二人の魔弾   作:神話好き

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九話

予言を詠む者がいる、と言う噂を耳にしたルークたちは、ケセドニアへとやってきていた。

「さあ、予言を求めるものは僕と共に来い。そこで予言を与えよう!」

演説のような、いや煽動するような大仰な言い方だ。それに、この声には聞き覚えがあった。

「嘘が本当になっちまったな」

ガイの漏らした呟きを聞きながら、人だかりの中心へと近づいて行く。

「待ちなさい!ローレライ教団は予言の詠み上げを中断しています!その予言士は偽物です!」

ざわざわとしている民衆の声が次第にやみ、男の声だけが響く。

「これは心外だね、アニス。これから予言を詠むのはローレライ教団の予言士じゃない。モース『様』が導師となって新たに開かれた、新生ローレライ教団の予言士だよ」

「イオン様……じゃない…。アンタは……まさか……」

「シンク……やはり生きていたのか!?」

イオンと瓜二つの顔、同じ声。そこにいたのは六神将、烈風のシンクその人だった。

「やれやれ。これで六神将は全員生存確定ですか。こうなると、ヴァンがローレライを取り込み生きているというのも事実でしょうね」

「ボクだけじゃないよ。トリスタンの奴だってピンピンしてるさ。君たちには最悪に近い知らせかもね」

トリスタン。その名を聞いてルークたちの間に緊張が増す。彼に対して、恨まれて当然だろうと思うに足ることをしたからだ。

「あはははは。そんなに愉快な顔をしてもらえるなら、話した甲斐があったよ。ねえ、そう思わないかい?裏切り者さん」

「……私は好きでモースの言いなりになってた訳じゃない!」

シンクの挑発にまんまと乗せられ、アニスは大声を張り上げる。

「好きでやってたわけじゃなければ、何をやってもいいの?」

「……それは……っ!」

「フン……。さあ、邪魔が入ってしまったが、予言を望むものは着いて来い」

「待ちなさい!」

震える声を抑えながらも、アニスが静止に入る。しかし、民衆は止まらない。予言中毒と言ってもいいほどに予言に侵された人々は、もはや予言を捨てる事など出来ないのだ。

「アニス。ここは見逃してください。あなたなら分かってくれますね」

「……イ……オン……様」

シンクが発したその言葉は、二年間一緒にいたアニスですら、本物だと勘違いしてしまうほどのものだった。

「あははははは!先にこういう手に出たのはそっちが先じゃないか。そんな目でボクを見ないでほしいねえ。なんだったら―――譜力切れまで暴走してみたら?」

効きすぎた皮肉はルークたち全員に深く突き刺さる。何も言い返せない。それほどまでにトリスタン謡将という人物は大きかった。

「ボクも暇じゃないからアイツの意趣返しはこの辺にしておくよ。それじゃあね、元導師守護役さん」

そう言い残すと、シンクは大勢の市民を連れて去って行く。

「アニス……」

「大丈夫!アイツとイオン様は違うもん。それに、謡将に酷いことしたのはホントの事だしね」

空元気なことがありありと見て取れる。その笑顔は痛々しくて目を逸らしてしまいそうなほどだ。

「アニス。気休めかもしれませんが、トリスタン謡将が本気で私たちを恨んでいたならば、すでに狙撃されて木端微塵になっていると思いますよ」

「そうだぜ。それに信用を失ったって言うんなら取り戻せばいいだけの話だろ。良い手本も近くにいることだしな」

「ガイ……。大佐ぁ……」

掛けられる暖かい言葉に感極まって、アニスは今にも泣きだしてしまいそうだ。

「よーし、アニスちゃん頑張っちゃうもんね!アリエッタをコテンパンにして、もう一度イオン様に会って、それで謝る。そう決めた!」

「まあ、アニスらしい。わたくし、微力ながらお手伝いさせていただきますわ」

「私もよ。それに、今のあなた、とってもいい顔してるわ」

ふふ、と微笑みながら言うナタリアとティア。そして、みんなの視線がルークへと集まる。

「えっと、その。お、俺も精一杯手伝うぜ?」

緊張のあまりたどたどしく、というよりグダグダになってしまった。

「あははははは!ル、ルークってばダサぁ~!」

「う、うるせえ!突然そんな事言われてもなあ!」

「まあ、いいじゃありませんか。締まらない感じがルークらしいです」

結果的に暗い雰囲気は吹き飛び、いつも通りの暖かい雰囲気が戻ってきた。今は、それだけで良しとしよう。そんな気持ちが感じられるような笑顔だった。

 

・・・

燦々と輝く太陽。青い海。そして廃墟。

「今度はトリスタンが鬼です!」

「分かった、分かったから一回休憩にしよう。耐久レースみたいになってるぞ、これ」

僕は今、アリエッタの故郷でもあるフェレス島に来ていた。イオンに暫くの休息が必要だと診断されたので、その間にトレーニングをすることにしたのだ。まあ、結局やってることは全力での鬼ごっこなのだが。

「んで、何を悩んでるんだアリエッタ?」

「……なんのことですか……?」

「恍けても無駄だ。僕は、君が教団に来た時から知ってるからね」

わざわざ誰もいないこの島に来た目的がこれだ。本人は隠してるつもりだろうが、僕には通じない。なにせ十年近く面倒を見てきたんだから。

「……トリスタン……前のイオン様と同じ目をしてます……。その目の後、イオン様は死んじゃった……」

僕の真剣なまなざしに観念したようで、途切れ途切れに語りだす。

「アリエッタはトリスタンとは本当の家族じゃないけど……トリスタンは家族みたいにしてくれて、だから!だから……いなくなっちゃうのは嫌です……」

「…………参ったな。アリエッタも気づいてたのか」

十年近くってのはお互い様だったらしい。僕は目頭を軽く揉む。柄にもなく感極まってしまったみたいだ。

「確かに僕は、全部が終わったら死ぬと思う」

死ぬ、と言う単語にアリエッタの方がビクンと揺れる。

「それでもアリエッタは、僕の言った事とか教えた事とか忘れないでくれるだろう?」

「当たり前です!」

「ならいいんだ。六神将のみんなやイオン。それに今まで僕がお節介を焼いてきた人たちが、僕の中にある何かの欠片を持っていてくれるなら、それはとても幸せな事なんだよ。陳腐な言葉だけど、もしも僕がいなくなっても、僕は生き続けてることになるからね」

涙を流すアリエッタの頭を優しくなでながら、あやすように言う。こんな風にするのも、何年振りだろうか。

「それに、僕は絶対に死ぬって訳じゃないよ。計画が成れば、その先には予言に縛られていない未来、絶対なんて存在しない未来があるんだからさ」

そう言って両手を大きく広げる。少々大げさな気もするが、そんな未来がもう、すぐそこにあると思うと自然にそうなってしまった。

「負けちゃいけない理由が増えました……」

アリエッタは精一杯笑みを作って小さな声でそう言った。その時だった。

「その声は……!」

「アニス……!」

真の悪いことにルークたちが現れた。そして、そのまま二人のにらみ合いへと発展してしまう。

「よお、あんたたち、久しぶりだな。まさかここで会うことになるとは思ってなかったぞ」

「こちらとしては、あまり出会いたくはなかったのですがね」

「やめろやめろ。そういう罪悪感とかは僕にはいらないから。そもそもあの戦いの敗北は、偏に僕の未熟が生んだ結果だ」

僕はうんざりとしたように手を払う。

「それで、ここには何の用で?あんまり踏み荒らして欲しくはない場所なんだけど」

「どういう意味だ?」

「ここは―――」

「ここはアリエッタの大切な場所!アニスなんかが来ていい場所じゃないんだから!」

説明しようとするが、その声を遮るようにアリエッタの声が響く。それを聞いたルークたちは怪訝そうな顔をしている。

「フェレス島が大切な場所だって?どういうことなんだ」

一同を代表してガイが問いかける。

「ここは……。アリエッタが生まれた街だから。アリエッタの家族はみんな洪水で死んじゃって、アリエッタのことはライガママたちが助けてくれた。ずっと寂しかったけど、ある日ヴァン総長が来てアリエッタを仲間にしてくれたの。沈みかけてたフェレス島をこうやって浮き上がらせて、アリエッタのための船にしてくれた」

そこまで言うと、ちらりと僕の方を見る。

「ヴァン総長も六神将のみんなも、トリスタンも何度も遊びに来てくれた。それに、前のイオン様だってヴァン総長に協力してたもん」

「まあ、そういう訳だ。手早く用事を済ませたら、早急に退散してもらおうか」

これ以上ヒートアップしてしまう前に口をはさむ。このままいくと、ここで決闘になりかねない。

「アリエッタ」

「はい……」

僕の呼びかけでようやく頭が冷えたアリエッタはしゅんとしながら返事をする。そしてそのまま、ライガにまたがって去って行った。

「さて……」

アリエッタを見送った後、僕はルークたちに向き直る。

「あらためまして、久しぶり、と言っておこうか」

「本当に生きてたんだな、アンタ」

「ああ。あんたらが放置していくもんだから、気絶してる間に地核まで落ちちまったがな」

「おやおや、嫌味を言うとはあなたらしくもありませんね。地核に落ちた時に頭でも打ったんでしょうか」

「嫌味で済ましてやってんだよ!」

だめだ。やはりあの陰険メガネの方が数段上手だ。嫌味も皮肉も通じやしない。ついでに嫌味で済ましてやろうという、僕の慮りも通じなかった。

「あ、いつもの謡将だ」

「そうみたいですわね。もう、わたくし共とは口もきいてもらえないかと思ってましたが、変わりありませんようで」

ナタリアとアニスがそう言うと、他のメンバーも一斉に緊張を解いた。我ながら舐められかたが凄い。

「あんたたちとはまた会うことになると思うから、この場では僕の用事を優先させてもらうけど。いいよね?」

僕が頭を掻きながら言うと、アニス以外の全員が察してくれたように頷く。

「アニース。ご使命ですよ。観念してお話してきなさい」

「はうあ!?」

アニスは振り返って逃げようとするも、逃走経路はすでにルークとティアによって塞がれていた。

「行こうか」

僕はあたふたするアニスの首根っこを摑まえると、掴み上げ適当な建物に向かった。

「とりあえずこの書類にサインしろ」

そう言って懐から一枚の紙を取り出し、アニスに突き付ける。

「これって……ええ!?マジですか謡将!?」

「ああ、アリエッタが言ってただろ。いつでもこうできるように準備はしてあったのさ」

「そう、ですかぁ~。……あはは、馬鹿みたい。自分だけが不幸で、自分だけが誰にも頼れなくて、自分だけが辛くて、そう思って……そんな訳ないのになぁ~」

掠れた声で紡がれるのは、深い後悔の言葉。人前では決して見せる事のない涙は、自責の表れ。あの牢獄での僕を思い出す。

「アニス。君は、まだ大丈夫さ。僕と違って取り返しがつかない訳じゃない」

アリエッタの時とは少し違う。ゆっくりと諭すように、アニスの頭をなでてやる。せめて今だけは年相応に、それが終われば飛び立っていけるように、と思いを込めて。

「落ち着いたか?」

僕の服が涙でびしょびしょになって、ようやくアニスは泣き止んだ。

「はい……」

一気に冷静になったためか、ほんのり頬が赤くなる。

「うぐぐ。このアニスちゃんが泣き顔を見せてしまうとは……」

「……もう大丈夫そうだな」

あっという間に元のアニスへと戻っていた。切り替えが早すぎて一瞬めまいがしたほどだ。

「それじゃあ、さっさとサインしな。それで借金は全額返済完了だ」

僕が用意した書類は、言うまでもなく借金の肩代わりのための書類だ。リオネス村を買って以降、特に使うこともなかったので貯めていたので、お金は結構余っているのである。

「……謡将。そのサインちょっとだけ待ってほしいです」

「なに……?」

「アリエッタと戦って、ゴメンって謝って。そんで、その後じゃないと、それを受け取る資格なんかない」

はっきりとした口調と力のある瞳。どうやら一皮むけてくれたようだ。

「アニス。今、君は見事に僕の信頼に答えてくれたよ」

「謡将ってば。そんなに優しくされたらまた泣いちゃいますよぅ!」

僕とアニスは少しの間だけ、予言も立場もしがらみも、そんな全てを忘れて笑いあったのだった。

 

・・・

決闘はチーグルの森で。ルークたちは立会人のラルゴからそう告げられた。その役目はトリスタンが務めるだろうと思っていたので多少驚きはしたが、確かめなくてはならないこともあったので都合がよかった。ナタリアの本当の父バダックが、今は黒獅子ラルゴと名前を変えているという情報を得たからだ。そして今。

「アリエッタまだ負けてないもん!負けられないもん……」

ルークたちの前には、負傷した魔獣共々どうにか立ち上がるアリエッタの姿があった。もはや勝負は決まったと言ってもいい。それでも諦めないのは重々承知。そういう戦いなのだと、お互いに知っているから。

「受けて立ってあげるよ」

そう言ってアニスは『トクナガ』を元に戻して地面に降り立つ。

「ルークたちは手を出さないで。これは私の戦いだから」

振り返ることなく言い放ち、真っ直ぐにアリエッタの元へと進んでいく。

「アリエッタは、アニスにだけは負けない!」

ピシッと音を立てながらアリエッタのビンタがアニスの頬を打つ。

「私だって、アンタにだけは負けない!」

返事を返すようにアニスのビンタがアリエッタの頬を打つ。

「誰にも頼れないような人にイオン様は渡さない!」

「誰かに頼りっぱなしの奴に言われたくない!」

「イオン様を裏切ったくせに!」

「イオン様に捨てられたくせに!」

「バカ!」

「根暗!」

まるで、子供の喧嘩の様な罵声を浴びせあいながら、順番にビンタを放つ。意地も矜持も思いも願いも全部を込めたものだ。軽いはずがない。何度目だっただろうか。数えきれないほど痛々しい音が響き渡っていた。

「アリエッタは……アニスには…負け……トリス、タン……」

もはや紡がれる言葉はうわごとの様だ。

「アリエッタ……、アンタの事は大嫌いだったけど、だけど……だけど……ごめんね……」

崩れ落ちるアリエッタを抱き留めながらアニスは言った。

「……ここまでだな」

ルークたちと同様に沈黙を保っていたラルゴが声を上げる。

「トリスタンから、必ず連れて帰ってくれと頼まれててな、邪魔をするならば相手になるが……どうやらその必要はなさそうだな」

「……うん……」

「この地図の場所に行くといい。イオン様はその廃村にいる。行くのは構わんが、くれぐれも荒らしてくれるなよ」

アニスに手渡された紙には、ダアトからそう遠くない位置の座標が書いてあった。そして、伝えるべきことは伝えたとばかりに、アリエッタを抱えて立ち去ろうとする。

「待ってくれ!お前に聞きたいことがあるんだ、バダック」

「……その名はとっくに捨てたよ。妻の眠るバチカルの海にな」

やはり。もはや口に出すまでもない。ルークはロニール雪山で拾ったペンダントをラルゴに向かって放る。

「なるほど。お前が拾っていたのか。どうりでトリスタンにも見つけられないはずだ」

「名乗らないのか?」

「名乗ってどうなる。敵は敵それだけのことだ。坊主は甘いな」

今度こそ立ち去るために、踵を返す。

「次に会う時はお前たちを殺す時だ」

振り返らずにそう言うと、そのまま姿を消した。

「ルーク。どういうことですの?」

一人だけ置いてきぼりを食らったナタリアが訝しんだ声を上げた。

「ごめん。今は話せないんだ」

「……それなら、いつかは話してくださいますのね」

「……ああ。必ず」

「……さあ、ぼんやりしている訳にはいかないぜ。予言会議のためにユリアシティに行って。その後、イオンのところに行くんだろ?」

軽い調子で言ったガイの一言で、ルークたちは次の目的地へと動き出した。

 

・・・

「おかえり。急いでアリエッタをそこに寝かせてくれ。リグレットが治療する」

「分かった」

フェレス島のにある、とある家で僕とリグレットは二人が来るのを待ち構えていた。勝つにせよ、負けるにせよ、無事ではないからだ。

「リグレット、ここは任せるよ」

「ああ。見たところ、傷は多くあるが致命傷は無いようだ。これなら私一人でも平気だろう」

「じゃあ、外に出ようか、ラルゴ」

僕はそう言って、顎で外に出るように合図を送る。

「……人の事にまで気をまわし過ぎるのは、お前の悪癖だな」

「悪癖じゃない性分と言うやつだ。さあ、諦めてとっとと外に出る」

返事も聞かずにドアを開けて外にでる。背後にはやれやれ、と言いながらも付いてくるラルゴ。バタン、と音を立ててドアが閉まり、そのまま静寂に包まれる。

「死のうとしてる奴ってのは、はたから見たらこんなにも分かりやすいものなんだな」

「ようやく理解したか」

「ああ、少し反省してるところだ」

自分がそうしているつもりはないけど、纏っている雰囲気に天と地ほどの差がある。それが、なんとなく分かってしまうのだ。

「ここで口論したところで平行線になるのは、僕自身が一番よく分かってる。だから、これを読んでくれ」

「…………」

僕の手から書類を受け取ると、無言のまま受け取り目を通す。だんだんと顔つきが厳しくなっていくのが分かる。そうさせてしまうに足る内容だからだ。

「トリスタン!お前は、俺がこんなものを認めると思っていたのか!」

「思ってないから今まで秘密にしてたんじゃないか」

書類の内容は、僕がピオニーと交わした密約。計画が失敗したときの為の保険についてだ。

「計画が失敗したら僕は死ぬ。成功すれば、もしかしたら僕の死は必要ないかもしれない。だから死ぬ気で戦って、必ず生きて帰ってこい、ラルゴ。他でもない僕のために」

「ふ……ふふ、ふははははは!シンクも言ってたが、お前は本当に激励が下手だな。―――ああ、任せておけ。俺のため、そして他でもないお前のために戦って来るとしよう」

「……ありがとう」

それから、アリエッタの処置が終わるまでの間、特に会話もなく時間が過ぎた。しかしその沈黙は不快ではなく、なんとも言葉で表現しづらい一時だった。

 




お盆は私用でまとまった時間が取れないので、次回は少し遅くなると思います。と言ってもいつもに比べてなので、そこまで遅くはならない予定です。

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