激戦を極めた第三試験予選は、無事閉幕となった。幸いにも死者は0人。命に関わる重症を負った者は少なからずいるが、ともかく、未来ある少年少女の命が散らずに済んだ。それだけでも良しと思うしかない。それほどのレベルで競い合った予選だったのだから。
で、あれば。残るは『本選』唯一つとなるのだが、主催者である三代目火影はすぐに次の試練に挑むことを許可しなかった。無論、それには理由がある。
「一ヶ月の休息期間、か」
第三試験予選を見事走破したシロウは自宅にて消耗した武器を把握、補充の作業に取り掛かっていた。
この一ヶ月の猶予は、云わば【準備期間】である。
第三試験予選では多くのライバルが注目しているなかで行われた。そこで秘伝忍術を露呈してしまった者もいれば、圧倒的な実力差を感じた者もいる。そして、少なからず負傷した者も。
この一ヶ月はそんな者達の為に用意された貴重な時間だ。負った傷を癒すのもよし、他者の対策を練るのもよし、圧倒的な実力差を少しでも埋める為に動くのもよし。中には何もせず、ただ静かに時が過ぎるのを待つ強者もいるだろう。ならば岸波シロウもただ時が過ぎるのをただ待てるだけの強者か? 答えは否である。
岸波シロウはそこまで強くは無い。少なくとも、才能やチャクラといった基礎たるものが他の第三試験予選を潜り抜けた者達と比べれば圧倒的に劣っている。
凡人は常に何か策を講じ続けなければならない。天才と言われる人種は一つの努力で10の成果を叩き出す。ならば凡人と言われる人種は10の努力で10の成果を維持するしか喰らいつく方法などない。
最も、全ての分野で平凡かと言われればそれも違う。岸波シロウには岸波シロウにしかない強みは確かにある。それが、この多岐に渡る武器の数々に他ならない。
「……今のままでは、どこまで通用するか分かったものでもないな」
しかしその唯一の取り柄もまた心許なくなってきたのが今の現状である。
今の武器であの我愛羅の絶対防御を突破できるか?
今の武器であのクーフーリンの奥の手に対抗できるか?
今の武器であのサスケの写輪眼に対応できるか?
自問自答を繰り返し、出た答えが「厳しい」とシビアなもの。彼らは正しく規格外といって相応しい。生半な装備で挑んだところで決め手に欠けるのが関の山。
これまでは使い慣れてきた武装で戦ってきたが、ここからはより厳選したもので挑まなければならないだろう。それこそ出し惜しみなどしている余裕などない。全てを曝け出すつもりで戦わなければ、恐らく負ける。
「(しかし、どうしたものか……誰も彼もが特殊すぎる)」
確かにこれまでシロウが作ってきた忍具は多種多様、あらゆる戦場に対応できる為に最適化されたものだ。劣悪な条件化でも最高の戦果を得るという基本骨子を元に製作されている。しかし、今後当たる可能性のある奴らはシロウの想定を大きく超えてきている。
希少極まる写輪眼持ちを想定した装備は作ってないし、あそこまで強力な砂のオートガードを突破できる武装も極僅か。このまま一ヶ月の時を無闇に消費するのは愚作中の愚作。
―――作るしかない。今から、一つでも多くの武具を。
結局岸波シロウにできることなどそれしかない。チャクラが並みであるのならば、武技の才能が並みであるのならば、それをフォローするだけのものが必要なのだ。
後、切り札足りえる刀は未だに未完成の領域。白野との実践で使った際、それを改めて感じさせられた。まだあの大刀首切り包丁の高みまでは程遠い。無論、たかが下忍が数日だけの月日を用いて作った忍具がすぐにあの大作に追いつけるかと思えるほど落ちぶれてはいない。だが、半歩でも近づくことができる。でなければ、前へなど進めない。
そして残るもう一つの未完成。それが―――この肉体の内に流れる首切り包丁の欠片。
「………
己の手先を見る。そこには肌色が褐色に変色した指先があった。まるでアザのように広がっている。まるで文様が侵食しているような、不気味で不自然な痕。
「(コントロールできていると思っていたが、想定が甘かった)」
中忍試験が始まる前。あの波の国から戻り、収穫した首切り包丁の欠片を打ち直していた時。シロウは確かに死にかけた。文字通り、死にかけたのだ。その理由が、まさにコレである。
首切り包丁の欠片は意思を持つが如く、脈動した。鉄分を求め、只管暴れた。それをシロウは暴れ馬を乗りこなすように槌を打ち続け、刀へと変貌させていった。その最中、首切り包丁の欠片の一部がシロウの傷口から肉体へ侵入したのだ。
首切り包丁のそれは容赦なくシロウの内部を犯した。内側から刀を突き刺す激痛に見舞われた。そして、これまで切り殺されてきた人々の想念が脳を焼いた。それでもシロウは人ではないかのように槌を振るい続け、肉体の異常も根性で捻じ伏せた。まぁ出血多量で最後には倒れ伏したのだが、あれはテンテンが様子を見にきてくれなかったら死んでいただろう。
しかし、嬉しい誤算があった。首切り包丁の欠片を体内に侵入され犯された我が身。されども、次第に肉体と同化したソレは岸波シロウに新たな力を与えた。まさに偶然の産物。狙って自己改造を施したわけではないが、結果として今、己の肉体には首切り包丁が宿っている。
最も、あくまで奇跡が重なって起きた力だ。すぐに御しきれるほど世の中は甘くは無い。その証明とばかりに、今も首切り包丁の欠片は己のうちで肥大を重ね、こうして肉体に変化を及ぼし続けている。それは何かに変わろうとしている予兆か。それとも何者にもなれずに喰われ続けている疾患か。どちらにしても、一刻も早くこの変化に対応しなければ―――命に関わるのは明白だ。
「この力を制御し、新たな武装も作る。一ヶ月、長いようで短いが……やらなければ、終わるだけだ」
決心がつけば、後は動くだけ。難しいことではない、これまで通りにやればいい。
だが、その前にしなくてはならないことがあるようだ。
ドタドタと自分の部屋まで走ってくる騒々しい足音が一つ。もはや聞きなれた音だ。
そしてその足音は自分の部屋の前で止まった。その一秒後、扉が盛大に開かれた。
現れたのは顔や腕、体の至るところに包帯が巻かれ、シップを貼り付けている我が義妹。
数時間前に自分がコテンパンに叩きのめした痛々しい姿がそこにあった。しかしその白野はそんな怪我など気にする素振りもなく、来るや否や大声で宣言した。
「私を倒した憎き岸波シロウ! 合格祈願にご飯食べに行くよ!!」
コテンパンにした為に数日は口一つ聞いてくれないと思っていたが、そこまで心配されるほどヤワな妹でもなかったようだ。
「……ああ、いくか」
一年と経たずに受けたこの中忍試験。今でこそ思う。受けてよかったと。おかげで、己に足りないものも、白野の成長も、各国の強者の武具も、見ることができた。
そして改めて感じた。今のままでは、岸波白野を守り切れないと。どれだけ息巻いたとて所詮は下忍。この未熟な身では大切なもの一つとて絶対に護れるほどの力はない。しかし中忍になれば、より激務を任されよう。多くの困難が持ち受けているだろう。その機会こそ、何物にも勝る鍛錬となる。
だから、その時。運命の刻。白野の命が摘まれるであろう運命の時がもし来ようものならば、せめてこの身を差し出し、生き残らせる程度までには力をつけなければならない。それが岸波シロウができる、数少ない役目ならば。
「(この力は、その刻の為に)」
静かに、シロウの浅黒い肌は色を濃くし、彼の体内に住まう血は嬉々として脈動し、熱を発した。
まるで、主の成長に化け物が手を叩いて歓喜するように。