桜ちゃんの叫び声と共に突如降ってきたのは、五体の機動兵士でした。赤青黄緑の人型が四体に、四つ脚型の機体が一体。彼らは戦場を縦横無尽に駆け巡り、海魔たちを粉砕していきます。
青の忍者兵『ブラスター』の分身攻撃に始まり、黄の武装兵『ブロウラー』のダブルバスターアタック、続いて外周から巨大なチャクラムが飛来し、中央に陣どる防衛参謀『オンスローター』がメガビームを放ちます。立て続けに赤の魔導兵『ボルテッカー』の属性ミサイルが発射され、緑の算術兵『スウィンドラー』のハイト攻撃が起動、そして再び『オンスローター』と『ブロウラー』の極太ビームが放たれました。
乱れ飛ぶビーム。降り注ぐミサイル。飛び交う分身。入り乱れるチャクラム。せり上がる地面に、意味不明な魔法攻撃。
ろくな意思疎通も連携もない海魔たちに、それを処理できるはずもなく、さながらその光景は、まさに大運動会もかくや如くといった様子でした。
一方的、一方的です。機動兵士たちは戦場に蔓延る海魔たちを粉砕し、蹂躙し、なぎ払っていきます。再生能力などもはや意味を為していません。
再生するならばそれを上回る速度で、復活するならばそれを超える速度で、殲滅していきます。
戦場を縦横無尽に席巻していた機動兵士たちが、空高く飛び立ちました。一度視界から完全に消え去った後、翻って再び戦場に舞い戻ると──複雑に機体を駆動させて変形合体します。
起動、律動、そして天動。
青白い紫電が
それは、山と見紛うばかりに巨大な機動兵士。
それは、城と見紛うばかりに壮大な合体戦士。
もはやそれは『兵士』などというカテゴリーの範疇になく、『兵器』と呼ぶに相応しい威容さでした。
その勇猛さ、その勇壮さ、まさに──
「馬鹿なッ!! こんな事が!! こんな事が!! あって、あってたまるかぁああああ!!」
想像を絶する理不尽な蹂躙劇にジルさんが慟哭します。
ジルさんにはやるべき事があるのです。神様に裏切られ、人々に裏切られ、絶望の中で死んでいった聖処女を、再び現世に降臨させ救済するという崇高な使命があるのです。
こんなアホみたいな機械人形に、こんな所で負けてやるわけにはいかないのです。
「私には使命があるのです! 失われた奇跡を取り戻し、奪われた乙女を奪還し、傲慢なる神々に復讐を成さねばならないのです! 終わるわけにはいかない、まだここで終わるわけにはいかないィイイイイ!!」
ジルさんは怒号と共に手に持つ魔道書に邪悪な魔力を篭めました。
それは、なりふり構わない捨て身の召喚。制御も使役も度外視した、ただ“招くだけ”の異様な儀式でした。
ジルさんを中心にして、周囲の地面がガタガタと脈動します。
「見捨てられたる者よ集うがいい!
斯くして現れたのは、この世ならざるモノ。
巨大な肉塊に夥しい数の触手、吐き気を催すほどの醜悪な異形──『大海魔』。
地下貯水槽という戦場で対峙するは、巨大な機動兵器と巨大な水棲巨獣。さながらその光景は特撮映画か何かの様です。
大海魔がジルさんを飲み込み始めました。ズルズルズルズルと大海魔の内部に沈んでいきます。
大海魔は完全にジルさんを取り込むと肉体から無数の目玉をはやし、鋭くジャスティスを睨みつけると眼光を妖しく煌めかせました。
「さあ、恐怖なさい! 絶望しなさい! 我が憤怒と怨恨を刻み込み、我らが主に捧げる贄となるのですッ!」
大海魔はジルさん最大最後の究極兵器と言っても過言ではない存在です。
対軍宝具を物ともしない頑強さと無限の如き再生能力。そして、その巨体を活かした恐るべき攻撃力は、攻守ともに完璧な最終決戦兵器と言えました。
出せば勝ち確の、いわば『約束されし勝利の海魔』
そう、それはもう……
ジルさんの確固たる自信は、たった一撃の元に粉々に粉砕されました。
「ば、馬鹿な……」
ジルさんの大海魔に、ブルートジャスティスのダブルロケットパンチが放たれます。
防御力に特化した超一流の英雄と、回復能力に特化した超一流の英雄が揃って何とか耐えられるその情け容赦のない無慈悲な攻撃は、一撃で大海魔の肉体の三割以上を屠り、その霊基にまで甚大なダメージを負わせました。
「馬鹿な……馬鹿な……」
休む間もなくジャスティスからは火炎放射と膨大な数のミサイルが放たれ、爆風と爆炎が辺りを焼き尽くします。絶えることのない絨毯爆撃。直撃を受けた大海魔の肉体が、火炎と爆発によりみるみる内に削られていきます。
「馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なッ!!」
抵抗を試みるために大海魔が触手を放ち、ジャスティスを捕らえようと画策してきました。
ですがそれは、その巨体さからは想像も出来ない程の素早いジャンプで躱され、お返しとばかりに落下してきたジャスティスが反撃をお見舞します。
大海魔の体がひしゃげ、至るところから血と粘液が漏れ出てきました。
「こんな! こんな事がッ!!」
それでもジャスティスの攻撃は止まりません。
一瞬、腰だめに深く構えたかと思うと、前方に夥しい数の赤い熱線を放ちます。
膨大な熱量をもったアトミックレイ──永遠に続くとも思われたその熱照射が終わる頃には、大海魔はその総体の殆どを失い、ほぼ死に体になっていました。
「こんな事が認められてなるものかッ!! こんな、こんな理不尽な事がッ! こんな巫山戯た事がッ!! これではまるで、これではまるで……はぁぁあ!!」
もはや周囲を守護する肉壁は完膚なきまでに消滅し、無防備に外部へと露出したジルさんはその姿を見ました。
『コンバットシステム……「究極合神モード」ニ変更! 起動シマス!』
その荘厳なる姿。黄金に輝く機体。機械仕掛けの翼。神のごとく煌めく威光。その姿はまさに──
ジャスティス合神!!
ジルさんは……いえ、かつて戦場を聖処女と共に駆け巡った『ジル・ド・レェ』は、世界に絶望するあまりあらゆる悪行に手を染め、悪徳を積み重ねてきました。
罪を重ね背徳を犯せば、神の存在は証明されると信じて……。
聖処女を辱しめた神意も、“その時”明らかになると信じて……。
「お、ぉお……こ、これこそが」
ですがジル・ド・レェが犯した悪逆と
その時ジル・ド・レェは確信しました。
この世に神は
そう思っていたのに──
「あぁあ、これが、この“光”こそが……」
遂にこの“時”が来た。
遂に神罰の“時”が来た。
この傍若で邪悪な我が所業が、遂に罰せられる“時”が来た!
この輝ける翼を持つ神の御使いから、遂に審判が下る“時”が来たッ!!
「あぁ! この“者”こそが! この“光”こそが! この“審判”こそがッ!! 我が求めていたもの!! 我が焦がれていたもの!!」
ジルさんはその『機械仕掛けの天使』に向かって手を伸ばしました。
この“時”だ──この“時”を迎えるために私は“ここ”に召喚された。
この天より降りし者の『最後の審判』を受けるために、私は“ここまで”来たのだ……。
『コンバットシステム……「最後の審判』ニ移行! 開廷シマス!』
極光がジルさんを包み込みました。
それは、遠い昔に彼が見知った光ではありませんでしたが、今の際の瞬間、確かにジルさんは見ました。朗らかに笑顔を浮かべて微笑み、手を差し伸べてくる聖処女の姿を……。
暗闇の中で逃げ惑う“その”存在を、ハサンさんは見逃しませんでした。
どんなに洗ってもこびれ付いて取れない血の匂い。
どんなに流しても消えない臓物の匂い。
陰湿に纏わりついた屑の匂い。
そんな匂いを漂わせた存在に、暗殺者であるハサンさんが気付かぬ道理はありません。
「あぁクソ! なんだってんだよあのバケモンは……青髭の旦那もやられちまうし、せっかくこれからすんげぇCoolな日々が始まると思ってたのに……」
“コイツ”は救いようもないクズ野郎です。
人を犯し、人を辱め、人を殺し、悦に浸る、救いようもないゲス野郎です。
ハサンさんには分かります。
幾多の殺人を犯し、数多の暗殺を実行してきた19代目ハサン・サッバーハには良く分かりました。
“コイツ”は殺人を、さも崇高な芸術か何かと勘違いした生粋の殺人鬼です。
流れる血に歓喜し、鼓膜を震わす叫びに狂喜し、殺人を信仰する真性のイカれ野郎です。
誇りも、矜持も、高潔さも無く、ただただ自分の欲望だけに殉じる快楽殺人者でした。
同じ外道でも、ハサンさんとは決して相成れない対極の存在です。
自己犠牲を是とし、自由意志を尊び、信条と名誉を重んじる、彼ら
この様な男の存在を暗殺教団の山の翁が許して良いはずがありません。
闇に生き、光に奉仕する者の義務として、看過して良いはずがありませんでした。
「それにしても青髭の旦那……言うほど大した──」
“ソレ”は、音もなく、気配もなく、予感すらなく行われました。
背後から忍び寄る一筋の
驚くべきほどに迅速にハサンさんの暗殺は実行されました。殺人鬼の脳髄を一閃し、一瞬で絶命せしめます。おそらく、殺人鬼は自分が死ぬ瞬間まで死ぬことに気付けなかったでしょう。
これは、情けではありません。
“コイツ”は、こういった外道は、自らの死ですらも快楽にする狂人です。むしろ自身の死こそが最大の愉悦になると言えるでしょう。
だからこそ、ハサンさんは“コイツ”が最も苦しむ方法で暗殺したのです。
これぞ暗殺者のサーヴァント。これぞ山の翁。これぞハサン・サッバーハ。
「……フン」
全くの感慨もなく、ハサンさんは息絶えた殺人鬼を見下しました。
状況からして、“コイツ”があのサーヴァントのマスターで違いないでしょう。その証拠に腕には赤い三画の紋様──令呪──が刻まれています。
一体、何があってこんなクズ野郎がマスターになったかは今となっては分かりませんが、そんな事は知りたくもありません。
とりあえず、マスター殺しのサーヴァントとして一面目躍如といったところでしょうか? もっとも、肝心のサーヴァントは既に消滅した後なので、利益はあまりないですが、それでも意味はあったとハサンさんは確信していました。
海魔を使役し、無尽蔵に喚び出していた事から“アイツ”はキャスターのサーヴァントだったのでしょう。
桜ちゃんとジルさんの戦闘を一部始終見守っていたハサンさんは、そう結論付けていました。
ちなみに桜ちゃんに助力をしなかったのは、明らかに邪魔になると分かっていたからです。ハサンさんは桜ちゃんが負けるなど微塵も思っていませんでした。あの神霊を操る魔法少女と、あの召喚魔術師もどきでは召喚術師として格が違いすぎます。万に一つにも敗北はあり得なかったでしょう。
それに、あんな巨大ロボと巨大怪獣の戦いに割って入れるほどハサンさんは人間離れしていません。いわばこれは『適材適所』というやつなのです。
それにしても──とハサンさんは考えます。一体、あの少女は何者なのか? と。
その笑っちゃう位の戦闘力は言わずもがな、この短期間に遭遇したサーヴァントが二体というのは明らかに異常です。聖杯戦争とは無関係だと自称するにしてはどう考えても可笑しいです。
ハサンさんが知る限りでは、桜ちゃんに『キャスターのサーヴァント』を狙っている意図は全く感じられませんでした。あくまで桜ちゃんが追っていたのは『連誘拐続殺人犯』で、それが偶々『キャスターのサーヴァント』だったというだけのことなのです。
最初からキャスター狙いだった可能性は限りなく低いでしょう。
なんせキャスターは昨晩召喚されたばかりで、連続殺人犯の噂が流れたのはそれよりもずっと前からなのですから。
そしてその異様な偶然は、ハサンさんの場合も同じと言えました。
桜ちゃんが追っていたのは『冬木に潜む白い仮面』であって『アサシンのサーヴァント』ではありませんでした。『冬木に潜む白い仮面』が、偶々『アサシンのサーヴァント』だったというだけの話なのです。別に、最初からアサシンを狙っていたという訳ではないのです。
あくまでも、偶々、偶然、追っていた不審者がサーヴァントだった──でも、本当にそうなのでしょうか?
この遭遇率、この発見率、ただの偶然で片付けるには明らかに無理があります。
何らかの意図が、何者かの意図が感じられます。何か得体の知れない巨大な“意思”の介在が……。
それは、あの底知れぬ戦闘力に関してもです。
あの能力、あの魔力、あの兵器、あのパワー。一般人が持つには明らかにオーバースペックな内容です。まるで対サーヴァント戦、いえ、もっと強大で強力な“ナニか”と戦うために用意された『戦力』の様に思えます。
あんな年端もいかない女の子が、どうしてそこまでの“力”を得るに至ったのでしょう? 明らかにあの“力”は個人が得るには度が過ぎている“力”です。
謎が謎を呼びますが、所詮アサシンのサーヴァントでしかないハサンさんにその答えを出すことは出来ませんでした。
でも少なくともハサンさんには分かっていることが一つあります。それはおそらく、最も重要で大切な得難い真実と言えるでしょう。
それは、あの少女は、桜ちゃんは、ハサンさんの敵ではないという事です。
対話は可能。刺激さえしなければ牙を剥くことも無い。それさえ分かっていれば、十二分過ぎてお釣りがくるってもんです。
さて、そろそろ桜ちゃんを迎えに行かなくてはいけません。
このまま待っていても暫くすればこっちに来てくれそうですが、流石にあの幼女に“この”光景を見せるわけにはいかないでしょう。
殺人事件の現行犯を見つけたら、黙っていられるような子ではありませんからね。
そう考えつつ、ハサンさんは最後に殺人犯の亡骸を一瞥しました。その瞳には、赤い三画の紋様が写っていました。
キャスターさんにとどめを刺したのは多分メガビーム。