銃士は龍の夢を見る   作:ササミフライ
<< 前の話

8 / 8
戦闘、特に搦め手戦というのは難しいです。


その4

 日も暮れて、夜になろうとしていた時間。アニエスは一人夜の街道を歩いていた。
 いつ出現するかも分からない殺人鬼ラモルに、警戒心を悟られぬよう、あえて無防備な姿で、鼻歌交じりに足を進める。その後を、エレオノールとカトレアが距離を置いて見守っていた。
 アニエスは目だけを龍化し、何故か人間では出来ないエレオノールとの視界共有を行っている。お互いの視界を共有をすることで、ラモルがどこから現れてもよいようにあらかじめ処置をしておいたのだ。
 子供の頃は感情の爆発などで発現していた龍化の力も、今では大分コントロールできるようになった。あの力はあまりに強く、そして危険なため、アニエスは使用を控えるように言われている。もちろん、有事のときにはこうして使うようにしているのだが。

(まあ、有事と言っても、だな)

 アニエスは歩き続ける。事前に自分の名前を書いた紙を送り、“呪い”をしてラモルを炙り出す。危険な方法ではあったが、逆に言えば確実な方法でもあったのだ。この夜までに調べた限り、呪いに掛かったものは全員襲われている。それを逆手にとれば、自分を標的にすることで狙いを定めることができるのではないか? そう考えた三人は、呪いを試してみることにしたのだった。

(さて……まだ霧は出ていないが……)

 アニエスは少し立ち止まり、あたりを見渡す。人気はない。不気味なほど静けさが漂う。
勘付かれたか、と少し焦る気持ちを抑えながら、再び足を進めようとする。
 すると、ぞっとするような寒気が急に押し寄せてきた。アニエスは剣に手を掴む。
 あたりが一瞬にして霧に包まれる。数メイル先も全く見えないほどの濃さだ。なるほど、これではどこから襲ってくるかわからない。メイジであろうとも、奇襲されればひとたまりもないだろう。
 しかしラモルはどうやって、この状況で相手の居場所を掴むのだろうか? どう、標的の位置を知る?

(まさか……)

 そう考えた瞬間、背筋が凍るようなさっきをアニエスは感じた。アニエスは剣を抜き、背後を向く。その瞬間、大きく口を開いた何かがアニエスを襲い掛かってきていた。
 アニエスはすぐさま前に飛び込み、素早くそれに切りかかる。硬い皮膚が邪魔をして、アニエスの一撃は致命傷とまでは行かなかった。

「蛇……!」

 しかも巨大! アニエスはこの巨大蛇が、ラモルの使い魔であることを理解した。

(カトレア様から聞いたことがある。蛇は、生き物の体温を感じ取れる力があると。それで獲物を捕まえるのだと)

 この使い魔と視界を共有することで、どこに獲物がいるか、ラモルもわかるという仕組みだろう。しかし、わからないのは、何故『ラモル自身がこちらを襲い掛からなかったか』ということだ。

(まさか……!)

 アニエスは振り向こうとした。しかしその気をそらされた一瞬で大蛇は素早くアニエスを自分の体で締め付ける

「ぐっ……!」

 アニエスは全身を締め付けられ、息どころか、体全体が砕かれるような感覚に戦慄する。これはまずい、アニエスは何とか拘束を抜け出そうと、龍化のために力を込める。黒い瘴気が彼女を包み込もうとする。それを大蛇も気づき、すぐさま拘束を解いて、霧の中へと消えていく。
 アニエスはその場に崩れ落ちながらも、何とか立ち上がる。あっちはどうなんだ、と、咳き込みつつエレオノールとの視界を共有する。彼女はどうやらこちらに走ってきているようだ。霧から飛び込んできた彼女とカトレアを抱きかかえる。エレオノールの右腕には大きな裂傷があった。どうやら、こちらを襲うと見せかけて、エレオノール達をラモルが襲い掛かってきたらしい。痛々しい傷がエレオノールの肌に残っている。すぐに回復したいところだが、状況が状況だ。

「ぬかったわ……。まさか、こちらを襲ってくるなんて……!」
「ごめんなさい、お姉様、私をかばって……」
「とにかく、背中合わせに!」

 アニエスの指示のもと、三人はお互いの背中を合わせるように円陣を組み、霧に包まれた辺りを警戒する。

「ひとり、ふたり、さんにん。切り刻み甲斐がある……ふふ、ふふふ!」

 そんなときに不気味な笑い声があたりから響き渡ってきた。どうやらこれがラモルの正体のようだ。
 カトレアは叫びちらす。

「出てきなさい、卑怯者! あなたをやれば、全部済むんでしょう!? 望みどおりぶっ飛ばしてあげますから、来なさいな!」

 口が汚くなっている、エレオノールを傷つけられて逆上しているのだろうカトレアはあたりに叫び散らしていた。

「カトレア、私のことは大丈夫だから、気を鎮めなさい。じゃないと勝てないわよ」
「……ぐっ……」

 エレオノールはハンカチを取り出し、腕に巻いて応急手当をする。エレオノールにたしなめられたカトレアは、ぐっと拳を握りしめながら悔しそうに歯を食いしばる。
 カトレアは首を横に振り、その場から走り出した。

「私だってやれます!」
「カトレア、だめ!」
「エレオノール姉様! こちらにも!」

 エレオノールはカトレアに触れるも、彼女を止めることができなかった。そして、カトレアが霧の中に消えたと同時に、先ほどの大蛇が襲い掛かってきた。


 カトレアは走り、そしてあたりを見渡す。腰に備えていたナイフを取り出し、それを逆手で持つ。呼吸を荒くし、怒りを露にしていた。絶対に仕留めてやる、それを証明するのだと、言わんばかりだ。
 霧の中から光が飛んできた。カトレアはナイフを払い、その光、かぎ爪による一撃を弾く。だが、ラモルはそれに怯むことなく、さらにかぎ爪による一撃をカトレアに与えようとする。カトレアは後ろに跳躍し、体勢を整えてラモルに切りかかる。だが、ラモルは霧の中に隠れた。カトレアの一撃は空振りとなってしまう。
 カトレアは思わず舌打ちをする。彼女は再び構えようとするが、その瞬間、胸が痛み出し、その場にナイフを落としてしゃがみこんでしまう。

「こんな、時に……っ!」

 カトレアの病が、蝕みはじめたのだった。それを見ていたラモルは好機といわんばかりにカトレアに襲い掛かってきた。これならば、この娘は簡単に殺せる、ラモルはそう思ったのだろう。
 その苦しそうにしていたカトレアが、笑った。何故? ラモルは一瞬気を取られた瞬間に、何かに吹き飛ばされたのに気が付いた。自分が作り出した霧から飛び出て、地面に叩きつけられた。

「弱みを、見せれば、あなたは、油断する、そう思った。そう、私の弱みは、正しい」

 霧から、カトレアが胸を押さえながら出てくる。その表情は苦悶と狂喜に満ちていた。カトレアは腰に供えていた水の秘薬を一気に呷る。こうして無理やり体を動かしているのだ。ラモルはぞっとする。こんな病人がいるのか。
 その姿は、貧弱でありながら、恐ろしいほど美しく、そして矛盾した強さを持っていた。

「だがそれがお前の油断だ」

 もう一人の女、アニエスが出てきた。ラモルは戸惑った様子で彼女を見つめる。

「糸をエレオノール姉様がカトレア姉様につけていたんだ。それをたどれば、お前の場所に辿り着く」
「あのサーペントを使ったのは良い案だったけど、残念だったわね」

 さらに一人出てくる。エレオノールが剣に貫かれた大蛇を浮かせる魔法、レビテーションで運びながら出てきた。ラモルは、ひっと悲鳴を上げて、後ずさりする。

「霧に隠れながら、恨みを晴らすという理由をこじつけ、たくさんの人々を殺し、笑っていたお前が恐怖を感じるのか」

 アニエスが大蛇から剣を抜き、ラモルに近づく。ラモルは更に後ずさりするも、壁にぶち当たってしまう。

「殺されたものがどんな恨みを買っていたのかは知らない。ああ、そうだ。殺したいほどの恨みを持つことは私にもわかる」

 ああ、わかるとも。アニエスの視界に、一瞬自分を焼いたメイジたちの姿が映った。アニエスは、ぐっと剣を握ると、それを振り上げた。

「だが、それを食い物にして、殺人を繰り返してきた貴様に、同情も共感もない!」

 ラモルは悲鳴を上げる。アニエスの剣が襲い掛かってきた。



「ラル・ド・モール。三十五歳。元は国の法務関係に仕えている貴族の息子だったが、突如不正などが暴かれて没落。その後は下水道の中で暮らす日々を送っていたようだが、殺人を起こし、そこから快楽に目覚め……そしていまに至った、というらしい」

 衛兵長は資料を読みながら、アニエスに説明をした。アニエスはなるほど、と頷く。衛兵長は清々しい笑みを浮かべる彼女に突っ込みを入れた。

「しかしまあ、よくも生きて捕まえられたな」
「そりゃあ、頼まれたのは逮捕だったからな」
「そりゃそうだけども。聞いたぞ、お前あの殺人鬼の寸まで剣を振り下げていたって」
「最初から止めるつもりだったさ」

 本当かねぇ、と衛兵長は疑わしい目をアニエスに送る。アニエスは苦笑したまま、椅子に深く背もたれた。

「本音を言えば、エレーヌ様を傷つけた奴は許せんと思っていた」
「やっぱりそうか」
「しかし、そのエレーヌ様からの命令だったんだ。生きて捕まえろ、と」
「なるほど。お前等どういう関係なんだ?」
「それは秘密だ」

 アニエスは両手を上げて、意地悪な笑みを浮かべる。それ以上は話すつもりはない意志表明だった。衛兵長も深入りはしないと立ち上がった。

「あの男はどうなるんだ?」
「チェルノボーク行きで、処刑されるのを待つ、が妥当だな」
「そりゃそうだな。何人も快楽で殺したんだ、許されるわけがない」
「まるでそうじゃなきゃ許されるって言い草だな」
「……いや、そういうわけじゃない」

 アニエスは立ち上がり、その場から去ろうとした。それを衛兵長が止め、報奨金の入った袋を黙って手渡した。

「また何かあれば手を貸してくれ」
「暇だったらな」

 アニエスはそう言い残し、その場を後にしようとした。

「おっと」
「む」

 その際、アニエスは一人の女性とぶつかる。背の高い、青髪のショートヘアーの女性衛兵のようだ。

「すまない」
「こちらこそ」

 二人は短い会話を交わして、その場を後にした。しかし、アニエスは気づいていなかった。その女性がじっとアニエスの背中を見つめていたことを。


 アニエスが屋敷に戻ってみると、カトレアとエレオノールが慌てた様子で出てきた。二人とも旅支度をしている。それでアニエスは大体の事情を察した。
 ああ、お母様がやってきたんだな、とアニエスは苦笑してみせると、二人は笑っている場合かといわんばかりに食いかかってきた。

「笑っている場合じゃないわよ!」
「悪魔が、悪魔がやってきたわ、アニエス!」
「誰が悪魔ですって?」

 屋敷の入り口から何かおぞましいオーラをまとって、にっこりと笑っているカリーヌが出てきた。カトレアとエレオノールは立て付けの悪い扉のように、ギギギと振り返ってみせる。

「いや、その」
「いやだなぁ、悪魔だなんて、そんなこと言うわけありませんわ。そうよね、エレオノール姉様?」
「そ、そうですわ! そんな事を言うわけ」

 ピシン! とカリーヌが馬用の鞭を笑顔で叩いた。あ、これはやばい。とアニエスはそそくさと逃げようと後ずさる。しかしその腕を、カトレアとエレオノールに掴まれた。

「あ、その、私は関係ない……」
「こうなったらアニエスも同罪よ!」
「一緒に逃げましょう! 愛の逃避行です!」
「こういうのは愛って言わない、ってギャー! 来たぁー!」

 カリーヌが笑ったまま飛び込んできた。すちゃらか三人娘の悲鳴がトリスタニアに響き渡る。何故自分は巻き込まれているのだろう? とアニエスは思いつつ、龍化してカトレアとエレオノールを掴んで逃げていた。それと、これは有事なのだろうか? 疑問は尽きない、尽きないが。
 とりあえずこんな日々も悪くない、と思いつつ、カリーヌの追撃を振り払おうとした。なんだかカリーヌの人数が増えているようにも思えるが、もはや気にしないことにした。気にしたら負けだ。負けなんだ。

「いいいやあああああ!」
「アニエス、もっと速度出して!」
「無茶言わないでください!」
「待ちなさい、このスカタンども!」

 が、結局捕まり、ボロボロにされた挙句その格好のまま中央広場で説教を受けたというオチであった。何故自分までこんな目に。しかしそれを深く考えてはいけない気がして、アニエスはとりあえず晴れ渡った青空を眺めることにした。
 ともかく、トリステイン王国にもつかの間の平和が戻ってきた。アニエス達は事件を解決する代わりに自由に遊ぶという約束どおり、末っ子のルイズが通う魔法学院を目指すことにするのだった。



これにてトリスタニアの霧編終了です。ちょっとあっさり目すぎたかな?






※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。