岸波忍法帖   作:ナイジェッル

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第14話 『サバイバル試験:Ⅱ』

 太陽が顔を出し、その光が森を照らした刹那を交戦の合図として岸波シロウは動いた。

 彼は黒い外套の懐から巻物を出すや否や、大量の起爆札のみで形成された爆弾を取り出し、それを何の躊躇いもなく砂隠れの三名に向けて放り投げる。無論、殺傷力は極めて高い優れものだ。直撃すれば死ぬだろうし、余波ですらモロに喰らえば重症を負う。

 

 「初っ端から物騒なモン出してきやがる」

 

 セタンタは空中に文字らしきモノを指で刻み込んで何もない虚空から大量の水を召喚した。

 起爆札の塊である爆弾は爆破させられる前に水を被せられ不発に終わり、唯の塵に成り下がる。

 度胆を抜かれて焦るどころか何処までも冷静な対処だ。他の二人もセタンタが爆発物を対処すると理解していて一歩も動かなかった。それどころか身動ぎ一つしていない。

 なるほどセタンタに対するあの二人の信用、信頼はかなりのモノと見て良いだろう。

 だが……それらよりも気になることが一つある。

 

 〝印を結ばずに術を行使する忍がいるとはな”

 

 忍術であれば両手を用いて印を結ぶことは大原則である。それは下忍であろうが上忍であろうが変わることは無い。しかしセタンタは印を結ぶどころか指先を動かしただけ。ただそれだけで術を発動させた。まるで術の発動速度が段違いな上に、無駄な動きもなければ隙も無い。しかもそれなりの規模の水遁を行使してきたというのだから驚かされる。

 砂隠れの一族に伝わる秘伝忍術か、或いは特異体質の類いなのだろうがどちらにしても厄介なことに変わりはない。

 

 「先攻は譲ってやったんだ。今度は俺から行かせてもらうぞ」

 

 術だけが速いわけではない。術者であるセタンタ本人さえも、常軌を逸して素早かった。

 シロウの視界から彼が消え、姿を見失った瞬間―――既に彼は自分の懐に潜り込んでいたのだ。

 この速度、下手をしたらロック・リーとタメを張れるレベルと言える。

 

 「オラよッ!!」

 「が―――!?」

 

 繰り出された杖による刺突をモロに喰らったシロウは後方に吹っ飛ばされる。

 術、脚、技の全てにおいて出鱈目じみた速度(スピード)だ。初見では彼の動きに対処することはできない。

 しかし初見さえ済ませれば二度目からは懐に潜られるなどという不覚を取ることは無いだろう。伊達に速度自慢のメルトリリスと同班というわけではないのだ。常識外れな速度には慣れている。

 

 〝それでも厄介な敵には変わりないが―――!”

 

 シロウは杖で吹っ飛ばされた勢いを近くの木の枝にしがみ付いたことで止め、追撃を仕掛けてくるセタンタに起爆クナイを三つほど投擲した。

 

 「しゃらくせぇ……!」

 

 無論、その程度の迎撃など彼にとっては脅威になり得ない。

 セタンタは容易く杖でクナイを弾き、起爆札の爆破は彼と全く関係のない場所で起こった。

 そして神速と言えるほどの速度で次々と繰り出される棒術の前にエミヤは紙一重で回避しながら後退していく。

 

 〝チッ――このままでは白野達から距離を放されるばかりだ”

 

 セタンタの猛追に後退していくうちに白野達のいる場所からだいぶ離れてしまった。

 あのディルムッド、バゼットと名乗った忍もかなりの強者。メルトリリスは心配ないにしても白野がついていけるレベルではない。しかし自分がセタンタを即座に倒して合流できるかといえば答えはNOだ。目の前の男が容易に倒せる輩ではないことはもはや決定的に明らか。

 

 ―――ここは白野の力を信じるべきか……否、信じなければならない局面にある。

 

 いつまでも彼女を信じずに過保護な目で見るというのは岸波白野自身に対する侮辱だ。

 思い出せ。あの最初に受けたCランク任務のことを。

 あの鬼人の一撃から逃げずに立ち向かい、タズナという一つの命を護り抜いたと彼女は自慢げに語っていた。いくらシロウが与えた刀があったからといっても、相手は元忍刀七人衆の百地再不斬だ。あれを相手に逃げ出さず刀を向けたことはかなりのものと言える。

 もう認めるべきなのだ。彼女は間違いなく成長している。強くなっていると。

 ならば今は岸波白野の力を信じて目の前にいる敵に専念することこそが真の信頼と言えるのではないのか。彼女は第一班のお荷物でもなければ足手纏いでもない。れっきとした班員であり仲間と思うのであれば尚のこと。

 

 「………む」

 

 セタンタは突然シロウの動きに雑念が消え去ったのを感じた。

 そう思わざるを得ないほど動きにキレが増し、眼光は先ほどにはなかった鋭さが宿っていた。

 遂にやる気を出してくれるのかとセタンタの心中は喜びに満ちる。

 

 「俺の期待を裏切ってくれるなよ、岸波シロウ」

 「その期待を悉く凌駕して魅せよう……猟犬!」

 「はは、抜かしたな手前ェ!!」

 

 突貫してくるシロウにセタンタは歓迎の意を込めて空中に文字を刻む。すると何もない虚空からは建築物をまるまる飲み込むであろう業火が現れシロウに襲い掛かった。

 しかしシロウも阿呆ではない。セタンタが常識外れな術を瞬時に用意できるということは既に承知済み。無論それ相応の対応策は打っている。でなければ正面からやり合おうなどとは考えない。

 彼は蒼色の巻物を取り出しては即座に開帳した。

 

 「なっ!?」

 

 なんとシロウが開帳した巻物の中から大量の水が勢いよく溢れ出てきたではないか。

 その量たるやセタンタの焔を鎮火するに事足りるほど。これには彼も驚きを禁じ得ない。

 紅き焔と無色水はぶつかり合い、どちらかの一方が鬩ぎ勝つわけでもなく相殺される。

 シロウとセタンタは術の相殺が決まり、水も焔も消え去ったのを合図に己が敵に向かって一振りの短剣と歪んだ杖を振るった。

 白の短剣(干将)の刃と歪んだ杖の先端が接触した瞬間、強烈な衝撃波が周囲に行き渡る。

 セタンタが深く被っていたフードは剣戟から発生する烈風で脱げ、その素顔が露わになった。

 蒼い髪に紅い双眼。そして顔全体が整っているもののイケメンというより男前の印象が残る。

 

 「フードで隠すには勿体ない素顔だな」

 「うるせぇ余計な世話だ。ありゃただの雰囲気作りだよ、雰囲気作り」

 「獣が賢人の真似事か。ご苦労なことだ」

 「随分と煽ってくれるじゃねぇか。ああ、見え透いた挑発にしても気に食わん」

 

 セタンタは八重歯を剝き出しにしてその獰猛な殺意を隠そうともせずに発露させる。

 

 「………それにしても小屋、爆弾、その次は水ときたもんだ。テメェの巻物は何でもありか?」

 「ありとあらゆる状況を想定しているからな。しかし、この程度で驚かれては身が持たんぞ」

 「―――そうかい」

 

 ニヒルな笑みを浮かべる少年にセタンタは引き攣った笑みを作る。

 なるほどコイツは相当面倒くさそうな男だ。

 常に真っ直ぐ、単純に物事を捉えてきたセタンタとでは根本的に相性が悪すぎる。

 正直に言えば彼の性格はとても好きにはなれない。だが実力は本物だと確信した。

 

 〝………コイツ。随分と腹の据わった技を魅せてくれんじゃねぇか”

 

 こうして剣戟を打ち合っている間にも岸波シロウの底知れなさが分かってくる。

 己の隙をわざと晒し、攻撃を誘導し、迎撃するという聞いたことも見たこともないこの異常な剣技。よほどの度量と自信がなければまず行える技術があろうとも容易にはできまい。何せわざと隙を晒すのだ。一歩間違えればそのまま致命傷に成り得る危険極まりない綱渡り。

 それをこの男は難なくこなしている。大道芸というわけでもなく、実戦で行っている。それはもはや常人の思考で出来るようなことではない。

 

 「テメェ自身は気に入らねぇが、その卓越した技術と根性は気に入った」

 

 期待を悉く凌駕して魅せようと大口を叩くだけはあるようだ。その言葉を裏打ちさせるだけの力が岸波シロウにはある。

 

 「いいぜ……認めてやるよ。貴様が赤枝の忍にとって、何ら不足のねぇ難敵だとなァ!」

 

 セタンタは赤枝と呼ばれる一族の出身である。

 赤枝の一族とは代々印を結ばず、ルーンと呼ばれる文字を刻むことで術を為す門外不出の秘伝術式を扱う砂隠れ最大規模の名家。

 そのなかでもセタンタは突出した才能を持ち、一族始まって以来の逸材と謳われている。

 その最たる所以が何もない虚空にルーン文字を刻むことが出来るというもの。

 本来紙など質量のある媒体に文字を刻んで初めて術を為せる御業を、セタンタという男は一切持ち要らずに行使する。

 またそれだけに飽き足らず、五大元素全ての性質変化から彼の師が編み出した独自のルーン文字すら我が物としている。しかしだからといってエリート特有の慢心は無く、奢りもない。その陽気な性格から慕う者も多く、白兵戦能力にかけてはディルムッドとバゼットを上回る実力を有する。

 ――――これぞまさに神童と言うに相応しい忍である。

 

 「それは恐悦至極、とでも言っておこうか………!」

 

 対する岸波シロウは何処までも凡才極まったような男だ。

 秘伝忍術などを授かる特殊な名家出身でもなければ特異体質も持ち合わせていない。チャクラが一際多いわけではなく、忍術も他より優秀というわけではない。生まれた時から持ち得る才能と言えば物造りの才と秀でた射撃の腕程度。

 彼はただ災害に遭った村から生き延びた数少ない生存者に過ぎないのだ。

 基礎的なポテンシャルはまさに下忍の見本のような男である。

 だがそれを覆す為に彼は努力を厭わなかった。

 忍アカデミーで習うことのないチャクラコントロールを誰よりも先に取り組み、ロック・リーに及ばないにしてもそれに準ずる練度を積み重ねてきた。チャクラが少ないのであればソレを補うために必要な武具の製作に尽力し、数々の兵器を編み出しては己の力として蓄える。自分に足りないモノは常に外部から取り寄せ力に換える。

 そうした足掻きにも似た努力を怠らずに行ってきた凡夫の少年だ。

 

 多くを持って生まれた人間であるセタンタ。

 多くを持たず生まれた人間である岸波シロウ。

 

 凡才と非才が己の勝利を賭してぶつかり合い、その勢いは烈火をも上回り劫火すら凌駕する。

 次第に剣戟のみならず爆薬やら爆風やらが入り乱れ、周囲に被害が撒き散らされる始末。

 それでいて互いにまだ本気ではない。まだ七割もの実力しか披露していないのにも関わらず何処までも白熱していた。ここまで来れば二人が本気を出して潰し合うのも時間の問題である。そうなれば―――此処一帯は確実に焦土へと成り果てるだろう。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 シロウとセタンタが派手かつ広範囲にその戦闘音を響かせているなか、輝かしい顔を持つ少年と上半身を大きく露出させている妖艶な少女は黙々と二丁の魔槍と二足の鋼鉄具足を激しく鬩ぎ合いぶつけ合う。また、ただ相手の様子見に″今”はそこまで熱くなる必要はないとドライな感情をもって敵を分析し合っている。

 それでも鉄と鉄が接触する瞬間に発生する衝撃波は地面の落葉を一つ残らず吹き飛ばすほどのもの。互いに力をセーブしてこれなのだから本領を発揮した時はさぞ爽快な激音を周囲に轟かせることだろう。

 

 「色男にしてはちゃんと鍛えているじゃない」

 

 メルトリリスは彼の鍛え上げられた両腕から生み出される剣戟に舌を巻いた。

 槍一つの重量は刀剣と比べるべくもないほど重い。それをこうまで片手、しかも両手を用いて短長の槍を別々で扱っているとなると生半可な筋力ではない。

 

 「忍なのだから当然だ」

 

 しかしディルムッドは誇ることもなく粛々とメルトリリスの言葉を受け止める。なんともイケメンらしい謙虚な物言い。さぞモテるのだろうと思いながらも彼女は決して靡かない。

 

 「もう少し誇ってもいいのよ? 結構いないんだなから、顔と実力が見合ってる人間なんて」

 「セタンタ殿と比べれば自分など誇るには値しない」

 

 ディルムッドは同じ班の人間にかなりの敬意を払っている。あのセタンタという男はこれほどの忍にここまで敬われるほどの人間性と実力を有しているということか。

 

 「貴方はあの男のことを随分と尊敬しているのね」

 「―――あの方は俺の憧れだからな」

 「あら、もしかしてホモなのかしら」

 「断じて違う」

 「少しは動じなさいよ」

 「そのような戯言に動揺するほど落ちぶれてはいない」

 

 淡々と返事を返しているディルムッドだが、その槍捌きが鈍ることはまるでない。

 メルトリリスは悪くない敵だと上から目線でディルムットを評価する。

 

 〝さて、最も警戒すべきはやはりあの嫌な気配を纏っている二丁の槍ね”

 

 上から目線で評価しても決して相手を侮らないのがメルトリリスだ。油断して負けたなどという失態を犯すような娘でもない。故に冷静な心を持って静かに敵の出方を伺う。またそれはディルムッドも同じだった。

 

 “………飽きた”

 “………飽きたな”

 

 しかしメルトリリスもディルムッドも互いに様子見をして全力を出さずにいるこの状況には飽き飽きしていた。これほどの相手を前にこのまま本気を出さないで生温く戦い続けるというのも失礼であり、何よりもう十分相手の動きは観察したと思える。これ以上観察していても相手が本気ではないのだから現状を維持することにはあまり意味がない。ここからは本気で打ち合わなければ敵の真の実力とやらは測れないのだと奇しくも両名共に確信した。

 

 ―――確信したのであれば実行あるのみ。

 

 そして先にギアを上げたのはディルムッドだった。

 彼はメルトリリスとの剣戟を一旦区切り、距離を取った。全ては全力で行かせてもらうための仕切り直し。槍に施された封を解除するための間。

 

 「それでは、討ち取らせてもらうぞメルトリリス」

 

 ディルムッドの宣言と共に封を解かれる黄色の短槍に赤色の長槍。

 この威圧感―――あの槍には呪詛の類が盛り込まれているとメルトリリスはすぐに分かった。これも魔具を多く取り扱うシロウが身近にいたおかげだなと少し感謝する。

 しかしどのような呪詛までかは専門家であるシロウのように判断することはできない。それでも魔具という代物は総じて碌でもない呪いが憑いているものだ。アレの矛先に掠りでもしたら何が起こるか分かったものではない。

 

 〝ここは試しに………”

 

 メルトリリスがちらりと目を向けたのはディルムッドの真後ろにある水溜り。あのセタンタがシロウの爆弾を無力化する際に使った水遁の跡だ。

 

 “水量は十分。これならイケる”

 

 アレを利用して先手を取り、自分が新しく習得した術を披露するとしよう。

 

 「それが虚仮威しじゃないかどうか確かめてあげるわ」

 

 そう言って彼女は素早く印を結び始めた。

 術の発動速度はあのセタンタに遠く及ばないが、それでも印結びは下忍のなかでも上位に食い込めるほどの速度を有するメルトリリス。

 彼女は波の国帰還後から今日に至るまである一つの術の習得に尽力した。その難易度は最上位にあり、下忍が扱えるようなものではない。何せ現にそれを習得している忍は殆ど上忍クラス。つい数か月前までアカデミーで過ごしていた忍が必死に修練したところで得れるわけがない。

 そう、普通の下忍ならそうだろう。しかしメルトリリスは天性の才能を持つ少女。幼き頃よりシロウと共に厳しい修行に身を置き続けた『努力する天才』。そこらの一般常識など水で流すことができる。

 

 「水遁、水龍弾の術………!!」

 

 満を持して水溜りから現れたのは水の龍。流石に百地再不斬やはたけカカシほどのスケールではないにしても、十分実践で通用するレベルの水遁だ。

 

 「成程、セタンタ殿が残した水を利用したのか………上手く周囲のモノを利用したな」

 「いつまでそうスカした態度を取っていられるかしらッ!」

 

 水龍は彼を視認するや否や、天高く飛び上がり、ディルムッド目がけて突貫する。まだ未発達とはいえその怒涛の勢いたるやメルトリリスの走行にも匹敵するほど。また、例え一撃目を回避したところで水龍は獲物を喰らうまで何度でも襲い掛かる。その自慢の槍捌きで切り刻んだところで水がある限り幾らでも蘇り続けるのだ。

 どうしても完全に無力化したいのなら水龍を構成する水分を残らず蒸発させるか、それとも術者本人を潰すしかない。無論後者を選んだ方が手っ取り早いのだが……さて、ディルムッドならどう対処する?

 

 「確かに厄介な術だ。そしてこのような高等忍術を扱う貴様もまた侮れない。だがしかし、チャクラのみで形為すモノは全てこの破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)が無に還す」

 

 彼は不敵な笑みを浮かべ、迫りくる水龍に向けて紅い長槍を差し向ける。

 

 「………!」

 

 紅い槍の矛先が水龍に触れた瞬間、術は解け単なる水に成り下がった。

 斬ることもなく、蒸発させることもなくただ『触れた』だけで無力化されたのだ。

 自信を持って形成した術をいとも容易く打ち破られたメルトリリスは驚きはしたものの取り乱さずに冷静に分析をする。ここで冷静さを失い狼狽するなど三流以下のすることだと理解しているが故に。

 

 〝アレが紅槍の能力(呪い)ね。とんだ忍殺しの魔具だわ”

 

 目の前で起きた現象とディルムッドが口にした言葉をまるまる鵜呑みするのなら、あの槍はチャクラで形成した術全般を悉く無効化する呪詛を孕んでいるということになる。なるほど直前まで厳重に封印していただけのことはあるとメルトリリスは冷や汗を掻いた。

 

 「破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)の力は思い知ったな。次は、必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)の番だ」

 「イケメン紳士なら優しく説明してくれないかしら……その黄色い短槍の能力を」

 「それはできない。なにより貴様がその身を持って実感してくれれば説明する手間も省ける」

 「イケメン紳士という言葉には何のツッコミもないのね」

 「言われ慣れているからな」

 「胸も張らずに淡々と言える辺り、流石としか言えないわ………」

 

 メルトリリスは呆れながらも警戒は最大限に引き上げる。

 紅槍の呪詛は確かに厄介だが体術主体である彼女にとってはそこまでの脅威にはならない。ただ純粋に近接戦闘で勝利すればいいだけのことだ。

 しかしあの短槍の能力は未だに未知数。より注意を払って対処する必要がある。

 

 「要はあの先端に当たらなければいいってことね。スリルがあって俄然面白くなってきたわ……さて色男さん。本気になった私の速度について来られるかしら」

 「本気になったのは貴様だけでないことを忘れてもらっては困るな。むしろ追い抜かれぬよう気合を入れることだ。でなければその自信、命取りになるぞ」

 「上……等ッ!!」

 

 両雄本気の激突。

 一手一手の剣戟速度は先ほどまでとは比べ物にならないほど底上げされている。更には繰り出される一撃の重さも段違いに上げられ、刃の軌道はよりしなやかさを増す。

 しかしどちらも勝るとも劣らない鬼神の如き猛撃により攻防は拮抗。ほぼ実力は五分五分。

 メルトリリスの具足とディルムッドの槍が激しい速度で接触する瞬間に起こる衝撃波は様子見の時とはまるで質が違っていた。本気で相手を殺す気概とより鮮麗された良質な闘気が内包されている。しかしどちらも劣っておらず、勝ってもいない極限の綱引き状態。恐らくほんの僅かでも力、技が緩んだ方は一気に畳み掛けられると言えるほどの接戦だ。

 

 過激さと滑らかさが合わさった技がウリのメルトリリス。長槍と短槍を巧みに操り翻弄しながら攻め立てるディルムッド。手数、技術共に互角であるが故に両名共に決め手に欠けていた。

 実力、技量、度量が拮抗しているのなら長期戦、持久戦になるのは避けられない。

 

 〝しかし、必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)が少しでも彼女に当たれば形勢は俺に流れる”

 

 メルトリリスとディルムッドの力量差が殆ど変わらないのであれば、残る問題は獲物(武器)の性能。なればこと一騎打ちで真価を発揮する必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)という魔具を所有しているディルムッドが有利。

 長き持久戦によりメルトリリスの技の冴えが鈍くなった瞬間、この必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)を叩き込む。例え傷が浅くてもいい。致命傷を与えられずともいい。要は『傷』を負わせたという結果さえ残れば申し分ないのだから。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 メルトリリスと少し離れた場所で白野もまた己の敵と対峙していた。

 彼らはチームワークを用いて戦うというより、個々で己の戦果を挙げることを好む強者の集まりのようだ。現に彼らは己が敵と見定めた相手との一騎打ちに拘り、第一班のメンバーを散り散りにして一対一の空間を形成した。

 チーム戦も彼らほどの力量なら十分以上の戦果を挙げれるだろうに、敢えてタイマンを望むその姿勢。彼ら全員が忍らしからぬ正々堂々とした戦いを好む兵なのか。それとも己の獲物と見定めた者は誰にも邪魔されずに打倒したいという戦士に近い性質を持っているのか……或いは両方か。

 

 「貴方は運が悪い」

 

 凛とした男装を着こなすバゼットは白野を見つめて突然そんなことを言い放った。

 

 「私は班の中で最も弱い。しかし、戦闘に関しては………最も容赦がないと自負している」

 

 拳を強く握り締め、白野を獲物と定めたその冷酷な眼からは本気だと語り掛けている。

 彼女から発せられる下忍とは思えぬ多大な闘気。戦う前から理解できる遥か格上の相手。強敵と言えるだけの忍。

 

 「だから……何?」

 

 ―――しかし、あの再不斬ほどの圧力(プレッシャー)ではない。脅威でもない。

 波の国で真正面から受けた鬼人の殺意と比べれば彼女の闘気など恐れるに値しない。

 そう、もう自分は弱い忍ではない。弱小な己など波の国に捨ててきたのだから。

 

 「………そうですか。どうやら貴方は投降する意志がないようですね」

 「期待するだけ無駄ですよ。私、負けず嫌いですから」

 

 白野はシロウから授かった刀の切っ先を向ける。

 それにバゼットは少しだけ笑みを零した。まるで白野の勇敢な姿勢に満足したように。

 

 「どうやら敵と見るに値する根性は最低限持っているようですね。安心しました」

 

 彼女は忍具が入れられた小箱から黒い手袋を取り出し、両手に着用する。

 それはバゼットが相手を得難き敵として認め、全力で排除すると決めた意志の現れ。白野という少女を本気を出して戦う価値のある者と認めた証拠。

 

 「それでは―――行きますよ」

 

 バゼットは自慢の脚から生まれる加速力を持って白野との間合いを詰める。

 

 「フッ―――!」

 

 白野の目の前まで迫ったバゼットは即座に目にも止まらぬストレートを放つ。

 純粋に、搦め手も何も要しない真っ直ぐなパンチ故に極めればそれ相応の一撃になる。更にバゼットは赤枝の一族でもあるので腕、足、腰等に直接ルーンの術式を刻んでいるため拳の威力は段違いに昇華される。

 普通の者であれば反応すらできない。一発で顔面を陥没させられ、再起不能になる。またそんな技を女の子に躊躇いなく放つ辺り、本気で容赦がないバゼットである。

 

 「………!」

 

 反応する素振りすら見せなかった白野はバゼットのストレートを刀で弾いた。

 強化のルーンにより鋼鉄より硬化されているはずの手袋に少々傷が出来たことにも驚きだが、何よりあの不可解な対処の仕方だ。

 バゼットの拳速にも反応できず、動きすら捉えてなかった少女が自慢のストレートを苦も無く弾く。これを不可解と言わずして何という。

 

 “何か種がありますね”

 

 ストレートを弾かれたと言えど、まだ攻撃は終わっていない。バゼットは腰を使わず、腕による瞬発力のみで放つジャブを繰り返し放ち続ける。威力こそストレートより劣っているが、その代わり拳の出の速さはストレートの何倍も早い……が、これも刀で弾かれ悉く対処される。一つ一つ丁寧に、機械の如く精密さを持ってバゼットの拳を迎撃するのだ。

 

 “………なるほど”

 

 ジャブを放っていくうちに白野の力の要因を理解することができた。

 バゼットは再確認の為に、リズムを取りながらジャブを放った後に強烈なストレートを見舞う。

 またこれを当たり前のように弾かれた。しかし対処したのは彼女ではなく―――、

 

 「刀が自動的に防衛しているというわけですか」

 

 白野の腕がまるで別の生き物のように動いている。彼女が持つ刀が此方の攻撃を予め予測し、その攻撃自体に刃を当て相殺するように働きかけている。

 恐らくディルムッドの槍と同じ『呪詛』が内包された武具。持ち主を護るという強い“呪い”。

 一体どれほどの刀匠が打ち鍛えた刀かは知らないが―――良い獲物だ。

 外敵からの脅威にのみ反応し、反撃、自らの攻撃には何一つとして機能しない。ただ純粋に持ち主に“無事であってほしい”という呪い(ねがい)が感じ取れる。

 

 「………その刀は、親しい者が貴方に与えたものですか」

 

 バゼットは軽快なステップを踏みながら白野に問うた。

 このような無意味な問いはバゼットらしからぬモノだが、つい聞いてみたくなったのだ。

 

 「―――自慢の義兄が作ってくれた刀です」

 

 白野は誇りある顔でそう答えた。情愛、信愛、その他諸々の感情が入り混じったような表情で。

 表情の変化が乏しい少女と思っていたが、成程 年相応の女の子のようだ。

 

 「そうですか………道理で」

 

 よほどその義兄は彼女の身を按じ、そして愛しているのだろう。でなければそれほど強い願いが込められた武具を与えるはずがない。

 

 「あの……それが、何か?」

 「………いいえ、何でもありませんよ」

 「?」

 「余計な質問をしてしまいましたね。失礼しました……では、再開といきましょう」

 

 バゼットは緩ませていた拳を再度力強く握り締める。

 彼女の義兄には申し訳ないが今からこの娘を血祭りに上げなければらない。無駄な抵抗をせずに投降してくれれば痛い目を合わさずに済むのだが、彼女は間違ってもそのような行動は起こさないだろう。

 

 「ふん………!!」

 

 ルーンの術式により強化された握力でバゼットは近くにあった木を掴み、それを引っこ抜く。またそれだけに飽き足らず、その多大な質量を誇る木を勢いよく白野の元までぶん投げた。

 その刀があらゆる打撃を悉く弾くのであれば、弾ききれない質量、衝撃を与えてやればいいだけのこと。如何に呪いと言えど高速で迫る丸太までは対処できまい。

 

 「ちょ、本当に人間!?」

 

 とんでもない速度で飛んでくる木を白野は間一髪真横に跳んで避ける。しかし防御ではなく回避を選択したその行動により魔刀の限界が見えた。やはりこの物量の対処には限界があるとみて間違いない。ならば―――

 

 「このまま畳み掛ける!」

 

 周りには大量の木々が存在する。材料(だんがん)に困ることは無い。

 そう、周囲にあるモノ全てがバゼットの武器。相手を屠る凶器に成り得る。

 彼女は次々と木々を片手で掴んでは引っこ抜き、白野に向けて全力で投球していく。

 

 「くッ………!」

 

 白野は棒立ちなどという愚行は起こさずひたすら走った。

 時速100㎞なんて優に超えている速度で襲い掛かる大量の木々。一撃一撃が必死。掠っても致命傷に成りかねない圧倒的な暴力。脚を止めようものならそれは死に直結しかねない。刀で受けようとしても耐え切れない。

 

 “本当に容赦がない!”

 

 まるで怯まない、止まない木々の暴風雨。此方が対処できないことをいいことに手当たり次第に投げまくってくる。いくらチャクラにより筋力が強化できるからといっても限度というものがあるだろうに。

 恐らくチャクラによる強化だけではなく、元から彼女の筋力自体が並みの忍よりも発達しているのだろう。肉体構造が男性より劣っている女性のはずなのに、ここまでの馬鹿力を発揮するなど化け物じみている。

 

 「よく避ける。しかし、(のが)しはしません!!」

 

 勢いは弱まるどころか次第に激しさを増していく。バゼットは木々どころか砲弾並みの大きさを持つ石から大人一人分の巨大な岩まで投げてきた。自然のありとあらゆるモノが白野一人に牙を向く。そして恐るべき筋力の次に驚くべきはその命中精度。あんな出鱈目なモノばかり投げているにも関わらず必ず肢体の直撃コースに凶器が向かってきている。白兵戦のみならず投擲の腕もかなりのものだ。

 白野は迫りくる凶器に目を背けず、タイミングを見計らって回避行動を続ける。

 直撃こそ許していないが、どれもこれも紙一重で避けているようなものだ。このままでは遅かれ早かれ潰される。なにより避けてばかりでは活路は見出せない。

 いつも自分は受けに回ってきた。自ら攻撃することを躊躇い、臆し、実行しようとはしなかった。その甘さ故、その非力さ故に。しかしもう自分はアカデミー生徒でもなければ一般市民でもない。木ノ葉の下忍であり中忍試験に挑む者。今までのように敵を傷つけることを避けていては前には進めない。

 

 “仕掛ける………!”

 

 まずはあの自分を付け狙う厄介な目を封じる必要がある。その為に白野は太腿に巻いていたポーチからシロウ特性白煙玉を取り出し、それを地面に叩き付ける。

 シロウが一から生成した特性の白煙玉故に一瞬にしてこの周囲は煙によって包まれた。

 

 「煙幕……しかし、姿が見えなくとも」

 

 白野は煙幕に乗じて気配を消した。けれども完全に気配を遮断したわけではない。

 バゼットほどの忍なら微かに漏れている白野の気配くらいは感じ取れる。

 どれだけ殺気、闘気を隠そうとしても隠し切れない未熟さが白野にはあるのだ。

 

 “背後からですね”

 

 白い煙幕により視界が全く役に立たない場所に立たされているバゼット。

 しかし白野が自分の背後からにじり寄ってくることだけは分かる。気配がそう伝えている。

 あくまでバゼットは彼女に気付いていない振りをして、限界まで誘き寄せる。

 

 一歩、二歩、三歩と確実にバゼットに近寄ってくる白野の気配。

 バゼットは静かに息を整え、拳を小さく唸らせる。

 一撃だ。一撃で、急所を突く。例え刀でガードされようとも構わない。その刀諸共粉砕する。

 迎撃の態勢は万全だ。後は白野がバゼットの間合いに入りさえすれば、勝負を決することができる。

 

 “―――今ですッ!”

 

 白野の気配が拳の間合いに入った瞬間、即座に体を後方に向け、最高速度の拳を叩き込んだ。

 

 「うッ……ァ………!」

 

 少女の呻き声が静かに森に響く。

 その瞬間、自然の風によって周囲を包んでいた白い煙幕が緩やかに流され、バゼットと白野の二人の姿が露わになった。

 白野の鳩尾には深くバゼットの拳が捩じり込まれており、彼女の口からは血が流れ出している。

 決まった……と、仮に他の者がいたらそう呟くだろう。

 急所である鳩尾を綺麗に捉えたバゼットの拳を見たら誰だろうとそう確信する。

 しかし、バゼット本人は勝利の余韻に浸ることもなく、また仕留めたと確信してもいなかった。

 今彼女の心中に占めているものは―――驚愕唯一つ。

 

 「貴女は、わざと………!!」

 

 本来なら自動的に防御に回るはずの刀は白野自ら封じ込めていた。そしてバゼットの拳に伝わるこの感触は肉体を打ち抜いたものではなく―――鉄を殴った感触。それもただの鉄ではない。チャクラが通された、鉄以上の強度を誇る強化された鉄だった。

 

 「相打ち覚悟でッ!!」

 

 如何に特殊な鉄を仕込んでいたとしても、拳の衝撃まで防ぎ切ることはできない。少なからずとも内臓にダメージは入る。それを承知で彼女はバゼットの一撃をわざと受けた。

 

 「ハ…アァ―――ッ!!」

 「…………!!」

 

 白野はバゼットが離脱する前に刀を全身全霊を込めて振るった。

 剣速は並み。下忍相応で目を見張るほどのものではない。バゼットなら幾らでも対処できる一撃だった。

 

 「―――不覚、でした」

 

 それでもバゼットの肉体には斜め一文字の斬撃が深く刻まれた。

 本来なら躱すことも、防御することもできた一撃……しかし、それは白野も理解していたのだ。

 いくら彼女が強く、早く刀を振るったところでバゼットには当たらない。並みの域を出ない。ならば『当たる』ようにするための策は打っていて当然だ。

 

 「この私に、金縛りを掛けるとは………」

 

 バゼットは白野から離れようとした瞬間、彼女によって金縛りを掛けられた。

 距離さえ置いていれば掛かることはなかった金縛りだが、あれだけ接近していれば一秒程度は掛かり、動きを封じられてしまう。度胆を抜かれた後だったのでレジストも間に合わなかった。

 彼女の力を魔具の刀だけだと早計な判断を下したバゼットの油断がこの結果を招いた。最も注意を払うべきは、自分の身も厭わぬ彼女の強い行動力だったのだ。

 

 「………くッ」

 

 バゼットは一旦白野から距離を取ったものの、傷が深いために膝をついてしまった。

 拙い、流石に拙い。このまま畳み掛けられたらバゼットと言えど致命傷は避けられない。

 この第二の試験は班全員でクリアしなければならない、一人として脱落は許されないものだ。例えセタンタとディルムッドが天地の巻物を持って中央の塔に辿りついたとしても、バゼットが欠けている状態では第三の試練に挑戦する権利は与えられない。

 

 「惨めな…ものですね」

 

 自分から彼女らに仕掛けようと提案しておいてこの様だ。

 少しでも危険は排除すべきだという行き過ぎた欲に駆られ、返り討ちにあっては世話はない。

 本来なら例え不利な状況であっても戦い続けるべきなのだろう。赤枝の一族の誇りをもって貪欲に勝利を掴むために挑み続けるべきなのだろう。

 しかし、これが三人一組で勝ち残らなければならないルールに縛られているためこれ以上 後先考えずに突っ走るわけにもいかない。誇りよりも先を見据えた結果を取らなければならない。

 

 「………申し訳ありません」

 

 赤枝の一族の誇りに、目の前の好敵手 岸波白野に対して謝罪を口にしてバゼットはこの場を立ち去った。

 

 「――――」

 

 白野は撤退するバゼットの後ろ姿を見送り、安堵の溜息を吐き―――力なく倒れ伏した。先ほどバゼットに見舞われた一撃は服に仕込んでおいた鉄により威力を緩和された。緩和していたのにも関わらず、立っていられないほどの強烈なダメージを受けたのだ。

 しかしそれでもバゼットを後退させた。遥か格上の相手に一泡吹かせたのだ。それだけでも、上等な戦果だと言える。

 

 「褒めて……くれる………かな」

 

 土に顔を埋もれさせて、意識が朦朧としていくなかで白野は小さく呟いた。

 これでシロウの自分を見る目を変えてくるだろうか。一人の忍として、認めてくれるだろうか。

 彼女はそんな淡い気持ちを吐露しながら静かに意識を手放した。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 「………引き際かねぇ」

 

 セタンタは発動間際の術式を霧散させ、殺気を収めた。

 あのバゼットが敗走したことを使い魔の栗鼠が自分に伝えたのだ。よもや彼女が不覚を取るとは、岸波シロウの他のメンバーもつくづく侮れない。

 

 「手前とはこのまま心行くまで死合いたいが……やはり楽しみは後に取っておくことにした」

 「………ふん。ここまで仕出かしておいて逃げられると思っているのか?」

 

 シロウとセタンタの周囲一面は焦土一歩手前と言えるほど荒れ果てていた。そして二人とも肉体の所々に切り傷やら痣やらが出来ており、チャクラも忍具も多少消耗している。

 これほどまでの激戦を繰り広げ、損害を出しておいて唯で撤退することに納得できるほどシロウも優しくはない。しかしセタンタの意志は変わらなかった。

 

 「まぁ実に御尤もなことなんだが、それでも俺は退かせてもらう。無論、追ってくるのは構わんが………その時は決死の覚悟を抱いて来い」

 

 セタンタはそう言い残してこの場から姿を消した。しかしシロウは彼を追うことはしなかった。

 ―――否、追うことが出来なかった。

 分かっているのだ。あのセタンタは自分よりも遥かに脚が早く、本気で撤退されては追いすがることもできないことくらいは。例え追ったところで追いつくことなど出来ず、最悪の場合罠という可能性もある。何より今は白野とメルトリリスの安否確認が最優先とシロウは判断したのだった。

 

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 

 白野とメルトリリスは無事生きていた。多大な疲労こそあれど命に別状もなく、五体満足で済んでいる……が、白野は未だに目を覚ましていない。急所の鳩尾に強烈な衝撃を与えられたせいで気絶しているのだ。

 彼女の手に握られていた刀には大量の血が付着していた。どうやら対峙していたバゼットに一太刀入れたようで、あのセタンタが戦いを中断して撤退したのもそれが理由だろう。

 

 「よく頑張ったな……白野」

 

 シロウは白野の頭を撫でて小さく呟いた。

 

 「メルトもよく無事でいてくれた。何処か負傷している所はないのか? あるのならすぐに手当てをするが………」

 「私は大丈夫。掠り傷すら受けていないわ。相手に与えることもできなかったけど」

 「そうか……しかし疲労は癒え切っていないだろう」

 「ええ。流石に強がりを言えるほどの余裕はないわね」

 「なら今はこの場で体を休ませるとするか」

 「異論はないわ。白野の手当てもしなくちゃならないし」

 

 砂の忍により多少の損害を負わされたシロウ達は取り合えず樹木の根本で休息を取る。

 まだ試験終了まで時間に余裕があり、天地の書も揃っているので焦る必要はない。

 

 「此処で休息を取るからにはトラップを仕掛ける必要があるな」

 「それなら私も手伝うわよ」

 「いや、大丈夫だ。メルトは白野の鳩尾にコレを塗っていてくれ」

 

 シロウはメルトリリスに薬草を磨り潰して作った簡易的な薬を渡した。

 それにメルトは了解と頷き、シロウも辺りにトラップを張るための作業に取り掛かるために一時的にこの場から離れた。

 

 ………

 ……

 …

 

 

 今の自分達は弱り切ってこそいないがそれなりの疲労を抱えている班だ。しかも天地の書を揃えてこの試験に王手をかけている。他のチームからすれば格好の獲物。一度退いたセタンタ達も再度襲ってこない保証もない。この死の森に生息する危険な生物の脅威もある。しっかりトラップは仕掛けておかなければそのまま致命傷にも成りかねない。

 

 “………よし、これくらいでいいだろう”

 

 休息の場の周囲に自分が納得できるだけの罠を仕掛けたと判断したシロウは一人頷いた。

 360°一つとして手抜きのない完璧な防衛線だ。大型の獣から忍まで対処できる。

 

 「そろそろ戻るか」

 

 シロウの肉体も珍しく休息を欲しがっている。

 納得のできるトラップ群を作れたのなら早急に戻り、腰を下ろしたいと思っていた。

 流石にセタンタとの戦闘はシロウと言えど堪えるものだったのだ。もしあの男が退かずにあのまま戦っていたら、果たしてどちらに軍配が上がるかまるで未知数だった。勝てたとしても無傷では済まず、深い傷跡を残されることは必至だったと言えよう。

 本当に久しぶりだ。あのロック・リーや日向ネジと同レベルの人間を相手をしたのは。

 

 “やはりこの中忍試験は一筋縄では―――ん?”

 

 白野とメルトリリスの元に戻る途中、風に乗って漂ってくる血の臭いをエミヤの嗅覚は捉えた。

 流石に無視できないほどの臭いだったのでエミヤは急遽臭いのする方向に足を向けた。

 

 「これは………」

 

 現場に着いた先で三つの砂山を発見した。

 人一人ほどの大きさのある三つの砂山は所々が赤黒く滲み、強烈な血の臭いを放っている。

 シロウは何の躊躇いもなくその山になっている砂を掘り返した。

 するとやはりというべきか。砂山の数と同じ、三体の無残な死体が姿を現したのだ。

 身に付けている額当てからこの死体は雨隠れの忍だと分かった。

 

 “圧死しているな……いったいどれほどの力で圧迫されたらこんな状態に”

 

 死体の損壊具合は今まで見たことが無いほど悲惨だった。

 筋肉、内臓どころか骨すら完膚なきまでへしゃげて原型を留めておらず、何故か頭部だけは綺麗に残っていた。しかし、その死体達の顔はどれも絶望と恐怖によって引き攣り、歪んでいた。

 

 「(むご)いことをする」

 

 ひと思いに殺すのではなく、恐怖を刻み込んだ上で惨殺する。とてもまともな思考を持った人間の為す所業ではない。せめて頭を潰して楽に息の根を止めればいいものを、わざわざ頭部だけ残して肉体を徹底的に破壊するなど殺した忍はさぞ根性が捩じり曲がっていることだろう。

 

 「弱ければ死に様も選べない…か」

 

 忍の世界とは過酷なものだと改めて思いながらもシロウは遺体を埋めることにした。

 散り様はお世辞にも良かったとは言えないのだろうが、せめて死体の処理くらいはまともであってもいいだろう。それが死体の名も知らぬ、他人でしかないシロウに出来る唯一の手向けである。

 

 “………砂を武器にするとはな。珍しい忍もいたものだ”

 

 周囲には大量の毒針が散乱し、死体の武器だったのだろう仕込み傘も幾つか落ちていた。

 しかし一点の箇所のみ毒針が一つも落ちていない。しかもそこには代わりとばかりに大量の砂があった。その砂には微量なチャクラの残滓が残されており、死体を覆っていた砂もまたチャクラの残滓があった。

 チャクラを砂に纏わせ、防御にも攻撃にも扱えるだろうその万能性。彼らを殺害した者はさぞ強力な忍なのだろうが、この過激な殺人思考はとても褒められたものではない。

 

 シロウは彼らの遺体を埋め終えたらすぐにその場を離れた。さりげなく仕込み傘を一つ回収している辺り、流石は武具使い。他国の忍の装備回収は決して怠らなかった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 シロウ達の拠点とは数㎞離れた場所でセタンタ達もまた休息を取っていた。

 セタンタは持ち前の知識と技術を駆使して負傷したバゼットの手当てにあたり、ディルムッドも無傷ながらも木の枝の上で横になって疲労の回復に専念している。

 損害はやはり此方の方が上回っており、バゼットの負傷は想像以上に大きかった。

 

 「しっかし、随分と派手にやられたもんだなぁバゼット」

 

 肩から胸部、腹部まで一直線にバッサリと斬られた痛々しい肉体にセタンタは溜息を吐いた。

 彼はチャクラで流れ出る血を完全に止血を為した後に、ルーン術式で簡易的な細胞の活性化を施し、麻酔を投与して傷口を塞ぐために治療針を縫っていく。

 

 「…………っ」

 

 無論、治療の為にバゼットは上半身を裸にしなければならないので羞恥に頬を染めている。右の乳房までも斬られているので胸すらまともに隠すことが出来ない。セタンタの前ということもあり、恥ずかしさはより高まる。何より一番張り切っていた自身が返り討ちに遭い、こうしてセタンタの手を煩わせている状況に情けなく感じて仕方がなかった。

 

 「ま、命まで取られないで良かったじゃねぇか。返り討ちに遭おうが生きていればリベンジもできる。気合入れてこの中忍試験中に負けた分を取り返せばいい」

 「うう……笑ってください。今は励まされるより笑われた方が此方としても有り難いです……」

 「そう卑屈になるなって。というかモジモジ動くな手元が狂うだろうが……こんな風に」

 「ひゃッ!? ちょ、セタンタ何処を触ってるんですか!?」

 「あ? 何処ってちく―――」

 「治療中にそういうセクハラは止めてください!!」

 

 顔をトマトの如く赤らめて叫ぶバゼットにセタンタは八重歯を見せながら大きく笑う。

 本来ならこの場でセタンタにジャブを叩き込んでストレートを見舞っていたが、重症を負っているバゼットはそれすらできなかった。

 これも無様に敗北した己への罰だとバゼットは自分に言い聞かせる。言い聞かせなければこの場で舌を噛み切って死んでしまいかねない。

 

 「まぁちゃんと傷跡は残らないようにしてやるから安心しろ」

 「………いえ。傷跡は残しても構いません」

 「なに?」

 「この傷は不覚を取った自分への戒めとして残しておこうと思うんです」

 

 女ではなく忍としてこの世を生き抜こうと決心をしたバゼットに外見の傷跡の有無など拘る必要はない。また不覚を取った戒めとしても傷跡は残しておきたいと彼女は言う。

 それにセタンタは難しい顔をして悩み、暫くして分かったと頷いた。

 

 「お前がそう言うのなら無理強いはしねぇさ」

 

 セタンタは傷を針を縫い終えたら包帯を取り出し、彼女の傷口に巻いた。

 更に彼の師であるスカサハが考案した治癒用のルーン術式を仕上げとして包帯に刻み込んだ。

 これで治療は完了である。

 

 「よし、終わったぞ」

 「ありがとうございます、セタンタ」

 

 バゼットはセタンタに頭を下げてさらしを胸に巻き、予備のスーツを着込んだ。

 

 「ではすぐにでも出発しましょう」

 「慌てるな慌てるな。取り合えず今は体を休めることに専念するべきだろうが」

 「ですが………!」

 「時間はまだある。それに今動き回ったら傷が開いちまうぞ」

 

 先ほどの治療で傷口を塞いだばかりのバゼットはまだ動き回るには早すぎる。せめて一日程度は安静にしていなければせっかく閉じた傷口が開き、治りが遅くなってしまう。

 バゼットも頭ではそれくらい理解しており、反論しようにもできなかった。

 

 「ほれ、睡眠薬だ。どうせ寝ようにも傷口が疼いて寝れんだろ。それでも飲んで暫くの間 熟睡してろ。見張りは俺に任せておけばいいから」

 「………つくづく、迷惑をかけます」

 

 セタンタに手渡された瓶から粒上の薬を取り出して口のなかに放り込むバゼット。

 本当に自分が情けなくて涙が出る。ここまで班の足を引っ張ってしまった己の不甲斐なさに頭にくる。何が何でもこの遅れは取り戻さなければと心中で誓いつつ、バゼットは強い睡魔に意識を傾けた。

 

 「やれやれ」

 

 涙を流しながら寝たバゼットにセタンタは頭を掻いた。

 責任感が一際強く、また己のミスを誰よりも許さない彼女にとって今回の失態はかなり堪えたのだろう。実際ここまで重症を負ったのも珍しく、ましてや返り討ちに遭うなど滅多になかったのでショックもそれ相応に大きい。

 しかし、終わったことをウジウジと悩み続ける女でもないのだ。眠りから覚めたらいつもの調子を取り戻してくれるだろう。

 

 「よっこらしょっと」

 

 セタンタは己のコートを彼女にかけ、近くにあった大岩に深く腰をかけた。

 

 「あの班は……文句なしの得難い敵だ。お前もそう思うだろう、ディルムッド」

 

 先ほどまで無言で横になっていたディルムッドにセタンタは静かに問いかける。

 

 「………ええ、彼らは間違いなく強敵です。非の打ちどころがないほどに」

 

 ディルムッドはゆっくりと横にしていた体を起こして立ち上がった。

 メルトリリスとの戦闘で蓄積していた疲労は大方回復したようだ。彼は軽い身のこなしで横になっていた木の枝から飛び降り、セタンタの元まで足を運んだ。

 

 「あのメルトリリスは赤薔薇と黄薔薇の封を解いてなお討ち損じた。それどころか先の戦闘で黄薔薇を一撃たりとも受けなかった。全て凌がれた……腕の立つ良い忍でした。故に討ち取り甲斐があります」

 

 強敵と出会えたことを嬉々として語るディルムッド。

 セタンタも彼の高揚感が痛いほど分かる。分かってしまう。

 

 「こいつァ中忍試験もいよいよもって面白くなってきやがった」

 

 セタンタは燻る闘志を抑えきれずに獰猛な笑みを浮かべる。彼の目は岸波シロウの首のみを見定めていた。

 もはやこの中忍試験は通過する過程にこそ価値があり、彼との決着をつけることこそが一番の目的にさえ成りかけている。岸波シロウと是が非でも雌雄を決したいとセタンタは思っている。それほどの好敵手として彼はこの男に認められたのだ。

 

 「奴らが参加している今回の中忍試験に臨むことができたことを幸運に思うべきだな」

 「幸薄い自分達には勿体ないくらいですね」

 「ハハッ、違ぇねぇな。それなら俺達の希少な運を使って得たかもしれないこの出会い、存分に味わうとするか。楽しまねぇと損するぜ」

 「―――そうですね。楽しむとしましょう。ええ、思う存分に」

 

 何かと不運に恵まれていたセタンタ達にとって強敵との出会いは僥倖以外のなにものでもない。

 故に思う存分楽しむのだ。この狭き門たる中忍試験を。己の全力を吐き出し、命を賭して。

 そして勝ち取って魅せる―――勝利と言う名のなにものにも変え難い戦果を。

 二人の忍はまた彼らと相見えるその瞬間を夢を見て各々の好敵手に思いを馳せたのだった。

 

 

 

 




・スカサハ師匠はFate/Grand Orderに参加しないのかな。それともstrange FakeでA氏の手持ちサーヴァントの一騎として出演する方が先なのか。
 今回第一班のライバルポジに落ち着きそうなセタンタ班の教師として出演予定だから是非ともその前に絵姿を拝見したいですね。

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