岸波忍法帖   作:ナイジェッル

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・もう波の国編は名台詞が多すぎて扱うのに大変苦労しました。下手すればコピペになってしまうので、所々台詞を変えたり、大幅カットしたりと疲労マッハっす。



第10話 『本当の決着』

 ナルトとサスケに無慈悲と言えるほど降り注ぐ、極細の刃。

 殺傷力の低い千本針を一本や二本、人体に刺したところでこれといった戦果は挙げられない。

 しかし、それにも限度というものがある。いかに千本針と言えど、急所に刺されば致命傷になるし、一定以上刺さりすぎれば無論―――死ぬ。

 

 “よく動く………”

 

 開戦から今に至るまで、白が千本針を投擲した回数は数百にもなり、その多くを確かに直撃させている。だが急所にだけは一刺しも与えられていない。

 それほどまでに、彼らは粘っていた。特にサスケの動きは目を見張るものがある。

 運動機能、状況判断能力、集中力。

 その全てが限界に近いはず。だというのに、ここまで粘れているのは彼の才気ゆえか。

 

 “ですが、此処までです”

 

 どれほど動けようと、どれだけ回避しようと、彼の敗北は覆らない。

 サスケにはこの状況を打破できるだけの力が無く、彼の隣で膝をついているナルトも同じく打つ手が無い。所詮、持ち堪えているだけでしかないのだ。

 そしてその抵抗ももうじき終わる。否……終わらせる。

 これ以上、彼らを傷つけたくは無い。苦痛を味あわせたくも無い。恐怖も与えたく無い。

 安らかに眠らせる。せめて、死んでいくという感覚を与えることなく。

 

 “―――行きます!”

 

 投擲ばかりでは致命傷は望めない。ならば直接手を下すまで。

 今の白の速さは上忍をも凌ぐ。このスピード、例えサスケが万全な状態であったとしても反応することは叶わない。

 

 「う、おぉぉぉぉ!!」

 “な!?”

 

 しかし、白の思惑は大きく外れた。

 サスケは全力で横に跳んだのだ。それにより白の攻撃は空振りに終わった。

 必殺を確信していた一撃を、見切った上で、避けた。

 

 “なんだ、あの異常な反射神経は………!”

 

 白は氷鏡のなかでサスケの顔を凝視した。そして、気づいたのだ。彼の瞳が変化していることに。黒から赤に、変色していることに。

 

 “写輪眼………!!”

 

 血を連想させる純粋な赤眼に黒巴の文様。

 輪廻眼、百眼と並ぶ三大瞳術が一つ、写輪眼の特徴と完全に一致している。

 ―――彼はあのうちは一族の生き残りだ。

 つまり、自分と同じ血継限界者。あの異常な反射神経、状況判断能力もその血によるものだったか。

 

 “半端ながらも、この戦いの最中で覚醒した……なんて子だ”

 

 圧倒的有利に立っていた白だが、それはもう過去の産物となった。

 まだ不安定な覚醒とはいえ曲がりにも写輪眼と相対しているのだ。こちらの動きを完全に見切られるのは時間の問題。これ以上彼に時間を与えるのはあまりにも拙い。それはつまり、もう形振り構っていられなくなったということだ。

 例え気が乗らなくとも、勝つためなら常に最上の手段を選ばなくてはならない。形勢が逆転される前に、確実なる一手を打つ。それが戦闘者の常識というもの。

 

 「これでカタをつけます!!」

 

 未だに立ち上がれないナルトを狙う。

 気の毒だが、彼にはサスケを誘き寄せる餌となって貰う。

 

 「な―――っくそ!!」

 

 予測通り、計画通り、思惑通り、サスケは奔った。

 ナルトを庇うために、白の前に立ち塞がる。

 手にはクナイも、手裏剣も、撒きビシすらもなく、全くの無手。最高速度に達し接近する白をどうにかする術など持ち合わせていない。

 

 ―――ナルト君は、良い友を持った―――

 

 眩しくも尊く思えるサスケの行動に『敬意』を。

 彼のような男と友に為れたナルトに『尊敬』を。

 そして、卑しい手段で相手を打倒しようとする自分には『侮蔑』を。

 

 『さようなら』

 

 白の千本針は、確実にサスケを捉えていた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 ソレは、一つの乱れもない美しい舞いであった。

 ハサンの十指から伸びる蒼糸に紡がれし五体の傀儡。

 シロウの目には、その一体いったいの傀儡がまるで生きているかのように見えた。

 傀儡の姿は限りなく人間に近い造形であり、実に生々しく、おぞましい。されどその傀儡にシロウは心中で感銘を受けていた。

 自分とて武具使いだ。傀儡を所持し操ることなど造作も無い。だが彼ほど巧みに操ることなんてできない。傀儡に関してもそうだ。アレほどの上物、人と見分けのつかぬほどリアルな傀儡人形を製作することなど、できはしない。

 外見だけでなく、殺人に特化させた機能美も溜息が出るほど美しい。どのような目的で作られたものでも、限りある性能を極限にまで伸ばされた作は至高の芸術と言える。それを手足の如く扱える仕手もまた然り。

 

 最上の仕手に、最高の傀儡。

 

 改めて、二つ名を持つ忍の出鱈目さを痛感する。

 

 「私としても、子を殺めるのは心を痛める。だが任務であるというのなら、迷いはしない。その儚い命、私達の利益のために消させてもらおう」

 

 傀儡を扱い始めてから、ハサンの様子が一変した。最初との印象が、雰囲気が、口調が違い過ぎている。まるで別人を相手しているような錯覚にさえ陥ってしまう。

 これが、多重人格。一つの器に複数の人格を兼ね備える者。世にも稀な多くの才能を一つの肉体に収める者。

 

 カタカタカタ

 カタカタカタ

 

 からくり特有の軽い音を撒き散らしながら迫る傀儡人形。糸によって宙に吊るされ、まるで空を縦横無尽に駆ける姿は恐ろしいの一言に尽きた。

 

 “あれが、本物の傀儡使いの力量………まさか五体もの傀儡を同時に運用できるとは、出鱈目にもほどがある”

 

 本来、傀儡使いが同時に操れる人形の数は三体が限度。だがその常識も、やはり並の忍くらいにしか通用しない。腕の立つ忍にそのような常識は一切通用しないのだ。

 信じ難い話だが、指一本につき一体の傀儡を操れる化け物までも世には存在するとまで噂されている。五体同時運用程度、熟練の傀儡使いにとっては当然の業なのだろう。

 

 五体の傀儡のうち三体は綺礼に。

 残りの二体はシロウとメルトリリスに向かう。

 

 「ふん、こんなブリキの玩具に!!」

 

 鋭利な蹴り業を見舞おうとするメルトリリス。

 普通の人間であれば反応すら許されない回し蹴り。

 その軌道はブレることなく傀儡の首へと誘われる。

 

 ―――くいっ。

 

 ハサンのほんの小さな指の動作は、傀儡に命を注ぎ込んでいるチャクラ糸を確実に伝わっていく。

 本来直撃するはずのメルトリリスの一撃は、人間では再現不可能な傀儡特有の回避運動によって回避される。

 彼女の蹴りが傀儡の首を捉える直前、傀儡は予備動作なく90度を超える角度で腰を弓なりに曲げてみせたのだ。

 生身の人間ならば脊髄が割れるであろう行為を、傀儡は何の問題もなく行える。それは作り物の身体だからこそ行える業であり、人間には到底真似できない、傀儡だけの回避運動。

 

 「チィッ!」

 

 渾身の一撃を回避されたことに苛立ちを覚えるメルトリリスだが、彼女とて忍の端くれ。どのような仕掛けが仕組まれているか分からない傀儡相手に、そう長く接近し続けるような愚行は犯さない。

 傀儡人形の恐ろしさは、その身体の隅々までに隠されているであろう暗器と毒だ。

 何処に何が仕込まれていてもおかしくない悪質なビックリ箱を突き回るというのは、自殺行為に他ならない。

 

 「逃がすとお思いかな、可愛いお譲ちゃん」

 

 ハサンがそう言った瞬間、傀儡の両腕が勢い良く伸びた。

 ―――否、飛んだ。

 そしてメルトリリスの両足を掴み、横転させる。

 横転した場所が地面だったのなら、まだ殴打程度で済んでいた。だが今彼らが戦っているのは橋の下。つまりは海の上である。チャクラが付与された両足があったからこそ、水面の上に立てていたのだから、その足が封じられ横転させられれば、海の中へと沈むのは道理である。

 

 「ごぼ、が―――」

 

 このままでは溺死する。

 まずいまずいまずいまずい………!!

 

 「苦しいだろうが、このままおとなしく溺死して………ぬぅ」

 

 ハサンは最後まで言葉を発することはなかった。なにせ、一人の少年により忌々しくも妨害され、メルトリリスを仕留め損ねたのだから。

 赤銅の髪を持つ少年は、メルトリリスの足を拘束していた傀儡の両腕を陰陽の双剣で絶ち、すぐさまメルトリリスを抱えて後方に後退した。

 

 「今回お前は何度死にかければ気が済むんだ」

 「………返す、言葉が無いわね」

 「海水を全身に浸からせたんだ。少しは頭の熱が冷えただろう?」

 「………はい」

 

 もはや恥じる他無い。またシロウの言葉に一言足りとて反論できず、また反論できない自分が酷く情けないことこの上ない。

 

 「傀儡をできるだけ避け、本体を叩きに行くぞ」

 「―――了解」

 

 傀儡は言うまでも無く厄介な代物だ。ならば、わざわざそんなモノを相手にする必要などない。ソレを操る術者を直接叩けば全て終わる。

 言峰は三体の傀儡を相手取っているため、本体に近づくのは困難。一番厄介な人間と把握されているが故に、執拗に狙われている。しかもどのような仕掛けがあるか分からない傀儡相手にそう易々と攻勢に転じられずにいた。

 ならばまだ舐められている自分達の方が、本体の元へと辿りつきやすい。下忍と侮られている今なら。

 

 シロウとメルトリリスは水面を蹴り、ハサンの元へと向かう。

 しかし、そんな考えは甘いとしか言いようが無かった。

 

 「………ふん。貴様らをただの下忍などとはもはや思うまい。私達の人格の一つを潰してくれたのだ。ならばそれ相応の対応は取らせてもらう」

 

 片手の指を器用に動かし、即座に傀儡二体を迫り来る下忍達の迎撃に向かわせる

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 「………鬱陶しいガラクタだ」

 

 綺礼を取り囲む三体の傀儡。カラクリの身体のあちらこちらから刃が出現しており、その一つ一つの凶器に毒が塗られていた。

 硬化する忍術を持つ綺礼であっても、肉体全てを硬化することはできない。少なからず生身の肌を晒していまう。そこを突かれれば、致命傷だ。

 攻勢に転じようにもこの傀儡三体はハサン自作の一品。どのような仕掛けがあるかも分からないなか、無闇に突っ込むわけにもいかない。なにより仕手のハサンの巧みな傀儡操作は一線を駕すものがある。否が応でも防戦に徹するしかなかった。

 

 “凡庸な傀儡使いならば、ここまで面倒ではなかったものを………”

 

 いくら心のなかで愚痴っていても仕方が無い。そう自覚しているのだが、愚痴らずにはいられなかった。

 

 「…………仕方が無い」

 

 攻めにくいとは言っても、このままではジリ貧だ。無闇にチャクラを消費してばかりではこちらが不利になるばかり。対してハサンは指を動かすだけという簡単な仕事だ。持久戦など、やったところで勝率を薄めるだけである。

 

 “―――仕掛けるか”

 

 シロウとメルトリリスに視線を向ける。彼らは綺礼の視線に気づき、決めに出るのだと理解し相槌を打った。

 

 「ふん………!」

 

 綺礼は水面に拳を叩きつけ、巨大な水柱を発生させた。その水流に巻き込まれないよう、ハサンは一度三体の傀儡を己の下へと後退させる。

 

 「む。奴らも距離を取ったか」

 

 水柱が収まることろには、ハサンを狙っていたシロウとメルトリリスは後方に退いていた。綺礼もだ。

 そこでやっと先ほどの水柱は仕切り直しをするために発生させたのだとハサンは理解した。

 

 「口寄せ―――金剛螺旋」

 

 シロウは一本の捩じれた槍を巻物から取り出し、そしてその槍を―――綺礼に渡した。

 

 ―――ドクンっ。

 

 言われもない恐怖を、ハサンは抱いた。

 武具の危険性は疑いようも無く高い。そしてその武具が、言峰綺礼に手渡されたという事実。

 戦闘者としての感が拙いと告げている。

 

 「くっ、間に合うか………!」

 

 暢気に相手の出方を見ている場合ではない。

 ―――仕掛けなければ。

 冷静な思考は未だに欠けてないものの、焦燥感は確実にあった。

 そして彼は過ちをすでに犯していた。

 ―――判断を下すまで、時間を取り過ぎたのだ。その時間が例え秒単位であっても、戦闘をしている最中では致命的なものとなる。

 綺礼は金剛螺旋を受け取った瞬間、すぐにすべき行動を取っていた。

 彼は槍を投擲するフォームを取り、狙いはまっすぐハサンに向けられている。

 

 「もう少し、判断が早ければ未然に防げただろうに」

 

 綺礼は淡々と事実を言い放ち、その螺旋状の槍をハサン目掛けて投擲した。

 

 強靭な筋力から生まれる力強い投擲は、金剛螺旋の性能を極限までに引き出し尽くす。

 捩じれた槍まるで空間を抉り取るかのようなエゲツ無き回転を生み、水面の水は凶暴な風圧により荒れ狂う。音速とさして変わらぬ速度で爆進する槍を防げる者は、例え二つ名を持つ忍であろうと容易ではない。

 されど、この程度の危機で挫折できるものなら、世に名を知らしめることなど出来はしなかった。どのような困難も凌いでこれたからこそ、あらゆる忍から一目置かれる傑物となれた。ならば、そこまで至った忍が、この逆境を乗り越えられない道理は無い。

 

 「舐めるなァァァァァ!!」

 

 傀儡とは、万能の忍具である。

 仕込み次第ではあらゆる状況に対して臨機応変に対応できるが故に、忍が持つ忍具のなかで最も汎用性が高いと言える。

 暗器は勿論のこと、重火器などの火力が高い兵器まで搭載できる。

 ならば―――盾を仕込むことくらいは造作も無い。

 

 名の無い五体の傀儡は主を護るために爆進する金剛螺旋の射線上に立つ。

 並みの傀儡であれば、いくら束になろうと意味など為さず塵となるだろう。盾の役割すら果たせず粉微塵になるのが関の山。

 しかし、ハサンの傀儡は違う。そのような役立たずには絶対に為りはしない。

 

 ガシャ、ガシャ、ガシャ、と音を立てて傀儡は人型の形から主を護る最も効率の良い形態に移行する。そして五体の傀儡は一つの大きな亀の甲羅のような巨大な盾として形を変えた。その変形速度は尋常でなく、なんと金剛螺旋が着弾するよりか先に変形を終えた。まさに神業と言えるだけの業だが、果たしてその盾であの天災染みた一撃を防げるのか?―――否、防げるかではない。絶対に防げるのだ。そうハサンは笑った。それほどまでに、己の才を全力で注いだ傀儡を信頼していた。

 

 金剛螺旋―――護りの陣を敷いた傀儡に着弾。

 

 その瞬間、傀儡を操るハサンの指に強烈な負荷が押し寄せた。

 閃光が視界を覆い、爆音が耳を壊そうと躍起になっている。

 嗚呼、遥か永い人生のなかで、これほどの力を真っ向から受け止めたのは初めての体験だ。

 

 ニィ、と仮面の下の口は大きく歪んだ。

 

 「悪くない……悪くないぞ!!」

 

 久しく感じた生と死の境界線。

 生きるのも、死するのも、己が力量次第。

 これほどの緊張はいくら味わっても飽きぬもの。

 

 「っ、ァァァァ!!」

 

 老いたこの身とて、まだ果てるわけにはいかない。

 やり遂げなければ為らない目的があるうちは、冥府へと世話になるのはまだ先のこと。

 チャクラ糸が繋がっている指に力が入る。

 押されそうになる力の波を捻じ伏せるために喝を入れる。

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 「ぐ………ふぅ、ふ」

 

 ハサンは―――生きていた。

 あの一撃を見事防ぎ切り、この世に留まり続けていた。

 多大な達成感が身を震わせるが、生憎とその歓喜に甘んじられるほど、今は緩い状況ではない。

 自慢の傀儡三体が粉々に大破。残る二体も少破という大損害を被った。対する敵は未だに無傷。三対一という絶望的な戦力差。言わずもがな、現在ハサンは圧倒的に不利な状況に立たされていた。

 もはや自分以外の人格に奴らを相手取れる者は存在しない。つまり唯一やつらと同等に戦える今のハサンが死ねば、完全敗北となるのは必定。

 

 「…………ふ」

 

 撤退、するべきなのだろう。

 これ以上の戦闘は危険極まりない。それに戦闘を続行したところで、勝率は恐ろしく低い。

 分裂の術を行えば、身体能力は落ちるものの、逃げ足の才を持つ人格に任せれば逃げきれる。奴らも自分を執拗に殺しにこようとは思えない。

 

 “……馬鹿な子供でも分かる最悪な状況だが―――逃げはしない”

 

 誰がどう見ても撤退を選ぶであろう戦況のなかで、それでもハサンは逃げることなく戦うことを選択した。

 何故なら、ここで退いたらガトーに三代目風影の情報を聞き出すことができなくなるからだ。

 あのような外道に(こうべ)を垂れ、力になっていたのは己にとっての僅かな希望を逃さぬため。全ては三代目風影の行方を知るためだ。ここで退いては唯の徒労になるばかりか、稀有な希望を無為に失うことになる。それだけは、避けなければならなかった。

 

 「まだだ、まだやれる。私は、まだ戦える………!!」

 

 己が目的を果たす為なら、このような逆境に屈することはあってはならない。

 藁にも縋る気概で、目的を達成しなければならないのだから。

 

 

 

 “まだ戦うつもりか………あの男”

 

 絶望的な状況であるのにも関わらず、まるで闘志が衰えずに立ち上がってみせたハサンを見てシロウはつくづく厄介な忍と相対したものだと痛感する。

 彼ようなタイプには、危機的状況など全く意味を成さず、更にはより強くなるという人間だ。優勢だからといって、楽観視できる相手ではない。

 また彼はシロウの心にもう一つ、大きな衝撃を与えた。

 

 ―――金剛螺旋を防ぎ切られた―――

 

 金剛螺旋とは貫通性に特化させた、シロウの創り出した武具の一つ。

 素材は勿論のこと、構造のあらゆる部位に工夫を凝らし、精魂籠めて製作した傑作。

 それを受け止められた。それも、言峰綺礼という人外が投擲したにも関わらず。

 自身の傑作は、ハサンの傀儡に敗北したのだ。

 

 “里に帰ったら……武具一式を見直し、改善させなければな”

 

 やはり未熟相応の今の力量では、上忍の強者を相手取るのは程遠い。そう直に感じることができた。

 まだまだこれから研鑽を積んでいかなければ、大切な者を護り通すことなど夢のまた夢。多くの人間の命を救うこともままならない。里に帰還した後に、修行の錬度も更に上げなければならないという思いに駈られる。

 

 「手負いの獣ほど、危険なものはない。抜かるなよ」

 

 綺礼の忠告を聞き更に身を引き締める。

 不退転の覚悟を決めた忍ほど何をやらかすかまるで予測ができないものだ。

 

 「さぁ、続きと行こうか………」

 

 ハサンは生き残った二体の傀儡に10本のチャクラ糸を全て通した。これにより五に分散されていた集中力、操作性が絞られ、より効率的に傀儡を操れるようになった。

 シロウらも武具、脚、拳を構える。

 

 そして両者共に決着をつけようと動こうとした瞬間―――この戦場に突如として馬鹿でかいチャクラの塊が現れた。

 

 「「「「「……………!?」」」」」

 

 対峙していた忍達は皆その異常に気付き、動きを止めた。

 

 “なんだ………この禍々しいチャクラは”

 

 シロウは初めて感じるドスグロイチャクラに総毛を逆立ちにさせた。まるで全ての悪意がまるまる一つに収束し、ミックスされたような途方も無い塊。そして人が持ちえぬ膨大なチャクラ。

 

 かなり、ヤバイ。

 

 このような力は人智の域を逸脱している。そしてこの力の発信地が誰かというのも粗方予想ができていた。

 

 「ナルト………!!」

 

 自分達と同じく難敵と死闘を繰り広げているであろう友の名をシロウは口にした。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 敵から殺意を受けることは忍として当たり前のことだ。否、忍だけではなく闘争を行う者ならば当然のこと。

 殺しの経験を多く積んでいる者ならば、強い殺意を当てられたくらいでは動揺することなどまずない。身体が、心が、嫌と言うほど慣れているからだ。

 

 白も無論、強い殺意を当てられた程度では動じない。氷のような冷たい心には何も響かない。ただ機械のように冷静に対処するプロなのだ。

 

 しかし―――人外の殺意であれば話は別だ。

 

 人の枠をはみ出た化け物の殺意は、人間のそれを大きく上回る。まるで質が違う。

 事実、白の足は小刻みに震えて止まない。

 

 『これが、ナルト君………!?』

 

 全身を針で刺され、倒れ伏したサスケをナルトが直視した瞬間、戦場の空気が異常なモノへと変質した。

 ナルトの身体から漏れ出すチャクラは目視できるほど濃厚であり、純度が桁外れ。何より禍々しさが常軌を逸している。

 優しき少年の眼光は獣のそれとなり、視線だけで人を殺せるのではないかというほど鋭利な鋭さがあった。

 

 “彼も血継限界を持つ人間……ではないね”

 

 あのような変異、いくら異形な存在である血継限界者でもあり得ない。

 もっと更なる高位に属する存在だ、うずまきナルトという男は。

 まぁ何であれ―――常人ではないというのは確かである。

 

 “開けてはならない扉を開けてしまった気分だ”

 

 何重にも、厳重に封印されていたモノを自分は解放してしまった。中身は、最悪な災厄の化身とでも言えようか。

 ならばこの始末、自分が責任を持って果たさなければならないだろう。あれが完全に開放されれば、己の主君の命に関わる。それだけは許されない。

 

 “見たところ、まだ完全に覚醒はしていないらしい。今ならまだ、間に合う!”

 

 あの得体の知れない力の底を図ることはできないが、それでも今の彼の状態が不完全な状態だというのは理解できる。

 完全に力が開放された後ではもう手遅れだ。どうしようもない、勝ち目の無い絶望しか残っていない。だからこそ、未だに力を解放しきれていない今だけは希望がある。まだ勝算自体は残されている。

 

 間髪入れずに白は跳んだ。氷鏡から外界に跳ぶ時の速度は並みの忍では捉えられない。写輪眼を持ってしても、動きを慣れるまでは自分に一切の手出しができないほどの速度。

 いくら化け物染みたチャクラを放出させていようが、この氷鏡の檻を形成しているこの一時は白が有利であることに変わりは無い。

 

 ――――そう、変わりは無いはずだった。

 

 「おせぇ………」

 「――――っ!?」

 

 白の一撃はナルトを捉えるどころか、完全に攻撃のタイミングを見切られ、回避させられると同時に腕を捕まえられた。

 

 “これは、危険だ………!”

 

 なんとか脱出を図ろうとするが、人外としか思えぬ握力に右腕が囚われ、身動きが取れない。反抗しようにも、ナルトの身体から溢れる狂気染みたチャクラに気圧され、身が竦んで力が出ない。

 

 「ガァッッッ!!」

 

 咆哮一喝、ナルトの全体重が乗った拳が白の顔面を直撃した。

 痛みなど感じない。感じる暇すらない一撃だった。

 鉄より頑丈にできているはずの仮面は、たったの拳一つで粉砕され、白の身体は宙を舞う。

 

 なんて慢心。なんて愚か。不完全な状態だから勝てる? いったい何を勘違いしていたのだろうか、自分は。

 例え不完全な状態であっても、自分を打ち倒す程度、今のナルトに掛かれば造作も無かったのだ。自身の力を過信するのも大概にしろ、と白は己を深く恥じる。

 

 “再不斬さん………ごめん……なさい”

 

 そして最愛の主君に心から詫びる。

 自分は彼から頂いた命をここで無駄にしてしまう。彼の夢を見届けることも叶わない。道具としても、自分は分不相応だった。

 白は自身の存在意義を失い、残るのは無念のみ。

 もはや氷鏡も先ほどの一撃により全て破壊された。敗北はより確定的なものとなったのだ。

 

 「ウォォォォォォ!!!」

 

 死が具現化された獣は白を追撃する。

 もはや、逃げられない。尤も、逃げれようとも逃げる気などさらさらないが。

 ―――ここで潔く散る。

 再不斬の期待に応えられない道具に、生きていく価値などない。誰よりも白が理解していることだ。

 

 「――――」

 

 ナルトは白の眼前で拳を振り上げる。今の彼の力なら、単なる拳一つは人を死に至らしめるには十分な性能を有している。あの拳が直撃した瞬間、己は死ぬだろう。

 

 「じ………っ」

 

 拳が顔面に直撃する一歩手前で、ナルトの拳は停止した。所謂寸止めというやつだ。

 はて、一体どうしたというのだろうか。

 白は助かったというのにも関わらず、他人事のようにナルトを心配する。

 

 「貴方の大切な友人を殺した僕を、貴方は情けをかけるのですか?」

 「――――!」

 

 挑発紛いの言葉に、ナルトは白を殴った。しかし、もはや人を殺せるだけの力を有していない、重くも無い軽い拳だった。

 先ほどまで感じた威圧感もいつの間にか消え失せ、ナルトも理性を取り戻していた。

 

 「なんで………なんであんたがッ!!!」

 

 怒りと困惑が混ぜられた声色で叫ぶナルト。

 

 “ああ、そういうことか”

 

 素顔を隠していた仮面は粉砕された。それはつまり、自身の顔を曝け出したということ。

 白を知っているナルトは仮面の少年の正体に衝撃を受け、殺意が少しばかり薄まったのだろう。

 まったく、数分話した程度の間柄だというのに、情が入るとは。やはり彼は優しい。優しすぎる。あのような凶暴な力を所有するには、あまりにも似合わないと思えるほどに。

 

 「再不斬さんにとって弱い忍は必要ない。君は僕の存在理由を奪ってしまった。だから………情けなどかけず、殺してください」

 

 ここで生かされても、再不斬の為に生きれぬ人生など唯の苦痛でしかない。

 生きる目的も、持つべき夢も、誰からも必要とされない人生に、何の意味があろうか。

 

 「なんで、なんであんな奴の為に………あいつは悪人から金貰って悪いことしている奴じゃねぇか!! お前の大切な人ってぇのはあいつ一人だけなのかよ!!」

 

 心底納得のいかないと怒声を上げるナルト。

 ―――どうせ自分は死ぬのだ。少しばかり、話をしてもいいだろう。

 

 「ずっと昔になら、大切な人は二人いました………僕の、両親です」

 「…………」

 「両親は優しい人達だった。本当に、幸せだった」

 

 人の温もりとは、あれほどまでに穏やかなものだと感じだのは後にも先にも両親が生きていた時だけだ。

 

 「………でも、僕が物心がついた頃に、ある出来事が起きた」

 「出来事………?」

 「―――父が母を殺し、僕も殺そうとしたんです。そしてその殺されそうになった時に、僕は反射的に反抗し、父を逆に殺した。殺してしまった………」

 「…………!!」

 

 今でも覚えている。狂気の孕んだ父を、己が手で殺したあの感触を。

 愛し育んできてくれた大切な存在を、この手で断ったあの瞬間を。

 

 「家族を壊した原因はただひとつ。この、呪われた血です」

 

 口から漏れ出す己の血液を見て、白は嘲笑した。

 

 「絶え間ない争いを経験した霧の国では、特殊な(能力)を持つ『血継限界者』は忌み嫌われてきました。

 そしてその特異な能力を保有しているが故に、様々な争いで利用され………挙句には国に災いを齎す穢れた血族と恐れられたのです」

 

 それほどまでに、血継限界者の力は強大だった。その血を持って生まれただけで、一つの殺人兵器として数えられるほどの力を有するのだ。

 多大な力を有していたからこそ、戦を行う者はそれを重宝し、平和を望む民は争いの兵器である血継限界者を憎んだ。

 

 「僕の母は、血族の人間でした。そしてそれを父に知られ―――全てが狂った」

 

 血が特殊だからという理由だけで、仲睦まじかった家庭は終わりを告げた。そして父を殺し、生き残ってしまった自分は、その時心の底からこう思った。

 

 「あの出来事を経て、自分はこの世に必要とされない存在だと思わざるを得なかった」

 「………っ」

 

 ナルトは一際顔を険しくさせた。

 そう、彼も自分と同じだ。

 ナルトもまた、この世に必要とされてないと心の底から思った人間の一人なのだ。

 

 「だけどそんな僕を………再不斬さんは拾ってくれた。誰もが忌み嫌う血族であることを知った上で、必要としてくれた」

 

 それが例え一人の人間としてではなく、道具として、力だけが目当てだったとしても、白は確かに救われたのだ。

 

 自分のような存在を求めてくれたという事実だけで、白は今日この日まで生きてこれた。

 

 「嬉しかった………!」

 

 白は涙する。

 人から必要とされることが、堪らなく嬉しかったのだ。

 

 そして、再び彼はナルトの目を見て、こう言った。

 

 「さぁ……お話はこれまでです。ナルトくん………僕を、殺してください」

 

 完全に敗北し、彼の求める強き道具として成りきれなかった自分に存在する価値などない。否―――あってはならないのだ。

 

 「………ちくしょう」

 

 ナルトはポーチからクナイを取り出し、覚悟を決めた。

 先ほどのように訳の分からぬ力に振り回され、暴れ、ただ殺そうとした彼とは違う。確かな意識を持つなかで、白という人物を知り、そして殺すと決めたのだ。

 

 「君は、どうか自分の夢を掴み取って下さい。

 とても言えた義理ではありませんが………あの世で応援しています」

 「あいつ………お前が殺したサスケにも夢があったんだ。

 ………お前とは、他と場所で出会えてたら友達になれたかもな」

 「………ありがとう」

 

 もはや語り合うことは何も無い。

 今ここで、白の人生は終える。

 

 ナルトは駆ける。白の心臓に、鋭利なクナイを突き刺し絶命させるために。

 

 “すみません、再不斬さん………僕は、貴方の望んだ道具には為れなかった”

 

 最期に今日まで自分を必要としてくれた人への感謝を心のなかで静かに告げる。

 まだ彼の元で働きたかったが、その資格を潰えた今の自分では分不相応。

 

 ――――ゾクッ。

 

 “っ!?”

 

 背後から伝わる不安感が白を包んだ。

 根拠はない。根拠はないが―――再不斬の身に危険が差し迫っている。

 

 パシィッ!!!

 

 白は反射的にナルトの腕を押さえた。

 つい先ほどまでは本当に大人しく死ぬつもりであったが、そうもいかなくなったのだ。

 彼の勇気と決意を無碍にしたことに罪悪感が残るが、今はそれどころかではない。

 

 「お前………!?」

 「ごめんなさい、ナルト君! 僕はまだ死ねません!!!」

 

 あれほど殺せと願い込んでおいて、なんという手のひら返し。さぞかし彼を失望させただろう。

 

 しかし、それでも………!!

 

 すぐさま白は印を結び、最後の力を振り絞ってチャクラを練り上げる。

 白の隣にあった水溜りから一つの氷鏡を出現させる。そしてもう一つを、再不斬がいるであろう方角に出現させた。

 これで移動時間は大幅に短縮できる。あちらで何が起こっているか知らないが、これで主君の命を救えるだろう。

 そう確信した上で、白は氷鏡のなかへと潜った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 「お前の未来は死だ」

 

 コピー忍者と鬼人の勝負はほぼ決していた。

 

 「く………ぉ」

 

 再不斬の肢体には数匹もの忍犬が喰らいつき、身動きを封じている。長く太い牙は人肉を切り裂き、肉体の奥の奥まで食い込んでいるため、如何に再不斬と言えど即座に脱出することは困難。

 

 “俺としたことが………!!”

 

 たかが忍犬如きに身体の自由を奪われるとはなんたる様だ。元忍刀七人衆にあるまじき失態。しかし、いくら悔やんでも事態は好転しない。どうにかしてこの犬共を振りほどかなければ、己に明日などないのだ。

 しかし解決策が浮かばない。首切り包丁は振れず、印も結べない今の状態では抵抗する術がない。

 

 「再不斬……お前は昔 水影を暗殺しようとクーデターを企て、霧の国を一時期混乱に陥れた。しかし水影の暗殺は失敗に終わり、数名の部下と共に逃走。

 そして今、お前がガトーのような男に組みしているのは水影に対する報復のため………そうだろう?」

 「ふん………だからなんだ?」

 「お前は、危険すぎる」

 

 カカシは印を結び、とっておきの術を披露する。ソレは多くの修羅場を潜り抜け、戦闘を経験してきた再不斬であっても、見たこともない代物だった。

 

 「これが俺の持つ唯一のオリジナル―――雷切だ」

 

 高密度なチャクラがカカシの右手に集まり、眩い電光を放つ。

 あれが他人の術を写し取ってきたコピー忍者の持つ唯一の『オリジナル』

 カカシにしか持ち得ない、カカシが編み出した、カカシだけの術。

 

 「くそったれが…………!!!」

 

 あんなものをモロに喰らえば確実に死ぬ。

 

 鬼人と謳われた己の人生はここまでなのか? 長年の野望も達成できずにこのような辺境の土地で死に絶えるのか?

 ―――そのようなこと、あっていいわけがない。

 自分は生きる。己が死ぬ未来など認めない。例えどのような、危機的状況であってもだ。

 

 「さらばだ………鬼人よ」

 

 カカシは(いかずち)を右手に宿し悪鬼にトドメを刺すために駆ける。

 もはや身動きも取れぬ再不斬は処刑執行を待つ唯の罪人に過ぎない。

 しかし彼は目を背けなかった。常にカカシを見据えていた。その目は、『殺せるものなら殺してみろ』と尚も反抗的な色を宿していた。

 流石、鬼人と恐れられるだけはある。絶命的な状況に陥っても、ここまでかと諦めることを良しとせず、死する間際でも抗うことを止めはしない。その屈強な意思にだけは敬意を称し、カカシは凶器と化した右手を振るう。

 

 ―――ドシュッ。

 

 心臓を抉り取る異質な音が重く響き渡る。

 バチバチと雷が人肉を切り裂き、焼き焦がす異臭が辺りを充満させる。

 

 「………ばかな」

 

 確かに、カカシは人ひとりを確実に絶命させる致命傷を与えた。もはや助からぬ一撃を与えたのだ。しかしそれは、再不斬にではない。カカシと再不斬の間に割り込んできた―――白にだ。

 

 「ご………ふ………」

 

 笑っていた。

 胸と口から大量の血を吐きながらも、白は笑っていた。

 まるでこの瞬間こそが自分が生きてきた理由であるかのように、満足のいった目をしていた。そして、白は尚も己が主に貢献しようとする。

 

 がし………!!

 

 今にも死に掛けている身体を無理矢理動かし、自分の胸を貫いているカカシの腕を白は両腕で握り締めた。そう、これから行われるであろう再不斬の斬撃をかわせぬように。

 

 「見事だ白………俺は、つくづく良い拾いものをしたもんだ!」

 「再不斬……!!」

 

 口寄せの際に用いた巻物がいつの間にか千本針によって貫かれ、そのに伴い忍犬達が消え、拘束が解かれて自由になった再不斬は白ごとカカシを両断すべく首切り包丁を振るう。

 首切り包丁ほどの名刀であれば、白諸共カカシを屠ることなどわけはない。

 しかし、カカシも歴戦の猛者。度重なるイレギュラーな事態に気を動転させることなく、的確に回避行動を行った。

 間一髪、なんとかカカシは首切り包丁の間合いから逃れることができた。

 

 「ふ……惜しいな。白が死んで動けるようになったか」

 

 そう、カカシの動きを封じていた白はすでに事切れいていた。故に回避行動がギリギリ間に合ったのだ。もし白があと数秒、意識を保ち生きていたのなら、間違いなくカカシは斬られていただろう。

 

 「あの野郎………!!!」

 

 白の最期を目撃し、そして彼が命がけで守った再不斬の理不尽な言動にナルトは怒りが込み上げていた。

 あれだけ尽くして、あれだけ好かれて、あれだけ尊敬してくれていた少年を唯の道具としか見ていない再不斬に怒りを覚えるのは当然だ。

 

 「手を出すな、ナルト。こいつは俺の戦いだ」

 

 無論、怒っていたのはナルトだけではない。カカシも怒っていたのだ。

 仲間を道具として扱うことに嫌悪感を抱く彼もまた、再不斬の言動に腹を立てていた。

 

 「ナルト―! 無事だったのね―!!」

 

 サクラは傷だらけのナルトを見て安堵し、大声で声をかけた。しかしナルトの表情は冴えなかった。それどころか、暗い影がさしていた。

 それに違和感と、ある種の危機感を抱いたサクラはすぐにあることを問うた。

 

 「ナルト……サスケ君は? サスケ君は、どうしたの!?」

 「…………ッ」

 

 唇を噛み締め、顔を伏せるナルトを見たサクラは最悪の事態を悟ってしまった。忍になった者として、いつかは訪れるであろう結末が、サスケの身に起きてしまったのだと。

 

 「サクラ………」

 

 ぷるぷると震えるサクラの手を、白野は強く握った。

 

 「行こう………サスケ君のところへ」

 「ワシも一緒に行く。そうすれば、先生の言いつけを破ったことにはならんじゃろ」

 

 白野とタズナは今にも駆け出しそうなサクラの心情を理解し、共にサスケの元へと向かうことを提案した。

 

 「…………うん」

 

 サクラは駆けた。

 不安に塗れた顔を伏せ、無駄だと分かっているけども、それでも彼の無事を祈りながら、サスケの元へと向かった。

 

 「…………」

 

 先ほどまでナルトとサスケが戦っていた場所に辿りついたサクラは、力なく膝を折った。

 彼女が見たのは生気のない片思い人であり、水のように冷たくなったサスケの姿だった。いつも仏頂面していた顔は、穏やかな表情になり、静かに眠りについている。

 

 「「…………」」

 

 白野も、タズナも、かける言葉が見つからなかった。あまりにも悲劇的なこの光景を目にして、容易に発する言葉など持ち合わせてはいなかったのだ。

 

 「忍は………」

 

 虚ろな目をしたサクラは、掠れた声で、あることを呟いた。

 

 「どのような状況においても感情を表に出すべからず………」

 

 その言葉は、白野も知っていた。

 それは忍者学校のテストにも出された忍が持つべき基礎たる心得の一つ。

 

 「任務を第一とし……何事にも、涙を見せぬ心を持つ………べし」

 

 紡がれる言葉に反し、サクラの虚ろな目から溢れ出る大量の涙。

 その姿を見たタズナは忍という者はなんと辛い生き物よと思い、白野はただただその光景を無力ながらも見守ることしかできなかった。

 

 

 「くそ………どうしてだ。なぜ、奴の動きについていけない………!!」

 

 再不斬は理解できなかった。

 先ほどから、自分は押されに押されている。

 己とカカシの戦闘力はそれほど差は無いはず。それは間違いない。また共に重症を負っている身。ハンデも糞も無いフェアな状態での戦闘のはずなのだ。それなのに、これほど一方的にあしらわれるとは一体どういうことだ。

 

 「ッラァァァァァ!!」

 

 どれだけ斬撃を振るおうと、悉く対処されカウンターを見舞われる。どれだけ動こうと、先回りされ、先手を打たれる。動きも見切られ、対処され、迎撃される。

 

 “俺のなかで、何かが狂ったのか!?”

 

 調子がまったく出ない。

 極限な命の張り合いだというのに、血がこれっぽっちも疼かない。

 

 “この失速感はなんだ? この虚無感は、心に大きな穴が空いたような虚しさはなんなのだ!?”

 

 理解できないが故に戸惑いは大きい。

 これまで自分は本能のままに生きてきた。自身の心に忠実に生きてきた。

 どんな時もそうだ。気に喰わない相手は皆殺しにしてきたし、気に入った者は皆配下にしてきた。己の心の赴くまま気の向くまま動いていた。そんな自分が、自身の心情に気付けないなど、ありえるはずがない!!

 

 「いいや、お前は気付いていない」

 

 再不斬の心を読み取ったように、カカシは言った。そしてその目は酷く哀れみに満ちていた。

 

 「この、糞がぁぁぁぁぁ!!!」

 

 技も型もへったくれもない無様な横薙ぎ。もはや中忍でも避けられるそれを、カカシは余裕を持って回避し、そのついでに彼の両腕をクナイで切り刻んだ。その結果、再不斬の人外染みた握力、腕力共に使い物にならなくなった。

 

 「これで印も、首切り包丁も扱えないな」

 「………ふん」

 

 だからなんだと言うのだ。まだだ、まだ武器はある。

 両腕が使えないのなら脚がある。口がある。身体のあらゆるモノを利用すればいくらでも戦える。

 

 「おぅおぅ、こいつはぁまた派手にやられてくれちゃって」

 

 再度カカシに向かおうと再不斬が身構えたその時、耳障りな声が耳に入った。

 

 「………ガトー」

 

 声がした方向を見てみると、そこには大量の部下を引き連れニヤニヤ笑っている雇い主の姿があった。どうにもただ殺し合いを見物しにきたという感じではない。

 

 「まさか、貴様は」

 「ククッ。察することだけは良いみたいだな。ああ、そうだ。お前はここでそいつら諸共死んでもらう」

 「裏切ったか」

 「元から裏切る腹だったんだよ。私はお前になんぞ、一銭たりとも金を払うつもりなど無かった」

 

 ガトーは悪びれも無く言ってのける。

 

 「正規の忍を雇うとやたら金が掛かる上に裏切ると少々厄介だ。だからこそ、後々処理しやすいお前やハサンのような非正規の忍を雇ったのだ。

 他流忍者同士が殺し合い、弱まったところで圧倒的数の暴力で共々亡き者にする。そら、金の掛からない素晴らしい作戦だろう?」

 

 なるほど、流石は裏の世界の重鎮。闇で生きた世界有数の社長なだけはある。考えることは外道のそれであり、まったく無駄が無い。

 

 「ま、唯一このパーフェクトな作戦にミスがあったというのなら、お前だ桃地再不斬。まったく、何が霧隠れの鬼人だ。あれだけの金を請求しといて、その結果がこの様じゃあねぇ。私から言わせりゃ、お前なんてただの弱っちい子鬼ちゃんだな」

 「きひひ、今のお前なら俺らでもぶち殺せるぜぇぇぇぇ!!」

 「俺達も名が売れるってもんだ」

 「てめぇの首切り包丁は高値で売ってやんよぉ!」

 

 世に名を知らしめた鬼人の首を取れる一世一代のチャンスにガトーの部下達は歓喜の声を上げる。

 

 “ハサンの奴も、同じ状況に陥っているだろうな”

 

 自分と同じく非正規の忍であるハサンの方にもガトーの部下が放たれているに違いない。ガトーの言う、三代目風影の行方というのもデマだろう。

 

 “まぁ、忍の世の中ってのはこんなもんだ”

 

 利用し利用されるのが世の常だ。怒るだけ馬鹿馬鹿しい。

 

 「カカシ……すまないな。闘いはここまでだ。

 タズナの命を狙う理由がなくなった以上、お前と闘う理由も無くなった」

 「ああ………そうだな」

 

 ここから互いの敵はガトーとその軍勢である。

 二人は先ほどまで当て合っていた殺意を消した。

 

 「………そういえば、こいつにはカリがあったな」

 

 ガトーは白の死体を見るや否や、テクテクと白に近づいていき―――

 

 「この餓鬼には腕が折れるほど強く握られていてねぇ。いやぁ、痛かった痛かった。その仕返しをどうやってしてやろうかと夜な夜な考えてたっつうのに、死んじまうたぁなぁ。おいおい、そりゃねぇよ―――ッと!!」

 

 白の顔面を思いっきり蹴飛ばした。

 

 「て、てめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 その所業にナルトは怒声を上げて突撃しようとする。

 

 「待てナルト。あの敵の数を見ろ。迂闊に動くのは危険だ」

 

 しかしそれをカカシは止めた。今突っ込んだところで、あれほどの規模になる人数を相手取るのは無謀だ。リンチされるのがオチというもの。

 

 「おい眉なし! おめぇも何か言えよ仲間だったんだろうが!!」

 「黙れ小僧。白はもう死んだんだ……あれは白ではなく、ただの死体だ」

 「それでも、あんなことをされて何もおもわねぇのかよ!? ずっと一緒だったんだろ!?」

 「………ガトーが俺を利用したように…俺も白を利用していただけだ。それに俺達忍は唯の道具でしかない。また俺はあいつの血を欲しただけであって、あいつ自身を欲していたわけではない」

 「本気で言ってんのか、それ」

 「無論だ」

 「お前…………!!」

 「よせナルト! こいつと争う必要はもう無い。それに―――」

 「うるせぇ!! 俺の敵はまだこの眉無しだ!!」

 

 カカシの静止を無視し、ガトーとその部下達にも目もくれず、ナルトは再不斬だけを睨んだ。例え闘う理由があろうとなかろうと、関係はない。ナルトにとっての敵が再不斬であることに変わりは無い。

 

 「あいつは、あいつは本当にお前のことが好きだったんだぞ! あんなに大好きだったんだぞ!!」

 

 再不斬は黙れとは言わず、ただ静かにナルトの罵声を聞く。

 

 「ほんとに、本当にお前はなんとも思わねぇのかよ!!」

 

 再不斬は応えない。

 

 「あいつはお前のために命を捨てたんだぞ!?」

 

 再不斬は答えない。

 

 「自分の夢も見れねぇで、道具として死ぬなんて…そんなの辛すぎるってばよォ………!!」

 

 涙ぐみながらも全てを訴えたナルト。

 そして再不斬は―――

 

 「小僧。もう、いい。それ以上は………何も……言うな」

 

 涙を流していた。鬼人と恐れられ、人ではないと言われていた男が、温もりに満ちた涙を流していた。

 

 “ああ、なるほど。ククッ、道理で調子が出ねぇわけだ。白が死んで、その事実に俺は悲しみ、戸惑っていたのか”

 

 何故今の自分がカカシに手も足も出なかったのか。何故あれほどの虚しさを感じていたのか。

 全ては、白という存在を失ったからだ。大切にしていたモノが、この世から消えてしまったからだ。

 

 「白は、俺だけじゃない。お前らの為にも心を痛めながら闘った。今の俺には、分かる」

 

 ならばその大切な存在を、無下に脚蹴りした奴はどこのどいつだ。鬼が持つ唯一の宝を、汚したのはどこの阿呆だ。

 

 「あいつは優しすぎた」

 

 ガトーは過ちを犯した。奴は、やってはいけないことをした。してはならないことをした。

 裏切ったのは別に構わない。忍の世界ではよくあることだ。しかし、だ。白の亡骸を痛めつけたことだけは許すことができない。許して良いわけが無い。

 ギチリギチリと再不斬は口を覆わせていた布を噛み千切り、報復を決意した。

 

 「小僧―――クナイを貸せ」

 「あ……うん」

 

 彼の決心を察したナルトはポーチの中からクナイを取り出し、再不斬に向かって軽く投げた。

 宙を舞うクナイを、再不斬は口でキャッチする。この時、再不斬は明日に生きることを捨てた。あれほど固執していた水影の復讐も今ではもうどうでもいい。

 

 ―――今はただ、あの腐れ外道の首を撥ねたい―――

 

 再不斬は爆発的な勢いを持って駆けた。

 

 「ひぃ!?」

 

 殺意を向けて接近してくる再不斬に情けない声を上げて臆し、ガトーはすぐに己の兵隊の奥へと逃げ込んだ。

 

 「お前ら、あいつを殺せ。殺し尽くせ!!!」

 「「「「オォ!!!」」」」

 

 いくら粋がろうが所詮は両腕の使えない重症を追った忍者一人。

 百人以上の武装集団を相手に勝機などあるはずがない。

 ガトーはほくそ笑む。

 しかし彼は失念していた。奴は唯の忍ではない。霧隠れの里から生まれた悪鬼なのだということを。

 

 「そんな………!?」

 

 強大な殺意が迫ってくる。

 立ち塞がる武装兵達をたった口に銜えたクナイ1本で圧倒し、着実に己の命を狩りにきている。

 

 「きひ、くはははッ!!」

 

 そしてついに―――再不斬はガトーの元へと辿りついた。

 すでに死に体。生きているのが不思議なくらいの傷を受けているにも関わらず、その脅威たるやそこいらの忍を優に上回っていた。

 

 ――――ザクッ

 

 わき腹に、クナイが突き刺された。しかしまだ致命傷とはいえない。この程度なら、まだ軽症と言えるだろう。

 

 「グゥッ……そんな…に、仲間の元へ逝きたいのなら、一人で逝け!!!」

 「………は、生憎だが…俺は白のところには逝けねぇ。俺は、お前と一緒に、地獄に逝くんだからなぁ!!」

 

 突き刺さったクナイを口で引き抜き、身体を反転させて、今度は首を狙う。

 

 「楽しみにしておけ!! 俺がお前の言う子鬼ちゃんかどうかは、地獄に着いた時にたっぷりと確かめさせてやるからよォ!!!」

 

 ―――斬ッ!―――

 

 ガトーの頭は胴体から離れ、宙を舞い、地面に落ちる。

 その瞬間を再不斬は目に焼きつけ、不敵な笑みを漏らしながら、倒れ伏した。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ―――痛い。なんか身体中が痛いぞ。まるでハリネズミにされた気分だ。なんでこんなに身体が痛むんだ? いったい俺の身に何が起きたってんだ。

 

 ………ああ、思い出した。あの仮面野郎からナルトをかばって、滅多刺しにされたんだ。だが分からない。なんで俺は痛がっている。死んだのなら、痛覚など感じないはずだ。まさか死んだ後でも生前の痛みがそのままというわけはないだろう。

 

 ならば答えは一つだ。俺は――――まだ、生きている!

 

 「ぐ……がは、」

 

 サスケは息を吹き返した。仮死状態という稀な体験をして、目覚めもまた最悪と言える。

 ずっと自身の身体の上でぴーぴー泣き喚いていたサクラも目をぱちくりさせて、自分を見ていた。まるで幽霊を見ているかのようなアホ面だ。

 

 「あ、あああ。サスケ君が、生き返った―――!!」

 

 生き返ったも何も、最初からサスケは死んでいなかったのだが。

 

 「煩い……あと重い………」

 「ご、ごめん」

 「………ナルトは…あいつは無事か? 仮面野郎もどうした」

 

 かばってまで助けたのだ。ナルトには死なれていては困るし、あの仮面の少年もどうにかしなければならない。

 ともかく、このまま寝続けていていいわけがない。ゆっくりとサスケは立ち上がろうとする。しかし、それをサクラは必死になって止めに掛かった。仮にも体中を針で滅多刺しにされているのだから、無闇に動くのは危険だと言って。

 そしてサクラの口からはナルトの無事と仮面の少年の死亡を聞かされた。

 ナルトは今でもピンピンしており、仮面の少年は再不斬を庇い死んだ。ナルトが生きているのはいい。しかし、仮面の少年が戦死したのはどうにもやるせなかった。

 自分は、結局あの少年に手も足も出ず完敗し、二度と再戦することも叶わない。所謂勝ち逃げをされたのだ。それに、奴にはどうしても言わなければならないことがあった。

 

 “………とんだお人好しだったな、あの仮面野郎も”

 

 わざと致命傷を避けて、仮死状態にした。それはつまり、サスケを殺さず生かしたということ。

 自分自身を道具だ何だと言っておいて、結局奴も人としての部分を殺しきれなかった、優しすぎた人間だったということだ。

 

 「ナルト―! サスケ君は無事よ! ちゃんと生きてるわぁ!!」

 

 煩い。そんな大声で叫ぶな、と文句を言いつけてやりたかったが、生憎と喉に針が何本も突き刺さっているため容易には声を出すことができなかった。

 

 「さ、サスケェ…………」

 「…………ふん」

 

 ナルトはサスケの姿を見るや否や、情けない面をして喜んでいる。このまま無視してやるつもりでいたが、とりあえず手だけは振っておいた。少しだけ、気恥ずかしいが。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 全ての元凶であったガトーも死に絶え、全てが終えたかに思えた。しかし、彼の残した厄介なモノは未だに息をしている。そう、ガトー直属の部下達だ。

 

 「おいおいせっかくの金づるを殺してくれるたぁやってくれたな………」

 「お前らは生かしては帰さんぜぇ!!」

 「皆殺しだくそったれが!! ついでに街も襲って金目のものは全て頂く!!!」

 

 彼らが恐れいていた鬼人が無様に倒れ伏して、士気も回復してきた武装集団。

 ナルトでもあれほどの数は相手にすることなどできない。サスケも重症を負っている。サクラは論外で、唯一彼らを殲滅できるカカシも再不斬との戦闘で大量のチャクラを消費しておりかなり拙い状態だ。

 

 「「「「ブッ殺す…………!!!」」」」

 

 武装集団は凶器を掲げ走り出す。もはや逃げる暇すらない。

 あれほどの苦難を乗り越えたというのに、こんな奴らに殺されるなど悪い冗談もいいとこだ。

 

 「けけ、一番乗りは貰ったぁぁぁ!!」

 

 鎌を持った男は白野に飛び掛った。

 再不斬に両腕を痛めつけられ、刀も折れかけている今の白野にもはや抵抗する術はない。

 何より彼女の背後にはタズナは勿論、重症を負ったサスケとサクラもいる。逃げるタイミングが例えあったとしても、白野は逃げないだろう。仲間を置いて逃げることなど、彼女は絶対にしないのだから。

 

 ただ白野は敵を見据える。

 男の血に飢えた目も、振り下ろされる凶器も、今の白野には全く恐ろしいとは感じなかった。

 何故なら―――この世で最も頼もしい、錬鉄の守護者がそこにいたから。

 

 「俺の家族に手を出すな………!」

 

 白野と鎌を持った男の間に滑り込むように赤銅色の髪を持つ少年が割り込み、すぐさま賊の顔面に拳を叩き込んだ。その腕には、鉄製のガントレットが装着されており、賊の顎の骨を粉微塵にするには十分な威力を秘めていた。

 

 「失せろ、賊が」

 

 チャクラも付与され、爆発的な威力を生んだ拳による一撃。それをモロに受けた男は叫び声も挙げれず、吹っ飛ばされ、橋から海へと落とされた。

 

 「ナイスタイミング」

 「狙ったわけじゃない………お前、腕をやられたのか」

 「ふふん。名誉の負傷ってやつだよ」

 「………そうか。ま、大事が無くて良かった」

 

 シロウは軽く白野の頭を撫でる。

 その手から伝わる温もりは心地よく、またよく頑張ったと労いの思いも籠められていた。

 

 “ナルトの暴走も無事治まったようだな。まったく、心臓に悪い”

 

 ちらりとナルトの様子を見たシロウは深く安堵する。

 もし、彼があのまま暴れようものなら、白野や周りの者に甚大な被害が被っていただろう。もしそうなれば、シロウは最悪ナルトを■すつもりでいた。

 故に最悪な事態にならなかったことを天に感謝するばかりだ。

 

 暫くして第一班のメンバーが全員橋の上に集まり、タズナと第七班を護るように賊の前に立ち塞がった。

 

 「ガトーめ。三代目風影の行方を知るというのがデマで、しかも最初から裏切る腹積もりだったとはつくづく見下げ果てた輩だった。せめてあの世でたっぷり絞られていればいいが」

 

 第一班だけではない。砂隠れの多重人格者のハサンまでもが到着し、彼らの加勢となっている。

 

 「て、てめぇら……なんで生きていやがる。俺達の仲間が始末しているはずじゃあ」

 「あの程度で私達が始末できると思ったら大間違いよ。本当に私達を全滅させたいというのなら、あと三倍の戦力は持ってきなさい」

 

 大量の返り血を浴びた露出の高い服を着ている少女は不敵に笑う。

 シロウ達とハサンとの戦闘に割り込み、襲ってきた連中の大半はメルトリリスの餌食となった。

 彼女は波の国に来てからというもの全く良いとこ無しだったため、すこぶる機嫌が悪く、そんななかに大量の戦闘集団が現れればどうなるか………答えは彼女の血塗れ具合が全てを物語っている。

 

 「く、くそっ。怯むな! ここで退いたら名折れだぞ!?」

 

 それでも攻撃の意志を止めない辺り、腐りきっても戦闘者か。

 だが次のイレギュラーな事態を目にして、とうとう彼らの心も完璧に折れる。

 

 突如天から降り注がれる数多の弓矢。500もの凶器は賊の足元一歩手前で突き刺さった。これ以上、島に近づこうものなら次は当てるという意志が強く籠められている。

 

 矢を放ったのは波の国の住人達だ。全員、今までガトーの圧力に我慢してきたが、一人の若き英雄によって奮起し立ち上がった。

 

 「へへ、ヒーローってもんは最後に登場するもんだからね」

 

 波の国の住民の前線に立っていた小さな英雄。それは、かつて英雄を否定していた少年だった。

 ナルトの熱くまっすぐな言葉が彼を変えた。そしてイナリの決意は住民を立ち上がらせた。これは一つのミラクルである。

 

 「「「「「さぁ………どうする?」」」」」

 

 戦力の差はものの見事に逆転した。

 数でも質でも劣っているガトーの部下に勝機は無い。

 戦ったところで全滅させられるのは自分達だ。

 ならばするべきことは一つ。

 

 「「「「「逃げる!!!!」」」」」

 

 ガトーの部下達は橋の下に待機させていたガトーの大船に乗り込み、全力で戦線を離脱していった。もう二度と、彼らはこの国に戻ってくることはないだろう。戻ってきたところで、波の国の住民の手厚い歓迎(迎撃)が待っているのだから。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 がやがや騒がしかった音が止んだ。

 全て、片付いたのだろう。

 未だに息をしている再不斬はやれやれだと息をついた。

 自分の人生もあと数分で片がつく。だが、その前にどうしても、どうしてもしておきたいことがあった。

 

 ―――ザッ。

 

 倒れ伏す再不斬の前に、二人の忍が訪れた。

 カカシとハサンである。

 

 「すまねぇ……最期に、お前らに頼みがある」

 「………なんだ」

 「………できる限りのことは尽くそう」

 「あいつの……白の、顔が………見てぇんだ…………」

 「………ああ、分かった」

 「………承知」

 

 二人は再不斬の肩を担いで、ゆっくりと、白の亡骸まで連れて行く。

 その途中で、雪が降り始めた。

 再不斬にはそれが………白の涙なのだと感じた。

 

 「悪いなぁ………カカシ…ハサン」

 

 白の死体の傍に横にされた再不斬は、短い人生のなかでもそうそう言ったことのない礼を口にした。人に感謝するなど柄ではないが、それでもやはり、最期の願いを叶えてくれた人間には心の底から感謝する。

 

 “嗚呼―――こいつの傍にずっといたんだ”

 

 雪のように白い頬を、汚れきった手で触る。

 

 “せめて……最後までお前の傍で…………”

 

 鬼人が手に入れた宝物は、どのようなモノよりも価値がある。

 失って初めて気付いた。気付くのが、遅すぎた。

 そんな愚かな自分を………許してくれ。

 

 「……できるなら………俺もお前のところに…逝きてぇなぁ…………俺も……」

 

 鬼人は静かに、そして安らかに、その壮絶な生涯に幕を閉じた。

 

 

 

 ……………

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 

 ガトーが死んで、二週間もの時が経った。

 橋の建設を拒む全ての原因が無くなったことにより、建設速度は全盛期並みにまで戻ったことで完成が予定より早く済んだ。

 第一班や第七班だけでなく、ハサンまでもが建設の助力になってくれたのも橋完成を早めてくれた要因の一つだろう。

 

 これから波の国は不景気を脱するどころか、更なる高みへと上り詰める。そう確信が持てるほど、住民たちの活気が高く、大橋の存在は効果的だった。

 

 そして完成された橋の名は橋建設最高責任者であるタズナが決めた。

 

 

 ―――ナルト大橋―――

 

 

 決して崩れることのない、不屈の意志が籠められた名だ。

 そしていつか世界中にその名が響き渡る超有名な橋になるよう、強い願いが籠められている。

 

 

 

 




・シロウ達の影が薄いね。波の国編では白たちが主人公みたいなもんだったから仕方ないね(開き直り

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