綺礼が開始を宣言した瞬間、三人の下忍はすぐに森へと身を隠した。
忍びたる者、基本は気配を隠すべし。白野は下忍にしては上手く隠れた方だ。
問題は残る2人。岸波シロウとメルトリリスは上手いなんてもんじゃない。既に中忍の域に到達しているレベルの気配遮断能力だ。上忍の自分でも一瞬位置が分からなくなった。
“やはり、悪くないな”
学年主席のうちはサスケは中々の規格外な子供と聞き及んでいたが、なかなかどうして。
あの二人も存外に負けていない。
〝どう仕掛けてくるか楽しみだ”
とりあえず綺礼は障害物のない平地にただ佇み、彼らの行動を観察する。
タイムリミットはこうしている間にも刻々と削られていっている。隠れたまま何も行動に移さなければタイムオーバーにより失格になるだけだ。
故に、待つだけでいい綺礼とは違い、彼らは必ず何らかのアクションを起こさなければならない。
「…………!」
突如、シロウが身を隠していた場所から多数の矢が飛来する。その数見積もって15本。
連射速度が化け物染みており、さらには弾速も過去経験したことのないスピードだ。
「ほう。これはまた、驚かされる」
そして何より綺礼を驚かせたのはその驚異的な連射速度でも、弾速でもない。
――――あの矢は躱せない。
そう、本能が警告したことだった。
駄目だ。どう足掻いてもアレは躱せない。躱せるイメージが浮かばない。
飛来する矢をどうにかするには、迎撃するか、防ぐしかない。
不思議な感覚だ。直撃する自身をイメージできるほど適格な射撃を見るというのは。
〝術を使うか”
まさか、これほど早々に忍術を使う羽目になるとは思わなかった。
できる人材とは思っていたが、予想の範疇を遥かに超えている。
まぁだからこそ試し甲斐があるというものだ。
「土遁 土流壁」
印を結び、即座に体内のチャクラを土に変えて口から吐き出した。
それは瞬時に土の壁を形成し、術者を護る盾と為る。
基礎的な忍術ではあるが、これを極め、熟練者が扱えば鋼鉄をも上回る強度を発揮する。
ズガン!ガンッ!!ゴガンッッ!!!
まるで砲弾が直撃したかのような衝撃が壁に伝わる。
それだけではない。矢先が微妙に土流壁を貫通しているのだ。
「威力も大したものだな」
この鋼鉄を超える壁を貫くほどの威力になると、もはや下忍が為していい業ではない。恐らくこの矢にも、チャクラが練り込まれいるのだろう。
武具使いらしい、実に強力無比な獲物だ。
「―――な」
綺礼は感心した後に、目を見開いた。
土流壁を貫通してきた矢先をよく見ると、起爆札が貼られていたのだ。
「やってくれる……!」
すぐさま綺礼は土流壁から距離を取った。
しかし、その直後計15本に貼られていた大量の起爆札は一斉に暴発した。
その威力たるや大型の爆弾と相違ない。膨大な熱量が込められた爆風は容赦なく綺礼を襲う。
「グゥッ」
チャクラの膜で体を覆い、爆風から身を護る綺礼。
だが彼の長身は見事なまでに吹っ飛ばされ、湖にまで移動させられた。
綺礼は空中でなんとか体勢を立て直し、両足にチャクラを集中、固定させて無事水面に着地する。しかし、シロウは彼に息つく暇を与える気はないという風に、攻撃の手を緩めようとしない。
第二波として通常の手裏剣の何十倍もの大きさを誇る風魔手裏剣影風車が猛烈な回転を発しながら言峰綺礼に迫り来る。
「あまり調子に乗るなよ、岸波シロウ」
風魔手裏剣に起爆札が貼られていないことを目視し、判断した綺礼は無造作に右手を前に出す。そして、あろうことか大気を切り裂き猛進する風魔手裏剣を素手で止めた。それも片腕だけで。それはもはや人間離れした馬鹿らしい握力と腕力、反射神経があるからこそできる芸当だ。
「………ふん」
そしてそのまま風魔手裏剣を握力だけで粉々に粉砕する。
普通はこのような人外業を見せつけられたら、大概の生徒は戦意を喪失する。あんな人間から、鈴を奪うことなぞ不可能だと。
されど、生憎彼らは特別負けず嫌いなのだ。例えるのならうずまきナルト並みと言っても過言ではない。
「ほう。飛び道具が効かないと悟り、今度は直接奪いに来たか」
森から勢いよく現れ、此方に接近してくる者は岸波シロウとメルトリリス。岸波白野は未だに森で待機しているようだ。
しかし、まさか真正面からの特攻とは舐められたものだ。いくら覚悟があろうと自棄になっては意味がない………いや、あの眼は何か企んでいるモノの眼だ。何かしらの策を用意しているのだろう。警戒は怠らない方がいい。
「行くわよ、言峰綺礼!」
先陣を切ったのはメルトリリスだ。まだ下忍だというのに、彼女は水面歩行を難なくこなしている。しかも――――移動速度がかなり速い。
彼女の具足に取り付けられている大針を駆使して、水面上で綺礼に白兵戦を仕掛けてきた。下忍としては破格の能力だが、所詮どこまでいっても下忍は下忍。対処すること自体はそれほど苦にはならない。
ひと思いに倒すことは簡単なのだがそれでは試験にならない。
綺礼は力を抜き、手加減をしながらメルトリリスの脚業を得物を使わず無手で捌いていく。
そこに、遅れてシロウも白兵戦に参加した。
彼の両手には陰陽の印が施された奇怪な双剣が握られている。これで遂に二対一の構図となった。
「「ハァ―――――!!」」
双剣を振るうシロウ。脚業を繰り出すメルトリリス。
彼らはほぼ同時のタイミングで攻撃を行っており、互いの攻撃手段の邪魔になっていない。かなり息の合ったコンビだ。つい最近組んだというわけではなさそうである。
メルトリリスは可憐であり才気を感じさせて止まない軽やかな脚業を繰り出し、シロウは才能が無いながらも無骨で、実直な実戦を重きに置いた剣戟を放っている。
相反する才能を持つ者がこれほどの連携をこなせるとなるとかなりのものだ。
尤も、ただそれだけでは自分には届きはしないが。
「やるぞメルト!」
「分かってるわ!」
いったんシロウが剣戟から身を退き、最初と同じくメルトリリス一人で言峰綺礼の相手をすることとなった。身を退いたシロウはチャクラによって強化された脚で高く上空へ跳び、手に持っていた双剣を綺礼に力強く投擲する。
メルトリリスはシロウが双剣を投擲した瞬間、巻き込まれぬようタイミングを合わせて離脱した。
「この程度の技………」
狙われた綺礼は飛来する双剣を鍛え抜かれた強靭な脚で蹴り砕く。
流石は上忍。メルトリリスを遥かに上回る脚業だ。
しかし、岸波シロウも双剣を投擲しただけで終わる筈がない。
「如何に上忍と言えど―――――この一撃、凌ぎきれるか」
シロウは懐から巻物を取り出し、開封する。
虚空の空間に現界したのは長大な方天戟。岸波シロウが一から作り上げた作品の1つ。
この方天戟内部には、大量の爆薬とチャクラが練り込まれている。爆破の威力は初撃に放った矢の約数倍………!!
チャクラを腕に集中し、ドーピングした腕力を活かして方天戟を全力をもって投擲する。
普通は模擬戦などで使うものではないが、言峰綺礼ほどの化け物ならば問題はない。
爆薬が内包された方天戟は綺礼の眼前で眩い光を発し、続けて耳が張り裂けんばかりの轟音が周辺一帯に鳴り響いた。
その威力たるや――――炸裂弾の如し。
シロウとメルトリリスは湖から地上まで退却し、水飛沫が立ち上るその光景を見届けた。
「…………」
「…………」
もはや鈴を取るどころか言峰綺礼の命を取ることに力を注いだ二人。シロウの作り出した上位武具も容赦なく使用した。しかし、二人の表情にはまるで余裕がなかった。
――――土遁 心中斬首の術――――
確かな殺意がシロウ達を襲う。その殺意の出所は――――真下!
シロウとメルトリリスは同時に地上を蹴り、跳び上がった。その直後、先ほどまで自分達が立っていた地面には二つの手が顔を出していた。あのまま立ちっぱなしだったら地中に引きずり込まれていたに違いない。
「随分と土遁が得意のようだな………!」
シロウはダメ元で起爆札付きのクナイを手が出ている地面に向けて放つ。
方天戟に比べたら欠伸が出るほど小さな爆発だが、贅沢は言っていられない。ダメージを与えられずともせめて逃れるだけの時間は稼げるだろう。
ボボンッ、と爆発が起こっている内にシロウとメルトリリスは森へと再度姿を晦ませた。
◆
化け物だな、アレは。
小手調べに言峰綺礼と一勝負興じ、結果、真正面からでは到底敵わないことが確認できた。少なくとも今のチャクラ量と戦闘経験値ではメルトリリスと組んでも鈴を奪うことは不可能だろう。
木々へと飛び移りながら、シロウとメルトリリスは白野を待たせていた待機場所へと着地した。
「二人とも大丈夫だったの!?」
「ああ、なんとかな」
「………危うく首まで地中に埋め込まれるところだったわね」
「だが、それなりの収穫を得たから良しとしよう」
心配し、慌てている白野を宥めながらシロウは言峰綺礼の実力を冷静の分析する。
土遁を多用し、その術の発動スピードも速い。体術はメルトリリスと岸波シロウを遥
かに上回り、此方の打撃は全て捌かれた。
結局、自分達は奴に一撃も与えられていない。さらには方天戟をも凌げる頑丈さときたものだから死角がない。
「………やはり白野の力が必要だな」
今のシロウとメルトリリスだけではとても太刀打ちできない。白野の力は必要不可欠だ。
「任せてシロウ! 絶対に足手まといにはならないから!」
ふんすと息を立ててやる気を見せる白野。
―――――よし。問題ない。
白野の幻術は折り紙つきだ。それにまだ不完全ではあるが、感知タイプでもある。
彼女のバックアップが有るか無いかでは戦局がだいぶ違ってくるのだ。
「「「――――――!」」」
馬鹿みたいなスピードで此方に接近してくる物音。そして敵意。間違いない………言峰綺礼は平地で佇むことを止め、自分達のいるこの森林を駆けている。
「………時間はない。作戦を手短に言うぞ」
張りつめる圧迫感を押さえながら、シロウは二人に作戦内容を口にする。
◆
言峰綺礼が森林に入ってはや十分が経過したが、未だにあの子供達を見つけれないでいる。しかも辺りはトラップだらけ。判断を間違えると火傷では済まされないであろうマジな仕掛けも山ほどある。絶対岸波シロウが仕掛けたトラップだ。
先ほど実際に手合せして分かった。
彼は第一班のなかでもかなり戦闘力が高い。というか攻撃手段が異様に多い上に殺傷能力もずば抜けている。下忍にしてあれほど殺人に特化された者は過去の例にも少ないだろう。
弓の技術は恐らく最高峰。白兵戦能力も無才ながらも高い。特に弓矢に起爆札を貼り、槍に爆薬を詰め、忍者らしからぬ驚異的火力には流石に驚かされた。武具の生成、扱いに長けていると言っただけはある。
アレにはいくら注視してもし過ぎにはならない。
「……………」
綺礼はぴたりと足を止め、構えを取る。
確かな殺気が自分を狙い定めている。これは――――
「狙撃か………」
木と木の間から己の首を狙う矢が姿を現した。
相変わらず起爆札を貼ってあるという特別性だ。
躱せない上に威力が高いとなるとかなり厄介である。
だが、同じ技が上忍に通じると思ったら大間違いだ。
「躱せないのなら、撃ち落とすだけのこと」
綺礼は先ほど適当に拾った小石を矢に目掛けて投擲する。
投擲された小石は強化済みだ。そこいらの砲丸よりも堅いだろう。
小石と矢は見事に衝突し、空中爆発を生む。
しかし、その爆発は見るからに妙だった。
“煙幕か”
爆発するも、爆風を発せずもくもくと辺りを覆う白い煙。起爆札に偽装した煙幕札。
あの矢は撃ち落とされることを想定して射られたものだった。
「無駄なことを………」
綺礼は煙幕に紛れて放たれたメルトリリスの蹴りとシロウの一閃を
「なんですって…………!?」
「土遁による硬質化だと!?」
シロウとメルトリリスは驚きの声を上げる。これほど強固な硬質化は聞いたことも見たことも無かったからだ。
彼自慢の愛剣の一閃、メルトリリスの具足の一撃。それを受けて尚無傷となると、鉄以上の強度を誇っていることになる。
「フンッ!」
「「なァ!?」」
陰陽の双剣、莫耶と鋼の右具足の大針が硬化された素手によって木端微塵に砕け散った。
己の武装にかなりの自信を持っていた二人は衝撃を受ける。
――――しかし、それでも彼らの戦意は衰えを知らない。
「まだ……武具は残っている!」
「私もよ!」
シロウは新たな莫耶を目も止まらぬスピードで取り出し、メルトリリスは残った左具足で蹴りを放つ。
「その粘り強さは評価しよう。しかし、まだまだ――――――」
若い、と口にしようとしたその時………一瞬、言峰綺礼の動きが止まった。
――――麻婆豆腐お待たせアル~!――――
綺礼の耳に、激辛愛好家御用達の中華料理店『泰山』店主の声が聞こえた。戦闘中に、絶対に聞くことはないワードと声だ。普通の上忍なら、これは白野が仕掛けた戯けた幻聴だと気付くだろう。
しかし麻婆豆腐に並々ならぬ執念と熱意を持っている綺礼には、どうしても聞き逃せぬ言葉であり、幻聴だろうがなんだろうが関係なく体が反応してしまう力を持っていた。
事実、彼は一瞬身動きを止めた。シロウとメルトリリスにとってはその一瞬だけでいい。その一瞬があれば問題なく―――――――鈴を奪うことができる。
……………
…………
………
……
…
「全員、合格だ。この仕組まれた試験内容の状況下のなかでもなお、自分の利害に関係なくチームワークを優先できた。それもだいぶ前からこの試験の答えに行き届いていたのだから、大したものだよお前達は」
悔しさを一切表すことなく、淡々と言う言峰綺礼。それでも言葉尻には賞賛してくれている辺り、それなりに自分達のことを認めてくれていると判断していいのだろうか。
「明日からは本当の、正真正銘の任務を行っていく………任務中に命を落とす下忍なぞ山ほどいることを決して忘れるな」
その言葉を発する時の彼の眼は決して虚ろなものではなかった。自分の生徒になったのなら、立派な忍者になるまでは死ぬことは許さない。そう黒い双眼が語っていた。
言峰綺礼。彼は不器用であり、怖い教師ではあるが、決して嫌いな部類の人間ではないと白野は思えた。信用と信頼は、これからゆっくりと築きあげていけばいい。
「では、解散―――と、言いたいところだが」
綺礼はにやりと口元を歪ませ、
「合格祝いに中華料理店泰山に連れて行ってやろう。奢るぞ? じゃんじゃん奢ってやるぞ?」
「え、本当ですか先生!」
「もちろんだ。今日の戦果を讃えなければバチがあたる」
「やった――――!!」
自分こと白野は大喜びだ。知る人ぞ知る泰山の麻婆は絶品である。異論は認めない。それも奢ってくれるというのだから、断らないわけにはいかない。というか断る選択肢自体がない。
「ならば行くぞ」
「はい! ってほら、二人ともなに苦虫を噛み潰したみたいな顔してるの。はやく行こうよ!」
「「………………」」
何故か意気消沈しているシロウとメルトリリスをぐいぐいと腕を掴んで引きずっていく白野。彼女は楽しみで楽しみでしょうがないのだろう。激辛好きなのだから当然だ。
しかし、シロウとメルトリリスはそれほど激辛料理が好きではないし、何より泰山の料理は神経が麻痺するほど辛いと有名だ。そんな場所に激辛愛好家でもない一般人を連れて行こうというのだから、ぶっちゃけ死ねと言っているようなものである。
――――後にシロウとメルトリリスは、涙を流しながら真っ赤な激辛料理を口にした。
その姿を言峰綺礼は実に清々しいスマイルで眺めいたと岸波白野は後に語る。
やっと更新できた………。