マジでダンディなオっさん、略してry
時間的に言えば金曜日の放課後にあたる学生にとってはある意味至福の時間。
土曜の授業が無い生徒の大半は土日の予定を決め、休日に胸を膨らませ、部活動に加入している者は練習や試合に精を出すであろう。
授業が終了し、担任からのありがたいお小言をHRで貰い終えた後、やや浮き足立った様子で皆帰宅や移動を始めていた。
そんな中ヘッドフォンを首に掛けた尖った髪質の少年、矢瀬基樹は額に冷や汗を浮かべながら廊下を全力で走っていた。
すれ違う教諭の注意する声を煩わしいと感じながら叫び気味に謝罪しつつ、止まることなく駆けてぬけていく。
不自然にならない程度に生徒の間をすり抜け、能力を使っているのをバレないように気を遣いながらも加速して階段をひとっ飛びで降って行き、今まさに靴を履き替えて下校しようとしていた友人兼監視対象である暁古城を呼び止めた。
「待て古城!」
急に叫んだせいか周りの生徒からの視線が集まってしまったが、そんなものは今どうでもいい。息を整えながらも、呼び止めた途端に肩をビクッとさせ、背中を向けたままこちらを見ようとしない古城を見て、疑念が当たっていたことを確信する。
「おい古城。お前、今からどこへ行くつもりだ?」
「…………矢瀬。」
いつもの眠そうな表情とは違い、この友人にしては珍しい焦ったような様子で首だけで振り向く古城。
基本的に睡眠が優先のためにバツの悪そうな顔はするが居眠りや運搬してもらっていることなどの怠惰が原因の事柄に関してはもはや本人が諦めているレベルの為に気に掛けない古城は、自分に非があると自覚しているので謝罪までのスピードが迅速である。
それでもまぁ御察しの通り悪びれることなく反省も虚しく眠気には勝てないので変わらないのだが。
しかし、ネガティブな様子もなく問いかけに対しては答えずに俯いたまま言い訳を考えているのがばればれな古城はある意味レアな為矢瀬も少しだけ驚きつつも逃さない為に古城から意識を外さない。
仮にも現役で、裏の組織に所属し、能力や家柄故に世界最強の吸血鬼の影の監視役を任されている人物であり、どんなに気を抜いている状況だったとしても平均男子高校生よりも貧弱な古城に勝ち目は無い。
上手い言い訳が浮かばずにジリジリと下がりつつある分の距離を埋めながら矢瀬は確保に向けて前進する。
しかし古城もここで捕まるわけにはいかないと抵抗を見せる。
「確か役員会の会議があったはずじゃなかったか?急がないと遅刻するぞ矢瀬。俺は真っ直ぐ帰って寝るだけだ。」
「それは昨日のうちに終わってるぜ古城。真っ直ぐ帰る…ね。このクソ暑い気温の中一人で帰れんのか?」
「ぐ…。浅葱に借りてる日傘があるから大丈夫だ。」
「そんなこと言いつつこの前照り返しの熱で茹ってたじゃねーか。いい加減白状しろよ。もうネタはあがってんだぜ。」
「……黙秘権を行使する。」
「なら反撃するまでだ。凪沙ちゃんからのお願いでな。ちゃんと馬鹿兄貴を連れ帰ってほしいってよ。」
「…うぐ。」
一番突かれて痛いところを挙げると黙り込み、もはや手が無くなったのか正面に向かい駆け出す古城。
しかし、それを読んでいた矢瀬が逃すはずもなく校門を出るまでもなくすぐに追い着いてしまった。だが、何故か捕まえることなく少しの間後ろにぴったりと着いて並走する矢瀬。
(……ふむ。いい運動になるかもな。)
オカン的思考で逃げようとする古城をしばらく走らせ、案の定すぐにへばったのを支えて倒れないようにする。
「ほい、いっちょあがりっと。とりあえず水分補給がてらそこのカフェで吐いてもらうぞ古城。正直に答えれば一杯奢ってやる。」
「………無念…だ。」
やはりいつもの光景になってしまったようであった。
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喫茶店に入って一息ついたところで本題に切り込む。
「それで?今回は誰に目をつけたんだ?」
「……公園にいたオジさん。」
「……またか。もう見ず知らずの相手に目ぇつけんのやめろよ。」
というのも、古城の困った悪癖の再発のことを指す。怠惰メーターが振り切れた時に突然思い出したように再発するこの癖は、始末に負えないことに予測がつかないので、その度に後手に回って対処するしかないのだ。
それというのも、古城の怠惰メーター(気分次第)が振り切れた状態で対象に出会うと、言葉にすると難しいが、庇護されようと企むのだ。
過去の事例で言えば、壁に寄りかかって寝ていたのを通りかかって介抱してくれた富豪の老人に、お礼がてら毎朝の散歩中の話し相手として(信じられないことに早朝に起きて)同行し、仲を深め、好感度を巧みに稼ぎつつまるで孫のように違和感なく快適な豪邸に招待され、いつの間にやら快適な空間で惰眠を貪る環境を整え、怠惰な将来を送ろうと画策していたり。
(その後苦労人達の奔走により解決。)
また、別の日には学校帰りの心優しき少女に干上がっているのを発見、救護され、その後給食のデザートの話から意気投合し、甘いものを分けて貰ったりしているうちに光源氏計画を練りかける。
(即座に頓挫させた。少女にはその後強くダメな男に貢がないように言い聞かせた。)
前回で言えば唐突に英語の授業終了後、見た目は完全に年下な英語教諭を母と呼ぶなどして怒り狂わせていた。
勘違いしないで頂きたいのだが、古城に悪気はない。むしろ相手に対して恩返しをしようと善意のみで親身になろうとするのだ。しかし、いつのまにか世話を焼かれているうちに恐ろしい事件になりかけているだけである。
……常識が無いわけでもないので知人達によるブレーキが無かったとしても手遅れの一歩手前で考え直していたであろうが。
「俺も一緒に謝ってやるから、今度は何したか言ってみろよ。」
「…確か花畑の近くで寝てたら白衣で眼鏡掛けたオッサンが来て飲み物をくれたんだ。教会跡に用があるからって言ってて……よく会うようになって……研究の愚痴とか聞いたりしてた。」
「どっかの研究者か…。それで?」
「…同僚に危険だとかで否定されて自棄酒してるとこに付き合って、娘さんの為の研究なのにどうして…って感じだったから不器用だなって俺でも思ったから、娘さんの想いをきちんと聞いてくださいって言ったら、なんか納得してくれた。」
「うわぁ…ひでえなオチが読めたぞ。」
「それで疎遠になりがちだった娘さんと仲直りできて自分も目が覚めたからって、お礼に甘いものを奢ってくれてな。難しい話聞いてるうちに眠くなってきて、娘さんが中学生とか話してた辺りで意識落ちてた。それで、起きてからこれからも空いてる場所を是非昼寝に使っていいと言われて部屋とかいろいろ譲られそうになったから流石に断ったら、限定メロンパンの開発をするから娘さんと一緒に味見役を頼まれた。妹さんとかもゆくゆくは連れてきてくれって。」
「外堀を埋める準備始まってんじゃねーか!何気にいい話だったからツッコミ辛いわ!」
余りにもテンプレな展開にすこし聴き入ってしまっていた矢瀬だったが、明らかにキナ臭い。危険な研究とやらを止めたのは喜ばしいことだが、ここで黙っているとおそらくマズイことになるのは想像に難くないので、楽天的に友人に春が来た〜などと構えてはいられない。
そして甘いものに釣られて疑いなく返事をしたであろう古城の姿を想像して、目を瞑りたくなった。
どうするか、と考えていると、古城から耳を疑う一言が。
「もう一人は…」
「ちょっと待て!!他にもいたのか!?」
「ああ、うん。厳ついオッサンと神父のオッサン。」
「……そのおっさん達の話も一応聞かせてくれ。」
ここまでの話でもインパクトがあったが、まだ続きがあるという事実に、はぁ〜とため息をついた矢瀬は、頭を抑えながらも古城の話の続きを促した。
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厳ついオッサンの方は、仕事の下見で来てたらしいんだけど俺が昼寝してたベンチの隣に黒い防犯ブザーみたいのが落ちてたんだ。
それで黒服の人達がバタバタ走ってたのを見かけたんだけど寝起きでボーッとしてたから見逃しちゃってさ。
落とし物っぽかったから渡せば良かったかなーと思い直して立ち上がったとこに獣人の人が近くの屋上から飛び移って来て、着地した時の風圧で俺が倒れたのを起こしてもらったんだっけか。
「悪ぃーな坊主。ちっとばかし急いでてよ。部下がやらかして無くしたもん探してたら狗どもに見つかっちまってな。許してくれや。」
んで、その獣人が厳ついオッサンで、急いでたのにきちんと謝ってくれたから気の良いオッサンだなぁって思ったんだ。そこでもしかしたらと思ってオッサンに聞いてみたら、見事にその防犯ブザーを探してたらしくて感謝された。
その後は厳ついオッサンとは偶然バラバラの場所で行きあったりして、なんだっけか。カモ?カム?フラージ?とか言って私服のオッサンと政治っぽい話も聞いたりした。
ぶっちゃけあんまり難しい話はよく分からんかったし、そん時昼寝にいい風が吹いてたからそのままの気分で答えたりしてた。失礼だったんだが、やる気ない日だったからグダッとしたまま。
そしたら、
「分かるぜ坊主。だよなぁ…俺もそうだった。ああ、いつのまにか変わっちまったんだよなぁ。あっという間でよぉ。それにもなんとか慣れたと思ったら今みてぇになっちまって。戦争屋の俺みてーのがこんな中で生きられるかってんだよなぁ……たくよぉ。」
多分オッサンも惰眠が好きだったんだなって共感したから、嬉しくなってな。もう少しだけ話したくて凪沙が朝飯にホットケーキ焼いてくれたのを思い出して、オッサンの朝飯はなんだった?って聞いたら、笑ってたんだ。
甘いもの好きかって聞かれたから大好きだ、けどそれ以上にだらける時間が至福だっつったら、酒が飲めるようになったら奢ってやるから今はこれでも食ってろって海外の高めのチョコをくれてな。お返しに変わった駄菓子なんかを会った時は交換するようになった。
なんかしらんが吹っ切れたらしくて無駄に溜めてた給料を投資したり宝クジとか買って散財しようとしたら当たりまくって、仕方ないから募金に回してるらしくてな。いたずらがわりに打ってみるか!ってタクシーで連行されて目隠しした状態で黒か赤って聞かれたから適当に答えてたらいつのまにか寝ててな。起きたらニヤニヤしてたオッサンが今度から全部飯奢ってやるって。礼もあるし部下の人のためにも遠慮すんなってことで偶に美味しいものごちそうになってる。
んで、神父のオッサンは、連れの子とはぐれてたみたいで、俺も凪沙とはぐれてたからなんとなく一緒に探してたら凪沙もその連れの外人の女の子と偶々会ってたみたいで合流したら、難しい言い回しでお礼を言われたんだ。
日本語苦手っぽいみたいで、イムベキシマの中にも一筋の…とか言ってたから絃神島ですよーとか答えて、愛国心じゃないけどなんとなく観光なら良い場所案内してみたら、困った顔で悩んでたんだけど、相談された。
盗まれたものを取り返すためにきたらしいけど、それの周りにもそれに頼って暮らしてる人がいてどうとか。
話聞いてたら小学生の時にお小遣いを貯めて買った枕をフリーマーケットに出されて同年代の子が大事に使ってたのをみて妙な気分になったのを思い出してな。
子供の時って理不尽に思うだろ?冷静に考えてみたら馬鹿らしいと思うけどさ。
でも、その時って許せないーとか思ってたりしたんだよな。でもだったらこっちも正当に意思を伝えたら良いって答えたんだ。
結局、子供の言うことって論理立てて言っても流されちまったりしたから笑えねーなってオチがあったんだけどな。
連れの子を見てオッサン外国語でいろいろ言いながら帰ってったんだよ。
偶にこっちに観光で来た時はお土産貰ったりしてる。
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「いや、ツッコミどころが多くて無理だわ。お前と話してそのオッサン達に何が起こったんだろうな?」
「…俺にも分かんない。」
「だよなぁ…。後始末…いや、後調べか。はぁ…」
「そろそろ帰ろう、矢瀬。足が攣ったから連れてってくれ。」
「……やれやれだ。」
〜〜入れようとしてやめたラスト
後日、ロタリンギアの宣教師や黒死皇派のトップ、メイガスクラフトの研究者の名前を見て矢瀬は泣きたくなったという。
あくまでも知らないダンディなオッサン達の事ですヨ?