桜ちゃん、光の戦士を召喚する   作:ウィリアム・スミス

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桜ちゃん、取り込まれ中

 冬木市民会館の地下駐車場では、かつての主従が激戦を繰り広げていました。

 

 バーサーカーの獰猛な剣撃が唸り、アルトリアさんの魔槍が巧みに受け流します。絶えず暴風のように繰り出されるバーサーカーの攻撃は、永遠に続くかとすら思われました。しかし、そんな剣撃の嵐をアルトリアさんは、冷静に凌いでいきます。

 

 アルトリアさんはチラリと、そのバーサーカーが握るドス黒く変色した聖剣を見ました。紛うことはありません。あれこそは彼女の愛剣『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』です。

 

 アルトリアさんが『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』で打ち払うたびに、聖剣の輝きが取り戻され、それは眩く発光しました。

 

 バーサーカーの暴力は苛烈にして壮絶でしたが、彼の手に持ってしまえば何でも自らの宝具にしてしまう『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オ-ナー)』と、ランサーから託された魔法効果を無効化させる『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』では、宝具の相性的に破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)の方が圧倒的に優位なため、その激烈なバーサーカーの剣撃を以てしてでも、彼らの戦況は互いに拮抗していました。

 

 そんな中、アルトリアさんはバーサーカーの太刀筋から、ある人物の名残を感じていました。それはかつての盟友、かつての臣下──彼女が誰よりも誇り高いと思っている──『湖の騎士』の名残でした。

 

 なるほど確かに“彼”ならば、アルトリアさんの聖剣を扱うことは充分可能でしょう。ともすれば、アルトリアさんよりも上手く使いこなすかもしれません。しかし、一体何がどうなって彼がこんな狂戦士に堕ちてまで聖杯戦争に参加しているのかは分かりませんでした。

 

 戦いの最中であるにも関わらずアルトリアさんは彼が堕ちた理由について逡巡しますが、しかし、だからといって槍先が腕が鈍るアルトリアさんではありません。

 

 精神的に追い詰められ、気持ちが参っていたらどうなっていたか分かりませんが、少なくとも、今のアルトリアさんにはそんなことなど有り得ませんでした。冷静に、慎重に、バーサーカーの攻撃を捌いていきます。

 

 この戦いはもう既に、彼女個人の戦いではなくなっているのです。いまアルトリアさんを突き動かしているのは、願望や渇望ではなく、義務と責任感でした。英雄として、騎士として、一人の人間として、“アレ”の存在は許すことは出来ません。ここで敗北するのは、許されないことでした。

 

 それはたとえ相手が“彼”であってもです。

 

 アルトリアさんは徐々に後退しながらバーサーカーの攻撃を時には受け流し、時には避け、時には防いでいきます。苛立ったバーサーカーが咆哮し、更に速度を上げて苛烈に追い立てます。しかしそれすらも、アルトリアさんは華麗な防御術で無為に変えていきました。

 

 暗闇の中で煌めく剣閃。見守る者は誰もおらず、ただ坦々と『剣』と『狂』の戦いが続いていきます。

 

 アルトリアさんのとった戦略は持久戦でした。

 

 生前ならいざ知らず、サーヴァントと、それもバーサーカーとなった今では、彼のマスターにかかる負担は壮絶なものになるはずです。全力戦闘は出来て十数分。その十数分の間にアルトリアさんの仲間たちが聖杯に辿り着き、破壊することさえ出来れば、この戦いは彼女たちの勝利でした。

 

 たった十数分の持久戦など、かつて“彼”が“彼”にとった作戦に比べれば屁でもありません。アルトリアさんは真っ直ぐバーサーカーを見据え、彼の攻撃を、その邪気ごと祓っていくのでした。

 

 

 

 

×       ×

 

 

 

 気を失いながらも、バーサーカーのマスターである雁夜くんは、その限りある魔力をバーサーカーへと注いでいました。

 

 もはや無意識下で行われるその作業は、すぐにでも尽きると思われましたが、意外にも、しぶとく雁夜くんの魔力はバーサーカーへと送られます。

 

 当然、雁夜くんの魔力が底なしというわけではありません。

 

 実際、桜ちゃんに浄化され、大元である臓硯さんが塵に消えた今、雁夜くんの魔力はしょぼいものでした。しかしそれでもバーサーカーの全力全開に耐えられているのは、綺礼くんと手を組んだからに他なりません。

 

 雁夜くんはあの密会の時、綺礼くんから協力の証として余分に三画の令呪を譲り受けていたのでした。その令呪を、半ばバーサーカーに強制的に魔力へと変換され、バーサーカーの顕現を維持していたのです。

 

 既に都合、四画目の令呪を消費した雁夜くんは、暗闇に沈んだ意識の中、何者かが囁くのを聞いていました。それは雁夜くんが大嫌いな臓硯さんの声をしていて、雁夜くんの無意識に訴えかけてきます。

 

『殺せ、殺せ、殺せッ! 何もかも殺せッ!』

 

 もう痛みはありません。苦しみもありません。でも何か吸われている気がして、何かに取り憑かれている気がしました。誰かのために必死になって戦っていた気がしましたが、もう判然としません。朦朧としています。

 

 雁夜くんの手から再び紋様が消失していきました。これで残る令呪はあと一画です。それが、雁夜くんの限界(リミット)でもありました。

 

 朧げながら、なぜここまで戦ってきたのか、思い出してきた気がしました。確か、どこかの神父さまに、“ここで待っていればあの子と会える”と言われた気がします。

 

 でもそれをかき消すかのように、臓硯さんに似た声で、何者かがガンガンと語りかけてきます。それはもはや叫び声となって、雁夜くんを蝕み、支配していきました。

 

『間桐のために戦え! 間桐のために殺せ! 間桐のために──』

 

 最後の令呪が消え去ろうとした瞬間──ふと右腕になにかとても熱い燃えるような感覚がして、唐突にその声は途絶えました。その声が消えた途端、何者からから解放された気分がして、一瞬、雁夜くんの意識は暗闇から浮かび上がってきます。

 

「ようやく全て見つけたぞ、間桐臓硯」

 

 ふと、そんな声が聞こえてきました。

 

 その声は凄く大嫌いな奴の声で、無駄に凛々しく、無駄に優雅な音色をしていました。神経を逆撫でる声だったはずなのに、不思議となぜかこの時は、とても安心できる声でもありました。

 

 

 

 

×       ×

 

 

 

 一方、市民会館地下一階の大道具倉庫で運命的な出会いをはたした切嗣くんと綺礼くんの戦いは、音もなく、感慨もなく、運命通りに開始されました。

 

 既に綺礼くんに彼への執着はなく、既に切嗣くんに彼への恐怖はありません。ただ敵対し、遭遇し、火蓋が切られたから戦っているに過ぎませんでした。

 

 これは一つの終着点とも言える戦いでしたが、ある側面から見ればなんら戦況に影響しない戦いでもあり、既に答えを得た求道者たちの戦いは、ただの一種の確認作業と化していたと言っても過言ではありませんでした。

 

 意地も誇りもなく淡々と推移していく戦闘──僅かな差異すら見当たらず、一進一退の攻防が展開されていきます。

 

 この戦いに至るまでに紆余曲折あり、経験したことも、体験したことも、本来の運命とは全く違ったはずの両者でしたが、それは神による采配なのか、寸分の違いもなく運命通りに紡がれていきます。

 

 たとえ仲違いしていたサーヴァントと和解していても、愛する人の生存が可能かもしれなくても、成すべきことがあるとしても、変わらないものがあるから運命であると言えるのです。

 

 それは、己の願望を理解し、愉悦に目覚めた男であっても変わりはしませんでした。心から“アレ”の誕生を祝福する男でも、それは変わらないのです。

 

 切嗣くんと綺礼くん。

 衛宮くんと言峰くん。

 

 二人の戦いは全くの、これっぽちの、素粒子レベルでの、違いもなく、ただただ決められた運命をなぞる確認作業でした。

 

 戦いは定められた運命通りに推移し、そして──運命通りに()()()()()()()()()

 

 切嗣くんと綺礼くんの戦いに、寸分の狂いはありません。彼らの戦いに変化はありませんでした。

 

 ただ運命と唯一違ったのは、この場所には、彼女が、彼の相棒が、舞弥さんが生き残っていたことだったのです。

 

 ひっそりと潜伏していた舞弥さんから撃ち出された弾丸は、芸術的な正確さで綺礼くんに吸い込まれていき、それが決定打となって、この戦いに終止符は打たれました。 

 

 

 

 

×       ×

 

 

 

 満天の星空もと、まるで流れ星のように天空を自在に舞う二人の王さまの戦いも、どうやら佳境に入ってきたようです。

 

 激烈な爆発音が鳴り響き、天空から先に地に降り立ってしまったのは、ギルガメッシュさんの方でした。その直後に、イスカンダルさんが『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』を駆り、悠然と舞い降りてきます。

 

 その場所は二人の運命が終結する場所──冬木大橋でした。

 

「フン、まず騎乗宝具における戦いは、貴様の勝利といったところか……」

「それで負けてちゃライダーの名折れだからな。どうだ? 貴様の宝具は消滅した。降参するならいまだぞ?」

 

 豪胆な笑みを浮かべ、イスカンダルさんが余裕綽々で言いました。

 

 さしもギルガメッシュさんとはいえども、騎乗戦では本場のライダーには分が悪かったようです。飛行宝具を喪ったいま、ギルガメッシュさんの形勢は圧倒的不利と言えました。

 

 しかし、ギルガメッシュさんはイスカンダルさんの最後通牒を、軽く嘲り嗤い飛ばします。

 

「フッ、片腹痛い……この程度で調子に乗るなよ、征服王」

 

 ギルガメッシュさんはその啖呵と共に、自らの宝物庫に納められている宝具たちを解き放ちました。一瞬にして、まるで夜空に浮かぶ星々のような幾千もの輝きが、イスカンダルさんを捉えます。

 

「ありゃー、壮観だなこりゃ……」

「オイ! ぼやっと眺めている場合か! どどどうすんだよ、これ!」

「ふむ……」

 

 視界を覆い尽くすほどの宝具の軍勢を前にして、それでも動じずにイスカンダルさんは、悠々とした態度でニヤリと口端を吊り上げました。どうやら何か考えがあるようです。

 

「やい、英雄王!」

「……なんだ? 命乞いなら聞く気はないぞ」

「違う、一つ訊きたいことがある!」

 

 ギルガメッシュさんは束の間に思慮し、答えます。

 

「……許す。申してみるがいい」

 

 依然として宝具を現出せしめたまま、ギルガメッシュさんは問答の許可を下しました。

 

「これは先の宴会の席で聞きそびれたことなんだがな。お主は王たるものを、どうあるべきだと考える? 王とは孤高であるべきか否や?」

「愚問だな征服王。真の王とは我ただ一人。その頂きに並び立てるものは、後にも先にも我が朋友一人だけ……つまり王とは、孤高なるものということだ」

 

 その断固たる意思の乗った返答に、イスカンダルさんは嬉しそうに豪笑し、大きく頷きました。

 

「うむ! その孤高なる王道。その揺るがぬ在りよう。まっこと貴様には感服しかない。正しくそれは貴様の王道であり、正しくそれは貴様の覇道なのだろう……だが──」

 

 その時、どこからともなく熱く乾いた砂塵が吹き荒びました。

 

 それは正しく灼熱の砂漠に吹き荒れる一陣の風──かつて“彼ら”が駆け抜けた遙かなる遠征の砂風でした。

 

 その熱く焼けつくような熱風の中心で、イスカンダルさんは叫びます。

 

「我が王道は! 覇道は! そんなものではない!」

 

 いよいよをもってその幻想たる旋風が、現実を浸食し始めました。

 

 鉄とアスファルトの橋は消え失せ、空に浮かぶは星々ではなく燦々と燃え上がる灼熱の太陽──そしてそこに姿を現すのは、幾千幾万を超える過去の英豪、英傑たち!

 

「英雄王よ! 貴様がその王道の果てに斯様な宝具を得たというのであれば、我もまた我が王道の果てに得た宝具がある! 見るがいい、我が無双の軍勢を!」

 

 いま限りなく高らかに、誇らしく、イスカンダルさんは居並ぶ英傑たちを両腕で振り示しました。

 

「肉体は滅び、その魂は英霊として『世界』に召し上げられて、それでもなお余に忠義する伝説の勇者たち。時空を超えて我が召喚に応じる永遠の朋友たち。

 彼らとの絆こそが我が至宝! 我が王道! イスカンダルたる余が誇る最強宝具──『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』なり!!」

 

 そこには軍神がいました。歴代の王たちがいました。のちの歴史に名を残す英雄たちがいました。そこに集う勇者の数だけ伝説があり、そこに在る英傑の数だけ神話がありました。

 

 彼らに共通するのは、かつて征服王イスカンダルと並び立ち、戦ったということだけ──たったそれだけの理由で、いま彼らはかつての主君の召集に応じ、馳せ参じたのです。

 

 いま見渡すばかりの砂丘には、地を覆うばかりの無数の軍勢たちと、天を覆うばかりの無数の財宝たちが、まるで槍衾のように相対していました。

 

「なるほど壮観だ。憚らずも王を自称するだけのことはある」

 

 ギルガメッシュさんはその光景を見て、そう正直に呟きました。その偽りのない言葉は、ギルガメッシュさんなりの最大級の賛辞です。

 

 合戦の咆哮は、当然イスカンダルさんより放たれました。

 

「さあ! 今宵、我らが挑むは万夫不当の英雄王──いざ、益荒男たちよ! 原初の英雄に我らが覇道を示そうぞ! 

 さあ、バビロニアの王よ! 英雄王ギルガメッシュよ! 宝具の貯蔵は十分かぁあああ!?」

 

 再び現世に降り立った王の軍勢たちが、かつての遠征の舞台の中、熱狂的な大征服へ向け、前進を始めました。

 

AAAALaLaLaLaLaie(アアアアララララライッ)!!』

 

 

 

 

×       ×

 

 

 

 ギルガメッシュさんにとってこれは挑戦以外の何者でもありませんでした。王としての、主君としての、君臨者としての、超越者としての、挑戦に他なりませんでした。

 

 確かに最強無敵の必殺宝具である乖離剣を抜けば、この戦況を一瞬で決することなど簡単でしょうが、しかしこれはそういった戦いではありませんでした。

 

 王としての人生、英雄としての人生、人としての人生──その短い人生の間に何を得て、何を失い、そしてまた何を得たのかを、我と彼の行き着いた果てを、彼らの生き様を、世界に問う戦いでした。

 

 王と王。財宝と至宝。宝物庫と軍勢。物と者。武器と兵士──それは限りなく正反対の性質を持った王さまたちの、全身全霊、全財全軍を懸けた死闘でした。

 

 輝ける宝具が乱れ飛びます。

 

 その宝具を撃ち落とす英雄たちがいました。嵐のように降り注ぐ英雄王の財宝たち。その中を、征服王の精鋭たちが掻い潜っていきます。

 

 先頭を疾走するは征服王イスカンダルその人──声にならない雄叫びを吼え、雷神が如く雷鳴を轟かせながら、英雄王へと肉薄します。

 

「いけぇええええ!! ライダァァアアアーッ!!」

 

 すぐ背後から、あるいは遠く彼方から、そんな声が聞こえました。それはイスカンダルさんの“力”となって彼を後押しし、さらに前々へと前進させていきます。砂塵を巻き上げ遙か先へ、彼方にこそ栄えが在るかの如く……。

 

 輝ける星々が煌めきました。それはかつて東方の夜に見た星空に似ていて、一瞬、イスカンダルさんは懐かしい思いをします。でも踏みとどまってはいられません。少しでも前へ、僅かでも先へ、今度こそは振り返らないように……。

 

 次々と倒されていく臣下たち。王を守り、悲願を達成させるために散っていく仲間たち。目指す場所はイスカンダルさんたちが駆け抜けた遠征よりも遥か遠く、征服王が駆け抜けた人生よりも遙か永く……。

 

 決して止まぬ無数の流星。着実にその数を減らしていく王の軍勢たち。それでも前へ、それでも前へ、散って逝った者たちに報いるためにも、去って逝った者たちに応えるためにも、前へ! 前へ! 前へ! 前へッ!!

 

 一歩──いつの間にか、自らの脚で駆けていました。

 

 また一歩──朋友たちの雄叫びが彼方へと消えていきます。

 

 さらに一歩──もはや結界の維持すら困難になってきた頃、イスカンダルさんはようやく“ソコ”に辿り着きました。

 

 遠く遥か先に在った、栄えある場所に。

 

「よくぞ、ここまで辿り着いたな……」

 

 明らかな疲労困憊を示し、ギルガメッシュさんが息を乱し言いました。彼の目の前には鎖で雁字搦めになったイスカンダルさんがいます。その大剣の矛先は、ギルガメッシュさんへあと僅か数ミリというところで止まっていました。

 

「もはや、我が宝物庫にも果てが来た。よもやここまでとは……あと残っているのは──」

 

 ここにくるまで決して抜こうとはしなかった乖離剣のみです。

 

 この結末は、決して彼の油断や慢心などからくるものではありませんでした。これは王としての意地です。王としての矜恃です。王としての誇りです。英雄王と征服王の、そのどちらがより優れた『財』を持っているのかの……。

 

 ギルガメッシュさんは最後に残った乖離剣を宝物庫から取り出し、その鈍い切っ先で征服王の心臓を貫きました。

 

「……そいつで……終いか……?」

 

 血とともに吐き出して、イスカンダルさんが問います。

 

「ああ、これで()()()()。征服王」

「……そ、うか……それで……終わりか……」

 

 霞みゆく視界で彼方を見つめて、イスカンダルさんは呟きました。

 

「よくぞここまで至った。だが、(オレ)には届かぬ。お前の、()()()……」

「あぁ……そうさな……しか、し……」

 

 それは、どう、かな?

 

「なっ!?」

 

 ギルガメッシュさんは見ました。その山のような巨体の背後から、“何か”が飛び出してくるのを。それは、小さな小さな影でした。イスカンダルさんよりも遥かに小さくて頼りないその存在は、常に彼と共に戦場を駆け、常に彼と共に在った男の影で──

 

「うぁああああああああ!!」

 

 咄嗟に、ギルガメッシュさんは乖離剣を引き抜こうとします。しかし、それはイスカンダルさんの万力のような握力によって阻まれてしまいました。

 

「クッ、きさッ──」

 

 技巧も技術もまるで無いど素人のその一閃は、不思議なことに驚くべきほどすんなりと英雄王に吸い込まれていきました。

 

 皮を切り、肉を裂き、骨に至り、命を絶つ。

 

 イスカンダルさんに残された最後の至宝(ウェイバーくん)の双剣が、暗殺者が用いていた双剣が、ギルガメッシュさんの喉笛を深く深く切り裂きました。

 

 僅かな静寂のあと、自らより吹き出る鮮血を、どこか他人事のように眺めてギルガメッシュさんが嘯きます。

 

「……あぁ、なるほど……これでは、()()()()……」

「あぁ……この現世において新たな“至宝”を得た……()()の勝利だ……」

 

 彼らが生前に得た財の数は全くの互角──ならばこの戦争において、新たな『財』を得た王が勝つのは道理でありました。

 

「……完敗だな」

 

 ただそれだけを言い残し、英雄王が光の粒子となって消えていきます。満足そうに嘲笑って、かつての友と繰り広げた死闘と並び立てるほどの戦いを、静かに逡巡しながら……。

 

 そして幾ばくもしない内に、彼方へと夢みた王さまも、また次の夢へ向かって旅立とうとしていました。ウェイバーくんは今まさに至上の大英雄を討ち取ったことも忘れ、征服王へと駆け寄っていきます。

 

「ラ、ライダー……」

「……あぁ……ウェイバー……良くやった……よくぞ、最後まで……余に、付き従って、くれた……なぁ……此度も、善き……遠征で、あったな……」

 

 イスカンダルさんの姿が薄れ、揺らいでいきます。消え逝くイスカンダルさんに向かって、ウェイバーくんは目に涙を一杯溜めて伝えました。

 

「あぁ、あぁ! 良い遠征だった! だから、だから──」

 

 

 ──また一緒に行こう──

 

 

 最期の瞬間、イスカンダルさんには確かにそう聞こえました。

 

「あぁ……そいつは……楽しみだ、なぁ……」

 

 斯くして、かくも凄まじき王さまたちの戦いはここに終結し、暴君たちはこの世界から消え去っていきました。

 

 最後に彼らの魂が刻まれた小さな“イシ”を残して……。

 

 

 

 

 

 

 

 




 さようなら、偉大なる王さまたち……

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