桜ちゃん、光の戦士を召喚する   作:ウィリアム・スミス

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桜ちゃん、攻め込まれる

 一方その頃──

 

 桜ちゃんが窮地に陥っている時、ケイネスさんたちとは別行動をとる切嗣くんたちは、()()()場所を目指していました。そこは冬木市の西南にある大きなお山──円蔵山です。まんまと上手いこと桜ちゃんを誘い出した切嗣くんたちは、その隙を突いてアイリスフィールさんを救出に来たのです。

 

 アイリスフィールさんが捕まっている場所は、万が一の時のために彼女にこっそり持たせていた発信器が、教えてくれました。発信器がきちんと正常に作動し、いまだアイリスフィールさんの側にあるのであれば、そこには彼女がいるはずです。

 

「それにしても、よりにもよって円蔵山か……厄介だな……」

 

 切嗣くんがボソッと呟きます。円蔵山の周囲には強力な結界が張られていて、サーヴァントなどの自然霊以外の存在は、参道からしか侵入することが出来ません。攻めるには難く、守るには易い、攻略するには厄介な難所であると言えました。

 

「ランサーたちは、上手くやってくれているでしょうか……」

「そればっかりは、祈るしかないな……」

 

 切嗣くんは端っから、桜ちゃんと戦う気などありませんでした。ああいう途方もない化け物を相手にするならば、ランサー程度の助力だけでは勝ち目すら見えてきません。最悪でも三騎──アサシンの事を考えるのであれば──四騎以上のサーヴァントでなんとか、というのが切嗣くんの目算でした。

 

 アルトリアさんを、そんな博打とも言える戦いに向かわせるわけにはいきません。ならばいっそ、この隙を突いてアンノウンの本拠地へと殴り込みに行くのが最善の策でしょう。切嗣くんの最大の目的は、アイリスフィールさんの奪還です。それにはセイバーの力が必須でした。切嗣くん単独での奪還は愚の骨頂でしょう。アルトリアさんをメンバーから外すことなど、有り得ないことでした。

 

 そしてその判断は、真に正しかったとすぐに証明されます。

 

 円蔵山の中腹──ちょうど階段の踊り場まで差し掛かった頃──アルトリアさんの直感に、警鐘が鳴らされました。

 

「──切嗣っ!」

 

 アルトリアさんが叫んだと同時に、切嗣くんは身を屈め、地面に伏せます。それと全く同じタイミングで、アルトリアさんが虚空目掛けて魔槍を振り、切嗣くんを庇うように陣取りました。

 

 何もないはずの槍先から火花が散り、魔槍の特殊能力により敵の気配遮断が解かれていきます。

 

「なるほど、二度は通じぬか、セイバー」

「貴様は、アサシン!」

 

 切嗣くんたちに攻撃を仕掛けてきたのは、アサシンことハサンさんでした。彼女の存在を認めた途端、直ぐさま切嗣くんたちは周囲を警戒します。ハサンさんの“分裂する”という特殊能力を知っているが故の行動でした。他にまだ、潜んでいるアサシンがいるかもしれません。

 

「その様子、どうやら私の能力のことは知っているらしいな。言峰綺礼にでも聞いたのか? だがまあ安心するが良い。アサシンはもう一人しかいない。私こそが()()()()()()()()()だ」

 

 誇らしげに、しかし、どこか寂しげな口調でハサンさんは言いました。自身の能力が赤裸々になったというのに、アサシンの様子はまるで動揺した気配はなく、平然としています。ハサンさんの異様な雰囲気に呑まれぬよう、切嗣くんは努めて気丈にアルトリアさんに言いました。

 

「セイバー!」

「任せて下さいッ!!」

 

 その僅かな言葉だけで切嗣くんの意図をまるっと理解したアルトリアさんは、まるで解き放たれた弾丸のように爆発的な飛び出しでアサシンに斬りかかり、切嗣くんの活路を開きます。

 

 この場所にアサシンが潜んでいたということは、ここにアイリスフィールさんが捕まっている可能性はほぼ確定的です。ならばどちらかがここで時間を稼ぎ、どちらかが奪還に向かうべきです。迫りくる敵はサーヴァント。ならば時間を稼ぐのはサーヴァントしか有り得ないでしょう。セイバーさんが作り出した活路を潜り抜け、切嗣くんは疾走しました。

 

 目指す場所は言うまでもなくアイリスフィールさんの元です。発信機の位置と場所的に、おそらくアイリスフィールさんが捕まっているところは円蔵山内部にある龍洞──かつて御三家が大聖杯を設置した大空洞の中でしょう。御三家であるアインツベルン家のマスターである切嗣くんは、その入り口も、入り方も熟知していました。確かに、広い冬木市の中で、これ程までに人質を匿うのに適した場所はないでしょう。

 

 円蔵山に張られた強力な結界により侵入出来るルートは限られていますし、御三家の叡智を結集して封印された入り口は、縁者でもない限りそう易々と突破できるものではありません。大方、それが突破出来なかったから、アイリスフィールさんを誘拐したのでしょう。

 

 “もし、そうであるならば、アンノウンの目的はやはり『大聖杯』だったのか?”

 

 一瞬、切嗣くんの脳裏にそんな考えが過りました。しかし、今はそんなことを思案している場合ではないと思い直し、自身が出せる最大速度で大聖杯までの道のりを踏破していきました。その先に“何が”待っているのかを知らぬまま……。

 

 

 

 

×       ×

 

 

 

 切嗣くんが懸命にアイリスフィールさんの元へ急いでいる頃──地上ではセイバーとアサシンの戦いが繰り広げられていました。今回で二度目となったアルトリアさんとハサンさんの戦いですが、前回と同様、一進一退の凄まじい攻防が応酬されています。

 

 アサシンの異常なまでの身体能力は依然変わりありませんが、アルトリアさんとて今回は負けてはいません。得意な獲物ではないとはいえ、現在は()()()()()()()万全な状態です。互角の勝負となるのは、当然の成り行きであると言えました。

 

「やるな、アサシン! だが──」

 

 サーヴァントたちの戦いは押しも押されもせぬ接戦でしたが、アルトリアさんは勝利への光明を戦いの中で見出だしていました。

 

 切嗣くんは最初から()()()()を読んでいたのでしょうか? もしそうであるならば、彼女のマスターは計りしれぬ策略家であると言えました。ランサーから譲り受ける宝具を決めたのは、『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』を選んだのは“彼”なのですから……。

 

 アルトリアさんがアサシンと打ち合う度に火花が散り、そして同時にゲイ・ジャルグの効果により、アサシンの装備品に掛けられていた謎の魔法が四散していきます。

 

 細い黒々とした短剣は大きく分厚いクロマイト製の双剣へ、まるで下着のような薄着も、物々しいグリフォン製の軽装装備に、至るところに装着されていた装飾品(アクセサリー)は、なぜ気付けなかったのかと思うほどに膨大な幻想が籠められていました。

 

 どれもこれも一級の宝具に匹敵するレベルです。原理不明だったアサシンの強さの種が、徐々に判明してきた気がしました。

 

「なるほど、読めてきましたよ、貴方のアサシンに似つかわしくない異常なまでの身体能力が。ずばり、その装備が原因だったのですね。隠していたのは、何かバレると()()()()()からではないですか?」

 

 似たような理由で『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』を隠匿していたアルトリアさんは、ニヤリと自信満々に言いました。アルトリアさんの予想は彼女の直感により後押しされ、ほぼ確信めいた感情になっています。おそらくアサシンが身に纏っているものは、秘匿することで効果の上がる宝具か何かなのでしょう。

 

 それは正しくアサシンらしい宝具であると言えました。実に厄介そうな宝具と言えましたが、しかし、原理や原因が分かってしまえばこっちのものです。とりわけアルトリアさんが握っているゲイ・ジャルグは()()()()()()()を打ち消すのに特化していました。

 

 状況は俄然、セイバーさんに有利であると言えます。

 

「まあ確かに、()()()()()のは確かだな……」

 

 白い仮面の奥に隠れた唇で、ハサンさんはそう言いました。彼女の今の表情は、不気味な仮面に隠れていて窺い知ることは出来ません。いま浮かんでいるのは秘密がバレたことによる遺憾の表情か、あるいは……。

 

「ならばその都合、断ち切ってみせよう! ハァアアアア!!」

 

 気合い一閃。いつぞやの対決と同じようにアルトリアさんは膨大な魔力放出で一気に加速し、刹那の間でアサシンとの距離を詰め、その勢いのまま穿(うが)つ一刺しを繰り出しました。

 

 乾坤一擲なアルトリアさんの一撃を、華麗に双剣で受け流すハサンさん。しかし、その行動は予期していたものです。ゲイ・ジャルグの切っ先が触れた場所から、ハサンさんの武器に籠められていた魔力が消滅していきます。それはゲイ・ジャルグが触れている僅かな時間のみでしたが、アルトリアさんには充分すぎる時間でした。

 

「そこだぁあああ!!」

 

 アルトリアさんは巧みに魔槍を操り、ハサンさんの武器にゲイ・ジャルグを当てたまま滑るように流し、アサシンの装備に籠められていた魔力を打ち消します。アルトリアさんは『剣』だけが取り柄の英雄ではありません。騎士たるもの、戦いに身を置くものとして武芸百般に秀でているのは当たり前のことでした。これくらいの芸当、屁でもありません。

 

 そこまでしてアルトリアさんが選択したのは、自らの武器をあえて手放すという選択肢でした。意を決してパッと魔槍を手放します。諦めたのではありません。魔力を四散させたまま、かつ攻撃を加えるために手放したのです。

 

 先程も言いましたが、アルトリアさんは得物を選びません。それはつまり、たとえ武器を持っていなくても、たとえただの()()であろうとも、アルトリアさんの()()は凶器となりうるということです。

 

 持ち主の手から離れても、ゲイ・ジャルグの効果は失われないことは承知の上です。そもそもアルトリアさんは本来の担い手ではないのですから、それでも問題なく扱えていたということは、つまりはそういうことなのでしょう。

 

「フン、はぁあああああああ!」

 

 ステータスが激減しているはずのハサンさんに、アルトリアさんの──もはや『兵器』と形容できる程に威力が籠められた──拳撃が迫ります。

 

「なっ……!?」

 

 しかし、アルトリアさんの渾身の拳は、ハサンさんに難なく躱されてしまいました。思わぬ出来事に動転するアルトリアさんですが、持ち前の豪腕と強引な魔力放出で休むことなく第二、第三撃と繰り出し──そして、そのどれもが躱されてしまいます。

 

「くっ……その隠匿は、強化のためではなかったのか……」

「然り。この『幻想』はただ単に見た目を惑わすためのもの。本来の見た目では、些か()()()()()()()()派手すぎたのでな……」

「要するに、ただの見た目の問題だったというわけですか……それほどの宝具を隠し持ちながら、なぜアンノウンの下僕などに甘んじている?」

 

 アルトリアさんの口から零れた質問は、彼女の純粋な疑問でした。複数に分裂し、単騎でもアルトリアさんと互角以上に戦うアサシンが、なぜアンノウンに従っているのか分からなかったからです。それほどの能力を持っているのであれば、もっと楽で簡単な戦い方があっただろうに……。

 

 アルトリアさんの疑問を聞いて、ハサンさんは愉快そうに嘲笑(わら)いました。

 

「ヌハハハハ。これが()()()()か。なるほど、何も知らなければそう思ってしまうのも仕方ないことなのか? こんな()鹿()()()()()が、我がアサシンの宝具だと……」

「どういうことです?」

「フハハ……どうやら分からぬようであるから教えてやるが、私が身に付けている装備品は、私の宝具ではない。貴様らがアンノウンと呼ぶ、サクラが()()()()()()()だ……」

「そんな馬鹿なッ!?有り得ない!」

 

 アルトリアさんに衝撃が走ります。アサシンが身に付けていた装備品は、間違いなく第一級の宝具に匹敵する神秘が籠められていました。それこそ神代の鍛冶職人や芸術家が作り上げたと言われても、不思議じゃないほどです。それを紛いなりにも現代人であるはずのアンノウンが作り上げたなど、信じられないことでした。

 

「だが、そんな有り得ないことを可能にしてしまうのが、あの少女だということだ……」

 

 そうです。桜ちゃんは類いまれなる武芸者であると同時に、凄腕の採集者(ギャザラー)でもあり、かつ神代の職人に匹敵する製作者(クラフター)でもあったのです。『God of the Hand』の称号は伊達ではないのです。

 

 桜ちゃんが真に恐るべきところは、そこにあると言えました。素材さえあれば無尽蔵に下手な宝具を凌駕する装備品を量産可能で、しかもその素材も自分で調達可能という、武芸者でありながら製作者であり採集者でもあるというのが、桜ちゃんの中にいる“女の子”の真価であると言えました。味方にすればこんなにも心強いものはありませんが、敵からしてみれば反則も良いところの性能でしょう。

 

 そしてその真なる脅威が、いまハサンさんの全身に纏われていました。()()()()において『エクスカリバー』の三倍近いIL(性能)を持つ装備たちが、最弱最低のサーヴァントを支えていたのです。ようするに今のハサンさんは、全身宝具状態であると言っても過言ではない状況にあるのでした。

 

「私は非力だ。貴様ら正道の英雄たちに比べれば、路傍の石に等しいほどに貧弱だ……それ故に我らは『数』を求め、それ故に我らは『個』を求めた……私たちは貴様らにとって取るに足らない暗殺者かもしれないが、剣の英雄よ、前にも誰かに言ったが……()()()()()()()()侮るなよ?」

 

 

 

 

×       ×

 

 

 

 まるで地獄の底まで続いているかの様な洞窟を突き進み、切嗣くんは遂にその先にある大空洞に辿り着きました。

 

 そしてそこで、()()()()を目撃します。

 

「……なんだ……これは?」

 

 そこに“それ”があることは切嗣くんも知っていました。御三家に関わる人間であれば誰もが知る秘密の場所。全てのマスターとサーヴァントが求め奪い合うもの。聖杯戦争で最も重要で最も秘匿すべきもの。この戦いの根底を成すもの。

 

 冬木の『大聖杯』が、そこにはありました。

 

 禍々しく邪悪な気配をたたえ、まるでこの世の全てを呪っているかのような怨嗟を宿し、そこに鎮座しています。

 

「これが……大、聖杯……?」

 

 その真っ黒な悪に染まった聖なる器を見て、切嗣くんは戦慄しました。

 

 “こんなものが、こんなものが大聖杯なのか? これが僕たちが追い求めていたもの? これが僕の答え? これが世界平和への礎なのか?” 切嗣くんの頭の中に様々な思いが去来します。

 

 想像を超えたあまりの事態に、切嗣くんの処理能力は完全にオーバーヒートしていました。しかし、今はパニックに陥っている場合ではありません。切嗣くんには他に優先すべきことがあるのです。ことの真相を確かめるのは後でも出来ます。今は何よりも“彼女”のことを……。

 

 何とか平静を保った切嗣くんは周囲を見渡し、すぐにアイリスフィールさんのことを見つけました。まるで眠れる森の美女のように大空洞のすみっこで、彼女は眠っています。

 

 驚いたことにアイリスフィールさんが眠る場所には、たいそう立派なベッドが置かれていました。この場には不釣り合いなフカフカのベッドの上で、アイリさんは健やかに眠っています。一見しただけでも目立った外傷などはありません。何気にアンノウンは、かなりアイリさんのことを丁重に扱っていたようでした。

 

「アイリ!!」

 

 切嗣くんがそう言って駆け寄ると、まるで魔法が解けたかのようにアイリさんが眠りから醒めます。

 

「……キリ、ツグ?」

「あぁ、そうだ、僕だ! 大丈夫か、アイリ?」

 

 たった一日しか別れていなかったのに、まるで何年も離れていたままだったかのような感覚を切嗣くんは感じていました。喜びを露わにして切嗣くんはアイリさんの手を取り、見つめます。

 

「えぇ、大丈夫よ、切嗣……ありがとう、きっと助けに来てくれるって思ってた……」

「当たり前だろう? アイリ……さぁ、今すぐここから出よう」

 

 アイリさんがいなくなって、実に様々なことがありました。挫折、絶望、恐怖、そして──絆と希望。彼女に話すべきことが、話したいことが一杯あります。しかし、それをするにはここは場違いにも程がありました。

 

「えぇ、分かってるわ。早いところ──えっ?」

 

 ピシャっと、“何か”がアイリさんの頬に零れ落ちてきました。

 

「……ガハッ」

 

 苦悶の表情を作る夫。流れ出る液体は赤くて生暖かく、その液体が零れ落ちるところからは、人体にはあるはずのない金属が──

 

「イ、イヤ──ンンンッ!?」

 

 アイリさんのその悲痛な叫び声は、しかし、何者かのゴツゴツとした大きな手に封じられてしまいます。

 

 その手を掴み、必死に抵抗するアイリさん。苦しみもがきながらも彼女が見たのは、全身に黒鍵が突き刺さる切嗣くんと、それをニヤけた笑みで眺めるカソック姿の男──言峰綺礼くんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 




 今年の更新はこれで最後になります。では、良いお年を!

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