購買で昼飯のパンを買ってくると、教室の中から叫び声が聞こえてきた。
「遠山キンジ!俺と決闘しろ!」
………これはなんだ?
苦笑いしながらキンジとクラスメイトの
「まあ、青春ってことで」
武偵校で決闘は一応禁止されている、そう一応だ。荒事が多い学校なんだから白黒ハッキリつけるのに決闘はよくやる。学校側も表向きには禁止しているが、教師陣も見て見ぬふり、というかもっとやれ、と煽る。特に強襲科の担当の蘭豹とか特に。
「は~い。じゃあその決闘は理子が仕切りま~す」
ガタ、勢いよく席を立ち挙手をする理子。
祭り好きの理子が決闘なんて祭りを見逃すわけがなかった。
「種目はラバージャックが良い思うんだけど皆さんどうですか~」
教室に居る生徒に聞き返すと、いいぞ、ややっちまえ武藤、などの声が聞こえてくる。
まあ、教室であんな美人とイチャイチャされたら年頃の男子にはストレス溜まるよな。
「おい待てよ!まだ受けるなんて言ってないぞ!」
あれよあれよという間に話しが大きくなっていく中でキンジが異議を唱える。
「逃げるきか遠山!」
キンジと武藤は口論を始めた。
買ってきたパンの袋を開けながらキンジに話し掛ける。
「どうせ、今回受けなくてもまた同じことあるだろうから、一回決闘して遺恨なくせばいいじゃん」
そうだな、と諦めが付いたのかキンジが決闘を受けると宣言したことでより教室内はヒートアップした。
場所や人数は理子が集めることとなり、傍観者だったアスカも巻き込まれるれた。
―――はずだったのだが、
「なんで、俺だけプライベートで仕事なんだよ」
本来なら今頃、学校でキンジと武藤の決闘を見ているはずだったのだが、運悪くなのか教授から仕事を頼まれた。内容はイ・ウーの事をネットを使って調べている奴の姿を確認する事とその排除の二つ。
噂程度にはイ・ウーという存在は上がってくるが所詮は与太話しと切り捨てられるものだ。稀にだがネットを使って調べる奴もいるが、それでも発見するには至らない。が、今回はそうでもないらしく、イ・ウーを調べる為に軍の情報をハッキングして見事にイ・ウーの存在を突き止めた。加えて足跡を一切残さなかった事で軍の方もハッキングされた事に今だ気づいていないらしい。
「軍にバレずにハッキングしてハッキングした事にも気づかれないってどんな奴だよ」
アメリカの軍人崩れか、ただのオタク擬きか、引きこもりか、何だっていいか。
太陽は半分以上を地平線の彼方に沈み空は徐々に黒く染まっていく。
武偵校のある東京ではなく東京から新幹線で四時間ほどかかってやってきた名古屋街中を仕事着で歩く。
道を歩いていると名古屋武偵女子校通称ナゴジョの制服を着た生徒とすれ違う。ナゴジョは武偵の中でもある意味有名だ。自分は撃たれない、という自己顕示のために、防弾制服の丈がかなり短く年頃の男子中高生には目の毒だろうに。
教授に送ってもらった情報をスマホで見ながら目的地に到着すると流石に驚いた。なにせ、目の前にあるのは一般的な家でも普通のマンションでもなく一部屋で月一70万は軽く吹っ飛ぶレベルの高級高層マンションだったからだ。
加えて、目的はマンションの最上階、つまり一番値段が高い部屋だ。
「予想してたのより、ヤバイ仕事かもな」
マンションは首を上げない程最上階を見ることは出来ず、入るには暗証番号と指紋認証が必要になる。
どうするか、暗証番号を調べるには時間がかかり過ぎる、指紋なんて手に入れるなんて無理だ。なにせ相手が男か女なのかも分かってない。
首を傾げながらマンションを眺め策を考える。高さ数十メートルに周りには同じ位の高さの建物はない、………登るか。
普通の人なら考えもしない方法だが、できるからこそ思いつく方法だろう。
既に日は沈み辺りは街灯に光に照らされている。
その中でマンションにひっついている姿は簡単には見つかることはない。
裏路地に移動して周りに人が居ないことを確認する。
行くか。
ベランダの手すりとから壁に靴底を引っ掛け、上に登ることを繰り返す。
登ってる途中で部屋の中からテレビの音や人の話し声が聞こえてくるところもある。その時は物音に気をつけて上に上がる。
下から半分を超えた所で上も下も電気が付いていない事を確認して手すりを超えてベランダに足を下ろす。
服で拭い息を整える。
「半分超えるのに四十分掛かったな。今度から靴にスパイク仕込んでおこ」
手すりにもたれながらふぅ~、と息を吐く。
行くか、と決めて同じように手すりから壁に足を掛け、上の階のベランダの手すりに手を伸ばす。
夜風が吹きつけ冷たさが肌に染みる。
四月の夜はまだ肌寒く、そんな中で壁を素手でよじ登っている。加えて登ることにも神経さいている分体力の減りは尋常ではない。
「あ~、やっとついた」
最上階のベランダに足を付き、手を解しながら部屋の中の音に注意する。
カーテンで部屋に中は見えず、電気はついておらず中から物音は聞こえない。
腕時計を確認すると時刻は十時を指している。寝ているということもあるかもしれないが、経過を怠る理由にはならない。
なにかが起こっても対象出来るようにホルスターからグロックを抜く。
「さて、どうやって侵入するか、っと電話……知らない番号だし」
部屋にどうやって侵入するか考えているとポケットにしまっておいたスマホが震えた。
画面に表示されていた番号は登録されている番号ではない。
スマホの明かりに注意しながら通話をタッチして電話に出ると、
『窓は空いてるから入ってきなよ、アっちゃん』
何度も聞いたことのある声、俺を”アっちゃん”と呼ぶのはこの世で一人だけだ。
声を聞いて最後に会った時の姿を記憶の奥底から引っ張り上げる。
白い服に泥の着いた裸足、特徴的な色素の抜けた灰色の髪、歳より幼く見える背丈と顔立ち。
もし、俺が考えてる奴が今回の犯人なら壁を登ってきた労働を返して欲しい位だ。
グロックをホルスターに戻しポケットに入れているカラビットにすぐ抜けるように指を掛けておく。
窓を横にスライドさせ開け逃げることが必要になった時の為に窓は全開にしておく。
靴のまま部屋に足を踏み入れた。
「久しぶりだね、アっちゃん」
暗闇から人の気配を感じながら、聞こえた声に返事を返す。
「久しぶり、ネイナ」
風でカーテンが翻り部屋の中に月明かりが届く。
足先から徐々に上に上がり照らされたのは昔と肩に掛かる程の長さの同じ灰色の髪、あの時のまま大きくなっただけにも見える変わらない幼い顔立ち。
満面の笑みでそこに立っていた。
ただ一つツッコミを入れるなら着ている黒いパーカーの下にシャツが無く素肌が見えているということを言いたい。