桜ちゃん、光の戦士を召喚する   作:ウィリアム・スミス

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桜ちゃん、到着する

 ようやく『新都』に辿り着いた桜ちゃんは、空高くそびえる高層ビル群を見上げると──

 

(くぅくぅお腹がなりました……)

 

 可愛らしい音を立てて空腹を訴えるお腹を押さえながら、聞く人が聞けばかなりヤバい印象を受ける台詞を思い浮かべていました。

 

 今は太陽もすっかり昇りきり、朝食には丁度良い時間です。

 

 昨晩から別人のようにパワフリャーに行動していた桜ちゃんですから、お腹が空くのも当然と言えるでしょう。

 

 まだ幼女と言えども育ち盛りの食べ盛りの桜ちゃんです。それに意外でしょうが、桜ちゃんは見かけによらず大食漢でした。勿論それは、同じ歳の子と比べて、という意味ですが。

 むしろ日々の過酷さを考えれば、多少無理してでもご飯を食べて体力を付けなくては、マジで死んでしまっていたかもしれません。

 

 お腹が空いていては戦は出来ぬと言います。一体、何と戦う気なのかというと、特に誰と戦う訳でもないですが、しいて言うのであれば『世間の荒波』っと言った所でしょうか。

 社会の厳しさは、幼女には耐え難いかもしれません。出来る事であれば、間桐さんちよりはマシであって欲しい所です。

 

 今まで散々悲惨な目に会ってきた桜ちゃんですが、幼女一人で社会に出るのは並大抵の覚悟と決意では出来ないでしょう。しっかり栄養を補給して、何事かに備えなくてはいけません。何事が何なのか、さっぱり以って不明ですが……。

 

 そう考えて足を一歩踏み出した桜ちゃんですが、思いがけない見落としをしていた事に気が付きました。

 

 慌ててお洋服のポケットに手を突っ込みます。ガサゴソとポッケの中をまさぐりますが、当然の事ながら中には何もありません。ビスケットすら入っていません。叩いてみても当然、ポッケの中には何もありませんでした。

 

 桜ちゃんは困り果てました。お金がありません。現代日本に於いてこれは致命的でしょう。

 

 そもそも桜ちゃんにはお小遣いすらありませんでしたので、桜ちゃんがお金を持っていないのは当たり前です。

 お洋服は桜ちゃんの物ですので持って来れた、でも桜ちゃんの物であるお金は無いので持って来れていない──要するにそういう事なのでしょう。

 

 どうしたら良いでしょうか。お金がなければご飯を買う事は出来ません。このままでは桜ちゃんの冒険はここで終了してしまいます。

 断固としてそれはイヤだった桜ちゃんは、何か手は無いかと思案します。

 

 すると、桜ちゃんの脳裏にあるイメージが浮かび上がって来ました。

 それは現在“女の子”が持っている通貨の一覧です。何やら“女の子”は多種多様の通貨を所持しているようです。

 桜ちゃんはその中でも一番桁数の多い『ギル』という項目に着目しました。

 

(一、十、百、セン、マン……じゅ、十マン……ひゃく、まん……せん……物凄く沢山ある)

 

 一の位から順番に数を数えていきます。流石に万以上の数は今の桜ちゃんでは数える事は出来ませんでしたが、少なくとも万桁以上の『ギル』を女の子は持っているようでした。

 

 しかし、『ギル』です。『ドル』ではありません『ギル』なのです。『円』ですらありません。

 

 それならば他の項目ではどうなのかと桜ちゃんは考えを巡らせますが、他にあるのは、『軍票』だとか『MGP』だとか『なんちゃらトームストーン』に『対人戦績』、『記章』、『赤貨』とか『黄貨』とかいう謎の通貨ばかりで、正体不明な上に用途不明なものばかりでした。

 とてもじゃないですが、日本で使えるとは思えません。

 

 そして申し訳なさそうに『ギル』に上にそっと添えられている項目を見て、桜ちゃんは観念しました。

 

 ¥ 0

 

 そこにはそう記載されていたのです。

 そうです桜ちゃんは完全無欠、正真正銘のスッカラカンの一文無しだったのです。

 

 

 

 

×       ×

 

 

 

 さてさて、困った事になりました。世の中、何をするにしてもお金がいります。地獄の沙汰も金次第というくらいですから、きっとあの世でもそうなのでしょう。世知辛いです。このままでは陰湿で気色悪いお家に逆戻りです。

 

 それだけは絶対にお断りな桜ちゃんでしたが、流石に無い袖は振れませんし、袖がどっかからか降ってくる訳でもありません。

 どうにかして自力でお金を稼がないといけないでしょう。

 

 ですが、果たしてこの冷たい世間の日本で、幼女の桜ちゃんがお金を稼ぐ事など出来るのでしょうか? いえ、出来ません……と言いたい所ですが、ところがどっこい。冷たいと思っていた世間も、中々に捨てたものではなかったようです。

 

 切っ掛けは、何処にでもいそうな普通のサラリーマンの男性でした。

 道の真ん中で何やら慌てた様子で辺りを見渡しています。どうしたのかな? と様子を伺ってみると、男性の頭上に不思議な黄色いマークが浮かんでいるのを桜ちゃんは発見しました。

 

 何とも間抜けでおかしな光景です。大の大人が頭にどでかいマークを浮かばせているのですから、当然でしょう。傍目から見てもあまり関わりたくない光景でしたが、不思議と沸き上がる好奇心に突き動かされて、何時の間にか桜ちゃんは男性に声をかけていました。

 

「どうしたの? おじさん」

「あぁ実は、かくかくじかじか……」

 

 ──っという感じで『困っている男性』の悩みを解決してあげたところ、なんと! お礼と称してお小遣いをくれたのです! その額実に263円!! 

 まるで財布の中にあった小銭をそのまま出したって感じの、なんとも言い難い微妙な金額でしたが、無一文の桜ちゃんには黄金にも等しい価値があったと言えるでしょう。

 

 もっとも、これはもっと後になって気付く事ですが、“女の子”の所持品の中には、黄金なんかよりもよっぽど価値のある物が大量に存在して、もっと言えば料理品の類いも入っていたりするのですが、今の桜ちゃんがそれに気付く余裕はありませんでした。

 

 兎に角、街中で出会った『困っている男性』を助けた事を切っ掛けにして、『新都』の至るところに頭上に謎のマークを浮かべた人々が出現し始めました。一体何処に潜んでいたのでしょうか?

 

 彼等は──何故だか知りませんが──何処からどう見ても明らかに幼女である桜ちゃんに、やたらとフレンドリーに話し掛け、悩みを打ち明け、相談し、協力を求めて来ました。ある人はお使いを、ある人は落とし物を、ある人は探し場所を、ある人は製作品を、桜ちゃんにお願いしてきたのです。

 そしてそれを解決すると、決まってお礼としてお小遣いをくれました。

 

「はむはむはむ、……むっぐ」

 

 そんなこんなで桜ちゃんは今、粗方の目ぼしい『お願いマーク』──そう桜ちゃんは命名しました──を片付け、ファーストフード店でむしゃこらとハンバーガーを食べているのでした。

 

 桜ちゃんのお父さんもお母さんもお姉さんも、下品で下賤な食べ物と蔑んで憚らないファーストフードですが、存外に桜ちゃんは気に入っていました。

 

 食品添加物をこれでもか! っとブチ込み、栄養バランスとか健康とか全く考慮していない、ただひたすらに旨さだけを追求しているその様は、いっそ清々しいと思えるほどです。バフだって少しも付きやしません。

 

 幼少期の味覚発達に多大なる犠牲を払ったような気がしないでもない桜ちゃんですが、もはや帰る家の無いロンリーウルフストリートチルドレンとなった桜ちゃんには、さらさら関係のない事です。ある意味これぞ『都会っこ』と呼べる生き方なのかもしれません。

 

 さて、全国チェーン店のマニュアルに染まりきった愛情の籠っていないスマイルのバイト戦士が約一分程で丹精込めて作り上げたハンバーガーをあからさまに体に悪そうな黒い液体でお腹の中に流し込んだ桜ちゃんは、フムフムと今後の方針を考え始めました。

 

 街の人たちは桜ちゃんに依頼や相談をするだけでなく、様々な噂話やニュースを桜ちゃんに教えてくれました。

 

 連続誘拐殺人事件、破壊された図書館、空飛ぶ未確認飛行物体、急に増えた外国人観光客、薄闇に潜む白い仮面の変態、路地裏に響く呻き声、郊外にあるという謎のお城、血の抜かれた鶏の猟奇的死体、等々。

 

 ……なんという事でしょう。何時から冬木はこんな人外魔境みたいな土地になってしまったのでしょうか?

 

 桜ちゃんがムシグラに引き込もって一年以上──知らない間に随分冬木の様子は変わってしまったようです。魑魅魍魎が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する招魂の地にでもなったのかな?

 

 この中で、“球体”に関連するものはあるのでしょうか? 何となくどれも関係していそうな気もしないでもないですが、確かなのは今、冬木の地が未曾有の大ピンチに陥っているという事です。

 “球体”だけならまだしも、これだけ物騒な噂が流れているのですから本格的にヤバいのでしょう。

 

 特に連続誘拐殺人事件はかなりヤバいです。

 他の噂は『何となく』だとか『なんかそんな感じ』というとても曖昧な感じですが、誘拐殺人事件だけはマジもんの事件としてニュースになっています。

 

 それを言うのであれば図書館の方もそうですが、そっちは図書館のシャッターと本が何冊か盗まれただけで、人的被害は特に無いそうですから、比較的マシと言えるでしょう。

 

 街の人たちは桜ちゃんにとても良く接してくれました。

 

 こっちは幼女だというのに何かとアレコレ頼み過ぎではないのかと小一時間問い詰めたい気もしますが、こうして桜ちゃんが美味しいご飯を食べられているのも、また彼等のお陰です。今だに補導されないのも、色々と察してくれているからなのでしょう。

 

 終ぞ間桐さんちではお目にかかることが無かった人の暖かみを、桜ちゃんは今、初めて感じる事が出来ていました。そんな彼等を傷つけさせる訳にはいきません。

 

 昨日までの桜ちゃんでは無理だったでしょうが、今は違います。

 街に迫る脅威に対抗できるだけの『力』が桜ちゃんにはあるのです。

 

 脅威を知り、守る力があるというのであれば、それを使わないのは“無責任”というものです。

 

 怖くないのかと言えば嘘になるでしょう。

 中でも連続誘拐殺人犯なんかは、主に子供たちを中心に狙っているそうですから、より顕著です。特に、桜ちゃんみたいな可愛い幼女なんかは、恰好の獲物かもしれません。

 

 ですが今の桜ちゃんには“女の子”という心強い味方がいます。彼女と一緒ならばあらゆるものを乗り越えて行ける気がします。恐怖でさえも、それは例外ではありません。

 

 新たなる決意をし、残ったハンバーガーを口に放り込んで飲み物を飲み干すと、桜ちゃんは店を出ました。街に迫る見えざる脅威の手がかりを探すために……。

 

 こういった危機から人々を守り、解決する人物の事を何と呼ぶのでしょうか? 

 その疑問の答えは、“女の子”が教えてくれました。“女の子”から、桜ちゃんへと答えが流れ込んできます。

 

 逞しく、光輝き、前向きで、世の為人の為に生き、あらゆる困難に打ち勝ち、不撓不屈で、無敵の存在。その者の名は──

 

『謎の事件屋』!!

 

 その実に紳士的な姿の『謎の事件屋』を幻視しながら、桜ちゃんは『冬木の事件屋』になる事を決意しました。

 突然、白い歯を輝かせながら珍妙なポーズをとる桜ちゃんを、生暖かい目で見守ってくれる人々の為にも、負ける訳にはいきませんッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




むむっ! この事件屋ヒル(以下略

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