桜ちゃん、光の戦士を召喚する   作:ウィリアム・スミス

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桜ちゃん、宴会をする

 結局、あれから大聖杯への緻密な調査に丸ニ日以上かけた桜ちゃんたちは、気分転換も兼ねて街の商店街に来ていました。桜ちゃん的にはそのまま続行しても構わなかったのですが、そろそろウェイバーくんの心身が限界でしたし、なによりも一人、陰気な洞窟にいつまでも引き篭っているのが我慢できなかった人がいたのです。

 

「ガハハ、どうだウェイバー! この『ファルコナーボトム』とやらの格好良さは?」

「あーはいはい。僕はあの『サブリガ』とかいうやつ以外なら、なんだって良いよ……」

 

 目に隈を作り、疲れきった顔でウェイバーくんは言います。ウェイバーくん的には、あのただのパンツと言っても過言ではない脚装備に比べれば、なんだって許容範囲内でした。

 

 他にも桜ちゃんはウェイバーくんたちに色々と装備面で便宜を図ってくれましたが、イスカンダルさんならまだしもウェイバーくんにしてみれば、“使い手がいなくなってしまったからって、暗殺者が使っていた双剣なんかを渡されても、一体どうしろと?”って感じです。

 

 はっきり言ってしまえば、大変余計なお世話というやつでした。

 

「そうかぁ? 余は好きだぞ! サブリガ!」

「私も好きです! サブリガ!」

 

 やたらサブリガなるパンツもどきを推して来る桜ちゃんたち。そんな彼女らにウェイバーくんは頭が痛くなる思いをしつつも、軽くあしらいます。

 

「あーもう分かったから、さっさと行くぞ? それにしてもサクラ、お前、外に出てきても本当に大丈夫だったのか?」

 

 ウェイバーくんの言葉に桜ちゃんが彼を覗き見て、首を傾げました。

 

「さぁ?」

「『さぁ?』ってお前なぁ!? いま聖杯戦争中なんだぞ? お前狙われているんだぞ? そんな時に白昼堂々街に出てきて、『さぁ?』ってあるか? 『さぁ?』って」

 

 久々のポカポカ陽気なお日様の中、ウェイバーくんが憤慨します。確かに調査中にボソっと“久々に陽の光を浴びたいなぁ”と零したけれども、やたら積極的かつ具体的なアドバイスを奇妙な本や杖を持ってしてくれたけれども、それとこれとは話は別でした。

 

「まあまあそう怒るでない、ウェイバー。確かに一見無用心とも思えるかもしれないが、ホレ、今のサクラを良く見てみろ」

 

 イスカンダルさんが桜ちゃんの頭に手を乗せて、その存在をアピールしました。

 

 どっからどう見てもただの幼女が、そこにはいます。衣装は何の変哲もない紫のワンピース、纏う魔力は──一般人レベルで──至って平凡で、存在感も言っちゃあ何ですが、そこら辺の一般人とそう変わりませんでした。

 

「今のサクラからは、なんの魔力も神秘も感じとれやせん。どんなに疑って見ても、紛うことなきただの幼子だ。これだけの隠密ならば、マスターたちに襲われる心配もありはせんて……」

「それは、そうだけどさ……」

 

 ぶつぶつと何か文句を言っています。どうやらウェイバーくんは納得のいっていなさそうな様子です。そうはいったものの桜ちゃんのカモフラージュ具合は完璧で、よしんば襲われたとしても、今はウェイバーくんたちが一緒にいました。

 

「それに、今は我らがついておる。万が一襲われたとしても、我らが守ってやれば良い」

 

 イスカンダルさんも同じ意見なのか、そのようなことを言ってきます。

 

 一瞬、“はたして、そんなことがあのサクラに必要なのか?”とウェイバーくんは思いましたが、それは口には出さず、心の中で思うに留めました。

 

「まっもっとも、お主では守るのではなく、守られる側かもしれんがなぁ?」

「う、うっせー!!」

 

 そんな和やかな雰囲気で、桜ちゃんたちの散策は続いていきました。

 

 

 

 

×       ×

 

 

 

 いい感じにお昼時になった頃──桜ちゃんたちは、とあるファーストフードでお昼ご飯を食べていました。久々の油でギトギトのポテトをモグモグしながら、桜ちゃんたちはお話をします。

 

「なるほどサクラはああやって、民草の情報を集めていたのか」

 

 今の話題は桜ちゃんの生態──ではなく日課についてです。随分と久しぶりに街に繰り出して、彼らの依頼をこなしていった桜ちゃんを見て、イスカンダルさんはそんな感想を抱きました。

 

「それにしてもこの街の奴らは何を考えているんだ? サクラみたいな子供にホイホイ話しかけて、ホイホイ依頼をするなんて、正気とは思えない……」

 

 ウェイバーくんがホイホイとポテトを頬張って、ゴクゴクとコーラで流し込みます。

 

「そうなのか?」

「そうなんですか?」

「どうしてここには常識人が僕しかいないんだ……」

 

 がっくりと肩を落とすウェイバーくん。

 

 イスカンダルさんだけでも一杯一杯だったのに、それに輪をかけて破天荒な桜ちゃんも加わって、ウェイバーくんの胃がストレスでマッハでした。連日ぶっ通しで行った大聖杯への調査の疲労も祟って、ウェイバーくんのHPは尽きる寸前です。

 

 でもそんなことを思っていると、隣りに座っている幼女が「待ってました!」と言わんばかりに着替えて回復してくるので、ウェイバーくんは努めて気丈にふるまいました。

 

「まぁしかし、奇妙と言えば奇妙ではあるが、それだけサクラの能力が評価され、信頼されているということだろう。見た限り害も無さそうであるし、無理に拒む必要もあるまいて……」

 

 イスカンダルさんの意見に、桜ちゃんもウンウンと頷きます。ハンバーガーをガブっと食べて、モグモグと咀嚼しました。久々に味わう食品添加物の塊は格別です。

 

 街の人たちの依頼は桜ちゃんの貴重な収入源で、今回のお昼の軍資金も桜ちゃんが稼いだものなのですから、文句を言われる筋合いはありませんでした。

 

「ところでサクラ、やはり余の言う“アレ”は、出来そうにもないか?」

 

 おずおずと、目指しく遠慮がちにイスカンダルさんが聞いてきます。彼らしくもなく、それはとても謙虚でボソボソとした質問でした。

 

 しかし、それを桜ちゃんはキッパリと否定します。

 

「むりです。素材が圧倒的に足りません」

「そうかぁぁぁぁ」

 

 イスカンダルさんが言っている“アレ”とは、もちろん桜ちゃんの製作品のことです。目聡く桜ちゃんの能力を見抜いたイスカンダルさんは、桜ちゃんのその製作能力を利用して、自軍の戦力を強化しようとしたのです。

 

 しかし、実は桜ちゃんは“女の子”が所持していた目ぼしい素材は、既にハサンさんのための装備品で使い切っていました。

 

 もちろん、桜ちゃんの採集能力があれば素材の調達は可能ですが、伊達に神代の宝具たちと勝るとも劣らない装備品じゃありません。当然、必要とされる素材も神話級で、どうあがいても現代日本では調達不可能な素材ばかりでした。

 

 念のためウェイバーくんに護身用にと渡したのが、本当の本当に最後の最後です。あとは精々、適当な普段着とか低ILの装備品が関の山でした。

 

「あぁぁ、やっぱり無理かぁあぁぁ」 

 

 イスカンダルさんが明らかな落胆を見せて落ち込みます。イスカンダルさんの“アレ”と桜ちゃんの強力な製作品を組み合わせれば、向かう所敵なしだったのですから、その気持ちも致し方ないことでしょう。

 

「まあ良い。出来ぬことを悔やんでもどうしようもないわ。それよりも坊主……『大聖杯』については何か分かったか?」

 

 おもむろにイスカンダルさんが話題を変えました。むしろさっきまでの会話は、本筋に入るまでの前フリだったのかもしれません。それにしては大袈裟な前フリでしたが、ウェイバーくんはジャンクフードに齧りつきながら、この二日間の成果を口にします。

 

「正直言って何も……術式は複雑怪奇だし、封印は奇妙奇天烈、障壁は意味不明で、僕程度の魔術師じゃあ、外側すら調べるのが難しい──」

 

 流石は三つの魔術家系の粋を集めた結晶だと、言わざるを得ません。桜ちゃんが用意してくれた魔術道具はとっても優秀で、彼女自身の助言もかなり有益なものばかりでしたが、たった二日では出来ることは限られていました。

 

「でも──」

「でも、なんだ?」

 

 僅かに身を乗り出してイスカンダルさんが訊きます。少し小声になってウェイバーくんは続けました。

 

「“アレ”を外側からブッ壊すには、サーヴァントクラスの火力が三体──万全を期すなら四体以上の火力が必要なのは分かった」

 

 ウェイバーくんの結論は、桜ちゃんの意見も参考にして得られた結論でした。桜ちゃんが()()()()()()には、最低でも四人パーティーを組んでいる必要があります。全部でサーヴァントが三騎揃えば、必然的に桜ちゃんも限界突破(リミットブレイク)できるので──

 

「つまり、最低でもあと二騎、出来れば三騎の味方が必要というか……」

「あぁ、それも『対軍』か『対城』クラスの宝具を持つサーヴァントだ……」

 

『大聖杯』の障壁を破り、一瞬にして中身もろとも吹き飛ばすには、それくらいの火力が必要でした。『対人』クラスでは効果が薄いのは、桜ちゃんがとっくの昔に証明済みです。

 

「となると、めぼしそうなヤツらとくれば──」

 

 イスカンダルさんの頭に浮かんだのは、二人のサーヴァントです。

 

「いけると思うか?」

 

 ウェイバーくんも同じ想像をしているようでした。

 

「さてな、どちらも揃いも揃って曲者揃いだからな……とはいえ、まぁやってみるしかあるまい。──サクラ、今から極上の酒は用意できるか?」

「できます」

 

 イスカンダルさんの質問に、桜ちゃんは間髪入れず答えました。

 

 高級ワインは言わずもがな、やろうと思えば世界中を巡り手に入れた三つの珍味に合う、極上のお酒も用意できるはずです。確か『バッカスの酒』とか言ったでしょうか? 何なら“ある神”が飲み干したとされる、三十週年記念高級ワインでもいけるはず。

 

「うむ、よろしい。ならば問題はあるまいて……」

 

 そう言うとイスカンダルさんは、特大サイズの紙コップを持って立ち上がりました。

 

「お、おい、ライダー……なにをする気だ?」

「決まっておろう。古来より仲間に招き入れるには、まず“これ”をしなければ話は始まらない……」

 

 イスカンダルさんは困惑するウェイバーくんと、相も変わらずボケーとハンバーガーをモグモグしている桜ちゃんを見渡すと、紙コップを掲げて高らかに宣言しました。

 

「では諸君、宴の準備だッ!!」

 

 

 

 

×       ×

 

 

 

 その日の夜──アインツベルン城の中庭では緊迫した空気が充満していました。それもそのはずです。この場には、様々な因縁や遺恨に包まれた関係者たちが、一同に介していたからです。

 

「これはどういうことだ? ライダー!」

 

 ややどころではない強い口調で、アルトリアさんがそう言ってしまったのも、致し方のないことでしょう。手に持つグラスが、中身が零れ落ちてしまいそうなくらい震えています。

 

「どうもなにも、見て分からぬか? 宴会だ!」

 

 どかっと胡座をかき、頬を赤く染め、美酒に酔いしれるイスカンダルさん。見たところとっても上機嫌のようでした。逆にアルトリアさんの方は少しばかりご機嫌斜めのようです。

 

「そんなことは言われなくても分かっている! 同盟を結ぶための宴会だということも理解した! よしんば()()がここにいることも目を瞑ろう。だが! 何故ヤツがここにいる!?」

 

 そう言って荒々しくもアルトリアさんが目を向けた先にいたのは──

 

「フッ、そう言を荒げるなセイバー。器が知れるぞ?」

 

 黄金に輝くサーヴァント、ギルガメッシュさんでした。余裕綽々でお酒を口に運んでいます。

 

「クッ……おい、征服王! これはどういうことだ!?」

 

 ギルガメッシュさんの不遜な態度に、今回の宴会の主催に向けて抗議の声をあげるアルトリアさん。

 

 彼女はアサシンの件でギルガメッシュさんに借りがありましたが、それとこれとは話が別なのです。アルトリアさんはギルガメッシュさんが綺礼くんと秘かに手を組んだことは知りませんでしたが、直感で何か嫌な予感を感じ取り、無意識の内に拒絶しているようです。

 

「いやぁ、こう偶然たまたま街を散策中に見つけてしまってな。あやつには余たちも色々と因縁があるのだが、そうも言っていられる状況ではない。ちょうど此奴にも話はあったのだ。これ幸いにと誘ってみれば、すんなり了承してくれてな……来ると言った以上無下にするわけにもイカンだろう?」

 

 イスカンダルさんたちがギルガメッシュさんと遭遇した時ときたら、桜ちゃんは堂々と街中で『竜騎士』になるわ、ギルガメッシュさんも堂々と黄金の鎧を纏って大量の宝具を出現させるわ、釣られてイスカンダルさんも『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』を喚び出しそうになるわで、一触即発の雰囲気になって大変だったのでした。

 

 下手をすれば、伏線とか展開とかぶん投げて、その場で聖杯戦争が終結しそうな勢いだったのです。それに比べれば、今の宴会など大したことではありませんでした。

 

「だからって普通、誘いますか? 彼がここにいる以上、ここで私と貴方と彼女で彼を倒してしまえば、全てがおしまいじゃないですか!! 私のマスターなんて彼のマスターを暗殺しにもう出掛けましたよ!?」

 

 今ごろ切嗣くんは()()()()を暗殺せしめんと、市内を駆けずり回っているはずです。そうです。彼らは時臣さんがとっくの昔に聖杯戦争から下りて、ギルガメッシュさんが綺礼くんと再契約したのを知りませんでした。教会が意図的に公表を控えていたのです。

 

 そしてその責任者であった璃正さんも既に亡くなって、その役職を引き継いだのはまさかまさかの綺礼くん。隠蔽工作は綺礼くんのやりたい放題でした。

 

「安心しろセイバー。我がマスターは貴様のへなちょこマスターにヤられるほど柔ではない」

「言いましたね!? アーチャー! なんなら今ここで、この魔槍の錆にでもしてあげましょうか!?」

 

 飲んでいるお酒のせいか、若干挑戦的なアルトリアさんがギルガメッシュさんに食って掛かります。

 

「ハッハッハッ、止めておけセイバー。いくらお前とはいえ、本来の得物ではなければ、この(オレ)には届くまい……今のお前では力不足だ」

「クッ……」

 

 痛いところを突かれて、アルトリアさんが言い淀みました。

 

 確かにギルガメッシュさん相手では、今の装備では分が悪いです。とはいえアルトリアさんも、本気でギルガメッシュさんと事を構えるつもりはありませんでした。今のは酒の席の勢いに任せた軽口です。

 

 どうやら相当に、アルトリアさんは酔っ払っているようでした。彼女は、酔うと少し強気になってしまう性格のようです。

 

「これこれ、今は酒の席だ。今宵は怨みつらみは置いておいて、この時間を楽しもうではないか。ホレ、そのサクラのように……」

 

 イスカンダルさんが示した方向には、愉快そうに一心不乱にダンスする桜ちゃんと、それに絡まれて困惑しまくるウェイバーくんがいました。

 

 桜ちゃんにとってギルガメッシュさんはハサンさんの仇ですが、ところかまわず復讐に打って出るほど、桜ちゃんは空気の読めない子ではありません。ヤる時はヤッて、やらない時はやらないのです。それがたとえ、お友達の仇であったとしてもです。

 

 それが桜ちゃんの、ひいては“女の子”の流儀でした。今はヤるべき時ではない──ただそれだけのことなのです。

 

「あれは楽しみ過ぎです。酔っぱらっているんですか?」

 

 人のこと言えないアルトリアさんが、若干据わった目で桜ちゃんを見て言います。

 

 あれだけ脅威に思っていたアンノウンの正体がアレだったとは、正直少々拍子抜けでした。あれではまるで、ただの子供です。いいえその実、彼女はただの子供だったのでしょう。ただある目的のために一生懸命行動する、ただの子供だったのです。

 

 アルトリアさんの詰問に、イスカンダルさんが答えます。

 

「いいや、サクラに渡したのは『じゅーす』とかいうものだけのはずだが?」

 

 それも桜ちゃんが作ったものではなく、そこら辺のスーパーで買った市販品でした。幼女が酔っ払う要素は何もなかったはずです。

 

「なに、宵に酔うのは、何も酒だけではない。血に、色に、場に、夜に──宵に幼子(ようご)が酔うのもまた一興。それがまた、この美酒を用意した幼子(おさなご)であるならばな……」

 

 ギルガメッシュさんも桜ちゃんへと目を向けました。

 

 当初は正体不明で得体の知れない面白そうなヤツ。次は安々とギルガメッシュさんの懐に飛び込んできて、彼を後退させた憎たらしいヤツ。今は感情らしい感情がなさそうで、意外と感情のあるヤツ。ともすれば、神々に造られたような雰囲気さえあって……それは、どこかかつての親友に似ていました。

 

 だからでしょうか? 彼女のことは不敬とは思いつつも、殺したいほど憎悪している訳ではありませんでした。英雄王に牙を剥いたというのにです。不思議な感覚でした。

 

 ギルガメッシュさんがクイッとお酒を口にします。

 

 英雄たちが飲むこのお酒は、桜ちゃんが用意したものでした。強烈かつ狂乱。芳醇かつ濃厚。味覚どころか理性までもぶっ飛びそうな狂美酒。確かにギルガメッシュさんが持つ神酒には敵いませんが、いままで味わったことのない不思議な味がします。まるで異なる世界から持ち出された、異次元のお酒のようでした。

 

「……悪くない」

 

 ただ一言、そう静かに零します。それを耳聡く聞いていたイスカンダルさんが、愉快そうに言いました。

 

「然り! 今宵は実に良き宴会となった! ではこの一時の平穏を祝って、乾杯といこうではないか!」

 

 盛大に酔っ払ったイスカンダルさんが、顔を赤く染めて大声で言います。

 

「一体、何回乾杯するつもりですか? 話すたび乾杯している気がしますが……」

「良いではないか、良いではないか! 良きこと、嬉しきこと、悲しきこと、辛きこと、何事にも乾杯をする。これこそが征服王の宴会よッ!!」

「フッ、貴様が『王』を語るのは気に入らないが、その心意気は嫌いではない」

 

 もしかすると、ギルガメッシュさんでさえも、このお酒に酔っていたのかもしれません。様々な策謀や思惑を忘れ、この一時を愉しみます。

 

 では乾杯だ──誰かれともなくそう言い、王さまたちはもう何度目になったか分からない杯を交わしました。

 

 

 

 

×       ×

 

 

 

 すっかり宵もふけ、宴もたけなわになってきた頃──おもむろにイスカンダルさんは本題を切り出しました。お子様たちはもう眠りに就き、今ここにいるのは王さまたちだけです。

 

「──それで、大聖杯のことについてだが……余はアレをぶっ壊そうと思っておる」

 

 頬を赤らめお酒を眺めながら、イスカンダルさんは言います。その言葉を切り出すには、万感の思いがありました。その想いは、その行為は、自らの願いの否定に他ならないからです。

 

 たとえ偽物でも、たとえ紛い物でも、たとえ邪悪なるものでも、聖杯は聖杯です。ならばどんな形であれ、願望器としての機能はあるはずでした。それでも尚否定したのは、英雄としての誇りか、あるいは王としての矜持か……。それはイスカンダルさんのみが知ることでした。

 

「だが、“アレ”を完膚なきまでに壊すには、お主らの協力がいる。確かに我らは聖杯を求め奪い合った仲ではあるが、それを忘れ、手を貸してくれぬか?」

 

 イスカンダルさんの言葉に、残る王さまたちは暫し沈黙しました。そして、永遠に続くかと思われた静寂をアルトリアさんが打ち破ります。よく熟考し、一度瞳を閉じて、彼女は語りだしました。

 

「我々も、“アレ”を見た。貴公の言う通り“アレ”は世界にあってはならないものだ。断じて放置して良いものではない。貴公の招集に応じよう」

「かたじけない、セイバー……」

 

 アルトリアさんたちとて、聖杯が惜しくないはずがありません。出来ることならば、今でも聖杯が欲しいはずです。叶えたい願いがあってこの戦いに臨み、実現したい夢があって死力を尽くしてきたのですから……。

 

 それを捨て去ることは、苦渋の選択であったに違いありません。それでも彼女たちは捨て去ることを選択した。それは尊敬すべき選択でした。少なくとも、イスカンダルさんはそう思っていました。

 

 重苦しい空気の中、次にイスカンダルさんはギルガメッシュさんへと促します。

 

「……アーチャー。貴様はどうだ?」

 

 ギルガメッシュさんが答えました。

 

(オレ)はお断りだ、ライダー。貴様の招集には応じぬよ」

「アーチャー! 貴様この期に及んで──」

 

 今度こそ本気で激昂し、アルトリアさんはギルガメッシュさんに詰め寄ります。

 

「止めておけ、セイバー!」

 

 そんなアルトリアさんを、イスカンダルさんは強く制しました。そして、悠然と座るギルガメッシュさんをチラリと見据えます。

 

「今さら、『何故?』など問う必要はあるまいて……我らは今日、大いに飲み、大いに語り、大いに尽くした。もはや我らの間に語る言の葉はなく。後は示し、戦うのみだ。そうだろう、アーチャー?」

 

 ギルガメッシュさんが答えます。

 

「その通りだ、ライダー。いや、つくづく偽の王を語らせるには惜しいヤツよの。時代が時代ならば召し抱えてもおかしくはなかっただろうて……」

「貴様の臣下など、こっちから願い下げだがな」

 

 そう言い合うと、二人は不敵に笑い合いました。

 

 若干置いてけぼりなアルトリアさんは心の中で、“だから男の子っていやなんだ”と、知り合いの困った男の子たちを思い出しながら頭を抱えます。そして、「世界の命運が懸かっているはずなのに、それで良いんですか!?」と心の中で突っ込みを入れました。

 

 アルトリアさんは冷静に考えます。

 

 ギルガメッシュさんが協力してくれない以上、『大聖杯』の破壊はほぼ不可能です。大元を破壊出来ない以上、“アレ”の誕生を塞き止めるには、出口であり入り口である『小聖杯』を破壊する他ありません。

 

 そしてその『小聖杯』は、今は『言峰綺礼』の手の中にありました。

 

 まずは、彼を見つけ出さなくてはなりません。それに、アルトリアさんの聖剣を奪ったバーサーカーもです。ギルガメッシュさんを倒すにしろ、『小聖杯』を破壊するにしろ、それが必要でした。

 

「心配せずとも、すぐに見つかるさ──」

 

 アルトリアさんの考えを読んだのか、ギルガメッシュさんが傲岸な表情でアルトリアさんに言いました。アルトリアさんが「なんだと?」と問い(ただ)す前に、ギルガメッシュさんが更に続けます。

 

「──明朝だ」

 

 何の脈絡もなく突然そう、ギルガメッシュさんが短くキッパリと言いました。その言葉の意味する所を素早く察した王さまたちは、ただ黙って次の台詞を待ちます。

 

「明朝より、我らが戦いを始めるとしよう。その時になれば、自ずと求める全ての答えが集結するだろう。それは無論、『器』でさえも例外ではない」

 

 それは事実上の宣戦布告でした。英雄王が二人の王さまへと送る、挑戦状でした。ニヤリと笑った征服王が受けて立ちます。

 

「あぁ良いともさ。精々、今から必死になって準備すると良い」

 

 そしてさらに騎士王が付け加えました。

 

「それに、“酔いが残って勝てなかった”などと言い訳をしないように、しっかり鋭気を養っておくことです」

 

 征服王と騎士王の挑発に、嘲笑って英雄王が返します。

 

「フン、言いおる。貴様らこそ、精々尻尾を巻いて逃げぬようにな──明日の宴は今宵よりもさらに派手になるぞ……」

 

 そう言うとギルガメッシュさんは、金色の粒子となってこの場から去っていきました。

 

 イスカンダルさんにもアルトリアさんにも、そしてギルガメッシュさんにも予感がありました。この戦いが最後の戦いになると、明日になれば全てが終わるのだと、何もかもに決着がつくのだと理解していました。

 

 最後の戦いまで、あと一日です。

 

 

 

 

 

 

 




 やっとここまできた……

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