岸波忍法帖   作:ナイジェッル

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第11話 『岸波錬鉄場』

 カン……カン……カン………!

 

 リズム良く響く無骨な音。

 熱気が籠る鉄臭い鍛冶場で、黄色く変色した鉄を打ち続ける少年の姿があった。

 鍛冶場は真夏などとは比べ物にならないほど熱い。数分そこにいるだけで汗が滝のように流れ出る。事実、赤銅髪の少年の身体は汗で濡れていた。

 

 “………凄いな。僅かな欠片だけでコレか。流石、伝説の忍刀の一つ……首切り包丁”

 

 赤銅髪の少年、岸波シロウが打っている鉄は唯の鉄ではない。あの鬼人が所持していた首切り包丁の破片が含まれている鉄である。

 シロウはあの橋の上で首切り包丁の破片を発見。新たな武器の開発を思案していたこともあり、利用価値があると見て密かに回収していた。

 チャクラが深く練り込まれている首切り包丁はかの忍刀の一振り。欠片とはいえ、その刀に込められた執念は色褪せない。

 

 “とんでもない狂気が滲み出ている……いったいどれほどの思いがアレに注がれていたことか”

 

 その鉄には多大なチャクラが含まれていた。しかも抑えようのない鍛冶師の執念までも鉄から溢れ出ている。まさに魔道具と言っても差し支えない。

 人の身でこれほどの業物を作れるとしたら、それはもはや神域に達した刀鍛冶に他ならない。

 己も刀鍛冶の技術を持つ者として、敬意と、畏怖を持って、この鉄を打とうと心に誓う。

 

 「………ッ」

 

 とはいえ、気を抜いたら意識をあっという間に持っていかれそうだ。

 何百年と人を斬り殺してきた逸品だけあって、鍛冶師の執念のみならず、斬り殺された人々の怨念までも鉄に深く染み付いている。

 代々継承されてきた首切り包丁。いったい幾人の人肉を切り裂いてきたのか想像することも躊躇われる。

 

 「ここからが正念場だ………」

 

 懐から己の血が入った小瓶を取り出す。

 

 首切り包丁には、遥か古からある特殊な力が内包されていると噂されている。

 それは、人間の血を啜り、刃毀れを無にするというもの。

 まさに不変の忍刀。折れようが、砕けようが、血を与える限り刀としての機能を失わない世界で唯一つだけの刀。

 それを―――――複製する。

 

 “さて、どうなるか”

 

 シロウは分不相応な行いをしようとしていると承知しながらも、手を止めようとはしなかった。元より恐れるものなどない。力を手に入れることに、躊躇いは起こさない。

 

 ――――ポトっ。

 

 一滴の血が呪われた鉄に付着する。

 ズグッ、ズググと不気味な音を立て、息を吹き返した獣のように動き始めた鉄の塊。そして何よりも明確な変化―――馬鹿げたチャクラの奔流が起こった。

 

 「たった一滴でこれか………!?」

 

 予想を遥かに超える反応だ。

 今度はまるで鉄が手負いの猛獣のように蠢き、暴れ狂う。

 人智を超えた現象が、今目の前で起こっている。

 

 「臆するものか。例え億もの妄執が相手だとしても!」

 

 もはや後には引けない………否、元より引くつもりなどさらさらない。

 

 シロウは暴れ回る鉄に愛用の槌を打ち付ける。

 

 ―――力強く、されど繊細に―――

 

 こうして鉄と鍛冶師の激闘が始まった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 「さぁ野郎共ォ! 今日も青春フルパワーで行くぞォォォォォ!!」

 「オォォォォォォ!!」

 

 世にも奇妙な全身タイツの上忍は老いを感じさせない熱さを放出させ、その上忍と同じ服装をしている熱血系男子も色々と燃え上がっている。

 

 明らかに色物。圧倒的暑苦しさ。

 

 「逆立ちしながら森林1000週するぞォォォォ!!」

 「オォォォォォ!!」

 

 木ノ葉が誇る森林訓練所が炎上してしまいそうなほど彼らは燃えていた。

 

 「俺は断る」

 「私も勘弁」

 

 そして彼らと同じ班でありながらも、まったく色物でもなく暑苦しくさも無い、至って普通の常識人二名は冷ややかな目をもってその無茶振りを拒絶した。

 

 「何故だネジ! テンテン!! こんな天気の良い朝は修行に限るだろうが!!」

 「そうですよ! 皆でやりましょうよ逆立ち走り森林1000週!!」

 「修行を行う、という一点のみならば賛成ではある。だが、そんな馬鹿げた修行を行うくらいなら自室で瞑想をしていた方がまだマシだ」

 「以下同文。それに今日は休日でしょ。私は用事があるなかで「緊急集合」なんて言われたから来てあげたってのに………この理由はないわぁ」

 

 熱血上忍マイト・ガイ率いる第三班は今日も平常運転である。

 

 「ぬぅ……せっかく特☆別修行に誘ったと言うのにノリの悪い」

 「何とでも言え。俺は帰るぞ」

 「私も用事があるからそっちに行くわ。修行、頑張ってね~」

 

 第三班きっての実力を有する少年 日向ネジはクールに去り、くの一のなかでは最高峰の暗器使いであるテンテンも己の用事を済ませに行った。

 森林訓練所に残ったのはマイト・ガイとロック・リーのみである。しかしだからと言って彼らの熱が収まるかと言えば、否だ。

 

 「えぇい、仕方が無い。俺達だけで修行をするぞリー!」

 「はいっ! ガイ先生!!」

 

 二人は逆立ちしながらガチで森林1000週を決行した。

 ………本物の馬鹿共である。そしてその馬鹿げた修行をこなせるだけの力があるのだから、とんでもない化け物とも言える。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 暗器使いにとって、忍具とは何よりも大切なものであり、拘りを持たなければならないものだ。

 忍具の性能が暗器使いの戦闘能力に直結すると言っても過言ではない。勿論、その忍具を扱う忍自身の力量も高くなければならないが。

 

 テンテンは己自身を下忍くの一最高の暗器使いだと自負している。またその自負が単なる思い上がりだと他人から罵られないほどの実力を実際に有していた。

 

 そしてその暗器使いとして大きなプライドを持つ彼女がそこいらの武器屋で己の生死を左右する忍具を購入するわけもなく、個人的に目をつけたとある人物(・・・・・)に忍具の製作を常に依頼している。

 

 「相変わらず寂しいところよねぇ……ここは」

 

 テンテンが訪れた場所は木ノ葉隠れの里の最南端。

 里を護る大壁以外、ほとんど何もない場所にぽつんと小さな小屋が建っていた。

 

 『岸波錬鉄場』

 

 申し訳程度に立てられている木彫り看板。しかし無駄に秀逸な出来故によく目立つ。

 ここ岸波錬鉄場は昔馴染みの男が経営している武器屋のようなものだ。

 可能な限りのあらゆる注文に応え、そして依頼者の期待を超える作品を製作する。

 下忍から上忍まで武具に拘りのある者達から幅広く重宝されていることで有名だ。尤も、武具など多用せず持ち前の体術と忍術を主にする忍からの知名度は皆無と言っていい。

 

 「シロウー。頼んでいた忍具一式取りに着たわよー」

 

 依頼していた忍具を受け取りにきたテンテンは、友人の家に入るかのような気軽さで岸波錬鉄場に入室する。

 室内は想像以上に熱かった。先ほどまで何かしらの武具を製作していたのだろうか。そう思いながら、友の姿を探す。

 

 「………ちょ、シロウ!?」

 

 テンテンは友人を発見した。

 見つけたのはいい。問題なのは、その友人が床に倒れ伏してることだ。

 

 「大丈夫!? って、なんでこんなに傷だらけなのよ!」

 

 切り傷だらけの服からトクトクと溢れ出している血の量が本格的にヤバイ。

 急いでテンテンは応急処置を行った。

 

 このままでは、岸波シロウが死にかねない………!!

 

 

 

 ◆

 

 

 

 岸波シロウが目覚めた時は、そこは鍛冶場ではなかった。

 狭い部屋に敷き詰められた大量の忍具。生活感溢れすぎて掃除したくなりそうな汚い部屋。そして今自分が寝ているこの妙に硬いベット。何やら知っている部屋だが、今一思い出せない。

 

 「ここは………」

 「私の家」

 「………テンテン」

 

 見覚えのある白い忍服に団子頭が視界に入った。

 ああ、自分を助けてくれたのは彼女だったか。

 

 「まったく心配かけさせてくれて……ここまで連れてくるの大変だったんだから」

 「……すまん。………ここは、テンテンの自室か?」

 「そうよ。アンタも何度か来たことあるでしょ」

 「………思い出した。だいぶ忍具が散らかっていて酷い印象が」

 「殴ってほしいの?」

 「すまん」

 「あとお礼は……?」

 「今回注文されてた忍具は全て無料で………」

 「ふふ、当然ね」

 

 事実、あのまま放置されていたら命の危険があった。

 忍具の料金をただにするくらいは軽いものだ。

 

 「ま、意識が戻ってくれてよかったわ。アンタがいないと私の忍具の質が落ちちゃうもの」

 

 テンテンは売店で買ってきた林檎を宙に投げ、軽く小刀を振るう。

 スパパッと空中で分解された林檎はそのままテンテンが用意していた皿の上に収まった。

 

 「どうよ」

 「お見事」

 

 ドヤ顔をかますテンテンにシロウは苦笑しながらも褒めた。

 

 「それじゃ頂きます」

 「お前が食うのか!」

 「冗談よ。はい」

 「…………」

 

 大いに癪だが、腹が減っているのは確かだ。

 あははと大笑いするテンテンを無視して切られた林檎の一切れを口にする。

 

 「………うまい」

 「良い林檎だからね」

 「高かったろう。後から林檎に支払った金を」

 「人の善意にそんなことしたら無粋よ。シロウもされたら嫌でしょ」

 「………うむ」

 

 そう言われたら引き下がるしかない。

 シロウは感謝して林檎を頂いた。

 

 「それで、なんであんなことになってたの? 明らかに異常だったんだけど」

 「………大雑把に言えば武具の作製途中でああなった」

 「いったいどんな魔具を作ろうとしたのよ……まったく」

 

 テンテンはやれやれと溜息を吐く。

 まったく岸波シロウともあろう者が情けない、とでも言う風に。

 シロウは返す言葉が見つからず、沈黙する。そして何気なく今の時刻を確認するために自前の懐中時計を見てみると―――19時をとうに過ぎていた。

 

 「………なぁっ!?」

 「うわ、びっくりした。急にどうしたのよ。大声出して」

 「こんなところで寝ている場合じゃない! 早く帰らなければ!」

 「ちょっ、落ち着いてよ。そんな身体で無理に動いたら」

 

 テンテンの静止を振りほどくように動いた結果、とてつもない激痛がシロウを襲った。

 そう、岸波シロウは数時間前に重症を負った身である。全身を薬で塗りたくって、さらには包帯グルグル巻きにまでしなければならないほどだ。無理に動こうとすれば当然身体に響く。

 

 「ッ痛………」

 「ほら言わんこっちゃない」

 「早く…帰らなければ……白野が俺を………晩御飯を待っているんだ」

 「………あー、なるほど」

 

 何故これほど家に帰宅することに必死なのか納得がいった。

 この男、実はテンテンやネジと同期で最初のアカデミー試験の際「一つ下の白野が心配だから残る」と言ってわざと落ちるほどの親馬鹿なのだ。

 だがまぁせっかく拾った命を捨てられても困る。

 

 「仕方ないなぁ。私が送ってあげようかねぇ」

 「………恩に着る」

 「そう思うのなら何かサービスしないさいよ」

 「料理、振舞おうか?」

 「………それでチャラにしてあげる」

 

 ここから岸波家からそう遠くは無い。シロウを運ぶだけで手作り料理にありつけるのならお釣りが来る。

 さっそくテンテンはシロウを抱えて岸波家まで駆けるのであった。

 

 ちなみに女の子におんぶされる男の姿は実に情けないものだと、シロウは後に少し落ち込みながらナルトに話したそうな。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 岸波家の家のドアを開けたその先には―――鬼がいた。

 シロウは(白野)にジト目で睨まれ、無言の威圧を浴びせられる。

 

 「………正座」

 「ちょっと待ってくれ白野。落ち着いて―――」

 「正座!!!」

 

 怒声が部屋中を駆け巡る。

 本気で怒っている白野はシロウであっても止められない。

 シロウはこれ以上の抵抗は無意味だと悟り、痛く冷たい玄関で正座した。

 

 「もし、テンテンさんが見つけてくれていなかったどうなっていたか、分かってる?」

 「………死んでいました」

 「そう、死んでたの。この事の重大さ、理解している?」

 「………はい」

 「私に黙っていったい何をしようとしていたのかは知らない。でも、あんまり無茶しないでよ。たった一人の家族がいつの間にか死んでいました、なんて悪趣味な凶報 死んでも御免なんだから」

 「…………」

 「はいはい白野ちゃん、そこまでにしてあげなよ。シロウも反省しているんだし」

 「テンテンさん………でも」

 「それより早くご飯にしない? 私お腹減っちゃって」

 「………そうですね」

 

 白野とテンテンはスタスタとリビングに向かっていった。

 玄関に一人取り残されたシロウは「これも身の程を弁えない無茶をしたツケか……」と呟いて、情けなく項垂れた。

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 

 「疲れた………」

 

 怪我人の身でありながら白野の機嫌を何とか丹精籠めて作った食事で直し、テンテンの分まで余分に調理したシロウはぐったりと草臥れていた。

 鉄に殺されかけ、テンテンに迷惑をかけ、白野に心配をかけた。今日は踏んだり蹴ったりな1日だ。

 

 「ねぇねぇ」

 「………なんだ、テンテン」

 「シロウ達の班は中忍試験どうするの?」

 「中忍試験……ああ、受けるぞ」

 

 中忍試験。

 基礎を学び、基本を固めた下忍が新たな段階に上るための試験。中忍となるための試練。

 忍となったならば避けては通れぬ道である。

 

 担任の言峰綺礼の推薦から中忍試験を受ける権利を有した第一班は、それに向けての準備に取り掛かっている真っ最中だ。メルトリリスは素直に次なるステップに上れるチャンスを手にしたことで狂喜乱舞し、修行に精を出している。白野も着々と己の長所『感知能力』のコントロールに力を入れていた。

 

 「そう……つまり私達はライバルってことだね」

 「なるほど。お前達第三班も今年の中忍試験を受けるのか」

 「当然。こっちはこの日のために一年力を蓄えてきたんだから」

 「ふん。ならそれほどの忍に好敵手(ライバル)と見定められた俺達も捨てたもんじゃいな」

 「言ってなさい。もし試験中、あんたと当たるようなことがあったら完膚無きまでに叩き潰してあげる」

 「それは楽しみだ」

 

 ふふふ、はははと二人は笑顔で笑い合う。しかしそれは決して仄々としたものではなく、何やら敵意と負けん気が混ざり合った混沌なものである。

 そんな様子を眺めながら白野は「私、眼中にされてないのかな………」と呟き、寂しそうに茶を啜るのであった。

 


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