二人の魔弾   作:神話好き

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十話

「結局、お前の言った通りになっちまったな」

ダアトの教会。ステンドグラス越しの陽光を浴びながら、ピオニーは自嘲するように言った。呟くのでもなく、大声でもない声は、間違いなく僕に対する呼びかけだった。

「……気が付いていたのか」

「お前なら来ると予想していただけさ。これでも物事を見通す目は良いと自負しているからな。まあ、お前の行動が分かりやすいというのもあるが」

「その言葉、最近よく言われる気がするよ……」

僕は、物陰からカツンと分かりやすいように足音をたててピオニーの元まで移動する。自分の足音がどこか物悲しく聞こえるのは気のせいだろうか。

「今日は、最後の挨拶に来たんだ」

別れの言葉を、いつものように気負うことなく口にする。

「だろうな。残念なことに、どう転ぶにせよもうこうして会うことは出来なさそうだ」

「分かってるなら話は早いね。当初の予定通りに、僕は今から過去に決着を……大詠師モースを殺しに行く」

「……そうか。若者たちが死ににいくようなのは嫌いなんだがな……」

「止められない自分の無力を恨みなよ。僕もそうやって生きてきた」

「そりゃまた随分と辛い生き方だな」

お互いに軽口をたたき合っているが、ピオニーの声にはいつものような覇気を感じられない。ルークの一件が相当堪えたようだ。

「予言は歪みをものともしない、そう言っておいただろうが」

『ND2018。ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へと向かう。そこで若者は力を災いとしキムラスカの武器となって街と共に消滅す。しかる後にルグニカの大地は戦乱に包まれ、マルクトは領土を失うだろう。結果キムラスカ・ランバルディアは栄え、それが未曾有の繁栄の第一歩となる。』ユリアの予言の一節だ。決して阻むことのできない呪いと言い換えてもいい。

「アグゼリュスが無理なら、レムの塔へ。それがだめでも、何かしらの偶然が奇跡的に重なり必ず予言は成就する。目に見えない怪物のようだろう?」

「良い例えだな。さしづめお前たちは怪物を退治するために立ち上がった英雄と言ったところか」

「問題発言にもほどがある」

僕の心遣いに皮肉で返してくるあたり、やはりジェイドと同類だ。実に気に入らない。が、今のやり取りで少しは気分もまぎれたらしい。先ほどよりは表情から険が取れた気がする。

「事が事だけに、どちらが悪などという明確な定義は存在しないだろうよ。俺から見れば国民を害するお前たちは紛れもない悪だが、国民の目には命を掛けて世界を救った正義に映るかもしれん。それこそ、語り継がれる英雄譚の主人公のようにな」

「僕自身の願いを崇高と言うつもりはないけど、そんなものに価値を感じるほどに落ちぶれてもいないさ。……願わくば僕の挺身を最後に、一切合財の決着を。そんな程度の些細な願いだよ」

「だが世界はその些細な願いすら飲み込もうとしているぞ。俺の決定、世界の異常、ルークたちの行動。その全てが不気味なほどに噛み合ってお前たちを阻む。なるほど呪いだ……俺は、さっきルークに死んでくれと告げた時、初めてこの世界が怖いと心底震えたよ」

ああ、それは身に染みるほどによく分かる。なぜならそれは、僕も何度も感じた絶望。どす黒い世界の悪意をまざまざと見せつけられた証拠だからだ。

「それでもあんたは前に進むんだろう?眩しくて、暖かくはないけれど日の当たる道をただひたすらに」

僕は出来るだけ嫌そうな表情を作り、ピオニーの反応を待たずにその場を去った。こいつとの別れはそんなもので、いやそんなものの方がいい。人を救うと息巻いて、真実人を救うものがピオニーだとすれば、僕は正反対の存在。ならばこそ、この別れ方はこの上なく妥当というものだろう。

 

・・・

アブソーブゲート。過去にトリスタンと拳を交えたこの場所で、ラルゴとルークたちは鎬を削っていた。

「ぬるい!この程度で俺を止められると思うなよ!」

ラルゴの振るう鎌の暴威はすさまじく、振れた物を塵芥へと変えてゆく。まるで全てを飲み込む嵐のようだ。

「火竜爪!」

「エリアルレイザー!」

その名に恥じない炎爪の一撃をナタリアの矢が相殺する。この戦いに掛ける思いは、ラルゴにだって負けていない。言葉のない親と子の対話。袂を分かち、道を違え、それでも通じ合うとしたらこの戦いの中で、そんな思いが普段を超える力を引き出している。

「……ラルゴ」

「俺は勝ってくると約束したのだ。その誓いを無下に扱ってくれるなよ」

「俺たちは同じように予言から離れようとしているじゃないか!」

剣と鎌が火花を散らし、その信念が口から吐き出される。

「違うな。俺たちはこの腐った世界を根底から覆そうとしている。やり直しを願ったお前たちとは相いれないのだ」

「この世界は腐ってなどいません……」

「いいや、間違いなく腐っている。寝ても覚めても予言予言。挙句の果てには、さぞ高潔であっただろう少年の未来を飲み込み、狂わせた。お前たちも知っているだろう」

「待て。狂わせた、だと……?」

「そうさ。まさかヴァンの、いや俺たちの計画が上等な神経のまま為せると本気で思っていたのか?」

ラルゴの闘志に満ちていた顔が憎悪に歪む。

「そんな!謡将は狂ってなんか……」

「憎悪に、嫉妬に、欲に、愛に、戦いに。狂ってるものにしか分からぬものが在るんだよ。俺たち六神将にはよく分かるぞ。あいつは優しく狂っている。アニス、お前の借金の件、お節介などと言うレベルではないことぐらい分かっているだろう」

「……それは……」

「そういうことだ。本人は気づいていないだろうが、トリスタンは紛れもなく壊れている。お前たちもそれぞれ心当たりがあるだろう?」

全員が沈痛な表情を浮かべる中、ルークだけは違った。それでも信念を貫こうとする意思こそが、トリスタンに対する敬意だと、他でもない本人から教わったから。ならば、狂っていようがいまいが、そんなものは関係ない。

「良い目だな坊主。それでこそ俺も全力で相手をする甲斐があるというもの」

「俺は、俺たちは選んだんだ。レムの塔で!」

その言葉と共に、ラルゴへと向かって剣を振るう。それを真正面から受け止めたラルゴは驚いた。踏み込みの速さも切りつける膂力も確実に先ほどよりも上だ。そしてその事実は、ラルゴの中に流れる血をこれでもかと言うほどに滾らせた。

「……楽しませてくれる!」

黒獅子は獰猛な牙をむき出しにして、感嘆の叫びを上げた。

 

・・・

きっと今の僕は鬼気迫る表情をしているのだろう。そんなことを考えながら『イゾルデ』を手に装着する。

「僕の言葉が通じてるとも思えないが一応聞いてやる。どんな気分だ?」

「すこあを……!ひゃははははは!すこあがすこあ……!おまえはああ!ひゃは!すこあをまもるために……!」

「……そうかよ。クソ野郎が」

僕は眼前の化け物に向かってそう吐き捨てる。第七音素の影響で自我が崩壊しかけていても、こいつは微塵も変わらない。もともとこの姿だったと言われたほうがしっくりくるほどだ。

「ひゃはははは!またはんらんとは……ひゃはは!ああ!すこあすこあすこあすこあ……!」

「あれからもう十年以上経つ。長いようであっという間だったよ」

なけなしの理性で喚くモースを無視し、独白を始める。

「なんとも不思議な気分だ。喜びも、怒りもこれといってない。普段とそう変わらない気がするよ」

僕の声は、聞くに堪えない狂った声よりもさらに空しく響き渡る。

「本当はもう、復讐なんかどうでもいいんだ。怨嗟が消えたわけでもないけど、僕にとってそれよりも大事なものが出来たから」

あと僅かでお互いの射程距離に届くだろう。

「だからあんたは、ただ、計画の障害として死ね。小難しい理由なんかない。ただ死ぬのさ。あんたがそうしてきたように」

「ゆるさぬぞ……!ひゃ!ひゃはは!どくぼうにいれてやる……ひゃはははは!」

意思を押し付け合うように、成立していない会話。それを皮切りに、戦闘が始まった。

「出し惜しみはしない」

その言葉と共に六つの球体が現れ、混ざり合う。虫けらのようにモースを殺すと宣言した以上、この戦いに手間をかける気はない。

「マグナ・コンケプトゥス」

六色の剣が手に収まり、振るわれる。

「ひゃは!」

虹の極光。その一薙ぎをモースは膨大な第七音素で完全に防ぐ。ルークの超振動とは違い完全な力技でだ。

「ロックを外した僕に譜力の総量で勝負を挑むほどにイカれたのか?」

何度も何度も、ただひたすらに剣を振るう。それだけでいい。そのたびに目も眩むような虹が放たれて、あたりを蹂躙する。

「――――」

音はすべて消えモースの不快な笑い声も、もはや耳には入ってこない。何も知らない人がこの光景を見たならば、さぞ神秘的に見える事だろう。

「…………」

一体どれほど時間がたったのか。それすら分からないほどになってようやくモースの底が見えてきた。放たれる音素の量が極端に落ちたのだ。それを察した僕は、少しずつ前へと進み距離を詰めていく。

「……もう終わりか?」

「ひゃ……は……」

「そうか。では死ね」

地に伏すモースの首元を一閃しようとしたその時、再び音素が息を吹き返した。

「なっ!?」

予言への執着か、はたまた他の何かなのかは分からないが、とにかく蝋燭の最後の様に今までを超える力で僕の持つ剣を天高く弾きあげた。それと同時にその巨体を

撥ね起こして渾身に一撃を僕へと叩き込む。

「がっ……!」

かろうじて躱すことに成功したが、手足が動かない。ああやはり。口では何と言っていようとも、僕の心は乱れていたようだ。そんなことを考えている最中、回転しながら落下してきた剣は、背後から僕の心臓を突き刺した。

 

・・・

「な、なんだ!今のは!?」

プラネットストームを止めるため、ラジエイトゲートへと到着したばかりのルークたちの耳に尋常ではない破壊音が届いた。

「下の方からのようですね」

「とにかく行ってみましょう!」

先手を打たれてしまったのかと焦る一同は、駆け足で下方へと降りていく。その途中、何かの液体がナタリアの頬へと落ちた。

「雨……?」

「雨だって……?ここはもうラジエイトゲート内部だぜ」

「いえ、違います。これは――」

「これ血だよ!」

ジェイドの言葉を遮るようにアニスが叫んだ。今もまばらに落ちてくる液体はあまりにも異常だった。魔界にレプリカ、ローレライ。さまざまな異常を体験してきたが、血の雨などというものは比喩の中だけの話だろう、今の今までそう思っていたのだ。

「どちらにせよ行くしかないんだ。急いで降りちまおうぜ」

「そうね。私もそれに賛成だわ」

そして、最下層。

「ああ……あんたたち。もう来たのか」

そこには、服はボロボロに破れ、全身血まみれで立ち尽くしているトリスタンがいた。

 

・・・

「ああ……あんたたち。もう来たのか」

全身から滴る血を気にも留めずに声を掛ける。全身が軋むように痛い。

「ご覧の通り、モースは――ってあれ、溶けちまったか。まあ、いいか」

「……そうですか。あなたはモースを」

「計画に沿ったまでの話だ。私怨がないとは言わないがね」

あくまでも飄々と、いつもと変わらないように言ってのける。正直、特に何かを感じている訳でもない。こんなものか、といったところだ。

「やっぱり復讐なんてものはやるもんじゃないな。先達たちが、空しいだけだ、とか言った理由がよく分かるよ」

自分の血で真っ赤に染まった髪を掻き揚げて、ガイを見据える。

「これで僕の仕事は残り僅か。エルドラントであんたたちを迎え撃つくらいだ。ゆっくり会話するのはこれで最後になるだろうな」

話を切り出しにくそうにしているので、それとなく助け船を出す。というか、僕自身も最後にもう一度話をしたいと思ってたので好都合だ。

「確かにそれも悪くありませんが、まずはその血をどうにかしてもらえませんか?私はそんな格好の人と仲良く話せるほど変人ではありませんので」

「大佐の言い方はアレですけど、確かに目のやり場に困りますぅ~!」

「……思いっきり見てるじゃねーか」

顔を覆った指の隙間から、目を爛々と輝かせているアニスにルークのツッコミが入る。気にしてなかったが、上着は服の体を為していないほどにボロボロだ。いつぞやの湿原の時を思い出す。

「もっともな話なんだけど、勘弁してくれないか。ここまで負傷するとは思ってなかったから、着替えは持ってきてないんだ」

「負傷!?じゃあ、その血は返り血じゃなくて……」

「そういうこと。この怪我に関しては自業自得なんだけどね」

「何を呑気な事を言っているのですか!急いで治療いたしませんと!」

顔を青くしながらも駆け寄ってきて、回復術を発動させるナタリア。僕は敵だろうに、と思わず苦笑してしまう。

「それにしても、一体どうやったら自分の血で雨を降らせられるんだよ」

「きっと被虐趣味でもあるのでしょう」

「そんな趣味あってたまるか!」

大声を出すと同時に傷口から血はピュッと吹き出す。興奮しすぎると死にかねない。いや、興奮させられて殺されかねないと言った方が適切か。

「なあティア、被虐趣味ってなんだ?」

「ええっ!?ル、ルークは知らなくていいことよ!」

ふと耳を澄ますとあらぬところに飛び火もしているあたり、性質の悪さが窺えよう。

「これで、だいたいの傷は塞げましたわ。残念ながら失った血は譜術ではどうにもできませんが……」

「十分だ。ありがとうナタリア」

「―――………!」

「どうした?」

特に変わったことをしたつもりはなかったんだが。

「いえ、よく考えたら名前で呼ばれたのは初めてな気がしまして。ベルケンドで会った時は仰々しく様付けでしたし」

「よくよく考えてみれば、名前で呼ばれたことないの大佐とナタリアだけな気もするな」

「そうですわ!わたくし、大佐と同列に扱われてるのではと内心気が気じゃありませんでしたもの」

「酷い言われようですねえ」

「あんた自業自得って言葉知ってるか?」

僕だけではなく、ジェイド以外の全員が呆れた顔をしている。なんだこの一体感は。僕、溶け込み過ぎだろう。

「ナタリアの件は別に他意があった訳じゃないから安心していいよ。死霊使いの方は意図的にやってるけどね」

「それを聞いて安心しましたわ」

「ナタリアも結構黒い気が……」

「アニス。それ以上は言っちゃいけないわ」

ルークとの会話から復帰したティアがアニスの口を塞ぐ。

「まあまあ、今はその話題は置いておきましょう。丁度いじり甲斐のある人もいますし、たっぷりと情報を搾り取って差し上げますよ」

「本当にぶれないよなあんた。流石ディストと友達やってるだけあるね」

「心外ですね。私はそんな洟垂れと友達をやるほどに物好きじゃありませんよ」

顔ではにっこりと笑っているジェイドだが、その目は欠片も笑っていない。本気で怒り出す一歩手前のようだ。これほどまでに友達関係を否定されるディストが可哀相でならない。

「ていうかまだ聞きたいことがあったのか。もう大方の事は知ったのかと思ってたんだけど」

「そうですね。星の記憶のことも、あなたたちの目的も知りました。ですが、何故あなたが死にゆく目をしているのか、それが分からないのです」

弛緩していた空気は再び張り詰め、全員がしっかりと僕を見つめている。話すまで諦める気はないのだろう。

「……レプリカの世界になったとして、オリジナルを鏖殺した罪が無くなるわけではない。秩序を望むなら、責任者は裁かれなくてはならないだろ?」

そこまでで、ジェイドとティアは気が付いたらしく目を見開く。

「幸い、僕はヴァンよりも古株で、持つ権力もほぼ同じ。ついでにモース亡き者にした実行犯でもある。これほどの適役はいないと思わないか?」

「なんでそんなに冷静でられるんだ……!?」

終始落ち着いた口調で語る僕に向かってルークが叫ぶ。

「俺は……考えただけで手が震えて!あれだけ大丈夫だって自分に言い聞かせても怖かった!怖かったんだ……」

「ルーク……」

レムの塔での出来事が相当堪えたのだろう。今も穴が空きそうなほどに見つめている手のひらは震えている。

「あんたたちは本当に敵に甘いな。そこが美徳でもあるんだろうが」

「あなたに影響されたのですよ。この長い旅の間、拳を交え、言葉を交えた。要するに、私たちはあなたを認めているのですよ。ただ一人の人間としてね」

いろいろ言いたいことはあったが、思考するよりも早く口が動く。きっと、僕以外の全員も思ってることに違いない。すなわち、

「…………あんた人の事褒めることが出来たのか」

「心外ですねえ。私にだって畏敬の心くらいありますよ。……ほんのちょっぴりですが」

「大佐もしかして照れてます?」

「アニース。後でお仕置きが必要なようですね」

非常に珍しいものをみた。アニスが失言でお仕置きされるのはいつもの事だが、ジェイドからお褒めの言葉をいただいたのは初めてだ。……何かよからぬことが起こる前兆かもしれない。

「もしも、何かが少しでも変わっていれば、僕たちもあんたたちも同じテーブルを囲んで食事でもしていたかもな」

「今からでも――」

「遅い。気持ちは嬉しいけど、遅いんだよ。あんたたちもレムの塔の一件で身に染みただろう。予言は決して覆らない。それが忌々しいこの世界の理なんだよ」

「でも、ルークはこうして生きてるわ!」

いやな考えを振り払うようにティアが叫ぶ。

「そうだ。ルークは幸運なことに生きている。だが、次の何かが起こる前に予言を消し去らなくては再びその命を削ることになるだろう」

「もう、そんなことはさせねえよ……」

「レプリカ一万人の命で救ったこの世界が滅びるとしてもか?」

極論だが、正論でもある。僕は、ルークが消滅した地点が現時点で鉱山都市でなくとも、近い未来に奇跡的に資源が見つかり鉱山都市へと変貌する可能性すらあると思っている。それほどまでに予言は絶対だ。

「例えば誰かを愛したとして、それが決められていたからだなんて納得できるか?例えば誰かが死んだとして、それが運命だったと言われて引き下がれるか?僕は嫌だね。この美しく悪辣な世界で、どんなに悪人だろうがどんなに偉い奴だろうが獣だろうが魔物だろうが虫だろうが、各々が各々の意思で無様に懸命に自堕落に生きていてほしいんだ」

「なら、もしも俺たちが予言を覆せたなら。お前は止まってくれるのか……?」

「そうだな……。だがもう遅い。弱い僕たちはそれを信じられなかった。すでに屍の山の上にいる。手遅れだ」

ルークたちとの距離が本当に遠くに感じる。皮肉なことに、僕が目指した人々は僕とは違う道を行く。分かっていたことだった。

「結局のところ、僕は弱いから逸脱するほどにこの身を練り上げ、弱いから予言があることが許せないのさ。全てを知って、なお折れないあんたたちの事も、眩しくてたまらない」

今の僕はそれはそれは醜いことだろう。あろうことか敵へと向けて羨望の眼差しを向けているのだから。それを自覚しているところが、醜悪さ更に拍車をかけている。気合を入れていないと情けなさで涙が出そうだ。

「それでも……そうだな。僕を突き動かすもっとわかりやすいモノがある」

「それは、なんなんだ……?」

「僕を一番近くで支えてくれた人に、予言の無くなった世界で言ってあげたいんだ」

目を閉じると思い返される暖かな思い出。あまり多くはないけれど、間違いなく僕の宝物だ。

「好きだ、と。僕は僕の意思で君の事を愛しているんだ、と伝えたいんだ」

胸の内に秘めていた些細な願い。本人にすら伝たて事のない思いは、いつの間にかどんな思いよりも大きくなっていった。

「さんざん人を殺しといて何様だと思うだろうけどね。やっと、今まで生きてきてやっとなんだ。物心ついた時には失われてしまった何かを取り戻せそうな、そんな気がするから」

だから、僕は止まれないんだ。そう言ってのけた。いつの間にか自己嫌悪の波は消え、凛と胸を張っている。

「ま、そういうことだ。少し話し込み過ぎちゃったみたいだし、僕はもう行くよ」

やはり言葉にすると違うもので、僕の顔はきっと、この上なく晴れやかなものだったろう。

 


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