そんなお話。
聖杯戦争は始まるかどうかすら未定。
今後の話で拙作、カルデアアフターシリーズと若干のリンクあり。
また、pixivでも同じ内容で投稿して居ます。
──大きい。
小山のような巨体。
翡翠色をした綺麗な鱗。
なんでも噛み砕いてしまいそうな、ナイフのような牙がズラリと並ぶ裂けた口。
鹿にも似た角を持ち、蝙蝠にも似た黒い皮膜を持つ翼。
御伽噺に出てきそうなドラゴンが、そこに居た。
「…怖くない?」
「…こ、怖くないよ、き、綺麗だ。」
竜が、問いかける。
少年はしどろもどろながらそれに答えて。
…竜の身体のあちこちには剣が刺さっていて、他にも無数の裂傷、擦過傷、──大小無数の傷、傷、傷。
「痛く、ないの?」
今度は少年が問いかけた。
「…痛いね、ああ、痛い…人間、御前達がつけた傷だ…私は人間が──」
「き、嫌いだなんて言わないでよ、俺なら、こんな綺麗な鱗に…傷なんかつけたくない!」
どういうわけか。
その「竜」は絶句していた。
まん丸に目を見開いて、やがて唸るようにして声を絞り出した。
「…ああ、皆が君みたいなら…私はトール…君、名前は?」
「小林、小林士郎!」
そこで夢は途切れた。
それが、俺の原初の記憶。
小学校低学年の時に記憶の殆どを磨耗させ、失った自分が唯一覚えていること。
実の親の顔も名前も忘れた俺が覚えている、幼い自分が見た、夢──。
*****…
チチチ、と鳥の囀りが聞こえて目を覚ます。
どうやらまた、土蔵で鍛錬していて寝てしまったらしい。
「あー、久しぶりに見たなこの夢。」
この家、衛宮の家に引きとられてしばらくはこの夢を頻繁に見た。
「…そういや俺の旧姓、小林だったなあ。」
あの、10年前の大災害で全てを失った俺は養父、衛宮切嗣に引きとられた。
未だ原因不明の冬木の大災害。
断片的な記憶に良いものはない、黒焦げの遺体を眺めて絶望する夢も見た。
…記憶に脚色はあるかもしれない、だが概ね事実が夢として現れたもの。
今見ていた夢は今では子供ながらにあの地獄の記憶に蓋をした結果出てきたものではないかと思っている。
多分8割脚色の、遠足先の森で見かけた罠にかかった大型動物。
そんな何かを見た記憶が変質したもの、ではないかと思う。
「いやに鮮明な夢だけど…あれは無い、よなあ…」
魔術を使えた切嗣ですら幻想種はまず出会えないと言っていた。
まして竜種など幻想中の幻想。
だから、そんなものに出会うわけがないと。
この時の俺はそう考えて、いた。
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「先輩、こっちはこれでいいですか?」
「──どれ…うん完璧だ、もう桜には洋食では敵わないなあ。」
「私なんてまだ…和食なら先輩の独壇場じゃないですか。」
なんて、互いを褒めあっている、相手は
とても長くて綺麗な紫紺の髪をした美少女。
間桐 桜。
弓道部の後輩で、可愛い妹分、だった筈なのだが。
最近じゃあ妙に意識してしまう自分がいて困る、何と言っても桜の発育はこのところ凄い、とにかく凄い。
目のやり場に困るくらいにそのグラマラスなスタイルで、それでいて奥ゆかしい。
…そんな据え膳みたいな現状だが、決してそんな甘いものではない。
弓道部を辞めたのは俺の個人的な我儘だというのに、生真面目な桜はそれにありもしない負い目を感じて、いつのまにかうちの家事を手伝いにきてくれる様になっただけ。
正直に言うなら早く桜の事を解放してやりたいとすら思う。
悪いのは俺なんだから。
と、益体も無い事を考えていたら玄関のチャイムが鳴った。
「ああ、俺が出るよ。」
桜にそう断って玄関へ。
「ん?」
何故か玄関が薄暗い。
電球が切れたか──?
そんなことを考えながら引き戸を開けたその先には。
扉一面分のサイズの縦長の瞳があった。
「──!?!?」
あまりの驚きに、息が止まる。
やがて、その瞳が離れてそれが、なんの眼だったかがわかる。
小山のような巨体。
ナイフのような牙がズラリと並ぶ口。
なにより、その濃密な魔力。
ドラゴン。
それは最強の幻想種である。
炎を吐き、空を飛び、時には高度な魔術を操る、魔術世界ですら伝説に数える存在。
──だと。
俺は、思って──いた。
咆哮。
空気を震わせるそれが、俺に死を覚悟させた。
だが。
次の瞬間には宙空に展開された積層型の陣が輝いたかと思えば。
「じゃーーん!」
そこにはゴスロリメイド服を纏う桜より何かが「凄い」かもしれない…女の子が、居た。
但し、その背には翼、頭には角、お尻からは尻尾が生えている。
「こんにちは、小林さん!」
繰り返すが。
──ドラゴン。
それは最強の幻想種である。
炎を吐き、空を飛び、時には高度な魔術を操る、魔術世界ですら伝説に数える存在。
──だと。
俺は、思っていた。
…いたんだけどなあ。
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「俺が、うちに来いって…言った??」
「ハイ!小林さんのあの時の言葉…私がどれだけ心癒された事か!」
覚えが無い。
…まるで無い。
「えと、先輩…この方は?」
「…いや、俺が聞きたい。」
「トールです!」
「「そうじゃな(いです)くて。」」
とりあえずお茶を出し、居間で応対をする。
「むむ!これは…なんと、ほう…しばらく見ないうちに小林さん、随分精悍な顔つきになっ…まさかとは思いますが奥様ですか?」
と、俺と桜とを見比べてそんな事を言い始めた。
しかもなんか視線がちょっと怖い。
なんか瞳が縦に細くなって…爬虫類特有の視線が突き刺さる。
「え、いやいや桜は部活の後輩で、そんな関係じゃあないぞ…確かに俺には勿体無いくらいの良い子だからそんな誤解をまねいてちゃいけないんだが──」
「…ぁ、私なら全然構わないのに…」
「ん…桜、なんだって?」
「…あ、いえ、なんでもありません。」
「…あー、なるほどよくわかりました、小林さんはとってもおもてになられるんですね〜」
「なんだそりゃ。」
「…鈍感…」
「は?」
「ああ、いえなんでも。」
「…というか、どこかで出会いましたっけ、俺たち?」
そう、まずそこだ。
「はい!山で出会いました!」
「山──いつ?」
「えぇと、こっちの暦でいえば…10年と少し前、でしょうか?」
可愛らしく指折り数えながら小首を傾げるトール。
「…ああ、それでか…悪い、10年以上昔の話は…あんまり覚えて無い、なあ…後俺養子になっててな、今は衛宮、なんだ。」
…そうか、まさかあの夢は夢じゃなかったのか…
「え?小林さんは小林さんでは?」
「…あー、それは苗字だからさいろいろあって変わったんだ。」
「…なるほど!暗殺されないように名を変えたんですね、わかります!私の国の王様とかも国を滅ぼされた後にそうしてるのを見たことあります!!」
「「それは違う」」
「──あれ?」
流石ドラゴン…常識が通じない。
「と、いうわけで!私メイドとしてここで働きにきました、雇ってください!」
「え、いやいやまてまて、そもそもなんでメイド?」
「…こば、衛宮さんが言ったんですよ?好きなものは何かって聞いたら、メイド!って。」
「…そういやその頃将来はホテルマンとかメイドとか言っていた、かも…。」
…皮肉な話だ、きっかけがあるとはいえ両親の顔も名前も思い出せないのにこんな事は思い出せるんだから。
「…あはは、なんか先輩らしいというか。」
「…それ褒めてないだろ、桜?」
「え!か、可愛らしくていいと思いますよ?」
慌てて否定?する桜だがまるで否定になって無い。
「…やっぱり褒めてねぇ…」
思わず頭を抱えた。
「あはは、じゃあ、おっけーですね!?」
「いや、それは無理だ。」
「なんで!?」
ガン!と効果音がしそうな涙目で抗議するトール。
「だって君は女の子だろう。」
「そうですけど、メイドでドラゴンです!」
ドラゴン?、と桜がハテナマークを飛ばした後に尻尾と角を見てああ、こすぷ…れ?と一人納得していた。
「じゃあどうしたら雇ってくれるんですか?」
「いや、ダメだろ…常識的に考えて。」
「JKって奴ですか!?JKだから捨てられるんですか、私!酷い!」
まて、単語がおかしい、あとやめろ凄く言葉がマズイ、なんか桜の笑顔がちょっと怖くなってきたし、なんでさ!?
「いや、護れない約束をして悪かった。」
と、そうして断り、玄関までとぼとぼと歩くトールを送り出そうとして気づいてしまった。
その目に涙が光っている事に。
「見たところ、トール、さんは外国人だよな?」
異世界人…竜?だという話だが広義的に見れば外国人、で間違いでもないだろう。
「え…、あ、はい。」
先ほどのような明るさが消えたその表情を見て、俺は遂に陥落した。
「──住む場所が見つかるまでだ、それまでなら離れの部屋を使ってくれたらいい。」
「せっ、先輩!?」
「は、はい!はいっ!!」
ぱあ、とトールに明るい笑顔が戻る。
──全く。
現金なもんだなあ。
「住む場所を見つけるまでだぞ?」
「はい、ここが私の住みたい場所です!なんていっても──」
「小…じゃなかった、衛宮さんがいますから!」
「…士郎、でいいよ。」
「ハイ!シロウさん!」
…顔が熱い。
いくら鈍感な俺でも、流石に純粋な好意をこうストレートにぶつけられれば気づきもする。
…まあ、ドラゴン相手にどうなんだとは思うけど、この明るい笑顔を見ていたら。
悪くはないんじゃないかな?
なんて──、思ってしまった。
親父が聞いたら…本当、なんて言うかな。
これが。
俺の非日常が…始まった瞬間だった。
出会ったチョロゴンと、士郎。
果たして聖杯戦争はどうなるのか。
乞うご期待??