岸波忍法帖   作:ナイジェッル

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第12話 『忍の筆記試験』

 岸波白野は―――限りなく弱い。

 それは誰よりも、白野自身が良く理解している。

 筋力も、耐久力も、脚も、チャクラすらも他より劣っているくノ一。

 シロウとメルトリリスのいる班に入れられたのは、それほど能力が無かったからだ。

 あの二人はアカデミーのなかでも化け物染みて優秀だった。まぁうちはサスケほど全ての分野で優秀……であったわけではないが特定の科目ならば他の追随を許しはしなかった。

 彼らの強さと自分の弱さが釣り合い、バランスが保てるからこそ同じ班に入れた。アカデミーの中で最も優秀であったサスケと、アカデミーの中で最も成績が悪かったナルトが同じ班となった理由と全くの同じである。

 

 自分の弱さ故に親しかった者と同じ班になれた……この上ない皮肉な結果だ。

 

 しかし、それでも……そんな自分にも、確かな長所がある。

 それが『幻術』と『感知能力』だ。

 特に感知能力は誰しもが得れる、というわけではない。先天的な才能がなければ会得できない貴重なもの。

 シロウと同じくあらゆる才が絶望的な白野が持ちえる数少ない才能(ぶき)

 敵の場所を知れるというのは地味ではあるが味方の支援に最も役立てるモノの一つ。

 

 ―――忍界で生きていくのなら限りなく有用なアドバンテージだ。無論、この力は中忍試験で必ず必要となる。

 

 避けて通れぬ狭き門は下手すれば命を落とす。足を引っ張れば仲間の命まで危険に晒す。

 せめて自分の長所を、武器と為り得る確かなモノを可能な限り伸ばすことが、今の白野にできる精一杯こと。

 そして自分が感知できる有効範囲はざっと500m未満。それ以上感知しようとすると酷い頭痛がする。しかしこれが岸波白野の限界というわけではない。今はただ感知能力を扱いきれていないだけで、本来ならばもっと感知できる範囲を広くできるはず。

 確証があるわけではない。根拠があるわけでもない。ただ自分の力はまだ伸びると只管信じて修行を行わなければ上達など見込めないことだけは理解している。

 故に信じるのだ。自分の可能性を。自身の成長を。

 

 「………ふぅ」

 

 毎日森林訓練所で7時間ほど座禅を組み、感知能力の範囲を広げようと努力し続けてきた白野。

 日々の鍛錬の成果か、感知有効範囲が500mほど向上した。これだけ範囲が広がれば、まぁ上出来と言ったところだろうか。

 

 “ここ近辺だけでも感じたことのない多くの忍のチャクラを感じた……いよいよ中忍試験開始も間際まで来てるって感じがするなぁ”

 

 同盟国の砂隠れの里は勿論、近隣の小国などの優秀な忍がこの木ノ葉の里で中忍試験を受ける。

 他里の者と合同で中忍試験を行うのは同盟国同士の友好を深め、互いの忍のレベルを競い合うためだ。故に中忍試験を受ける忍は自里の顔にも為りうる。どの同盟国、隣国も選りすぐりの兵を選び、この木ノ葉隠れの里に送り込んでいることは明白だろう。一筋縄ではいかない猛者ばかりというのは容易に予想ができる。

 

 「今日はもう帰ろう」

 

 明日は中忍試験当日である。流石に本番前なのだから、これ以上身体と精神に負担のかかる修行は控えるべきだ。大事な時に体調を崩したら笑えたものではない。丁度夕暮れ時でもある。帰宅するタイミングとしては、申し分ないだろう。

 

 「…………」

 

 見慣れた帰宅路で見慣れない多くの忍とすれ違う。

 砂隠れ、草隠れ、滝隠れ、後は小国の珍しい額宛がよく目についた。

 誰も彼もが中忍なるに相応しいという自負があり、合格するに足りる実力があると見ていい。

 そしてどの忍よりも目がいったのが――団子屋で寛いでいる砂隠れの三人組だ。

 

 「お、ここの団子美味いじゃん。もう一つ頼もうかな」

 「カンクロウ……お前ちょっと食べすぎじゃないか? 太るぞ」

 「そういう考えは無粋じゃんよ。何かを食べる際にいちいち太ること考えてたら美味いもんも美味くなくなっちまう」

 「確かにそうだが」

 「それに、この里の飯を食えるのはこの中忍試験期間中が最後(・・・・・)だ。今の内に存分に楽しんでなきゃ損ってもんじゃん」

 「………ああ、そうだったな」

 「煩いぞカンクロウ、テマリ。いちいち騒がず黙って喰え」

 

 美人な女性と黒子のような格好をした青年。そして大きな瓢箪を背負っている赤毛の少年。

 あの人達は―――強い。

 特に赤毛の少年からは濃い血の臭いがする。すれ違った忍達とは比べるのもおこがましいと思えるほどの何かを感じ取れた。そして、近づいてはいけない。そんな危険な香りも強烈にする。これは一種の防衛本能だろうか。

 

 「さっきから、視線が鬱陶しいな」

 「――――ッ」

 

 気付かれた。いや、それよりもあの酷く冷たい目は人を見る目じゃない。まるで塵を見る目だ。自分とそう歳の変わらないような子供がしていい目ではない。

 逃げたい衝動に駆られるが、足が地面に縫い付けられたように動かない。

 

 殺される

 

 否応無く、そう思った。

 軽く捻るように。蟻を踏み潰すように。

 

 「白野」

 

 そんな極限状態のなか、聞き覚えのある、心から温まる声を耳にした。

 そして先ほどまで圧迫していたプレッシャーが嘘のように消えたのだ。

 

 「し……シロウ」

 「買い物の帰りだったんだが、今回は珍しく運が良かった」

 

 白野の前に立ち、赤毛の少年と視線を交差させる赤銅髪の少年。

 

 「「……………」」

 

 どちらも無言。両者武器を一切手にしようとしない。

 白野も、カンクロウと言われた青年もテマリと言われた女性も冷や汗を搔きながら二人の動向を見守っている。

 

 「身内が君に何か失礼なことでも?」

 

 やんわりとした……されど、内にナイフが隠されているかのような声色でシロウは問うた。

 赤髪の少年はまるで値踏みをしているとさえ思えるほどシロウを凝視し、微かに唇を歪めた。その笑みは「少しは骨のありそうな奴だ」とでも言う風に。

 

 「………いや、少し特異な視線を感じたのだが…気のせいだったようだ。

  そこの君。要らぬ殺意を当てた。脅かしてすまなかったな」

 

 そう言って彼は団子屋に三人分の団子代を払い、風のように消えた。

 

 「ちょ、オイ我愛羅!!」

 「まったくもー………!」

 

 置いてかれた二人はすぐさま赤髪の少年の後を追った。

 そして彼らの気配が完全に消え、張り詰めていた空気が一気に解けた。

 

 「………あれが下忍だと? 悪い冗談にもほどがある」

 

 シロウの頬から一滴の汗が流れ落ちる。

 引き攣った口からは、一種の焦燥感が感じられた。

 先ほどの少年は、岸波シロウにとっても脅威として映ったのだろう。

 ―――当然だ。

 対峙しただけで解るあの威圧感を真正面から受け止めて、単なる下忍と思える方がどうかしている。

 

 ………かく言う自分も無様に尻餅をつき、腰を抜かしている状態ではあるのだが。

 

 「まぁ何はともあれ、白野が無事で良かった」

 

 シロウに心の底から安堵する顔を向け手を差し伸べられたとき、白野は不覚にも目頭が熱くなってしまった。

 

 やはり―――自分はまだまだ未熟者だ。

 

 

 

 ◆―――試験当日―――◆

 

 

 

 木ノ葉、砂、雨、草、滝、音。

 

 あらゆる国、里のトップクラスの能力を有する下忍が集う中忍試験。生半可な覚悟で受ければ脱落は免れない。いや、たとえ覚悟があるからと言ってどうにかなるほど甘くもない。

 

 中忍試験会場の一室では、多くの忍がピリピリとした空気を放出させている。

 誰も彼もが下忍のなかでは手練の部類に入る。自分達より何年も身を鍛えてきた(つわもの)共だ。

 そんな中で岸波シロウ、岸波白野、メルトリリスの三人は下手に目立たぬよう試験開始の時を待っていた。

 所詮自分達は今年が受験初めてのルーキー集団だ。変に注目を集めて鴨にされるのだけは避けなければならない。

 

 「―――気持ちのいい緊張感ね。嫌いじゃないわ」

 

 メルトリリスは涼しげな笑みを浮かべる。

 彼女は必要以上に緊張しているわけでも、自惚れているわけでもない。ただ純粋にこの大きな試練に挑めるという熱い高揚感だけが心を占めている。

 そしてシロウと白野は密かにこの中忍試験で先手を打とうとしていた。

 

 「白野。この場にいる受験者のチャクラ……覚えれそうか」

 「うん。皆独特なチャクラ系統だから何とか。あともうちょっとで、全部覚えられる」

 「よし」

 

 白野は既に感知能力を使い、この場に集まっている受験者のチャクラの暗記を行っていた。

 中忍試験はもう始まっているようなものだ。小さな布石を敷いていても損にはならない。

 

 「相変わらず手が早いですね。シロウさん」

 「……リー」

 

 テンテンと同じくかつての同期、ロック・リーが話しかけてきた。

 全身緑タイツでオカッパ&滅茶苦茶濃い眉毛とネタキャラとしか思えない容姿をしている彼だが、その実 自分の知りうる限り最も努力してきた素晴らしい下忍だ。

 正直に言えば、岸波シロウが尊敬している忍の一人である。

 

 “また一段と強くなっている”

 

 ここ数日任務で忙しかったこともあり、久しぶりにリーと会ったシロウ。

 故に分かりやすかった。今のリーが、どれほど強くなっているのかを。

 

 「まさか貴方と同じ時期に中忍試験を受けれるとは思いもしませんでした。今は敵同士ですがお互いにベストを尽くしましょう」

 「ああ、そうさせてもらう。でなければ即座に脱落させられるだろうしな」

 

 ロック・リーはまさに強敵だ。

 下忍において彼を凌ぐ体術の使い手など、シロウの知る限り日向ネジくらいしかいない。

 何よりもその類稀無い強靭な精神力は高い戦闘力よりも警戒するに値するものだ。もしこの中忍試験でぶつかることがあれば、全身全霊で挑まなければ一%の勝ち目もないと断言できる。

 

 「君はネジと同じで僕が倒したいと思う忍の一人です。できれば、この試験中に相対できることを願います」

 「この俺も随分と買い被られたものだ。あの木ノ葉の下忍最強の男と同等に見られるとは」

 「そんなことはありません。シロウさんも、僕が知りうる下忍のなかでは最上位に入る強さを持つ忍です。昔から僕と同じくらい鍛錬を積み重ねてきたじゃありませんか」

 「よしてくれ。錬度でリーと比べられても自分の修行不足に痛感するだけだ。努力をして君を越え得る下忍はいない」

 

 そう、リーの努力の密度は他と比べれるものではない。

 彼の錬度は木ノ葉一。自分如きと比べること自体おこがましいのだ。

 

 「自身への評価の低さも変わらずのようですね。貴方は誰よりも自分に厳しい。それでこそ僕の認めた好敵手の一人です……!」

 「おいリー。熱くなりすぎだ」

 

 目を輝かせ始めたリーにネジが止めにかかった。

 この中忍試験で迂闊に目立つことは極力避けたい。それは第三班も同じだった。

 

 「す、すみません。少しクールダウンしてきます」

 

 つい熱が入ってしまったリーは素直に反省してテンテンのいるところまで戻っていった。

 やはり彼はただの熱血青春男ではない。冷静な思考力、判断力も持ち合わせている。

 

 「……………」

 「……………」

 

 シロウとネジの視線が交差した。

 

 「………とうとう武具に留まらず自身の肉体にまで細工を施したか。呆れた奴だよ、お前は」

 

 彼はシロウの身体を見てそう呟いた。

 流石は全てを見通す白眼といったところか。三大瞳術の一角を担うことだけはある。

 日向ネジを前にすれば、まる裸にされるのも同然。とっておきをまるで隠し通せないとは。

 

 「少し、此方にも事情があってね。うっかり自身の身体に異物を入れ込んでしまった。だが嬉しい誤算というものもある。多少の力は得られたからな」

 「………お前がどれだけ強くなったところで、俺には勝てん」

 「確かに俺はお前と比べて地力では劣っているが、それを補う(すべ)はいくらでもある」

 「努力か………才能の差はその程度のものでは覆らない」

 「そんなことを言っていられるのも今のうちだ……リーも、俺も、昔とは違う」

 「ハッ。くだら――――」

 

 ネジは嘲笑してシロウの言を切り捨てようとしたが、

 

 「俺の名はうずまきナルトだ!! お前らにゃあ負けねーぞ!! 分かったかぁー!!!」

 

 馬鹿正直で、耳鳴りがするほどの大声がそれを阻んだ。

 ネジは軽く眉間に皺を寄せる。

 いったいアレはなんだ。常識がないにもほどがある。この下忍の枠組みのなかのエリート中のエリートが集まり、緊張を醸し出している最中で、あのような注目を引くような行動を起こすとは。

 

 「………今年のルーキーは、威勢だけは良いようだ」

 「ふふ……あいつは何処にいてもぶれないな。

  ネジ。お前も気を付けておけよ。アレは、下手したらジョーカーに成りうる忍だ」

 「なに………?」

 

 不可解なことを言うシロウにネジは本気で訝しがる。

 あれの何処に警戒するに値するものがあるのか。

 身のこなしもなってない。隙だからけで、愚かな行動を起こし、皆を敵に回すどころか仲間にさえ迷惑をかけるような輩だぞ。警戒するのなら同班のうちはサスケだろうに。

 

 「そのうち分かるさ。あのナルトの厄介さが」

 「随分と買っているんだな。あれを」

 「ああ。何せあいつは強い。色んな意味でな………甘く見ていたら間違いなく足元を掬われる」

 「…………ふん」

 

 ネジは最後まで理解できんとばかりに顔を顰めたまま、仲間の元まで戻っていった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 暫くして中忍試験官数十名が到着した。

 顔に数多の傷が刻み込まれている試験官が、今回の中忍選抜第一の試験を担当する森乃イビキ。かなりの強面で試験官に相応しい重圧を放っている。

 

 「おらザワつくんじゃねぇ。説明ができんだろうが愚図共」

 

 強面に似合ったドスの聞いた声だ。

 あれだけザワザワしていた会場が一瞬にして沈黙した。

 

 「………ふむ。では全員座席番号の札を受け取り、その番号通りの席につけ。そのあと筆記試験の用紙を配る」

 

 第一の試練はペーパーテスト。知力を図る試験。

 と、いうことはイビキの背後に控えている大量の忍達はカンニングを見張る為の監視員ということか。それにしても人数が多い。この教室を囲めるほどの人数だ。

 

 “まるでカンニングすることを前提としているようだな”

 

 いくら厳しい問題を出すとはいえ、この人数は少し異常だ。何か裏があるのか。それとも、単に厳重なだけなのか。

 

 「この第一の試験には大切なルールってもんが幾つかある。一文字足りとて見落とすなよ」

 

 イビキはスラスラと黒板にこの第一の試験に関するルールを記述していく。

 

 ①各自に10点ずつ持ち点が与えられる。筆記試験は全部で10問各1点で減点式となっている。

 ②この筆記試験はチーム戦である。受験申し込みを受けた三人一組の合計点で合否を下す。

 ③カンニング及びそれに準ずる行為を行ったとこの場にいる監視員に見なされた者は、その行為一回につき持ち点から2点減点される。

 

 “………カンニング行為が2点減点されるだけで済まされるのか?”

 

 シロウは思いのほか甘いルールに内心驚いていた。

 普通なら、カンニングという行為が発覚すれば即座に失格にされて然るべきだ。知力を図るペーパーテストなら尚のこと。第一に、あの監査官がそこまで罰に甘いと違和感が半端ではない。

 

 「無様なカンニングを行った者は自滅すると心得ておけ。

  お前達は仮にも部隊長格となる中忍を目指す者………忍なら、立派な忍らしくすることだ」

 

 忍らしく(・・・・・)か。

 これで先ほどまでモヤモヤしていた違和感が無くなった。

 つまりこれはカンニング公認のペーパーテスト。

 忍らしく己が技量で数多の監視員に認められるほど立派に他の答えを引き抜く情報収集戦。

 一部の察しの良い忍達もこの試験の本質を見抜き成程と頷いている。

 

 “メルト……よし。白野も………よし、感づいているな”

 

 試験が開始される前にシロウは己の班に目線で合図した。

 シロウの視線に彼女達は頷きで返したことから、この試験の本質を見抜けていると見ていい。

 

 「そして最後のルール。それはこの試験終了時までに持ち点を全て失った者、及び正解数が0であった班の者は―――同班の二名共に道連れ失格とする」

 

 え、エゲツないことを言う。

 この試験の仕組みを理解できていない者達からすれば、精神を急激に圧迫されるような脅しルールだ。生半可な者は試験を開始する前から心を折られかねない。

 

 「以上でルールの説明は終わりだ。それでは―――開始!」

 

 ババッ、と受験者達は一斉に裏に伏せられていたプリントを捲った。

 この試験の本質が例え情報収集戦だとしても、わざわざ最初からそのような危険な橋を渡る必要はない。理解できない問題だけをカンニング……すれ…………ば……………。

 

 “い、一問も分からん”

 

 予想していたとはいえ、想像以上の難問だ。自分とて勉学に励んできた者だが、それでもこのテスト問題を解ける気がしない。

 これでカンニングは絶対に仕掛けなればならない状況に追い込まれた。まぁもともと追い込まれるよう仕組まれた試験なのだから当然と言えば当然なのだが。

 

 “白野やメルトにこの状況を打破……つまりは情報を収集(カンニング)する技術はない。ということは俺が突破口を開かなければならないということか”

 

 この大量の監視員の目を欺きカンニングすることは不可能に近い。情報収集能力に秀でている者ならそうでもないのだろうが岸波シロウには不可能だ。

 故に、監視員に認められる……それこそあのイビキが言っていたように忍びらしい立派なカンニングをするしかない。

 幸いにも、手段がないということはないのだ。何せ自分は武具使い。想像の限り物を思い描き、創り、扱う者。あらゆる状況に適応した道具を所持する忍だ。戦場の鍵と言っても過言ではない情報を収集する道具を持ち合わせていないわけがない。

 シロウは最小限の動作で懐から蜘蛛の造形をした小型傀儡を取り出した。

 音が出にくい工夫を施された数多の脚。小型カメラが内臓した複眼。景色と同化するようコーティングされた体。まさに隠密用の傀儡である。

 すぐにその傀儡蜘蛛に極細のチャクラ糸を張り付ける。波の国で出会ったあの多重人格者ほど巧くは操れないが、忍相応には操れる。

 

 “カンニング公認で情報収集能力が試されているということは、この受験者達のなかにアタリがいるはずだ”

 

 下忍に紛れているであろう中忍、上忍を見つけ出し、正確な答えを得なければならない。

 他の下忍と比べて落ち着きがあり、かつ筆が滑らかに動いている者。佇まいがエリートのそれであるということ。これらの条件に該当する受験者を探し出す。

 

 “見つけた”

 

 アタリを探し出すこと自体にはそれほど苦労はしなかった。

 数は五人。その中で自分の席に近い人間は…一人。十分チャクラ糸が届く範囲である。

 また監視員の一人がじろりと自分を見つめている。無様なカンニングを行えば減点するという意思が目から伝わってくる。

 しかしこの程度のプレッシャー、波の国で再不斬と遭遇した時と比べれば欠伸が出るレベルだ。何も心配することはない。自信を持って、目的を遂行して魅せればいいだけのこと。

 

 シロウは指先を器用に、細かく、怪しまれないように動かしていく。指先のチャクラ糸はその動きに連動して傀儡蜘蛛に命を吹き込む。

 傀儡師の思い通りに動く人形は忠実に行動を起こすものだ。

 まず他の受験生に気付かれないようターゲットの元まで傀儡蜘蛛を移動させる。

 

 “………良し”

 

 無事ターゲットの元まで傀儡を送り込むことに成功した。

 ここまで来れば後は簡単だ。受験生に悟られぬよう、用紙に記された文字を傀儡蜘蛛に仕込まれた小型カメラに映せばいいだけ。

 一通りカンニングが終えたらすぐに傀儡蜘蛛を自分の手元まで呼び寄せる。そして傀儡蜘蛛の目に触れ、先ほど映した映像を脳内に投影する。その投影された映像を淀みなく汲み取り、自身のテストに丸写し。

 試験開始から45分以上経過しなければ掲示されない最終問題を除き、残り9問は難なく答えることができた。

 

 “後はあの二人にもカンニングペーパーを渡すのみだ”

 

 手早く答えの詰まった傀儡蜘蛛を白野の所まで送り込む。そのまま白野が書き終わるまで待ち、書き終わったと頷く仕草をした瞬間に今度はメルトリリスの元まで傀儡蜘蛛を行かす。

 先ほどから自分を見ていた監視員は満足気に頷いており、どうやら情けないカンニング方法とは判断されなかったらしい。

 自分の班全員が無事書き終えたことを確認したら傀儡蜘蛛を帰還させた。

 

 “これで残る問題は最後の一問。あと少しで試験から45分経過するな”

 

 準備は万全を期している。

 どのような問題がこようとも、アタリにこの傀儡蜘蛛を放てばいいだけのこと。何の問題もありはしない。

 

 “ナルトは………あぁ”

 

 他人の心配ができるほど余裕ができたシロウは友人の席に目を向けた。

 しかしその友人は、ものの見事に頭を抱え撃沈していた。

 サスケとサクラはこの試験の本質を見抜け、各々対策を取り答えを書き進んでいるのに比べてナルトだけは理解することができずに手を止めている。

 今回ばかりは助けになってやることのできないシロウは、ただ彼の粘りを信じるしかなかった。

 

 「おら、45番は三回ミスった。同班の連中も此処から退出しろ」

 「ぐっ………」

 「54番」

 「32番も出て行け」

 

 次々と落ちていく受験者達。一人が落ちれば同じチームの者まで落とされる。あれだけ教室に敷き詰められていた受験者達が今ではほんの数十名。あちらこちらで空席が目立ってきた。

 今この教室に残っているのは、この試験の本質を見抜き巧く情報収集を行えた者、独力で答えを書き続けた者、何の行動も移さずただ頭を悩ましている者のみ。

 もはや誰も彼もが精神的圧迫を受け続けている状態だ。今にも心が折れそうな者も何人かいる。しかし、それでもあの試験官イビキは手を抜こうとしない。徹底的に軟弱者、未熟者を炙り出すことに全力を掛ける。

 

 「残り15分。試験開始から45分経過した。これから第10問目を出題する」

 

 イビキの言葉に皆が腕を止めて耳を澄ました。

 さぁ、これが最後の山場だ。

 

 「―――が、その前に重大なルールを追加させてもらう」

 「「「「!?」」」」

 

 此処に来て、新たなルールだと。

 正直嫌な予感しかしない。

 

 「いいか、これは絶望的なルールだ。心して聞け」

 

 そんなことは分かりきっている。

 この重大な山場で発表されるルールだ。

 甘いモノであるはずがない。

 

 「まずお前らにはこの10問目の問題を―――『受ける』か『受けない』かを選択してもらう」

 

 静まり返っていた教室が瞬く間にざわめき出した。

 

 「う……受けないを選択したら、どうなるんだ?」

 

 見覚えのある砂隠れの金髪女性はイビキに問うた。

 その問いに対してイビキは酷く―――残忍な顔をしてこう答えた。

 

 「無論、受けないを選択した者はその時点で持ち点はゼロになる。つまり失格になるということだ。同班者も道連れ失格になりこの場から消えてもらう」

 「な―――」

 「ふ、ふざけるな! そんなの受けるに決まってるじゃないか!!」

 「そうだそうだ!!」

 「まぁ落ち着け。ルールの説明はまだ終わっていない」

 

 ただただイビキは歪な笑みを浮かべたまま説明を続ける。まるで困惑する受験者達を見て愉しんでいるかのように。

 

 「受ける、と選んだ場合……もし、その問題を正解できなかった時は…………その者の中忍試験の受験資格を永久的に剥奪させてもらう!!」

 「「「「は、はぁぁぁぁぁぁぁ!!??」」」」

 

 なんだ、何なんだそのルールは!?

 この教室に集う受験者達のほぼ全員が同じ気持ちとなった。

 そのような理不尽が、許されていいものなのか? 出鱈目にもほどがある!

 

 「お前たちは運が悪かったんだよ。前回、前々回の試験官ならばこのようなルールは決して提示しなかっただろうさ。だがな、今回の中忍試験第一関門の責任者は俺だ。俺が試験官だ。俺がルールなんだ。文句は言わせねぇぜ? 雛共」

 

 これには流石にシロウも焦りを禁じえない。

 なんという精神的拷問だ。

 あの男は受験者達の心を………徹底的に嬲りにきている。

 

 「だがまぁこんな俺でもそれなりの配慮はしてやったんだ。なんせ逃げ道を作ってやったんだからなぁ」

 

 ああ、確かにそうだ。

 この最終問題を受けて正解を答えられなかったなら永久的に中忍への道は閉ざされる。しかし、受けなかった場合は何のことはない。また次回の中忍試験で中忍を目指せばいいのだ。今ここで正しい答えを書ける自信がない、巧くカンニングが出来ないという者は別の試験官が担当する中忍試験を受ければいいだけのこと。

 

 ―――なんて甘い誘惑だ。

 

 さりとて受けないを選べば残りの仲間も道連れ失格となる。

 自分は無理だと思っていても、他の仲間はその最終問題を答えるだけの能力があるかもしれない。そんな中で、自分の保身を選び仲間を失格に陥れるという可能性。罪悪感は半端なものではないだろう。

 

 「それでは決めてもらうか。最終問題を受けないと決めた者は手を挙げろ。その者と同班の者も道連れ失格とする」

 

 何度目かの静寂がこの教室に訪れた。

 皆は頬に汗を垂らし、悩み、苦しんでいる。

 一部の下忍は顔色も変えずに最終問題を待つ猛者もいるが、そんな人間はほんの一握りだ。

 シロウも含め、ほぼ全員が苦悩の顔を晒している。

 

 「お、俺は下りる! すまねぇ、ゲンサイ、コテツ!!」

 「123番失格。同班の43番、55番も道連れ失格だ」

 「俺も!」

 「私も受けない!」

 

 一人が耐え切れず辞退したことにより、先ほどまで我慢していた忍達も次々と手を挙げていった。

 第一班は―――今のところ誰一人として手を挙げていない。

 無論、平気なわけがない。全員が等しく悩み、苦しんでいる。しかし、困難を目の前にして目を反らし、次回があるからと言って逃げていいわけがない。そのような考えは、第一班のメンバー全員が嫌うことである。

 負けず嫌いであり、頑固者。そんな忍の集まりが―――第一班だ。ここまできて辞退を選ぶわけがない。

 

 “――――っ!?”

 

 鋼鉄の決意を固めたシロウだが、思わぬ光景を目にしたことにより彼は呆けたように口を開けた。

 ―――うずまきナルトがゆっくりと手を挙げたのだ。あの誰よりも負けず嫌いで、このような大きな正念場で逃げることを良しとしない、あのナルトがだ。

 

 「な………」

 

 ………な?

 

 「なめんじゃねぇぞコラァァァ!!」

 

 怒声一喝。

 ナルトは挙げていた手を思い切り振り下ろし、机に強く叩きつけた。

 

 「俺は逃げねーぞ! 受けてやる!! もし一生下忍になったって、意地でも火影になってやるからいいってばよ!!!」

 

 彼の宣言に受験生は茫然とし、監視員達は啖呵を切るダークホースに目を釘付けにされた。

 

 「………もう一度聞く。これは人生を賭けた選択だ。止めるのなら今のうちだぞ」

 「自分の言葉は曲げねぇ。それが………俺の忍道だ!」

 

 イビキの最終忠告に、ナルトは胸を張ってそう返した。

 

 “空気が変わったな”

 

 先ほどまであれだけザワついていた者達が静かになった。それどころか誰一人として手を挙げようとする素振りすら見せない。受験者達の曇っていた顔も、今では覚悟を決めた兵の面構えとなっている。

 ―――そう、これだ。

 ナルトという男は、これだから侮れない。

 

 「………ふ」

 

 不安が消し飛んだ皆の顔を見るなり、イビキは小さく笑った。

 それはこれまでの嘲笑とした笑みとは明らかに違う、何かを認めた男の笑みだった。

 

 「良い決意だ。では……ここに残った全員に申し渡そう」

 

 皆が唾を飲み込み人生を賭けた最終問題を待つ。

 そして―――

 

 「―――第一の試験合格だ!!」

 

 思いもよらぬ吉報が贈られた。

 

 

 ◆

 

 

 

 「な、それはいったいどういうこと!? 10問目の問題は!?」

 

 メルトリリスが声を荒げてイビキに問うた。

 それもそうだ。こちらは人生を賭けて覚悟した上で最終問題を受けると決意した。それなのに、問題も提示されず全員合格と言われては戸惑うのも無理はない。

 

 「そんなものは最初からないさ。まぁ強いて言えば先ほどの二択が10問目みたいなもんだ」

 「「「「!?」」」」

 「そう急くな急くな。ちゃんと一から説明していこう。

  まず9問目までの問題は君達の情報収集能力を試すためのものだということは解っていたな?」

 

 ナルト以外の下忍達はこくりと頷いた。

 

 「9問目までは下忍には解けない高度な問題を取り入れていた。そして三人一組での合計による合否判定。仲間の足を引っ張ってしまう、問題が分からない、の二つの重圧が君達の肩に圧し掛かっただろう」

 

 そう、この問題は下忍には解けない。しかしこのままでは仲間の足を引っ張ってしまう。ならばどうすればいいか。忍としてどういう行動に移るべきなのか。

 

 「カンニングを行わなければ道はない。先には進めない。ならばするしかない。カンニングをな。

  皆の予想通り―――これはカンニング公認の試験だったというわけだ」

 「は…ハハハハハ! やっぱりな! バレバレだってーの! こんなの気づかない方がおかしいってばよ!」

 

 ―――こいつ気づいてなかったな―――

 

 他里の忍達の心が一つになった瞬間であった。

 

 「では、この試験で最も重要な本題について説明しよう。最終問題についてだ」

 

 ナルトの虚言を無視してイビキは話を進める。

 

 「10問目は『受けるか』『受けないか』の選択。言うまでもなく、苦痛の強いられる二択だった。

  『受けない』と選んだ者は班員共々失格。かといって『受ける』を選択し、問題に答えれなかった者は中忍になる権利を永久的に剥奪される。実にリスキーで、不誠実極まりない問題だ」

 

 どちらに転んでも分が悪い。

 まさに人生を賭けた選択と言っても過言ではなかった。

 

 「君達が仮に中忍だったとしよう。任務内容は秘密文書の奪取。敵方の情報は一切ない。敵の人数は不明。能力も不明。実力差がとてつもなく開いているかもしれないし、敵が張り巡らした罠という可能性も捨て難い。

 さぁ……『受けるか』『受けないか』

 命が惜しいから……仲間を危険に晒したくないから………危険な任務を避けて通れるか?

 答えは―――NOだ! どんな危険な賭けであっても避けて通れない、降りることのできない任務は山ほどある。

 ここ一番で仲間に勇気を示し、苦境を突破していく能力。これが中忍という部隊長に求められる資質だ」

 

 イビキの言葉に熱が籠っていく。

 

 「いざという時に自分の運命を賭けられない者。来年があるさという不確定な未来に心を揺るがせ、チャンスを諦める者。そんな密度の薄い決意しか持たない愚図に中忍に為る資格はない!! と、俺は考えている。

 故に―――この場で『受ける』と選んだ君達は難関な10問目の正解者だと言っていい。その勇気があれば、これから出会うであろう困難にも立ち向かっていけるだろうさ。

 入口は突破した。中忍試験選抜最初の試験は終了だ。君達の健闘を祈る………!」

 

 説明から激励に変わり、皆の顔にも自信に満ち足りたものとなった。

 しかし此処から先は本当に命がけの試練が始まる。

 何せ今残っている忍達は一人余すことなく手練れ揃い。決意も固く、生半可な意志を持ち合わせていない強者共だ。殺し合いになることはまず間違いない。気を引き締めなければ殺される。

 

 「さて……もうそろそろ、第二の中忍選抜試験の責任者が来るはずなんだが………」

 

 イビキが懐中時計で時間を確認しようとしたその時、

 

 ――――ガッシャアァァァァァァンッ!!――――

 

 何かがド派手に窓ガラスをぶち破って教室内に侵入してきた。

 

 「「「「な、なんだァ!?」」」」

 

 突然の出来事に皆が身構える。

 

 「アンタ達喜んでる場合じゃないわよ! 私は第二試験官みたらしアンコ! 次行くわよ次ィ!!

 さぁ私についてらっしゃい!!!」

 「「「「「…………………」」」」」

 

 いきなり現れてからのこの発言。

 先ほどまでの良い雰囲気が台無しであり、何より空気が読めていない。

 

 「………空気読め」

 

 イビキは眉間に皺を寄せて皆の心の言葉を代弁した。

 しかし彼女はそんな言葉など気に留めず、受験生の人数を見てあからさまに顔を顰めた。

 

 「かなり残ってるわね。イビキ……アンタもしかして手ぇ抜いた?」

 「俺がそんな甘いことをするものか。ただ今回は―――思いのほか優秀な奴が多かっただけだ」

 「ふん。まぁいいわ。どうせ私の試験で半分以下になるもの」

 

 あの第二の試験官はなかなか良い性格をしているな。

 破天荒な登場といい、先ほどの発言といい、今まで出会ってきた上忍とはまるでタイプが違う。

 ただハッタリを言う類の者ではないことだけは分かった。

 

 “半分以下か………次の試験は予想通り苛烈を極めそうだ”

 

 シロウ達は次なるステージに進出する。

 第二の試練を受けて無事では済まされないことはもう確実である。

 しかし彼らは退かない。逃げない。臆さない。

 そのような軟弱者は、この第一の試練を合格した忍のなかには一人としていないのだから。




NARUTO下忍の少数ほどは実力だけなら中忍レベルを軽く超えてそう(小並感

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