桜ちゃん、光の戦士を召喚する   作:ウィリアム・スミス

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桜ちゃん、覗き見する

 戦場をつぶさに観察していた桜ちゃんには、切嗣くんの一挙一動が全て見えていました。大きな銃をうつ伏せで構え、何かを狙っています。

 

 いけません! 銃口が向けられた先に居るのは、ディルムッドくんのマスター──それも、狙いはおそらくは頭部です。

 

 切嗣くんの狙いは、ヘッドショットおじさんもびっくりのヘッドショットでした。いくら桜ちゃんが聖杯戦争と無関係だとしても、目の前で行われようとしている凶行をみすみす見逃すわけにはいきません。

 

 ほぼ無意識のまま、どこからともなく桜ちゃんは“細長い筒状の物体”を取り出すと、おもむろに口元に添え、溜め込んでいた空気をおもいっきり吹き込みます。

 

 桜ちゃんの超人的な肺活量に押し出され、高速で発射された“吹き矢”は、ありとあらゆる物理法則を完全に無視し、ありとあらゆる防御を突き抜けて、切嗣くんの意識を完璧に刈り取りました。

 

 その切嗣くんの寝つきの速さたるや、まるで某『丸眼鏡の小学生』のようです。あるいは、某『眠りの名探偵』でしょうか? 予想以上の効き目に、目を丸くする桜ちゃん。もしかしたら切嗣くんは麻酔針的なものに、なにか因縁めいた宿命でもあるのかもしれません。

 

 意識を消失し、完全に戦線離脱してしまった切嗣くん。

 まさかそんな事態になっているとは、ついさっきまで通信していた舞弥さんですら露知らず、倉庫街の戦況は刻一刻と推移していくのでした。

 

 

 

 

×       ×

 

 

 

「それは失策だったぞ。セイバー」

 

 その台詞とともに、ディルムッドくんの切り札──ゲイ・ジャルグの魔断の力と、ゲイ・ボウの治療不能の呪いがアルトリアさんに炸裂し、戦況は大いにディルムッドくんに傾くことになりました。

 

 手首の腱に手痛いダメージを食らい、頼みの綱である切嗣くん(マスター)からの援護も一向に来ないアルトリアさん……聖杯戦争初戦にして、まさかまさかの大ピンチです。こんなにピンチなのは、モルガンさんに色々な意味でハメられた時以来でしょうか?

 

 彼女を救うのは、共に最前線にいるアイリスフィールさんか、あるいは、切嗣くんの狙撃が何時まで経っても行われず困惑する舞弥さんか……はたして、戦況を一変させたのはそのどちらでもなく、突如鳴り響いた雷鳴の轟きでした。

 

AAAALaLaLaLaLaie(アアアアララララライッ)!!」

 

 バチバチと紫電を撒き散らし、轟音を響かせながら空中より馳せ参じたのは、巨大な二頭仕立ての戦車(チャリオット)と、それに駆る威風堂々とした佇まいの大男です。大男はちょうどアルトリアさんとディルムッドくんのド真ん中に降り立ち、豪快な素振りで声高らかに宣言します。チャリで来た!

 

「双方、武器を納めよ。王の御前である!」

 

 突然の乱入からの突然の王様発言──絶対に後先考えていない猪突猛進な行動に、全ての戦士たちは呆気に取られます。もちろんそれは、遠くから監視している桜ちゃんも例外ではありませんでした。

 

「あれは……イスカンダルさん?」

 

 固唾を呑んで見守っていた桜ちゃんから、つい、そんな言葉が漏れ出ます。そうです。戦場に無作法に乱入してきたのは、かの『征服王イスカンダル』さんでした。

 

 桜ちゃんにとって、イスカンダルさんがサーヴァントだったのは既に周知の事実でしたが、まさかこんなタイミングで再登場してくるとはビックリ仰天です。何やら見慣れない不思議な乗り物に乗っていることから、イスカンダルさんが『ライダー』のサーヴァントなのでしょうか?

 

「我が名は征服王イスカンダル。此度の聖杯戦争においてはライダーのクラスを得て現界した!」

 

 あ、どうもそうみたいです。

 

 見たこともないフライングマウントを所持していることから、噂の『未確認飛行物体』の正体もイスカンダルさんだったのでしょう。出来れば、『いつ』『何処で』『誰から』『どのようにして』入手したのか教えてもらいたいところですが、流石に今はグッと我慢です。

 

 これで、桜ちゃんが会ったことのないサーヴァントは、遠坂さんちの『アーチャー』と、間桐さんちの『バーサーカー』のみになりました。アーチャーに関しては既に詳しくハサンさんから聞いていますので、良く分かっていないのは間桐さんちのバーサーカーだけです。

 

 一体、バーサーカーはどんなサーヴァントなのでしょう? 狂戦士というほどですから、やっぱり瞳とかが赤く光っているのでしょうか? ゴージみたいに原初に飲まれていなければ良いのですが……。

 

 桜ちゃんはふと心の中で思いました──イスカンダルさんの勢いに乗って、残る二体のサーヴァントも現れてくれないかなぁ……。

 

 桜ちゃんがそんな希望的観測を考えていると、イスカンダルさんがその期待に応えるかのように、相対する戦士たちとの問答を終えると、大音量で夜空に向けて叫びました。

 

「おいこら! 他にもおるだろうが。闇に紛れて覗き見しておる連中は!」

 

 その大声を聞いて一番ドキッとしたのは、きっと他でもない桜ちゃんでしょう。なにせ桜ちゃんは、絶賛()()()()()()()()しているのですから当然です。

 

 大人しく出ていったほうが良いでしょうか? しかし、続くイスカンダルさんの大声から、どうやらこの発言は、桜ちゃんに向けられて発信されたものではなかった事が分かりました。

 

「​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​()()()()()()()()()は、今! ここに集うがいい。なおも顔見せを怖じるような臆病者は、征服王イスカンダルの侮蔑を免れぬものと知れ!」

 

 イスカンダルさんの発言に桜ちゃんはホッと胸を撫で下ろします。

 

 桜ちゃんの中にいる“女の子”は間違いなく『英雄』ですが、あいにく、聖杯に招かれた英雄ではありません。それならば、出ていく必要はないでしょう。

 

 桜ちゃん自身も『英霊』なんて大層な存在じゃありませんから、呼びかけに応えてホイホイ出て行ってしまっては、「お呼びでない」とイスカンダルさんに怒られてしまうのが関の山です。

 

 そうなってしまっては、場違いの勘違い野郎だと思われて恥ずかしいだけなので、桜ちゃんはこのまま空気を読んで戦場を静観することにしました。

 

 イスカンダルさんの挑発は抜群の効果を発揮したのか、あれよあれよという間に、残る二体のサーヴァントが姿を現してきます。

 

(オレ)を差し置いて、“王”を名乗る不埒者が、一夜の内に二匹も涌くとは……愉快な夜もあったものよな」

 

 そう不敵に(わら)って現れたのは、黄金に光輝くサーヴァントでした。特徴からして、あの人が噂に聞くアーチャーのサーヴァントなのでしょう。

 

 本名は『英雄王ギルガメッシュ』。“英雄王”だからなのか、実に尊大そうな態度で電柱の上に佇んでいます。それにしても“英雄王”だなんて、なんだかゾディアックブレイブにでも出てきそうな二つ名ですね。

 

 “女の子”が良く知るギルガメッシュくんは、『間抜けな武芸者』という感じで、この『天上天下唯我独尊』的な態度のギルガメッシュくんとは似ても似つかない印象がありましたが、不思議と魂の雰囲気だけは似通っていました。やはりこのギルガメッシュくんにも、エンキドゥとかいう“友神”がいるのでしょうか?

 

 四体のサーヴァントが睨み合う緊迫した状況の中、最後に満を持して登場したのは、全身甲冑で黒いもやもやに囲まれたバーサーカーです。

 

 桜ちゃんの“眼”を以ってしてでも、なんだか黒い影のようなもやもやが邪魔して見えづらかったですが、本名は『ランスロット』というみたいでした。桜ちゃんが期待していた通り、その眼光は妖しく赤色に煌めいています。原初でも解放しているのでしょうか?

 

 しかし、その漆黒の見た目からして、このバーサーカーは『戦士』ではなくきっと『暗黒騎士』です。彼も心の奥底に、誰も知らない“闇”を抱えているのでしょうか? 出来れば、心優しい“闇”だと良いのですが……。

 

「バーサーカー。雁夜おじさんの、サーヴァント……」

 

 そうです。バーサーカーのサーヴァントがここにいるということは、マスターである雁夜おじさんも、近くにいる可能性がありました。桜ちゃんの表情が若干曇ります。

 

「あんまり会いたくないぁ……」

 

 ついつい桜ちゃんからは、そんな本音が漏れ出ました。実は言うと桜ちゃんは、雁夜おじさんが苦手なのです。

 

 きっと、雁夜おじさんが時折桜ちゃんに向けてくる、不純で(よこしま)な瞳が原因だったのでしょう。特にここ一年では見た目もかなり豹変してしまった上に、常に切羽詰まった表情をしていたものですから、より近づき難い存在になってしまったのは否定出来ません。

 

 正直なところ、極力会いたくないのが桜ちゃんの偽らざる気持ちでした。それに万が一見つかってしまったら、間桐さんのお家に連れ戻されてしまうかもしれませんしね。

 

『これで、全てのサーヴァントがここに集結したことになるな……フフフ、やはり私の目に狂いはなかったか……』

 

 なんとも愉快そうな声色で、ハサンさんがPTチャットでそう言いました。

 

 現時点でこの場に集まったサーヴァントは『セイバー』『ランサー』『ライダー』『アーチャー』『バーサーカー』の五騎──『アサシン』は桜ちゃんの側にいて『キャスター』は既に討滅済みなので、ハサンさんの言う通り、ここには全てのサーヴァントが集結していることになります。

 

『あれ? どうして、ハサンさんは出ていかないのですか?』

 

 そう疑問に思った桜ちゃんは、さっきから嬉しそうにニヤニヤしているハサンさんに質問をしてみました。

 

 せっかくみんな集まったというのに、『アサシン』のサーヴァントであるハサンさんが輪に加わらなくて、本当に良いのでしょうか? 積極的に出会いの場に出ていかないと、お友達はできないと思うのですが……「お前が言うな」と、特大ブーメランが帰ってきそうです。

 

『……わ、()()()はもう既に“顔”見せは済んでるから、出ていく必要は無いのだ!』

 

 わざとらしく語気を強め、もっともらしい言い訳をハサンさんが述べました。

 

『そうですか……』

 

 桜ちゃんが残念そうに言います。

 

 しかし、ハサンさんが乗り気でないならば、仕方ありません。別に桜ちゃんが無理強い出来るものでもありませんし、事実、ハサンさんの“貌”は昨晩のうちにお披露目しているので、今更必要ないのは確かでした。

 

 “あのハサン”の尊い犠牲は、こんな所にも影響を及ぼしていたようです。

 

 全てのサーヴァントが、初戦にて大集結するというまさかの珍事に、戦場は緊迫した空気に満ちていきました。マスターも、サーヴァントも、誰も彼もが戸惑いと警戒心を露わにしています。

 

 セイバーが油断なく構え、ランサーが様子を伺い、アーチャーが見下し、バーサーカーが睨み付ける……正に一触即発の状態。少しでも隙を見せれば、たちまち呑まれてしまうのは誰の目から見ても明らかです。

 

 しかし、そんな状況にも関わらず、不敵に隙を晒し、不満たらたらな態度を見せる人物が一人だけいました。

 

「セイバーに……ランサーに……アーチャーに……バーサーカー……アサシンは死んだとして、もう一騎……キャスターのサーヴァントが足りんではないかッ!!」

 

 最も目立ち、最も危険な戦場の中央部で堂々と構える征服王が、各サーヴァントたちに目配せしてそう咆哮します。

 

「我が居城を侵し、我が宝物を奪った『()()()』とかいう小娘よ! ここに居ないということは、貴様の正体はキャスターのサーヴァントなのであろう? こそこそしとらんで姿を見せたらどうだ!? あぁんん?」

 

 イスカンダルさんが不機嫌そうな態度を隠そうともせず、隠れている桜ちゃんに向けてそう啖呵を切りました。どうやらイスカンダルさんは、桜ちゃんが勝手に本を返却したことに大変ご立腹のようです。

 

『これは、出ていったほうが良いのかな?』

 

 少しだけ不安になった桜ちゃんは、静かにPTチャットでハサンさんに相談しました。

 

 桜ちゃんは『キャスターのサーヴァント』ではないので、イスカンダルさんが言う『サクラ』とは別人の可能性がありますが、流石にそれは限りなく低いでしょう。十中八九、イスカンダルさんが言っている『サクラ』とは桜ちゃんの事です。イスカンダルさんに言われた通り、素直に出ていった方が良いのかもしれません。

 

『いや! それは止めておいた方が──』

 

 そうハサンさんが静止しようとした瞬間──真っ先に動きを見せたのは、名指しされた桜ちゃんではなく、まさかまさかの『バーサーカー』でした。睨み付けていたアーチャーを完全に無視し、突如として猛スピードであらぬ方向に突貫していきます。

 

「■■■■■■■■■■■ーーー!」

 

 バーサーカーが向かった先にいるのは……今まさに怒号を上げたイスカンダルさんでした。

 

 暴走でしょうか? いいえ、確かにその場にいる誰もがあずかり知らぬことでしたが、バーサーカーのこの突然の行動は、完全にマスターの“意図した”ものでした。宿敵であるアーチャーでもなく、宿願であるセイバーにでもなく、『()()()』という言葉に誘われるがまま、バーサーカーはイスカンダルさんに肉薄します。

 

 しかし、その行動を“良し”としない英雄が一人だけいました。

 

「貴様ッ! 天に仰ぎ見るべきこの(オレ)を、許しを得ずして見たばかりか、放置するとは! 万死に値するぞ、狂犬めッ!!」

 

 その怒りの叫びと共に、ギルガメッシュくんが何処からともなく幾つもの武器を背後に出現させると、自分をシカトしたバーサーカーに向けて高速で射出します。

 

 突然の強烈な横やりに、成す術もなく撃沈されると思われたバーサーカーですが、なんと! 華麗に身を翻し飛来した第一撃を空中で掴み取ると、それで以って続く第二、第三撃を見事に叩き落としてみせたのです!

 

「奴め、本当にバーサーカーか?」

 

 その狂戦士とは思えない芸達者ぶりに、戦慄の言葉を漏らすディルムッドくん。

 

 ギルガメッシュくんの攻撃を無傷で凌いだバーサーカーは、そのまま流れるように標的をギルガメッシュくんに改めると、奪った武器を掴んだまま猛然と襲いかかります。誰にでも噛み付くその様は、正に“狂犬”と呼ぶに相応しいものでした。

 

「我が宝物を奪うどころかそれで以って挑もうとするとは……そこまで死に急ぐか、狗ッ!」

 

 再び現出した宝剣、宝槍、その他諸々の武器の切っ先を、無慈悲に定めるギルガメッシュくん。正気を失いながらもその精彩な剣技を披露したバーサーカーが、絨毯爆撃も真っ青な攻撃に挑もうとしたその瞬間──今度は暴走するバーサーカーの背面に強烈な衝撃が走りました。

 

「よもや最初に襲いかかった余を無視してその金ピカに行くとは……この征服王、安く見られたものよなぁ!」

 

 隙だらけのバーサーカーの背後を切りつけたのは、他でもないイスカンダルさんです。

 

 いかに度量の深い征服王といえども、挑んだくせに勝手に標的を変えられたのでは、黙って見ていられる訳がなかったのでしょう。自慢の戦車(チャリオット)の電撃的疾走で、バーサーカーを窮地に立たせます。

 

 イスカンダルさんの攻撃をまともに受け、バーサーカーは無残にも転げ回りました。砂埃を巻き立てて止まった先は、ちょうどギルガメッシュさんとイスカンダルさんの真ん中あたりです。

 

 位置的に二体一の状況。

 

 バーサーカーにとっては絶体絶命、最低最悪な位置です──しかし、二体一が卑怯だとは言えません。先に仕掛けたのは、バーサーカーの方なのですから。

 このまま二人の“王”に挟み撃ちにされては、さしも類まれなる狂戦士といえども敗北は必定でしょう。万策尽きたと言っても過言ではありません。

 

 しかし、そんな窮地に立たされてもなお、僅かにですが活路はありました。

 

 当たり前ですが、バーサーカーは最強だからとか、マスターである雁夜くんが突然何らかの才能に目覚めるとか、奇跡的にアルトリアさんがバーサーカーが自分の臣下であると気付くだとか、そんな身も蓋もない活路ではありません。

 

 バーサーカーの首を狙う二騎のサーヴァントが、いずれも劣らぬ“暴君”であったのが、最大最強の活路でした。

 

「邪魔をするな雑種風情が。そこな狂犬は(オレ)の獲物だ。引っ込んでいろ!」

「そうは言うがな金ぴか。そやつの狙いは余であったようだぞ? それならば余計な横槍は無粋というものだろうて」

「ほぅ、こともあろうか“真の王”たるこの(オレ)に、“異”を投げ掛けるつもりか?」

「応ともさ。なぜなら征服王イスカンダルたる余もまた、“王”の中の“王”であるからに……」

 

 お互い、決して揺るぎなき“王”と自覚するからには、歩みよりや譲歩などという選択肢があろうはずもありません。唯我独尊。我儘の極地。両雄の間には、マリアナ海溝よりも深く、エレベストの頂きよりも高い“壁”が存在しているようでした。

 

 こんな調子では、お互いがお互いを理解し合えるはずがありません。譲り合いや共闘など、考えにすら及ばなかったことでしょう。決裂は確定的に明らかでした。

 

「良いだろう! ならば、そこの狂犬もろとも貴様を消し炭にしてくれるッ!!」

「望むところだ金ぴか! 後で吠え面かくなよッ!!」

 

 バーサーカーを挟んだ状態で、二人の王の“我欲”が激突します。

 

 金ぴかアーチャーは三十は届きそうな武器を虚空に出現させると、対するイスカンダルさんは自慢の戦車(チャリオット)から膨大な紫電を(ほとばし)らせました。煌めく至高の黄金と、雷神の如き雷鳴。おそらく、世界一はた迷惑な意地の張り合いが、今まさに行われんとしていました。

 

 両者の間に挟まれたバーサーカーは、たまったものじゃないでしょう。しかし、相当ダメージが深刻なのか、のたうち回って藻掻くばかりで、回避する気配がありません。このままだと万事休すです。

 

 征服王も英雄王も、想像以上に熱くなって周りが全く見えていませんでした。“切り札を晒し過ぎ”だとか、“直ぐ側にマスターがいる”だとか、そんな配慮は完全に頭からフッ飛んでいます。

 

 それでも他の参加者たちが、「あれ、これもしかしてチャンスなんじゃね?」と思い至らないところを見ると、皆、完全にこの空気に飲まれていると言えました。このままでは、この聖杯戦争の『初戦』が、聖杯戦争の『最終戦』になってしまいます。

 

 はたして、暴走する二人の暴君を諌めたのは、唯一彼らに命令できる二人のマスターでした。偶然か必然か、“それ”は全く同じタイミングで発動し、全く同時に実行されます。

 

『英雄王よ、どうか本当にお願いですから怒りを収めて“撤退”を……』

()()()()()()()! 死ぬ! 死んじゃう! このままだと本当に僕が死ぬ!!」

 

 その魔力の篭った“お願い”は、直ちに抜群の効果を発揮しました。

 

 アーチャーは忌々しそうに視線を東南に向け、ライダーは足元で目を回すマスターを一瞥します。その後、再びギロリと睨み合うと、複雑な表情を浮かべお互い苦笑しました。

 

 さっきまで空間が歪むほどに放たれていた痛烈な戦意が、今ではすっかり四散しています。

 

「……命拾いをしたな、雑種」

「その台詞、そっくりそのまま返してやるわい、金ピカ」

 

 その売り言葉に買い言葉の応酬に、英雄王は不敵に笑みを浮かべ、征服王が豪快に笑い飛ばしました。

 

「フン、面白い。貴様、征服王とか言ったか……決めたぞ、お前はこの(オレ)が手ずから葬ってやることにしよう……」

「それは重畳。余もまた、貴様を手ずから葬ってみせようではないか……」

「フッ、減らず口を……さて、どうやら今宵はこれまでのようだ。残る雑種ども。貴様らは次までに有象無象を間引いておけ。“真の王”に(まみ)えるのは、“真の英雄”のみで良い──」

 

 英雄王が黄金の輝きを残滓させながらそう言うと、その姿が虚ろになっていきます。台風のように戦場を好きなだけ掻き乱した黄金のサーヴァントは、満足そうに去っていくようでした。

 

「あぁ、そういえば征服王……」

「なんだ? 金ピカ」

 

 しかし去り際、ふと何かを思い立ったのか、英雄王が更に言葉を重ねていきます。

 

「貴様には期せずして教えられた事が“一つ”だけあった。だから褒美として、“一つ”だけ良いことを教えてやろう……貴様は、貴様の居城を『キャスター』に侵されたと言っていたが、それは違うだろうよ」

「……なんだと?」

 

 突然の発言にイスカンダルさんが訝しみます。

 

 未熟なマスターの拙い隠蔽魔術だったとはいえ、それを看破し、さらには碌な痕跡も残さず潜入出来る『小娘』など、キャスターのサーヴァントでなくて、一体、誰だと言うのでしょうか?

 

「『キャスター』はもう死んだ。おそらく、(オレ)が考えている“ヤツ”によってな。貴様の居城に侵入したのは、『小娘』だったのだろう? ならばきっとそれも、“ヤツ“の仕業で違いないだろうさ……」

「ヤツ? 何者だ、そいつは?」

「さぁな……(オレ)が貴様に教えるのは“ここ”までだ。あとは貴様で考えろ。もっとも、(オレ)は“ヤツ”のことを『アンノウン』と呼んでいるがな……」

「……アンノウン」

 

 イスカンダルさんがぼそりとその名前を呟きます。アンノウン……正体不明(Unknown)。確かにその名が示す通り、卓越した観察眼をもつイスカンダルさんを以ってしてでも、『サクラ』という小娘だという以外には、その正体は全く判然としていませんでした。

 

「ま、精々足掻くが良いさ。有象無象の雑種どもよ……」

 

 英雄王が去り際に残したその言葉は、その場にいる全ての者たちに深く刻まれることになります。正体不明(Unknown)の名を冠する謎の少女──彼女の存在は、この聖杯戦争にどんな影響を与えるのでしょうか? それは、ここにいる誰にも分かりませんでした。

 

 暴風雨のような英雄王が去り、張り詰めていた空気が一気に弛緩していきます。

 

「あー……それで、だ」

 

 その中で、イスカンダルさんが気まずそうに頭を掻きながら言いました。そして、アルトリアさんとディルムッドくんに目配せすると、さらに続けます。

 

「いつの間にやらバーサーカーも消えてしまったようだし、残るサーヴァントは我ら三騎だけ……のぅセイバーにランサー、そしてそのマスターたちよ。今宵はこれくらいで手打ちとせんか? うちの坊主も……ほれ、この通りだし」

 

 そう言ってイスカンダルさんは、白目を向いた自らのマスターを衆目に晒しました。

 

 とんでもなく無警戒で愚かな行為でしたが、そんな状態のマスターを抱えてでも、最悪逃げ出せる算段がイスカンダルさんにはあるのでしょう。実際、イスカンダルさんには、『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』という高速飛行手段があるので、十分に可能な範囲であると言えます。

 

 三竦みの状態──下手に動けば取り返しのつかない事になるのは、直ぐに判断できました。ここいらが引き際でしょう。アルトリアさんはアイリスフィールさんと視線を交わし頷くと──

 

「こちらも、特に異論はない。その申し出を受け入れよう」と言いました。

 

 致命傷では無いとはいえ、深手を負った上に切嗣くん(マスター)とも音信不通の状態となっては、これ以上の深追いは得策ではありません。

 

 それに、キャスターが脱落したらしい情報や、各サーヴァントの戦術、戦法、謎のアンノウンの存在まで掴んだのですから、収穫は十分であると言えるでしょう。今回はこれで“良し”とすべきです。

 

 ディルムッドくんの方も、おそらく隠れ潜んでいるマスターと念話で相談したのでしょう。双方、似たような結論に至ったのか、アルトリアさんの後に次いで「我がマスターも、了承するそうだ」と同意を示しました。

 

「それならば、今宵はこれにて! 解散ッ!! AAAALaLaLaLaLaie(アアアアララララライッ)!!」

 

 こうして、イスカンダルさんの猛々しい雄叫びと稲妻が終焉の報せとなって、過去最大規模となった聖杯戦争の初戦は、騒々しく終わりを迎えたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 




 切嗣くんは、舞弥さんが後できちんと回収しました。

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