二人の魔弾   作:神話好き

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五話

キムラスカ・ランバルディア王国玉座の間。普段は荘厳な雰囲気を醸し出すこの場も、今では見る影もなくなっていた。原因はそう、ナタリア王女が王家の血を引いていないという真実が、モースにより白日の下に晒されたからだ。

「逆賊め!まだ生きておったか!」

モースがその妄執に駆られた顔を、醜くゆがませて声を張り上げる。

「お父様!私は本当にお父様の娘ではないと仰いますの!?」

泣き出しそうな顔をして吐き出された言葉は、普段のナタリアからは考えられないようなヒステリックな声音だ。モースの言葉など簡単に消し去ってしまうほどに、心を打つ。

「そ……それは……。わしとて信じとうは……」

「殿下の乳母が証言した。お前は亡き王妃様に仕えていた使用人シルヴィアの娘メリル。そうだな?」

「……はい。本物のナタリア様は死産でございました。しかし、王妃様はお心が弱っておいででした。そこで私は数日早く誕生しておりました、我が娘シルヴィアの子を王妃様に……」

ナタリアの叫びに揺らぐインゴベルトに楔を打ち込むように、残酷な事実を突きつける。

「……そ、それは本当ですの、ばあや」

小さなころから世話になっていた乳母の言葉に、ナタリアの瞳が絶望に曇った。

「今更見苦しいぞ、メリル。おまえはアグゼリュスに向かう途中、自分が本当の王女でないことを知り、実の両親と引き裂かれた恨みからアグゼリュス消滅に加担した」

「ち、違います!そのようなこと……!」

「叔父上!本気ですか!そんな話を本気で信じているんですか!」

取って付けたような動機をもっともらしく語るモースからナタリアを守るように、ルークが一歩前に出てインゴベルトを見据える。

「わしとて信じとうはない!だが……これの言う場所から、嬰児の遺骨が発掘されたのだ!」

「も、もしそれが本当でも、ナタリアはあなたの娘として育てられたんだ!第一、有りもしない罪で罰せられるなんておかしい!」

信じてきたものが全て嘘だった。その辛さを誰よりも知っているルークだからこその言葉だ。しかし、その言葉も今のインゴベルトには届かない。深くナタリアを愛しているがゆえの絶望。世界全てが色彩を失ったように見えていることだろう。そして、その顔を確認したモースはダメ押しの一言を告げる。

「他人事のような口振りですな。貴公もここで死ぬのですよ。アグゼリュス消滅の首謀者として」

「……そちらの死を以て、我々はマルクトに再度宣戦布告する」

「あの二人を殺せ!」

下品に口角を釣り上げると、モースは命令を下した。視線の先にはディストとラルゴ。二人が行動を起こす前に、ルークたちはその場から駆け出そうとしたが、目の前に赤い長髪の男が現れた。アッシュだ。

「アッシュ!ちょうどいい!そいつらを捕まえなさい!」

「せっかく牢から出してやったのにこんなところで何してやがる!さっさと逃げろ!」

ディストの言葉を無視し、ルークの真横を駆け抜けると庇うように立ちはだかる。

「きーっ!裏切り者!」

「……ガタガタうるせえよ。おまえだってヴァンを裏切ってモースに情報を流してるだろうが。それに、今回の事はトリスタンの命令だ。ラルゴの過去をこんな形で利用したことに相当お冠みたいだったぜ」

聞くことができたのはそこまでだった。玉座の間に衛兵がなだれ込み始め、ルークたちは急いでその場を離脱した。城を飛び出すと、一目散にバチカルの外を目指す。

「ええい!待て!逆賊ども!」

町中に降りてくると同時に罵声を浴びせながら衛兵が迫る。がその衛兵とルークたちの間に市民が割り込み、壁を作る。十七年の積み重ねが生んだ冗談のような出来事。それは、コンプレックスにより、誰よりも王族足らんとしたナタリアだけが持つ、市民との絆の証だった。自分が傷つくのも恐れずに衛兵に立ち向かっていく市民は口々に言う。

「ナタリア様をお守りしろ!」

「今こそ恩を返す時だ!」

「血筋なんか関係ない!」

その一言一言がルークたちの背中を強く後押しする。

「待て!その者は王女の名を騙った大罪人だ!即刻捉えて引き渡せ!」

兵士を引連れて現れたゴールドバーグが怒鳴りつけるように大声を上げる。例にもれず、市民に囲まれたゴールドバーグだが、在ろうことか、その剣を市民へと向けた。その時だった。

「あんた、正気かよ。剣を取ったのは何のためだ?」

突如黒髪短髪の青年が現れ、その剣を蒸発させた。一瞬戸惑ったルークたちだったが、その手にある白い手袋を見て気が付いた。

「トリスタン謡将!?」

「ん……。ああそうか、短くなってからは会ってなかったっけ?」

「っていうか完全に別人じゃん!?」

「細かいことは次会った時だ。今は早くここから立ち去れ。僕はディストにキツイ説教をしないといけないからね」

そう言って見せた背中からは、確かに怒気が感じられた。モースの時とは違い、憎悪こそないがそれでも息をのむほどの圧迫感だ。

「ここから南西に行くと、イニスタ湿原がある。そこを通れ、今なら通りやすくなってるはずだ」

そう言い残すと駆け出し始め、市民を襲う衛兵をなぎ倒しながら城の方へと昇って行った。

「とにかく急ぎましょう!彼の言うとおりイニスタ湿原が唯一の道と言ってもいいでしょうから。封鎖されてしまってはどうしようもなくなってしまいます」

後ろ髪引かれる思いの中、ルークたちは湿原へと走った。

「アッシュは大丈夫でしょうか……」

イニスタ湿原まであと少しというところで、ナタリアが唐突に口を開いた。

「きっと大丈夫よ。あのトリスタン謡将も向かったようだし」

「確かに。ものすごい威圧感だったしな」

「ですね。流石の私もディストに同情を禁じ得ませんよ」

「お前ら、あの人の事なんだと思ってんだよ……」

話の流れでとりあえず突っ込むルークだが、本人も遠い目をしている。想起すればするほど、人外にしか思えない。過去の交戦も運よく向こうが引いてくれたに過ぎない。実質、二戦二敗だ。

「おかしいですね」

みんなが苦い顔で思い出に浸っているとジェイドが呟いた。

「どうかしたんですか大佐ぁ?」

「私の記憶が確かならば、この花はラフレス言って、湿原にある魔物を閉じ込めておく為に植えられたものです」

「ですが、まだ湿原には入ってませんのよ?空気もジメジメしておりませんし」

「ええ。ですからおかしいのです。歩いた時間から鑑みるに、すでに湿原へと入っていなければなりません」

確かによくよく見れば、先ほどよりも草が生い茂っている気がしなくもない。が、湿原かと聞かれたら違うだろう。ナタリアの言うとおり、キツイ湿気を感じない。

「……注意して進もう」

ルークの一言に全員が頷き、さらに奥へと進んでいった。しかし、奥へ向かえば向かうほどに温度が上がり、緑は減っていく。やがて、湿原の中心あたりだと思われる場所に差し掛かると、それはあった。

「なにこれ!?辺り一面焼け野原になっちゃってるじゃん!」

「何かあったのかしら……?」

その一帯は湿原と言うより、荒野と言った方が適切なほどに破壊されていた。その中心となる場所に佇む魔物の白骨といい、とにかく異常だらけだ。

「以前、ダアトでトリスタン謡将と会った時の事を覚えていますか?彼は、ここに住む魔物を討伐しに行く。と言ってました。おそらくこれが彼の本気と言うやつなのでしょう。船上で使おうとしないのも納得の話ですね」

やれやれ、と首を横に振るジェイドと、唖然としながら辺りを見渡すその他のメンバー。この日、トリスタンはパーティ内において正式に人外として扱うことが決定した。

 

・・・

事を終えた僕は、再びダアトへと帰ってきていた。当たり前のように自室に行こうとしたら、衛兵に取り囲まれてさんざんな思いをしたが。まあ、それは髪を燃やしてしまった僕の自業自得なのでしょうがない。

「あの日のことを思いだすな」

僕が自室のドアを開けると、そこにはいつかと同じようにリグレットがコーヒーを飲んでいた。

「そう言う趣向だ馬鹿者。たまにはこういうのも悪くはないだろう」

「……そうだな。ありがとう。少し気が楽になったよ」

「礼など要らん。それよりもっとよく顔を見せてくれ。随分と様変わりしたようだからな」

今しがた淹れたコーヒーを机の対面に置くと指を指す。とっとと座れとのことだ。

僕はいつものように微笑みながら席へと着いた。

「確かに、僕の顔をまじまじと見る機会は狙撃の時しかないからね。普段は眼帯ごと髪で隠してたし」

「だから私だけの特権のようなものだったのだが、こうなってしまっては仕方があるまい。言い寄ってくる輩が増えないことを祈るばかりだ」

普段絶対に言わない類いの言葉だ。冗談めかして言ってはいるが、あまり目は笑っていない気がする。

「相変わらず、すさまじいまでの公私の切り替えだな。とても僕には真似できないぞ、ぞれ」

「そんなに難しいことではない。そもそも私はお前に出会うまで、『私』の部分などほとんど持たなかったくらいだからな」

「それを威張るように言うのは、どうかと思うんだけど……」

「……それもそうか」

意外と抜けてるリグレットを見ていると。思わず頬が緩む。

「ジゼル。この後の予定は?」

「墓参りにでも行こうかと思ってな、お前もだろう?トリスタン」

「参ったな。全部お見通しって訳か」

照れくさくなって、苦笑しながらガシガシと頭を掻く。

「っと、その前に一仕事入ったみたいだ。少し待っててくれ。部屋は自由に使って構わない」

「言われるまでもない」

「そいつは結構」

コーヒーを啜るリグレットを尻目に軽口をたたきながら、名残惜しくも部屋の外に出ると、僕の部下の一人がこちらに向かって走ってきていた。

「トリスタン謡将!アリエッタが!」

「ああ、分かってる。街の方で騒ぎが起こっているがここからでも分かる」

「宜しくお願いいたします。どうかあの子を止めてあげてください」

「任せておいてくれ。僕の部下同士のいざこざだ。仲介役にはもってこいだろう」

僕は、きれいな敬礼を掲げる部下に背を向けて、喧騒の中心へと向かって急いだ。

「アニスなんて大嫌い!私のイオン様を取ったくせに!」

「イオン様!危ない!」

広場へと躍り出た僕が見たのは、アリエッタの操る魔物から導師イオンを守るために、その身を盾にしようとしているアニスの母親の姿だった。咄嗟の判断で魔物の放つ電撃との間に腕を割り込ませ、霧散させる。少々の火傷を負ったが、大丈夫なようだ。

「アリエッタ。少し頭を冷やしなさい」

すでにジェイドに取り押さえられているアリエッタに向かってそう告げる。

「あ、あっ、トリスタン!ごめんなさい……っ!」

怪我もそのままにゆっくりと近づく僕へ向けて、青い顔をしながら謝るアリエッタ。

「これくらいなんてことないさ。それよりも、しっかり反省しろよ?僕だから良かったものの、他の人に当たったりしたら一大事だ」

子供をあやすように頭の上にポンと手を乗せると、何事もなかったかのように振る舞う。

「この場は僕が収めるから、君たちはそうだな、一旦アニスの両親の部屋にでも戻るといい。少し、時間が欲しい人もいるみたいだしね」

ちらりと向けた視線の先には、苦悶の表情を浮かべて座り込んでしまったガイ。何かを思い出してしまったのだろう。

「しかし、あなたの腕も迅速な治療が必要でしょう」

「まあね。だけどこの場を収めるのは僕の仕事だ。なんたって導師守護役の長なんだからね」

「私が残りますわ」

頑なに譲らないでいる僕に対し、ナタリアが声を上げて駆け寄ってくる。有無を言わせぬ勢いだ。

「……それじゃあ、お願いしていいかな?動きながらになると思うけど」

「もちろんですわ」

泣き出しそうなアリエッタを部下に任せると、僕は事態を収拾すべく動き出す。とはいっても僕が唯一の怪我人のようで、想像よりもすんなりと事が運んだ。

「あの、バチカルでは助けて下さり、ありがとうございました」

大体の事が片付き、首をコキコキと鳴らしていると、ナタリアから声がかかる。

「お礼なんかいいさ。あれは僕の方にもやる意味があったからね」

「それでも助けていただいたことに変わりありませんわ」

「なるほど。未来の王女様に貸しが出来るとは、僕もなかなかに運がいい」

「わ、わたくしは……」

「偽物だってか?」

それっきり俯いて黙り込んでしまう。それじゃあ、困る。

「君さ、ルークの事どう思ってるんだ?」

僕はあてつけの様にふう、とため息をついてから口を開く。

「あいつはレプリカ。アッシュの偽物だ。だから価値はないのか?」

「それは……」

「君の言ってるのはそういう事なんだよ。偽物が、本物を越えちゃいけないなんて道理はないんだ。大事にしてきたものなら、そこに真贋の区別はないだろ」

おもむろにナタリアに近づき、指でトンと額を叩く。一瞬、驚いたような顔をしたナタリアだったが、すぐにいつもの元気そうな笑顔に戻った。

「重ね重ねありがとうございます。わたくし、大切なことを忘れていたようですわ」

「ならいい。僕は教官職でもあるんでね。君みたいな前途有望な若者がつぶれそうなのを、放っておけない性質なのさ」

「あなたのような上官を持てて、アニスは幸せ者ですわね」

「だといいんだけどね……」

傷一つなくなった腕を見ながら、拳を開閉する。うん、問題なし。もう完治したみたいだ。

「……だからこそ納得できませんわ。あなたは恨みだけで行動するには、優しすぎます。わたくしには、未だにわたくしたちの知らない何かがあるのでは、と思えてしょうがないのです」

ナタリアは、そう言いながら先ほどとは打って変わった、強いまなざしを僕に向けてくる。

「………………予言は、いつまで続くと思う?」

「いつまで、ですか?」

「悪いけど、今の僕に言えるのはこれだけだ。君もそろそろ行くといい。怪我の治療ありがとうね」

僕はそう言い残すと、私室へと向けて足を進めた。やることが出来てしまったが、今日だけはリグレットとの墓参りに使おう。そう心に決めた。

 

・・・

「と、言うことですの」

礼拝堂でガイの過去の記憶を聞いた後、話題は先ほどナタリアがトリスタンから聞いた言葉へと移っていた。

「予言がいつまで続くか、ですか」

「そんな事、考えたこともありませんでした」

「てゆーか。それが普通でしょ!」

「それを普通だと言ってしまう人ばかりだから、ヴァンたちは動いてるんだろ」

みんなが口々に意見を言い合う最中、ジェイドだけが難しい顔で黙り込んでしまっていた。いつもとは明らかに違う余裕のない表情だ。

「僕も考えた事すらありませんでした。生まれた時から予言は存在しましたから。空気と同じようなものです」

「謡将に直接聞ければ早いんだけど、リグレット奏手とどっか行っちゃったみたいだしぃ~」

「きっと聞いても話してもらえないと思いますわ。今の僕に話せるのはここまでだ、と仰ってましたもの」

「だよなぁ……。結局何も分からず仕舞いか」

「そうでもありませんよ」

顎先に手を当てながらジェイドが言う。

「本当ですか、大佐!?」

「ええ。ですが確証が持てないうちは話すつもりはありませんよ。混乱させるだけですからね」

「それは僕にもですか、ジェイド?」

「イオン様でも、です。私の想像通りなら、事態はさらに大事になりかねませんから」

「マジかよ……」

もうすでに世界規模の大事になっているにもかかわらず、さらにこれ以上があるという。

「ですが、トリスタン謡将たちはその事実を知って立ち向かおうとしていますわ。ならばわたくしたちも立ち向かわなくてはなりません」

「良いことを言いますね、ナタリア。彼と話せたことはあなたにとってプラスに働いたようでなによりです」

いつも通り、ジェイドの一言で締め、ルークたちは次の目的地へと向かうのだった。

 

 

 


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