骸骨魔王と鬼の姫(おっさん)   作:poc

14 / 20

今回から(になるかは分かりませんが)、地の文の書き方を少しばかり変えてみました。
視点がくるくる変わって読みづらいかもしれませんが試行錯誤中で御座いまして、何卒ご理解頂ければ幸いです。


本編13─ファーストコンタクト(1)

 

異世界に転移してから二日目の朝。初日は家族面談にギルド長の部屋掃除に謝罪にと他に色々とやるべきことをすっ飛ばしてやりたいことやってきた気がする鬼の姫(おっさん)。前回の謝罪の後は円卓の間に集まって骸骨の魔王(モモンガさん)と話し合い、そろそろ外に目を向けるべきということで話は落ち着いた。隠蔽工作も警戒網の構築も済んだようだし、いい頃合いだろう。

因みにアウラとマーレを呼んで、指輪はちゃんと渡したのだが…──

 

「アウラ。実はマーレには先に渡していたのだ」

 

「ちゃんと理由があるからしょげないで…[あるべど]より先に渡したのがばれたら後がおっかないでしょ?」

 

その言葉にああ、確かにと得心するアウラ。マーレも()()()()と頷いて同意する。さっきがさっきだけにしょうがないとはいえ大丈夫か守護者統括。

 

「さて、二人とも。改めて伝えるが、この指輪はナザリックの急所。これを渡すことは信頼の証でもある…いずれ階層守護者全員に渡すからそう畏まらなくていい」

 

「もう[あるべど]には渡してあるから、堂々として大丈夫ですからね。それと、外に出る時は必ず誰かに預けること。良いですね?」

 

『はいっ!』

 

その時の姫は、二人が余りにも可愛過ぎて無意識に二人の頭を撫で回していた。撫でるのに夢中な姫の頭にそっと骨の指が添えられ、徐々に力が込められ…る前に魔王が力加減を間違えて指先が頭にめり込み大変なことになった。

 

──長くなるので割愛。

 

その後、一命を取り留めたものの騒ぎを聞きつけたセバスが供回りをすることになったのは言うまでもない…。

 

 

 

 

 

さて、唐突だがご紹介しよう。

 

「怪奇!踊り狂う骨!」

 

「ぶっとばすぞこのやろう」

 

ここはナザリックの最高責任者(ギルドマスター)である魔王の私室。取り立てて何もないナザリックの標準的だが豪華な部屋で広さが売りだ。立派だが標準的なテーブルに遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を置いて標準的だが豪華な椅子に座って、手をあちらこちらへ振って踊り狂う骨のショーが開催されている。

鏡は先程から骨を映さずにずっとナザリックの周りの草原を()()()()と映している。最初こそ、鏡越しとはいえ輝く太陽に照らされた本物の草原に二人とも興奮していたが、代わり映えのしない景色に姫が飽きてきたところだ。

 

「標準的標準的ってしつこいわ!──『謝罪も済んだし、これの試運転しよう(これ使って遊ぼう)ぜ!』って言ってきたのはどこのどいつだったかなぁ…!?」

 

()()()()だっけ?」

 

「…夜想サキ様?」

 

セバスに視線を送り責任転嫁しようと企む、相変わらず全開な問題児である。セバスは意味も分からず困惑していた。

昔から全く変わらない子供っぽい様子に魔王は苛立ちもするが、同時に他の大切な仲間がいない心寂しさを埋めてくれているような気もしていた。

仮に独りで()()()に来ていたら孤独感に押し潰されNPCとは距離を感じてしまい、きっと今ほど穏やかではいられなかっただろう。そう思うとゾッとする。

()()()()でもいると有り難い存在なんだなぁ、としみじみ思う魔王だった。

 

「相変わらず責任転嫁しようとするのが得意ですねぇ!?」

 

「おぉ怖い怖い。せばやん助けて」

 

「あ、あの…夜想サキ様、『せばやん』とは…?」

 

慣れない空気に珍しく慌てる老執事。姫はおちょくっているのかいないのか、口角を僅かながらに上げて楽しそうに老執事を指差した。

 

()()()ねぇ、愛称だよ。[せばす]のね」

 

「…段々と遠慮が無くなってきましたね」

 

魔王の問に姫は()()()と無い胸を張って応えた。見た目麗しい鬼の姫だが、言動が幼稚なために幼く見えてしまう。なんかもう、わざとやってんじゃないか?と魔王は勘繰っている。

 

「『家族』だからね」

 

「おぉ…感無量に御座います…!」

 

感動で胸が熱くなり目尻に涙が溜まるセバスをよそに魔王は冷静に突っ込んでくる。だが姫も負けじと応戦する。

 

「…親しき仲にも礼儀ありって言葉知ってます?」

 

「仲良くなるためには時に砕けた態度を取る必要もあると思いますよ?」

 

「ぐっ、ああ言えばこう言う…!」

 

「[あーゆーふぉーえばー]?」

 

「誰が永遠かっ!しかも全然違うし!」

 

「モモンガ様。栄光あるアインズ・ウール・ゴウンは不滅かと」

 

「せばやん、違うそうじゃない…ちょっ、()()()が不滅じゃないとかそういう意味じゃないから!」

 

違うと否定されて絶望に染まるセバスに今度は姫が翻弄される番だった。因果応報とはまさにこのこと。魔王はそれを見て肩を震わせ、内心では爆笑していた。しかし、沈静化に襲われて人知れず不機嫌になるのだった。

 

『(チッ…。)』──…セバス、アインズ・ウール・ゴウンは不滅だ。だから安心しなさい…しっかし、()()どうやったら拡大出来るんだか…よっ。おっ?」

 

「お、やるじゃん。おめでと」

 

「モモンガ様、おめでとう御座います」

 

「ありがとう、セバス」

 

軽い姫とは対照的に拍手で称えるセバスにだけ手を上げて魔王はそれに応える。魔王的にはちょっとした悪戯のつもりだったが、姫は特に関心がなさそうで視線は鏡に釘付けだった。指先を()()()()()()と動かし何やら操作している。何か気になることでもあったのだろうかと魔王が問い掛ける。

 

「ふむ…何か気になりますか?」

 

「いや、こっちの方に村っぽいのが…ああ、ありましたね」

 

鏡に映るのは何でもない農村っぽい集落。特に大きくもなく、端っこに畑らしきものがあった。ちらほらと人影も映っている。なんだか動きが慌ただしいようにも見えるが…。

 

「んん?…祭りか何かですかね?」

 

「んー…これは…」

 

更に拡大して覗くと鎧を着た数人が村人らしき人を追い立てているように見えた。そんな現場があちこちで散見され、よく見れば何人かの村人は既に倒れている。どこかの国の兵士が村人を斬殺しているようだ。丁度、人が斬られている場面も見受けられる。

()()()()()()()()でも見ている気分だった。

 

「ふぅん…初心者狩りみたいなことしてますね。陰湿なことで」

 

「チッ…他の場所を見てみませんか?どうやらこの村らしきとこは駄目なようです」

 

「──見捨てられるのですか?」

 

言葉こそ丁寧だが厳しい声に二人とも振り返ってセバスを見つめた。鋭い眼光には正義の炎が宿っているように見える。姫はその炎には見覚えがあった。

あゝ、懐かしい。現実(リアル)の『あの人』もこんな瞳をしていた、とギルメンの()()の姿とともに口癖が思い出される。

 

──《困っている人がいたら助けるのは当たり前だ!》

 

それは今や遠い過去の記憶。親を捨てた後に出会った奇跡。あの人がいなければ自分は今ここにおらず、汚い塀の中できっと息絶えていただろう。

あの人の意志は息子にもしっかりと受け継がれていた。ゲームの中とはいえ、かつて隣に座る魔王を同じような台詞とともに助けたことがあったという。

 

──その台詞は確か…。

 

「誰かが困っていたら助けるのは当たり前…」

 

──…そうだった。懐かしいな…。

 

確か()がユグドラシルを引退した後に少しして亡くなったんだったか。自爆テロに巻き込まれたんだったかな…街頭のニュースで名前が出てて驚いた覚えがある。隣の魔王も名前の関連性から薄々気付いていたんだろう。その時はどことなく元気が無かったように見えた。

しかし、残酷なことにあの現実では日常の出来事だった。いつ誰が死んでもおかしくなかった。どこにでもテロが現れ、容易に巻き込まれてしまうような世界。そんな世界であのような強い台詞を言えるのは単なるバカか本当に『強い』人だけだ…きっと()()()も誰かを助けていたのだろう。

 

「…サキさん、この村を助けましょう」

 

「…そうですね。[ふぁあすとこんたくと]としてもいい塩梅じゃないですか?」

 

「では、近衛隊の準備を…──」

 

姫は手を上げて何か言い出したセバスを制した。今から隊の準備なぞしていたら間に合うわけがない。あくまで優先順位は目の前の二人で人助けは出来れば、の範囲なのだろう。母としてはもう少しわがままを言ってもいいと思うのだが、執事としての役割もあるためそれは難しいか。

 

「──[せばす]。あなたが近衛です」

 

「ハッ…いえ、しかし…」

 

「んじゃ、先に行って一当てしてくるから[あるべど]呼んどいて」

 

「ちょ、待て待てマテ!」

 

今度は隣の魔王が手を上げて慌てて止めに入る。姫は面倒臭そうに目を細めてそれを見やるが、特に文句は言わずに続きを待った。

 

「一当てって一人で先行するつもりですか?」

 

「そうですよ。弱そうだし」

 

「…セバス、どうなんだ?」

 

魔王は石橋の材質や構造等を調べて更に叩いてから渡る派だ。慎重に慎重を重ねて確実性を高めてきたスタンスが根底にある故にセバスにも聞いたのだろう。単に姫の言葉の信憑性が薄いからとか言ってはいけない。

因みに姫は石橋の()()()跳躍板で跳ぶ派だ。魔王含めギルメン達が石橋の材質を調べている最中に隣で軽快に跳んでいき、たまに…いや、しょっちゅう転落しかけて助けて貰っていたが。

 

「ハッ、夜想サキ様の仰る通りで御座います。レベルが低過ぎて正確なところは判断出来ませんが…」

 

「ふむ…」

 

「いや、早くしないと皆死んじゃいますよ?」

 

鏡を見れば金髪の姉らしき人物が妹らしき方を守るためか、取り囲む数人の鎧のうち襲い掛かってきた一人を殴り付けている様子が映っていた。姫はあの鎧程度の奴が相手ならば同じ事をしても自分は怪我をしなくて済みそうだな、と値踏みしながらそれを冷ややかに見ていた。

 

「…分かりました。セバス、アルベドにナザリックの警戒レベルを最大にし、完全武装で来るよう伝えなさい。またギンヌンガガプの所持は禁ずる。伝えたらアルベドと共に近衛としてこちらに来るように。──〈転移門(ゲート)〉!」

 

魔王が唱えたこれは転移魔法の類では最高位を誇る。距離無限、失敗率0%。一定時間任意の場所と行き来できる半球体の闇の扉を作り出す。

()()()()と闇の扉が開かれ、最後の確認として姫が魔王の目を見て付け加える。

 

「武器破壊を試したら一旦戻るんで、ちょいとお待ちを」

 

「了解です。油断しないで下さいよ」

 

魔王の言葉に姫はサムズアップで応え、永遠に続きそうな闇の中へと躊躇なく入っていった。

鏡の中では片割れを守るようにして抱き合っている村娘の後ろに闇が生まれ、鎧は時が止まったかのように静止していた。

 

 

 

 

 

普通の村娘である姉妹は平和だった筈の人生に突然降り掛かった暴虐に襲われて、ただでさえ困惑していたのだ。両親は自分達を守るためにその身を挺し姉は妹を守るために指の骨が折れるのも構わずに兵士の頭を殴り付け、しかし遂に命が尽きると覚悟した。それなのに目の前の武装している兵士達のうち一人の剣が突然に粉々になったのを見て混乱を極める。姉は斬り付けられた背中の熱がやけに熱くなったのを感じていた。

 

『…え?』

 

兵士も兵士で突如として出現した闇の塊に怯え、次の瞬間には己の得物が粉々に砕け散って混乱する。村娘と声が被るのもむべなるかな、お互いに何が起こったのか理解出来ずに僅かばかりの時間が過ぎた。そして、闇から出てきたモノを見て兵士達は戦慄する。その様子を見て後ろに何かを感じた姉妹も振り返り、同じように恐れ慄いた。

それは、小さな角を生やした絶世の美少女。不可思議な服を着崩し、ゆったりとした足取りはどこぞの貴族を思い起こさせるほどに優雅で…──。

 

「──弱すぎ」

 

透き通るような美声が沈黙しているその場に浸透する。余りにも短いその一言は兵士達の困惑する頭では意味を理解するまで時間が掛かり、意味が分かっても意味が分からなかった。別に何をしたわけでもされたわけでもないのに弱いとはどういうことなのか、と。比して村娘の姉の方は自らの弱さを自覚しており、絶世の麗人の視線は兵士に向いているにも関わらず自分に対しての非難のように聞こえた。

 

「初心者でも、もっとまともなの装備するんだけどねぇ?──…まぁ、良い意味で予想外だったからよしとしましょうか」

 

「全く…肩透かしにも程があります。心配した俺が馬鹿みたいじゃないですか」

 

更に闇から出てきたのは死者の大魔法使い(エルダーリッチ)と思われるモンスター。兵士達は実際に目にするのは初めてだったが、伝え聞くその姿と酷似していたためにそう思った。同じ場所から出てきて談笑する様子から美少女とは既知なのだろう。

一方の村娘にそのような知識はなく、その存在(アンデッド)がただただ恐ろしく妹とともに身を縮こませるだけだ。その眼窩に灯る赤い光の興味がこちらに向かないよう願いながら。

エルダーリッチは得物が無くなった兵士に目を向けて、手を差し出した。

 

「〈心臓掌握(グラスプ・ハート)〉」

 

何かを唱えたエルダーリッチの手の中に心臓らしきモノが出現する。それは()()()()と脈打っており、気味が悪かった。エルダーリッチはそれを握り潰すと同時に、視線の先にいた兵士が突然崩れ落ちる。崩れ落ちた兵士の表情は驚愕と苦痛で歪められ、目を見開いたまま動かなかった。

 

「ひっ…」

 

それは兵士の悲鳴か村娘の悲鳴か。いずれにせよ本来のこの場に合わない異様な光景であることに変わりはなく、エルダーリッチの何かを確認するかのような声がただただ不気味だった。

 

「なんだ、本当に弱いな…第五位階ではどうかな?〈龍電(ドラゴン・ライトニング)〉」

 

龍の咆哮のような雷鳴が轟き、白磁の指先より迸る(いかずち)によって一瞬にして兵士の一人を絶命させてしまった。辺りに肉の焦げるような臭いが漂い、黒焦げになった身体からは()()()()と燻る音とともに煙が上がっていた。何故かエルダーリッチは困惑していたが。

 

「えぇ…マジで?」

 

「ふぅん…。──よっ」

 

ベチャ!

 

恐怖のあまりに化け物から背を向けて逃げようとした兵士の背後に突如として美少女が現れ、その直後に何か潰れた音がした。

何歩かよろめいてから崩れ落ちた兵士の首より上が消えており、首元からは鮮血が脈拍に合わせて噴き出していた。音のした方をよくよく見れば何か赤いモノや桃色のモノが割れてめり込んだ兜を中心に辺りの木々に点々と付いていた。

 

「おぉー…殴っても怪我をしないってことは相当[れべる]が低いですね」

 

「みたいですね…ん?」

 

──不味い、ついに興味がこっちに移った。

 

村娘は逃げるか抵抗するか考え、全てが無駄だと直ぐに悟る。自分達を追い回していた兵士達をいとも容易く屠ったこの化け物達を相手に抵抗など意味がない。逃げるにしても一瞬で兵士の背後に回った麗人がすぐに追い付くだろう。

大人しくしていれば苦しまずに死ねるかも…と苦悶の表情で死亡した兵士を見ながら後ろ向きな考えをしてしまう。

 

「なんだ、怪我をしているな…ほら、飲みなさい」

 

骸骨がへたり込む村娘に目線を合わせて取り出したのは血のように赤い薬。血そのものか、そうでないならば毒薬か何かだろうか。これを飲む代わりに妹は見逃しては貰えないだろうかと姉は考えた。

 

「のっ飲みます!ですから妹の命だけは…!」

 

「お姉ちゃん、ダメ!」

 

健気にも姉が自身を犠牲にして妹を見逃して貰うよう懇願する。しかし妹は妹で恐らくは薬を飲むと死ぬか、さもなくば姉が恐ろしい化物に変わってしまうとでも思ったのだろう。必死に姉の想いを阻もうとする。

美しい姉妹愛が繰り広げられる中、魔王は突然始まった姉妹による寸劇(お涙頂戴)に呆然とし、問題児は肩を()()()()と震わせるのだった。

 

「も…笑わせないで下さいよ…っく…親切心でやってるのにびびられてる…っ」

 

「…えぇ…?」

 

魔王は『(あとであいつはぶっ飛ばす)』と心に決めながら本気で困惑していた。自分の姿(アンデッド)が怖がられている原因ということに全く気付けないでいる。

しかし、これはある意味仕方がないといえた。配下である子供(NPC)達は怖がるどころか崇拝するし、隣で笑いを堪える問題児がいるためにまだどこかゲーム(ユグドラシル)の延長上のようにも思っている節がある。

だから()()()()()()()()()()()()。それは隣で笑っている問題児も同様だった。

 

「モモンガ様、準備に時間が掛かり申し訳御座いません」

 

「大変お待たせ致しました」

 

と、そこへ『ヘルメス・トリスメギストス』を装備し完全武装のアルベドと見た目は変わらないがやる気が漲っているセバスが〈転移門〉を通って現れた。

この中で唯一人間に見えるセバスに姉妹は縋りそうになったが、アンデッドに敬語を使っていることと鋭すぎる眼光に気圧されて、結局は押し黙るしかなかった。

 

「いや、実に良いタイミングだ。アルベドは私の、セバスはこいつの盾役(タンク)を頼む」

 

『ハッ!』

 

「こいつとか、どいひー。──…んで、君は何でさっさと()()飲まないの?ねぇ?」

 

極々僅かな怒気を含ませて姫が魔王の手の中のポーションを指差して問い質す。それは言うことを聞かない稚児に対する母親の苛立ちとも言えぬようなもの。しかし、姉妹には効果は抜群だった。今まで平和な人生を送ってきた中で突然にして、それも怒涛の勢いで死線が襲い掛かってきていたのだ。その死線を容易く屠った相手のほんの僅かな怒気とはいえ、それを一身に浴びてしまったことにより閉じていた門が決壊してしまうのも仕方ないといえる。

 

『ひっ…』

 

じわぁ…と姉妹の股間が濡れる。漂うアンモニア臭。何とも言えぬ冷めた空気。隣の魔王からの冷ややかな視線に耐え切れずに姫はそっぽを向いた。それを見た魔王はため息の真似事をして、仕方なくフォローに入った。なんで立場が逆転してんだよ…と内心で悪態をつきながらも努めてアンモニアをスルーして娘に飲むよう促す。

 

「…回復の薬だから早く飲みなさい。そのままだと死ぬぞ」

 

「っ!──…うそ!?」

 

意を決して姉の方が赤い薬を一気に飲み干すと劇的な変化が起こった。背中の創傷と手の骨折が瞬く間に治り、姉妹の表情が驚愕に染まる。魔王と姫がそんなに効果が高かったっけか?と内心で首を傾げてしまうほどだ。

しかし、この赤いポーション…下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)はユグドラシルでは序盤に手に入るアイテムで回復量も高くない。というか低い。

無いよりはあった方がいいが、これを使う(ひま)があるなら火力を叩き込むかもっと高位のポーションやエリクサー類を使えという話になる。

一番の謎は何故に最高レベルの不死者(アンデッド)が序盤の回復アイテムなぞ持っていたのかいうことだが、単に蒐集家(コレクター)としての勿体無い精神なだけということを知っているのは姫だけである。

 

「うむ…問題なく効果は発動したようだな」

 

「へぇ、傷ってこんな感じで回復するんですねぇ」

 

助けるという意味は勿論だが、それには()()()の現地人にユグドラシルのアイテムが通用するかの実験の意味も含まれており、きちんと効果が働くことに魔王は満足そうに頷いた。

問題児は今まで何度か怪我をしているが、自分の目で見たのは骨折した手の治療だけだ。創傷を負った時は全て気絶か意識朦朧としており、意識がある時に目にするのは今回が初めてで姉らしき方の背中を無遠慮に()()()()と見ていた。

好奇の視線を受ける娘は居心地が非常に悪そうで妹の方を守るようにして抱き締め、震えている。妹は姉が食べられてしまうとでも思っているのか今にも泣きそうだが、声を立てないように必死に噛み殺していた。健気な姉妹愛ではあるが、残念ながらそれに感じ入る者はここにはいなかった。

 

「それじゃあ、ちょっくら行ってきます。せばやん、行くよ」

 

「ハッ」

 

「はいはい。囮の可能性もあるので油断しないで下さいよ」

 

姫は手を上げてそれに応えて、セバスとともに微かに悲鳴が聞こえる方へ走り出そうとする。姉妹は意を決して声を上げた。

 

「あ、あの!助けて頂いてありがとうございます!」

 

「ありがとうございます!」

 

どれだけ恐ろしい存在であろうと命の危機を救って貰った事に変わりはない。姉妹はどこまでも純粋で、芯が通っていた。姫は駆け出そうとした右足を止めて肩越しに振り向き、二人にサムズアップでそれに応えると追従する老執事とともに霞のように消えてしまった。

 

「あ…(お名前…)

 

「ふむ、礼をきちんと言えることは良い事だ…さて、いくつか聞きたいことがある。良いかな?」

 

「は、はい。あ、あの…モモンガ様で宜しいのでしょうか?傷を治して頂きありがとうございます」

 

「お姉ちゃんを助けて頂いてありがとうございます!」

 

あの状況で名前をしっかり聞けていたのは、ひとえに助かりたい一心からだろう。もし、万が一にでも聞き逃しあまつさえ『骸骨さん』などと言おうものなら近くで禍々しい鎧を着込んだ人物に一瞬も掛からずに妹ともども斬り刻まれていた。

その後に怒った魔王から説教を受けて、何だかんだで最終的に()()()()と不気味な動きを始めるに違いない。閑話休題。

ともかく礼儀正しい二人に魔王は内心では大いに感心しており、どこぞの問題児に爪の垢でも飲ませてやりたいと本気で思っていた。

 

「うむ…それでお前達は魔法というものを知っているか?」

 

「は、はい…時々、村に来られる薬師…私の友人が魔法を使えます…」

 

その答えに魔王は満足そうに頷く。魔法が世界に浸透しているならば、()()()()と隠れて使う必要もない。

 

「なら話は早いな、私は魔法詠唱者(マジックキャスター)だ。そして、もう一つ聞きたいことがあるのだが怒らないから正直に話してほしい…なぜ先程はあんなに怯えていたのだ?」

 

魔王は本当に不思議でしょうがなかった。()()()には来たばかりで悪い事はしていないハズ。むしろ人助けという善い事をしに来たハズ。それなのにあそこまで怯えられると少しばかりショックだった。

魔王がそんなことを考えているとは知る由もなく、問われた姉は生唾を飲み込み緊張を顕にする。妹の方は質問の意味がよく分かっていないようで、首を傾げていた。ほんの少しの覚悟の時間を挟み、姉は息を整えて正直に答える。

 

「…不死者は生者を憎むと聞きます。失礼かもしれませんが、モモンガ様は不死者でいらっしゃいますよね?…どうして私達を助けて下さったのでしょうか」

 

──…アアァァ!!ヤッチャッタ!?

 

見た目はそのまま骸骨の魔王。相方はパッと見は人だが、小さい角が生えておりすぐに異形種だと分かる。

愛しい人が『怒らない』と約束してしまったために言葉を挟めず隣で不機嫌オーラを醸し出すアルベド。魔王はそちらは放っておいてどうするか逡巡する。そのせいで姉妹はびびりまくっているが、死ぬわけでもなさそうなのでそちらも放置した。

実験も兼ねて記憶操作…いや、失敗したら折角助けたのに()()()()。殺すなど論外。

 

──…純粋そうだし、取り敢えず黙ってて貰うか。

 

「う、うむ…まぁ、かつての恩返し…みたいなものだ。たまにはこういう不死者がいてもよかろう。それよりも私が不死者だということは黙っていてくれないか?」

 

()()()の方は多分、手遅れだ。あの足の速さならもう衆目に晒されているだろうし、何か言い訳でも考えておかねばならない。

 

「は、はい!命の恩人様の事は決して誰にも言いません!」

 

「ネムも黙ってます!」

 

──ええ子達や…()()()だったら、きっとすぐに言い触らすな。

 

近くにはいない筈なのに想像しただけでムカムカしてきた。問題児としてはいい迷惑なのだが、自業自得である。

 

「さて、それでは…」

 

生命拒否の繭(アンティライフ・コクーン)

 

矢守り(ウォール・オブ・)の障壁(プロテクションフロムアローズ)

 

魔王が未だ不安そうに抱き合う姉妹に、生物と矢などの飛び道具を通さないドーム状の障壁を張ってやる。あの兵士達程度ならばこれで問題はない。わざわざ危険を顧みずに助けたのだ、知らないところで死なれても寝覚めは悪い。

ただ、この世界にどんな魔法があるか分からないため、そちらの障壁は唱えない。万が一にでも魔法詠唱者が襲ってきたら諦めて貰うしかないだろう。その時は残念だが致し方あるまい。

 

「その障壁は生物と矢を通さない。そこから出ないうちは安全だ…それとついでだ。これも渡しておこう」

 

魔王がある物を姉妹に向かって放り投げる。それは障壁を()()()と抜けて姉妹の前に音を立てて着地する。見た目は赤い紐が付いた動物の骨か何かで出来たみすぼらしい角笛、それが二つ。

 

小鬼(ゴブリン)将軍の角笛という。それを吹けばゴブリンというモンスターがお前達を守るために姿を現すだろう。いざという時に使いなさい」

 

「あ、ありがとうございます…。──すみません!図々しいのは分かっています!でも、あなた様方しか頼れる方がいないんです!どうか、どうかお母さんとお父さんを助けて下さい!お願いします!」

 

「お願いします!」

 

(まなじり)に涙を溜め、正しく運用された土下座で懇願する姉妹。それを見やる魔王の胸中は如何程か。眼窩に灯る光は大して興味がなさそうにも、大いに感動しているようにも見えた。どちらにせよ、魔王は静かに告げる。

 

「よかろう。生きていれば助けよう」

 

一人だろうと何人だろうと些事である。まるでそのようにも取れるほどにその口調は軽く、ぎりぎりのところで生き残った弱い存在の姉妹からすればそれは途轍もなく強い力を持った言霊だった。

 

「あ…ありがとうございます!」

 

「ありがとうございます!」

 

本当に純粋な子達だと魔王は思う。裏を返せば、死んでいれば放置するということだ。傍から聞けば薄情にも見えるだろう。それ程の力を持ちながら何故、と。

 

その答えは至って単純(シンプル)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雑魚ばっかだなぁ」

 

「脅威がないというのは良いことだと愚考致しますが」

 

「まぁ、そうなんだけどね。それで?人助けが出来た感想は?」

 

「どこか満たされる想いです、母上」

 

「…ふふー!分かってきたねぇせばやん!」

 

 

 

──つづく。

 




バレバレですが、誰の父親かはあえてボカシました。そっちのがそれっぽく読めると思いまして。
あと勝手に殺してごめんなさい。

時系列は適当です。
割愛したシーンはいずれ番外編でやれればと思います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。