?」

 

 話はこれでおしまい。そう言わんとすべく、話を逸らす。やはり言い慣れない励ましの言葉は気恥ずかしいな、なんて思いながら頭を掻く士郎を見て、お静も涙をやめて笑顔になる。

 

(ありがとうございます、士郎さま。貴方はとても優しい方なのですね)

 

 誰かに話を聞いて欲しかった。

 誰かに気持ちを伝えたかった。

 誰かに大丈夫だと言って欲しかった。

 叶わないと知りながら、それでも縋りつきたくて。

 勝家さまの隣に佇んでいた青年が血だらけで、いつの間にかお風呂に浸かってもらい、話をしていたのだ。

 目に見えない“神さま”のための人柱なんて山奥では当然のように存在している。それで村が救われるならとも思うけど、残してしまう家族や恋人を想えば胸が締め付けられてしまう。

 だけど、目の前の青年は、大丈夫だと言ってくれた。

 嘘偽りのない、綺麗な金色の瞳。

 言って欲しかった言葉を伝えてくれた。本当の意味で私は救われたのだ。彼に感謝の気持ちを伝えれるべく、彼を見つめて言葉を紡ぐ。

 

「はいっ!」

 

 先程のぎこちない笑みではなく、満面の笑み。

 士郎は彼女の笑みを見て、「太陽みたいだな」と思わずにはいられなかったと言う。

 

 

 

 

 

 

 

「衛宮、もういいのか?」

 

 風呂から上がり、荷物に入っていた同じ服装を纏って戻ってきた士郎を見て、勝家が話しかけてきた。

 ちなみにタオルは荷物に無かったため、こっそり投影して使っている。

 

「すまないな、勝家さん。良晴はどうだ?」

 

「目を血ばらせながら必死に瓢箪で水を汲んでるみたいだな。本当にサルみたいなやつだ」

 

 そう言われて池の方を見てみると、確かに良晴は複数の瓢箪を使って水を汲んでいるようだ。………サルのような声を上げて作業する姿を見て、「サルが曲芸をしている」だなんて言われても仕方がないのかもしれない。

 

「サルでもいいじゃないか。自分の仕事を精一杯頑張るのは大切なことだしな。信奈はそれを確かめるために『良晴一人で』なんて指示を出したんじゃないか?」

 

「え、そそそそうだよな!もちろんあたしもわかってたぞっ!」

 

 別にそこまでは言っていないのだが、酷く狼狽え目が泳ぐ勝家。脳筋なだけでなく、嘘や隠し事をできない性格なのだろう。

 

「それは置いといて、だ。まだサルの方は時間がかかりそうだし、何か話さないか?」

 

「わかった………と言いたいんだけど、俺は事情があって色々な記憶がない。できれば、ここ最近起こっていることや、時代背景を教えて欲しいんだ」

 

「あぁ、いいぞ。…………っておい!何をさらっと大事なこと言ってるんだよ!記憶がないなんて大変じゃないか!?」

 

 酷く驚き、士郎の身体を上下左右に揺らしまくる勝家。感情表現が豊かなようではあるものの、これじゃあ話もできない。

 

「ちょっと落ち着いてくれよ勝家さん…。こうして生きていられてるんだから大丈夫だ」

 

「ご、ごめんな衛宮。………あたしはそこまで頭良くないから詳しいことは教えられないけど、それでいいのか?」

 

 ありがとう、そう答える士郎。

 正直、勝家に難しいことを聞くのは問題があるのだが、聞きたいことは“この時代の時代背景”であって難しいことではない。第一、このまま何も知らなかったことで防げる事態も防げなかった、なんて事があれば笑えないだろう。

 

「え~と、その、簡単に言うとなら…」

 

 悩みながらもゆっくりと話し始めた勝家の話を聞き、士郎は頭を働かせる。

 簡単に言うなら、ここは自分のいたはずの日本とは違う。最初に予想していた“平行世界”らしい。

 この乱世。跡継ぎになるであろう人間は戦で次々と死に、跡継ぎや家臣が少ない事態へと陥った。それにより、苦肉の策として生み出されたのが姫武将(・・・)。女の子が戦場に立つことになった理由である。

 姫武将は男と違い、出家すれば命が保証される不可侵の条令があるようで、一応は配慮されているようだ。それでも。士郎には納得がいかない。

 どんな理由であれ、女の子が人を殺して血を浴びる戦場に立つべきではないだろう。こんなことが許されていいはずがない。

 そう思ったことで、鵜殿長照の言葉がふと思い出される。

 人が人を殺しあい、ましてや女の子が戦場に立つような世界は間違っている。衛宮士郎は鵜殿長照に誓った。

 

『長照さんの願いは、きっと叶えよう』

 

 今一度誓おう。

 俺には記憶がない。それでも、この世界は間違っていると確信をもって言える。故に、死力を尽くして戦う。

 この世界を平和にするために。

 この世界から悲しみが取り除かれるように。

 

「――――て感じだ。……って、衛宮。そんな怖い顔してどうしたんだ?」

 

 話終えてみれば、目の前の青年が鬼のような形相をしていたので心配になってしまったようだ。勝家は少し動揺しながらもこちらの様子を伺っている。

 

「……なんでもない。話してくれてありがとう、勝家さん」

 

「何かあったらあたしに任せてくれ。記憶がないなんて大変だろうし、衛宮とはゆっくり話してみたいしな」

 

 動揺しながらも心配して声をかける勝家。信頼してもらうためなのか胸を張って言い放っていて、その姿が少し面白くも愛らしい。どこかマスコットキャラクターみたいに場を和ませる勝家に、衛宮士郎は笑顔で返した。

 

「そっか。じゃあ、そのお礼に美味しい料理でも作るよ」

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、良晴は数時間かけて池の水を全て汲み出すことに成功。それによって「信奈の飼いザル」から「一人の足軽」と昇進したらしい。勝家が言うには、

「姫さまは努力し続ける人間が好きなんだ。サルもあれだけの単純作業をひたすらやり続けたから、姫さまにも認められたんだろう。あたしがあれをやっていたと考えたら……」

とのこと。最後の方で震えていたのは見なかったことにしよう。

 犠牲になるはずだった女の子と話すことは叶ったものの、その子には愛し合っている殿方がいるようで、木下藤吉郎と誓いあった夢“ハーレム”には至らず。その代わり、夕餉に出す予定のご飯をご馳走してくれた。

「家族の暖かみに溢れるような美味しい料理は、心まで満たしてくれた」とは良晴の談。

 太陽が傾き陽が沈もうとしている頃、信奈一行は村を離れ、かの男が待つ正徳寺へと向かって歩きだした。




 皆さん、明けましておめでとうございます。本年も“織田信奈と正義の味方”をよろしくお願いいたします。
 さぁ、僕の現状なんですが。センター試験11日前になりまして死にかけてます。正直今回の話でセンター試験前の更新は最後となりますので応援してください(真顔)
 クリスマスに投稿した外伝、「とある年のクリスマス」も読んでくださると嬉しいです。ただしFate HF√の微ネタバレが含まれますのでご注意を。
 さぁ、新年最初の話は迷信と勝家さんメインの話。勝家さんの口調わからないです。何かあればご指摘お願いしますね。
 原作では名前の無かった、人柱になるはずだった少女。そんな彼女をオリジナルキャラ“お静さん”としました。今後のストーリーにもちょこっとだけ出る予定です。
 センター試験爆死したら更新遅れる可能性があるんですが、更新してなかったら

「あ、筆者受験失敗したなw」

とか思って貰って構いません。ええ、構いませんとも。高評価で励ましてくれてもええんやで?(ニッコリ
 ではでは、今年一年も無事、笑顔で過ごせますように。

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